交渉
英傑召喚とやらで異世界に連れ去られて3日目。
これまでで一番気持ちが落ち着いている。
ワンクラの力が使える事に気付いたこと、
それとは別に、初日の牢獄のような部屋と比べると、
王宮の客間は、まるで一流ホテルのスウィートルームもかくやという作りだ。
美味しい食事と、温かな寝床が、いかに精神衛生面で大切かと思いしらされる。
もちろん、まだ元の世界への帰り方が分からないため、
不安感は拭いきれていない……。
が、どうしようも無い今は、あまり考え過ぎない様にしよう。
異世界へ来る方法があるのだから、
帰る方法だって必ずあるハズだ。
よし、希望を持って動くことにしよう。
俺には、数日中に国王即位という名の島流し、
もとい陸流しの刑が待っている。
まずは、自分の命を守ることに集中しないとな。
決意を新たにしていると、コンコンと扉がノックされる。
「はい、どうぞ。」
カチャリと小さな音と共に、
俺の滞在期間中にあてがわれた、従者が入ってくる。
「そろそろ朝食のお時間です。
着替えのお手伝いをさせて頂きます。」
「……はい。」
これだ。
召喚された施設で、ナポレオンのコスプレをさせられた時も、
昨日の夕食前に、イブニングスーツとやらに着替えさせられた時も
一から十まで手伝いが入るのだ。
気恥かしさをすっ飛ばし、正直鬱陶しい。
だが、これを断ると彼らはまるで、頭のオカシな人間を見るような目で、こちらを見てくる。
貴族には、これが普通なのだろうか。
いかんな。
人間少しでも満たされると、新たに次の不平不満が溢れてくる。
ここでは、現代人の常識など通用しない。
どんなことで不興を買うか分からないのだ。
謙虚に行こうぜ俺。
着せ替え人形になりながら、
ここを出立するまでの間に、やるべき事を整理する。
と、言ってもさほどのことではない。
与えられる土地の情報を、可能な限り集める。
そして国として独立させるとのことだが、その後の王国との関係性。
属国扱いなのは確実だが、どの程度の自由がきくのか。
あとは……。
金をインゴットで、駄目なら金貨のような形で幾ばくか融通して貰えないかだ。
これは最悪、小石のような金塊でも構わない。
ワンクラでの貨幣へ、変換できるかどうかの確認が最優先だからな。
しかし、価値としてどの程度になるのかが気になる。
この国に金貨があるとして、もしもそれ一枚で1ゴールドじゃ話しにならない。
魔石一個買うのにも50ゴールドだ。
他の素材のことを考えると、魔法武器一つ作るだけで破産ししてしまう。
「如何でしょうか?」
思索に耽っていると、いつの間にか着替えが完了していた。
従者が持つ銅の手鏡を覗きこむ。
「うん、悪くないです。ありがとうございます。」
実際はよく分からないけど。
でも、正直に答えてあげく、あえて悪印象を与える必要はないだろう。
「それでは食堂へ参りましょう。こちらへ。」
男はニコリと無機質な笑顔を見せ、歩きだす。
それにしても不便だ。
王宮自体はバカみたいに広く。
エレベーターなんぞ当然あるはずもないため、
食事をしにいく事で、運動不足を解消出来るレベルだ。
レベル…。レベルか。
この世界で、俺のレベルを上げることは可能なのだろうか。
ワンクラでは、軍事力を抑える事を念頭に、縛りプレイをしていたため、
現状わずかレベル2しかない。
この世界で俺は一般人にすら勝てないのだ。
もしも、経験値の稼ぎ方がワンクラ通りであれば、NPCかPC。人を………殺す必要がある。
NPCであれば心は痛まないが、
この世界の人間は生身の人間なのだ。殺せるわけがない。
まともな現代人なら当然だろう。
人殺しは禁忌、それが常識なのだから。
しかし、戦争に巻き込まれれば、
否が応にも、その時はやってくる。
死にたくなければ、殺すしかないのだ。
くそっ。
忘れてた不安感が、また……。
「テンクモ様、……テンクモ様!」
名前を呼ばれ、ハッとする。
目の前はもう食堂だった。
10メートルはありそうなテーブルの上には、
何故そんなに?という量の銀器が並べられている。
出てくる料理にあわせ、外側から使っていけば
まぁ大方、大丈夫だそうだが。
「おはよう、良い朝だな勇者殿。」
上座には既にアーシェン国王が座っていた。
「おはよう御座います。アーシェン陛下。本日もご機嫌麗しく…。」
「おいおい、そんなに畏まらないでくれ。
そなたも一国の主となるのだ。対等に接してくれて構わんよ。」
どの口がそんなことを……。
どうせここで、本当にタメ口きいたら、
うぉぉん!この無礼者をブチ殺せぇ!フゴフゴッ!
