戦時下の英雄
王都を出発してから3日目。
旅の行程は順調と言えよう
しかし昨夜は、なんと野宿だった。
川が見えてきたなー。さすが異世界、綺麗だなー。
などとボンヤリしていると。
兵士30人を指揮する小隊長が確認してきた。
「テンクモ様、本日はあちらの川べりを野営地としたいのですが。
設営に取り掛かっても宜しいでしょうか。」
「あ、は、はい。お願いします。」
本当は嫌だった。
しかし夜間強行になるのは、もっと嫌だった。
っていうか小隊長が強面過ぎて、拒否などできなかった。
その夜は、硬い寝床に、薄い毛布。
テントの外から足音が聞こえるたび、
怯えるバリーに揺すり起こされ、寝不足まま朝を迎え、今に至る。
アウトドアなんか大っ嫌い。
実際のところ、金はあるのだから、クラフトすれば家はすぐに建つ。
野宿などしなくても、快適な宿泊が可能なのだ。
しかしバリーはともかく、兵士達が問題である。
今は、俺とバリーの護衛として同行しているが、
それはアルバンス王国の命令だからだ。
そして、王国の国王アーシェンは、……敵だ。
今は同盟の形を取っているが、
それはグランベルト帝国という脅威があるからで、
そこに真の友好など存在しない。
今ここで、クラフトを見せてしまえば、確実に兵士達からアーシェンへと伝わる。
それがどの様な結果を招くか、俺の頭では予測がつかない。
しかし、時折アーシェンに垣間見えた、威圧的な態度から察するに、
俺のことなど、戦争の駒程度にしか、考えていないだろう。
そんな相手に、どうして自分の手の内を晒せようか。
……バリーにも、口止めしておくか。
俺の東洋系の顔立ちは、王国では相当目立つ。
ポーションの販売で錬金する計画も、一旦保留だな。
南方に着いてから判断しよう。
それにしても、異世界に来てからというもの、
日本で営業していた時より、遥かに気を揉んでる。
人外の力を手に入れたというのに……。
便利になればなる程、やる事が増えるとか、現代社会と変わんないな。
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その日も、翌日も、特に問題なく移動していったが、
5日目、とうとう大きな問題が発生した。
早朝、いつもであれば、出発の準備に慌ただしく動いている兵士達が
一カ所に寄り集まって何やら相談をしている。
遠巻きに様子を伺っていた俺に、気付いた兵士が駆け寄ってくる。
小隊長を含む兵士の9人が激しい嘔吐と腹痛を起しているらしい。
食中毒か…。
現状、とても行軍出来るような状態ではない。
もう一泊することを提案してみたが、
戦時下である以上、到着を遅らせるのがもっとも愚策であると、
桶に顔を突っ込んだ小隊長に諭された。
それに馬車の無い状態であれば、
1日以上開きがあっても追い付けるそうなので、
結局、介抱役としてさらに4人が逗留することとなり、13人を宿場村に残し、
兵士17人、バリーと俺含めた計19人で先に出発する。
後になって考えると、指揮者のいない状態で動き出すなど、
気が緩んでいたとしか思えないのだが、
順調な旅が、皆の気を緩ませていたのだろう。
宿場を出発し2時間ほど経過し、深そうな森がみえてきた。
森をを迂回するために、横切るように通過する。
これまでならば、森や丘などの見通しが悪い地形付近を通過する場合、
まず斥候を放ち安全確認を行う。
その後、本隊も進軍を開始するのだが、
人数が足りていない上に、小隊長もいなかったためか、無警戒で進軍してしまった。
こういう森に亞人はすんでいるのか?などと、
バリーに質問していたその時だ。
俺が乗る馬車の、手綱を握っていた兵士が、地面に転がり落ちる。
居眠りでもしていたのかと、身を乗り出すと、
首から棒の生えた兵士が、苦しそうにもがいていた。
「弓矢だ!襲撃された!」
俺は悲鳴とも叫び声とも取れる声を上げたが、既に時遅く、
側面から多数の矢が射かけられ、
馬に当たり落馬する者、腕や足に直撃し負傷する者、
叫び声、うめき声が、同時に上がっていた。
突然の襲撃だったが、負傷を免れた兵士達は、
森側へ向かい盾を掲げ、守備陣形で俺を囲む。
すると今度は、森に気を取られた隙を突かれ、
後方から別働隊が襲い掛かってきたのだ。
やけに統制が取れた動きだった。
おそらく衝動的な襲撃ではない。
厳重な警備の一団を目にした奴らは、
何日も前から計画し、人も集めていたのかもしれない。
正確な人数は分からないが、こちらの人数を明らかに上回っている。
ひょっとすると今朝の食中毒は奴らの仕業だったのだろうか。
しかし、今は確かめようもないし、そのことに意味もない。
挟み撃ちにされたことに気付いた兵士達は、
恐慌状態に陥る。
人数も欠け、小隊長もいない。
もはや勝機どころか、全滅の危機を感じ、
蜘蛛の子を散らす様に逃げる。
俺とバリー、幾人かの兵士も、手にした槍すら放り出し森へ逃げ込む。
弓矢の脅威を目の当たりにしたため、
遮蔽物の多い場所に安全を求めたのだ
逃げる、逃げる。脇目も振らず、ただひたすら逃げる。
しかし、パニックを起こした状態で、
それ程長く走り続ける事は不可能だった。
息が持たず、草木の間に隠れる様にしゃがみ込む。
すると先を走っていた、バリーや兵士が俺に気付き、各々とも同じくしゃがみ込んだ。
