終わらぬ戦い
戦闘の高揚感が収まっていないが、
次の行動を決めなければならない。
しかも早急にだ。
今この場にいるのは、
俺、バリー、兵士のダックさん、ウォルトさん、シリンさんの5人だけ。
馬車のあった場所に戻るという選択肢は、当然ない。
正確な人数など数えていないが、野党達は総数50人近くはいるだろう。
今片付けた人数を引いても3、40人残っているのだ。
相手も飛び道具を持っている以上、分が悪すぎる。
ゆえに選択肢は二つ。
森を突っ切りそのまま南方を目指すか、
なんとか宿場村に戻り、小隊長達と合流するかだ。
「自分達は宿場に戻るしか無いと思います。
いかに勇者様が、テンクモ様がいようとも、
馬や、資金まで失った状態で旅を続けるのは、どう考えても無謀です。」
兵士3人で話し合い、結論を口にする年長者のダックさん。
たしかにその条件だと無謀だ。付け加えると、俺は頼りにならん。
だが資金は俺がボックスに入れて持っている。
それに……。
「たしか、野党は一人も逃す気はないと口にしてましたよね。
もし俺が奴らなら、取り逃がした者が宿場の部隊と合流するのを警戒します。
宿場の手前にも見張りを置いてると考えるべきじゃないでしょうか。」
「うっ、それもそうですね……。」
失念していたと、顔を歪ませる。
退路が断たれている、その予測にバリーと兵士達の顔が暗くなる。
進むしかないのだ。
戻れば確実に襲われる、そんな恐ろしいことは出来ない。
それにクラフトしつつ進めば、それ程の苦労はないだろう。
もう彼らには見られたのだ、アイスロッドを使う俺を。
彼らは家族の元に帰った時、
自分達の窮地を救った男の英雄譚を何の悪気もなく話すだろう。
『10人以上の野党に囲まれ、もう助からない!
そう思った時、勇者様の魔法であっという間に形勢逆転!
息もつかせぬ速さで野党達を凍り漬けにしたのだ!』
こんな感じか。
そして勇者の活躍は隣近所、市街地へ広まり、王宮、すぐ様アーシェンの耳に入る。
そうじゃなくともアーシェンは戻った兵士に接触してくるだろう。
力も何もないと思っていた仮初の勇者が、実は戦う力を持っていた。
そうなればあいつの事だ、何か画策してくるに決まっている。
そして、それは俺にとって確実に良からぬ事だろう。
もはや賽は投げられた。
出来る限り早く南方へ到着して、自分の基盤を構築しなければ。
「聞いて下さい。資金は魔法の袋へ入れて俺が持っています。
二日分程度なら水も食料もそこに入っていますから、御三方が想像している程ひどい状況ではありません。」
「なんと…、勇者様は空間魔術まで扱えるのですか。
ですが、地図は馬車の中です。森は方角を見失いやすく、
ともすれば遭難することもありえます……。」
それもそうか、俺はクラフトでコンパスを製作する。
「これはコンパスといって、一定の方角を指し続ける道具です。
これを使えば迷わず森を抜ける事ができると思います。」
「コンパス……。この様な道具は古今東西聞い聞いたことがありません。
…少し宜しいでしょうか?」
ダックさんに手渡すと、興味深そうに観察する。
「なるほど、本体を回転させても、中心の針は常に北と南を指しているのですね。」
「テンクモ様は凄いんですよ!疲れを吹き飛ばす秘薬も持ってるんです!」
あっおい、バリーのバカっ。
口止めしてあったポーションの存在を、あっさりと喋りやがった。
「ほう!そんな物までお持ちとは!他に旅に役立ちそうな物はありますか?」
彼に他意はないんだろうが、漏れる情報はできる限り抑えたい。
「いえ、残念ですがこれだけですね。」
「そうですか……。それでも資金があり、戦力もテンクモ様がおられる。
そして方角も見失わないとなれば、旅は十分続けられそうですな。」
そうと決まれば即行動しなければ。
後続の野党がいつ襲ってくるとも分からないのだ。
俺たちは、転がる屍を背にし、足早にその場を去った。
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鬱蒼とした森の中を突き進むこと2時間。
一番最初に寝を上げだしたのは。
俺ではなくバリーだった。
「す、すません。ちょっと待って下さい。
私そんなに体力のある方では無くてですね……。
少しばかり休憩させて貰えないでしょうか。」
現代人の俺がまだまだ元気なのに、
何を情けない……、ん、まてよ?
