王の策略、勇者の力
ここはアルバンス王宮の中にある、国王の執務室。
「陛下!!なぜ予定通りに、叙任式を行わなかったのですかっ!」
廊下にまで響き渡る声を荒げているのは、
王国の摂政である、ヒメロ・ローラン・ラッセルズ。
「あー、うるさい。声を荒げるな叔父上。」
いつものことであるのか、
アーシェンは鬱陶しそうに、手をヒラヒラと振る。
「我が王国が、勇者を取り込んだとなれば!
帝国との講和を、有利に進めることが出来たやもしれんのですぞ!!」
「……ふん、本気で言っているのか?
もはや、おとぎ話の中の存在となりつつある勇者だ。
戦況を優位に運んでいる帝国が、その実力を試すことなく、譲歩してくるなど考えられまい。」
「そうだとして!直轄領の一部を譲り、しかも自治権を認めるなどっ!!
正気の沙汰とは思えません!!」
「いいから落ち着け。外にまで叔父上の声が響いておる。
王と摂政が不仲などと噂でも立とうものなら、諸侯の野心を刺激し国内の不和を招くぞ。」
ハッとし、深く息を吸い込み吐き出す。
主君の暴走が原因とはいえ、冷静さを失っていた自分に恥じ入った様子のヒメロ。
「……失礼致しました、陛下。」
「よい。
叔父上の心配も分からぬではない。我が国は先の戦いで大敗をきっした。
その穴埋めを行うはずであった英傑召喚であったが、
現れた勇者はアレだ。
国内最高の魔導士を無駄に失ったといって良かろう。
そんな中で、さらに領土を減らしたりすれば、諸侯が王の乱心だの騒ぎだすやもしれぬな。
しかしだ、敗北した軍の態勢を立て直すためにも、
帝国相手に一刻でも、多く時を稼ぐ必要があるのは分かっておるな?」
もちろんヒメロも、時を稼がねばならない、という点については同じ意見である。
「はっ、理解しております。」
「うむ、それにはどうすれば良いか。
小勢ではあるが、勇者が率いる国が出来た場合を考えてみよ。
王国の息がかかっておるとはいえども、実力が未知数の相手だ。
すぐさま敵対し、侵攻するような愚かな真似はすまい。
軍を動かし、余計な損耗をする可能性を取る前に、
帝国はまず自国に味方するよう働きかけるであろう。
なにせ海を裂き、山を砕く勇者様だからな。くくくっ……。」
小ばかにした様子で、含み笑いを零すアーシェン。
「伝承の類は得てして誇張される物。私も完全に間に受けていたわけではありませんが、
まさか、あのような凡人が現れるとは……。
あれでは王国のために、その身を捧げたロットも浮かばれんでしょうな。」
「さて、それよ。
海山の話しは誇張にしても、あの男本当にただの凡人なのか?
遥か太古より行われてきたであろう、英傑召喚についての伝承は数多くあれど、
無能が現れたという伝承は残っておらんのであろう?」
「……そうですな。聞いたことがありません。
しかし、魔水計の故障などでもなく、間違いなく1~2程度を示したそうです。」
「戦う力はない、叙任式の様子では知恵者である可能性もない上に、
精神安定の魔術で逆に己を見失う始末だ。……はっ、凡人どころか愚者だな。
まともな使い道が見いだせんのなら、対帝国の壁役として働いてもらおう。」
「時間を稼げたとして……、勇者の化けの皮が帝国に知れた後、
与えた土地ごと帝国傘下に下ってしまう可能性が高いですが。」
「問題あるまい。式典でも話したが、あそこはロクに開発されておらん辺境地だ。
いくら帝国といえども、戦時下において一から開拓せねばならん土地に、そうそう構う暇などなかろう。
こちらが態勢を整えてから、奪い返せばよい。
そして、一度裏切った勇者に帰る場所などない。
価値のない勇者と、価値のない土地。
空の宝箱を手に入れるために、帝国にはせいぜい無駄な時間を掛けて頂こうではないか。」
「なるほど、叙任式では怒りに任せ、突拍子もないことを口にされたと思っておりましたが、
深い思慮の元での妙案だった訳ですな。」
王国を支えるため、若王の動向に、日々神経を擦り減らしてきた。
しかし着実に成長している主君を目の前に、肩の荷が少し軽くなるのを実感し、顔を綻ばせるヒメロ。
「まぁ、すべて先ほど思いついた後付けの理由だがな。」
アーシェンは悪びれた様子もなく、
「あまりの無礼な振る舞いに、その場でそっ首叩き落としてやろうとも思ったのだがな。
余も我慢強くなったものだ。」
ガクリと肩を落とし、ぬか喜びを悲しむべきか、
後付けとはいえ、己を納得させる弁舌を披露した主君に喜ぶべきか。
薄くなりつつある頭髪を撫でながら逡巡し、
どちらにせよ自分の気苦労がまだまだ絶えぬであろうことに、
辟易するヒメロであった。
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◆天雲視点
どうしよう、大変な事になってしまった。
本来であれば、今ごろ子爵としてすべきことや、振舞いなんかを聞かせて貰っていただろうに。
ウーリンガさんが、妙な魔法を掛けたおかげで、
……違うな。彼は俺を助けてくれようとしたんだ。
感謝こそすれど、責めるのはお門違いか。
ウーリンガさんの仕事は、王宮まで付き添うことで終わりだったようで、
叙任式の後、「すまぬ……。」と一言謝辞をくれ、俺の前から去って行った。
王宮魔導師とのことなので、城のどこかにはいると思う。
寂しい気もするが、死刑宣告を受けたも同然の俺が、このまま出立すれば彼とはもう二度と会うことが無いかもしれない。
……そう、死刑宣告だ。
俺の無礼な振る舞いに、完全にブチ切れたアーシェン国王は、
安全な内側の領土ではなく、敵国と隣接する領土を俺に譲渡してきた。
一部上場の一流企業に内定が確定したかと思えば、
あっという間に、子会社の社長として出向することに。
しかし、その子会社は業績が真っ赤、
業務は真っ黒の吹けば飛んでしまう零細ブラック企業だったのだ。
完全に左遷である。
死ぬ、確実に死ぬ。
目と鼻の先に戦争相手の国境。
国として拝領する土地が、どの程度帝国と接しているのかは、まだ知らないし、
今は小康状態らしいが、一度戦いが再開されれば、いきなり本土決戦の可能性もあるのだ。
たとえ戦い自体を生き抜いたとして、負ければ王である俺は戦犯者として、死刑になるだろう。
「あぁーーー……。なんでこんな事にぃ……。」
そもそも、英傑召喚ってなんだよ!