とか言い出すんだろう。
「お戯れを、与えられるばかりで、
それでもなお対等と言える程、恥知らずでは無いつもりです。」
「……。ふはっ。
いや、すまん。昨日とは打って変わって、随分しおらしいではないか。」
「はは……。あの時はどうかしていたんです。
どうかお忘れ下さい。」
白々しい、どうせ魔法のことには気付いてるくせに。
そもそも昨日の一件で、もう仲良く食事をする関係ではないはずだろう。
仲良く出来るなら、俺を僻地に飛ばす必要などないのだから。
「この後、諸侯と簡易的な会談がある。
彼らへの無用な刺激を避けるために、そなたには席を外してもらうぞ。
これ以上ボロを出されてもまずいからな。」
「……承知しました。」
「誤解しているようだが、
何もそなたを葬るために、国境へ向かわせるのではないぞ。」
「…………。」
「勇者を南方へ沿えることで帝国への牽制とし、王国軍再編の時を稼いで欲しいのだ。
なに、後方のオルダナ城塞に通達しておくゆえ、有事の際は、必ず救援に駆け付ける。
そなたと村人…、国民が非難出来る程度の時間は稼ぐと約束しよう。」
本当だろうか……。
「おそらく帝国から引き抜きの使者や降伏勧告があることが予測されるが、
どういった場合でも、可能な限り返事を引き延ばして欲しい。
あちらは王国の諸侯と同じく、そなたに戦う力が無いことを知らぬ。
多少なりとも高圧的で、ちょうど良いくらいであろう。
しかし加減を誤るなよ。」
「……自分の命が掛っているんです。無茶なことはしませんよ。」
「ふふふっ。信用されておらんな。
そもそもだ。そなたを害しただけであれば、こんな回りくどいことはせん。
昨日、あの場で首を叩き落とすこともできたのだ。
……勿論今でもな。」
「……承知致しました。」
分からん。言ってることは、もっともらしく聞こえる。
だが、どうしても本音で語っているとは思えない。
くそっ、こいつ嫌いだ。
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『和やか』なムードで朝食が終わり。
今はあてがわれた部屋で一人過ごしている。
アーシェンが他の貴族と、互いの認識の擦り合わせが終われば、
次はいよいよ俺にあてがわれる土地と、国の扱いに対する通達が行われる。
ドキドキしながら待機していると、コンコンと扉が鳴る。
案内の人間に付いてくるよういわれ、貴賓室へと通された。
「待たせたな。」
上質な皮張りのソファーに腰を沈めていると、
アーシェンが入ってきた。
「余もそなたも、これよりますます多忙となる身だ。
前置きは省き、要件のみを満たそう。
これが我が王国と帝国隣接部の、そしてそなたに与える予定地の地図だ。」
うん?随分簡略な地図だな。
俺に余計な情報を与えない様にしているのかな。
というか、これ……。
「陛下、これは。私の国が興ることで、
王国は事実上、帝国と隣接国では無くなるということですか。」
実際はまだまだ隣接地はあるのだが、
ビエゴ山脈が国境を隔てている。
俺にくれるという土地が、不自然に横長いことを考えると
行軍不可能な程、険しい山脈なのだろう。
「うむ、そうなるな。そなたの働きに期待しておるぞ。」
マジか。ある程度予想はしていたが、ここまで露骨に緩衝地帯にするのか……。。
「謹んで拝領致します。
それと、王国との関係について確認しておきたいのですが。」
「分かっておる。過度な内政干渉などの懸念をしておるのだろう。
国を興させると称しておきながら、
その実、フタをあければ主君と一領主の関係だった。
それを心配であろう?」
「話しが早く助かります。」
「心配するな。基本的に自由に統治すればよい。
もちろん我が国とは同盟という形を取ってもらうがな。
条約については後日書簡にて届けるゆえ、
内容を確認し問題なければ、合意のサインをもって正式な物としよう。」
なんだ?何もなしなのか?
同盟の書面は残るため、国としての正当性もこれで確保できるとは思うが、
もっと細かい取り決めがあるものだとばかり…
「わ、わかりました。それと非常に申し上げにくいのですが、
いくつかお願いがありまして。」
「なんだ?大概のことには融通する。申してみよ。」
「はい、私がこれから向かう土地のことについて、完全な無知でありまして。
できればある程度の学があり、かの土地の情報に精通した人間を都合頂けないかと。」
「ふむ、そうだな。
領地までは護衛を付けて、送り届けるつもりではあったが、
確かに、あそこでは補佐役の人材を確保するのも難しやもしれぬな。
領地の運営が滞るようでは、話しにならん。
出発までに適当な者を探して与えるとしよう。」
「感謝いたします。
それとですね…。一から国としての体裁を整えるわけでして。
そのー…、いろいろとですね、先立つものがですね。」
「金か。ふむ…、戦時中ゆえ国庫に余裕があるわけではないが、いくらかは都合しよう。」
「あっ、あのですね!まだ、この国の経済や商流に疎く、
できれば価値として分かりやすい黄金を塊で頂けると……。」
「……。都合しよう。」
「あ、ありがとうございます!いやー太っ腹ですね!」
「……。」
ヤバイ。調子に乗り過ぎたか。
「交渉事を行う時は、もう少しドッシリと構えて行え。
たとえ内面でビクついておったとしてもな。
そんなことでは帝国に付け込まれてしまうわ。」
あれ、心構えを教えてくれた。親切だな。
いや、違うな。ウチ陥落すれば
王国はまた帝国と地続きだ。つまりそういうことだ。
「ご教授感謝いたします。」
こうしてなんとか必要な物を都合する事に成功し
とうとう南への出発の日を迎えることとなった。
頑張ります!