奇妙な事態に気付いた俺は、すぐにステータスを開く。
やはり……。
【ユウキ】レベル8
先ほどの戦闘で、一気に6レベルも上がっていた。
パニック状態で野党のレベルを確認していなかったけど、
あいつら結構強かったのかもしれない。危なかったな。
レベルアップ時に付与されるポイントも30ポイント貯まっていた。
これは任意のアビリティに振り分けて特殊な能力が得られるものだ。
例えばHP5%UP、力5%UPなどのステータス系
通常道具使用しないと使えない魔法の習得
あとはワンクラの要素で重要な購入できる物品の多様化だ。
ゲームであれば、それほど考えずに振り分けたかもしれないが、
今は、一歩間違えば死んでしまう現実だ。
町に着いて落ち着いた状態で選択しよう。
今度はバリーと兵士達のレベルを確認する。
ダックさんは5、ウォルトさん5、シリンさん4。
バリーは…3のままか。
あれ?でもアイツ一人倒したよな。
大したことのない相手だったのか?
というか、ワンクラではNPCかPCを倒さないとレベルが上がらないが、
ただの一般人であるバリーが、これまで人を殺した事があるとは思えない…。
もしかすると、俺とこの世界の住人じゃ成長の仕方と、伸び率が大きく違うのかもしれない。
それにしてもレベル8か…。
ふと気になり、目に付いた木を軽く殴ってみる。
ゴンッと鈍い音はするが、拳が痛くない。
「これは……。」
今度は大きく振りかぶり……
ドンッッ!!!!
流石に少し痛かったがそれだけである。
いや、それだけではなかった。
木が、大きくヘコんだのだ。
「ど、どうかされましたか?テンクモ様?」
唐突に木を殴りつけた俺に、驚いたダックさんが恐る恐る声をかけてきた。
「あ、いえ。なんでもないです。」
しかし一番驚いていたのは俺である。
全力で木など殴りつければ、普通の力でも骨折するだろう。
なのに、木がへこむほどの力で叩きつけた俺の拳はほぼ無傷だ。
すごいな!今のレベルでこれか。
しかし、木を殴った事に驚きはしたが、
ヘコんだこと自体に、4人とも無反応だな。
「ダックさん、木をこんな感じでヘコませられるほど腕力のある人は、
同行していた小隊の中にいました?」
「コレですか、いや、おりませんね。
ヘコませられるかは分かりませんが、
近衛兵、その中でも五将と呼ばれる方々がおります。
五将のウルド様が実演なさった際は、ちょうどこの太さ程の木を両断しておりました。」
「そうですか。」
手を広げても、半分程度までしか届かない木を両断か。
うーん、自分の強さが今ひとつ分からん。
この人達も、勇者ならコレくらい出来て当たり前とか思ってそうだし……。
魔水計が欲しいな。
スミスさんが1やら2やら言ってたのが、レベルと同じ基準であれば、
この世界でどの辺りの強さに位置しているのかが分かるし。
よし。大きな町に着いたら探してみるか。
「おい、バリーそろそろ良いだろ。出発するぞ。」
「えっ、もうですか……。」
バリーはヨロヨロと立ち上がり、置いて行かれては敵わないと追いかけてきた。
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さらに3時間以上森を歩いた頃。
日が傾きだし、マズいこのまでは森の中で夜を迎えてしまうぞ、
流石に建築物をクラフト出来ることを兵士達に見せたくない。
などと考えていると、
「おっ……。」
木々が少なくなり、やがて遠くに町の防壁が見えてきた。
「お、おぉ……。」「やった……。町だ。」
命の危機にさらされ、さらに森の中を数時間歩き通し、
神経がギリギリまで擦り減っていたのだろう。
俺を含め全員が、へたり込み安堵のため息をついた。
その時、ガツッと音を立て、俺が寄り掛かった木に矢が刺さる。
「う、うおぉぉ!!」
悲鳴を上げ、矢が飛んできた方向へ目線を向けると、
森の出口で馬に跨った一団がいた。
…野党だ。
「残念だったなー!取り逃がした場合に上げる狼煙が見えた時は目を疑ったが、
万が一逃げられた時の為に、森の南側にも張っておいて正解だぜ!」
ゲラゲラと下卑た笑い声を上げる男達。
戦闘が開始されてしまう前にまずレベルを確認する。
5、4、5、5、4、5、・・・6
全部で16人、レベルは大したことないが数がまずい……くそっ。
躊躇すれば今度こそ誰かが死ぬ。
先手必勝、やられる前にやってやれだ!
