謁見
翌日、当然あんな部屋で、満足に眠れる訳もなく朝からフラフラだった。
だというのに、目の前に並ぶ朝食は、石みたいな硬さの黒いパンに、キノコの入ったうす塩味のスープ、
それに茹で卵がひとつだけ。
なんとも酷い扱いだと思ったのだが、
この辺りの平民は、これで普通らしい。
むしろ卵は贅沢品にあたるそうだそうだ。
貴族になれば、もう少しマシな食事にありつけるのだろうか……。
今日は、これから馬車で3時間ほど走った先にある王都に出向き、王様に謁見。
さらにその場で、子爵の叙任も行われるらしい。
子爵。……子爵ってどのぐらいの階級なんだろうか。
聞きそびれてしまったな。
朝食が終わると、ナポレオンみたいなみたいな服装に、着替えさせられ、
叙任式での受け答えについて、昨日魔水計を持っていたスミスという男性から、簡単な説明を受けている。
「……以上が一連の流れになります。」
「な、なんとか頑張ります……。でも不安で不安でしょうがないです。
今も緊張で喉がカラカラに……。」
「水差しをお持ちしましょう。
まぁ、貴方の場合、王国の作法に疎いという事は知れていますので、
多少の間違いについては問題視されないでしょう。
ただし、明らかな侮辱や挑発は、無礼打ちは無いにしても、
なんらかの処罰を受ける場合もあり得ますから、くれぐれもご注意下さい。」
「はい……。ありがとうございます。
……そういえば、スミスさんはウーリンガさんの様に、俺を粗雑に扱わないんですね。」
「ウーリンガ様、とお呼び下さい。
貴方は中身はどうであろうと、これからアルバンス王国の子爵に、まして勇者様となられるのですから。
私の様な小物が、不遜な態度を取る訳には参りません。
ウーリンガ様は……、ロット様の事を偉大なる魔術師をして本当に敬っておられましたので。」
あぁ、表向きのポーズだけか。
この人もきっと不本意なんだろうな……。
ウーリンガさんには、俺がロットさんとやらの敵の様に映ってるんだろうか……。
「スミスさん、爵位について、質問してもいいでしょうか。」
「何でしょう。」
「俺が叙任される予定の子爵位なんですが、
貴族の中ではどの辺りの階位にあたるんでしょうか。」
「子爵は男爵の上位、伯爵の下位になります。
男爵は元々、その地の有力者を王家が、従属化して取り込んだ家に与えられた爵位ですので。
王家が家臣に下賜し、独立した領主とする中で言えば最も低い階位になります。」
「……一番下ですか。」
「誤解なさっているようですが、本来なら新たに領土が増えた訳でも無い中で、
功績の無い者に王家が直轄領を削ってまで、新たに子爵位領を授けるというのは、
凄いことなのですよ。」
「戦争を控えているようですし、言われてみるとそうですね。」
「そうです。それに帝国との戦いで、武功を上げれば新たに得た土地を下賜して頂けるやもしれません。
それに値する功績があれば他の諸侯も納得せざるを得ませんから、伯爵、侯爵も夢ではありません。」
俺が武功上げれると思ってるんだろうか、この人……。
「それでは、王都へ向かうための馬車が、表に待機しておりますので、
喉を潤した後にご乗車下さい。」
「はい……。では行ってきます。」
スミスさんは無言で深々と腰を曲げる。
はぁ……。憂鬱だ……。
ゴトゴトと、馬車に揺られながら初めて外の景色を目にした。
英傑召喚された施設は、町から少し離れていたようで、
今は農村が視界一杯に広がっている。
徐々に近づくにつれ、城壁のようなものが見え、
本当にここは異世界なんだなーとか、もう家に帰れないのかなー、などと考えていると、
対面に座った不機嫌な様子のウーリンガさんが話しかけてくる。
「テンクモよ、これから王宮のある城塞都市に入るが、
お主に勇者としての力が無い事は、くれぐれも他言無用じゃぞ。」