「ハァハァ……、いや、お、俺に構わず……。」
そう言いかけたが、彼らが俺を気遣い、その場に留まったのでは無いことに気付いた。
一様に不安と恐怖を顔に張り付かせ、すがる様な視線を俺に向けている。
俺に、勇者に、助けを求めているのだ。
……武器はある、攻撃範囲の調節可能なアイスロッドであれば、
撃退することも十分可能かもしれない。
だが俺は生身の人間だ。
いくらポーションがあると言っても、
矢の当たり所によっては、回復する間もなく、
即死することだってありえるのだ。
それに、人に向けてアイスロッドを使えば、
攻撃の当たった者は間違いなく死ぬ。
自分が殺されるかもしれない、
そんな状況に陥っても、現代社会の論理に囚われる己の心が疎ましい。
「テンクモ様…、どうか我らをお救い下さい…。」
「勇者様…。」「…お願いします。」
少し離れてしゃがみ込んだため、お互いの姿は確認できない。
悲痛な訴えも、徐々に近づいてくる足音と共に小さくなっていく。
足音は俺の横まで迫り、バクバクという自分の鼓動が耳に響く、
その音で敵に気付かれるのではないか、そんな錯覚を起こすほど俺は平常心を失っていた。
そして。
足音は通り過ぎていく。
助かるかもしれない。そう思った時だった。
「おい!見つけたぞ!!」
声がした方へ視線を向けると、
身なりの悪い男が兵士の鎧を掴み上げ、立たせていた。
あれは…野党か。
「くそ、手間取らせやがって。」
「あっ、あ……お願いです。助けて下さい……。
王都には妻と娘が、俺の帰りを待っているんです……。」
「ヘッ、悪いが無理だな。お前らの人数は把握してんだ。
一人でも逃がせば、それだけ早く追手がかかる。」
身なりの悪い男は、にやついた表情で命乞いを拒否し、
他にも、十人ほど追い付いてきた中の一人に、殺すよう指示をする。
「おいジョン、俺が押さえとくから首を落とせ。」
「ひゃ…、嫌だぁ!死にたくない!お願いだぁ、やめてぇ!!」
目の前で今にも人が殺されようとしている、
助けなければ……、頭では分かっている。
しかし生存本能であろうか、
体が凍り付いたように言うことを聞かない。
ジョンと呼ばれた男が手に持った斧を振り上げる。
もう駄目だ!そう思った時だった。
「や め ぇ ろ ぉ ぉ ぉ お ! !」
大声が張り上げられ、草むらから影が飛び出す。
影は斧を持った男に突進し、そのまま押し倒した。
俺は目を見開く。バリーだ。
影の正体は他の兵士ではなく、この中で唯一戦う力を持たないバリーだったのだ。
馬乗りになったバリーは、斧を奪いすぐさま振り下ろす。
ドカリと鈍い音を立て、斧はジョンの頭蓋に食い込んだ。
そして斧を引き抜こうとするが、想像以上に深く食い込んだためか、斧は思うように抜けない。
焦るバリーへ、野党の仲間から蹴りが入り、横倒れに吹っ飛ばされる。
「テメェ!!よくもジョンを!!」
仲間を殺され怒り狂った男が、
鉈の様な刃物を、今度はバリーの頭を目掛け振り下ろす。
それを避けようと首を横に逸らすが
避けきれずに鉈は肩を切りつけた。
動脈が傷ついたのか、肩から血が噴き出し苦悶の表情を浮かべるバリー。
まずい!そう思った瞬間に、
アイスロッドを持っていた俺の腕が跳ね上がった。
「穿て!!!」
こぶし大の氷塊が先端から射出され、
ほぼノータイムで、バリーを切りつけた男の頭部が消し飛んだ。
俺以外の人間は、何が起きたか分からず一瞬呆気に取られる。
その隙に、今度は兵士を掴んでいる男へ氷塊を射出する。
側面から着弾すると、腕の付け根から肉を抉り、
男の体は鎖骨周辺から下と上に分断される。
意思を失った体が地面に崩れ落ちると、
ようやく状況の飲み込めた野党達が叫ぶ。
「魔術師だ!!ただの護衛対象じゃねぇ!高位の魔術師がいやがった!!」
慌ててこちらに意識を向ける。
しかし俺を取り囲もうと動き出す前に、
「凍てつけぇぇぇ!!」
範囲攻撃を繰り出すと、
野党達は頭からバキバキと凍り始め、
あっという間に絶命した。
「ハァ、ハァ……。助かった……。のか?」
呆然とする兵士達。
一方の俺は、ロッドを突き出したまま、ブルブルと震えている。
助かった。という気持ちよりも、
遂にやってしまった。という気持ちの方が遥かに大きい。
鎖骨から上だけの野党の死体が目に入る。
『アレ』は俺がやったのだ。俺が彼の人生を終わらせた。
そう考えた途端、吐き気が襲ってくる。駄目だ、やばい。
だが、胃液がせり上がる前に、体へドンと衝撃が走る。
「有難うございます!本当に有難うございます!!」
「助かりました!!」「あぁ勇者様!有難うございます!!」
バリー、それに兵士達が涙をボロボロ溢しながら抱き着いてきていた。
最初に殺されそうになった兵士も、よろよろと近づいてくる。
「もう、もう二度と家族に会えないかと思いました……。
貴方のおかげで、またこの手に妻と娘を抱ける……。
本当に……本当に感謝します!」
奪った命はあったが、救えた命もここにあった。
人を殺した事実が、今後どう圧し掛かってくるのかは分からない。
しかし今、目の前にある、涙と笑顔があれば、
少なくとも俺の心が押し潰れてしまうことはないんじゃないだろうか。
そんな気がする。
文字だけの戦闘シーンって難しいですね。上手く表現出来る方は凄いと思います。