「凍てつけっ!!」
一団がバラける前にに範囲攻撃を放つ。
バキバキと音を上げ、あっという間に14人が氷像と化た。
範囲攻撃から免れた2人は、たった一撃で形勢が逆転したことに驚愕し、一目散に逃げ出す。
が、逃がせばまた襲われるかもしれない。ここで見逃す訳にはいかないのだ。
「穿てっ!」
氷塊が一直線に飛び逃げる男の背中を捉える。
バンッと叩きつける様な音が聞こえ、その場に倒れた。
もう一人っ!
「穿てっ!!」
残る一人の背中を直撃し、ドンッと音がする。
しかし男はよろめいた直後、フラフラとした足取りだが、再び走り出す。
くそっ!距離が離れすぎたか!
慌てて逃げる男を追いかけると、自分でも驚くような速度が出た。
男が先程の一撃で満身創痍のせいもあったが、グングン距離を縮め追い付く。
そしてアイスロッドを横へ振り抜いた。
ボギンと嫌な音と感触が手に伝わり、男が10メートルは吹っ飛び
地面をゴロゴロ転がる。
もう男が起き上がることは無かった。
「はぁ……はぁ……、勝った……。」
やれば出来るじゃないか、今日は自分にご褒美だ。
バリー達の方へ戻ろうと顔を上げた時、
5メートルも離れていない距離で、弓を引き絞りこちらを狙っている男が目に映った。
あ、伏兵…ヤバ、
手を、弓を離れ、俺へ目がけて飛んでくる矢が、スローモーションの様に見えた。
慌ててロッドを振り上げ矢を払おうとするが、
当然、体の反応はそれに追い付かない。
……追い付かないはずだった。
次の瞬間、ロッドに当たり折れ弾ける矢。
俺自身も呆気に取られる。
矢を放った男は信じられないモノを目にした顔で二射目を引き絞る。
しかし撃たせない。
「穿て!」
至近距離からの攻撃で、男は指が弾け、胸に大穴を空けて絶命する。
今度こそ戦闘は終わりだった。
そして、遠巻きにいた4人が駆け寄ってくる。
「す、凄いですね!流石テンクモ様です!!」
ダックさんは、非常に興奮した様子で叫ぶ。
「いや、流石とかじゃなくてですね。少しは手伝ってくれないと……。
危うく死ぬところだったんですよ……。」
「も、申し訳ありません。なにぶん十数秒の出来事で、
追いつく間も無かったものですから……。」
なに?体感的にはもっと長く感じたけれど、そんなもんだったのか。
「まぁ何にせよ、皆無事で良かったです。
もうクタクタです。早く町へ行って休みましょう。」
町へ向かって歩きながらウィンドウを開くと、
レベルが11に上がり、付与ポイント残が45増えていた。
弓矢の速度に体の動きが間に合ったのは、マグレではなさそうだ。
兎にも角にも、長い一日だった……。
とりあえずベッドで寝たい。
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