呼ぶなら呼ぶで本物の勇者を呼べってんだ!
普通のサラリーマン呼び出して何をさせる気だよ!
現代の知識を使ってぇ、異世界で無双しまぁーすってか。
出来るか!そんなもん!!
俺に作れる現代の品物なんて
せいぜいレモン電池ぐらいだよ!!
豆球光らせてどうしろってんだ!その前に豆球もないけどな!
「……はぁ。」
こんな事なら、もっと為になる本を選んで読書すれば良かったな。
戦国や幕末なんかの歴史書なんか割と好きだったけど
記憶にハッキリ残っているのは、漫画やらライトノベルの方だし。
物語の主人公なら窮地に陥った時、秘められた力が解放されて
オデコやら手の甲に、光る紋章が浮き出たりするんだけど。
俺にも、そんな竜の冒険者みたいに、戦闘力をぶち上げたり出来ないものか。
……出来るかな?
「はぁっ!!!!」
………。
「はぁぁぁぁぁぁあ……。」
「うぬぬぬぬぬぬぬ……。」
「はぐぐぐぐぐぐぅ……。」
「ぴぎぃぃぃぃぃぃ。」
「ぬわーーっっ!!!!!!!!!!!!!!!」
ピッ
「あっぶ!あっぶねぇ!!!」
えっ!?なんだ今の音!!
血管か?血管が切れたか!?
………いや、違う。
なんだコレ。目の前に…
【ユウキ】レベル2
HP42
MP12
これ、ワンクラのステータス表示じゃないか…。
なんでだ?
まさか、本当はまだゲームの中なのか?
自分の頬を叩く。
うん、痛いな。
そもそも、生理現象や健康上の問題でVR系のゲームは、
最大でも3時間で強制ログアウトだ。
まして昨日から既に24時間近く経過している。
何かの間違いで意識が現実に戻ってなくとも
とっくに機械からどかされ、病院に運ばれてるはずだ。
そうなれば、どかされた時点で当然ゲームは中断される。
……。
ゲームの中ではないとすると……。
これか?これが英傑召喚の力なのか?
ゲームの中でしか使えなかった力が
俺の中に宿ったのか?
ゲームの要領で所持品チェックを行う。
おぉ、ボックスが開いた。
が、残念ながら所持品は空だった。
ダメか。
それなら、ワンクラのメイン能力である、物質の破壊と素材化は出来るのか?
部屋にあるテーブルに意識を向ける……。
これもダメだった。
しかし正確にいうと、他人の所有物をこの能力で破壊、素材化することは出来ないためだ。
王宮、おそらく王都全体も所有者がいるから無理だろう。
拝領予定地の行きがけにでも試すか。
次に購入ウィンドウを開く。
所持金は0ゴールド表示。
所持品と同じ扱いだったのか、この世界には持ち込めなかったようだ。
ゴールド……。
王宮の内装があれだけ金ピカなんだ。
この世界にも金はあるだろう。問題はそれがワンクラの通貨として使用できるかどうか。
確かめなければ…。それも出来るだけ早く。
なんとかして、ワンクラの物資が入手出来るようになれば…。
うん、希望が見えてきたぞ。
こうなってくると未開地を貰える事になったのは、
逆に都合が良かったかもしれない。
村があるとか言ってたな。どれくらいの規模なんだろうか。
情報が必要だ。
ワンクラの能力を生かし切れるのか、
この世界の兵士や武具の強さ、どんな魔術があるのか。
戦争を回避する程度の抑止力だけでも手に入れば
死なずに済むかもしれない。
そう考えると、重く圧し掛かっていた重圧から解放され、
心が軽くなったような気がする。
恐怖で回転が鈍くなり、錆び付いていた思考が、
緩やかに、しかし確実に回りだした。
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