「……はい。離反者を招くんですよね。」
「そうじゃ、それとお主が勇者足りえぬのであれば、
王国にとって利用価値は無くなるからの。
勇者を語った偽者として磔られるか、良くて放逐されるのがオチじゃろう。」
そして、のたれ死にか。
それだけは嫌だな…。
「心配してくれてるんですか?」
「するか。そんなもん。」
それ以後は、ゴトゴトという車輪の音だけが、車中に響く。
◇
王都の外門を潜る。城壁の高さは10メートル以上あるだろうか。
元の世界で高層ビルを目にしてたので、高さ自体に驚きはなかったが
延々と横への広がる城壁に、正直感嘆し僅か一瞬だが憂鬱さが吹き飛ぶ。
このまま王宮まで一直線かと思ったのだが、
勇者が召喚された事を大々的に広める目的で、市街地でパレードを行うらしい。
そのために、門を潜った先で既に隊列を組んでいる大勢の儀仗兵と合流。
偽勇者のために皆さんご苦労様です。
内門が開き、市街地の様子が目に飛び込む。
王国にあらわれた英雄を一目見ようと、多くの人々が通りを埋め尽くしている。
その英雄様がこんなんで、本当に申し訳ないけど……。
俺に期待し憧れの目を向けてくる人々見ると、緊張と焦燥感が爆発的に膨らみ、
また口の中がカラカラに渇く。
「うぐっ……。吐きそう……。」
「こんな衆人環視の中で醜態を晒すでないぞ。
お主自身の首が掛かっておるのだぞ?」
「そ、そんなこと言ってもですねぇ…。というかプレッシャー掛けないで下さい……。」
「んぐっ……。」
口内まで逆流していた胃液を無理やり飲み下す。
あー、帰りたい…。帰りたい、帰りたい。
大体、俺を隣国の牽制に使うって言っても、
本当に戦争が始まったら一体どうなるんだよ…。
矢面に立たされても、何もできずに死ぬだけだ。
あー、嫌だ。帰りたい。
歓声を上げる市民達に手を振る余裕もなく、そんな事を考え ていると、
都市の中心にある巨大な王宮が見えてきた。
ねずみの国のお城を想像してたんだけど、
外壁は無骨な石積みの城だな。
-50ファンタジー。
馬車から降車し、ウーリンガさんの後ろに続き、城内へと入っていく。
外壁と違い、内装は見とれる程に美しい。
壁や天井には細かな細工がなされ、
金色に輝き沢山のロウソクが立てられた、巨大なシャンデリアが吊り下がっている。
+150ファンタジー。
などと、脳内でおちゃらけてみても、緊張は解けないし現実も変わらない。
というか、無駄な事を考えている内に、
謁見の間まで来てしまったぞ…。
まだ、心の準備が出来ていないのに。
……。一年時間を貰っても出来そうにないが。
「テンクモよ、心の準備はよいか?」
「ウーリンガさん、様、……無理です。」
「……行くぞ。」
無情にも、ガチャンと重い音を立て、重厚な造りの扉が開いていく。
王座へと真っすぐ伸びる、真紅の生地に金糸で刺繍が施された絨毯。
王座にはまだ誰も座っていない。
そこへ至るまでの端々には、これまた金ピカの豪華な腰掛椅子が並んでおり、
恐らく、この国でも高位の貴族達であろう、威厳のある面々が座っていた。
市街地で浴びた視線とは、比べ物にならないプレッシャーを感じる。
蛇に睨まれたカエルとでも言おうか。
自分の足が自分の物で無いようだ。動かそうにも前に出ない。
息も上手く吸えない。なんだこれ、クラクラする。
足の震えで転んでしまいそうだ。……まずい。
(闇夜に怯えし彼の者に、今一度立ち上がるための炎を心に燈したまえ。
ブレイブハート。)
ウーリンガさんが何かを唱えると、途端に心が軽くなった。
(しっかりせんか!お主は勇者なんじゃぞ!)
うおぉ、これが魔法か。凄い効き目だ!まじかよ!
サンキュー!ウォンチュー!ウーリンガ!!
+100万ファンタジー!!!
経験したことの無い高揚感が俺の身を包んだ。
脳天がゾワゾワする。
ウーリンガは付き添いはここまでと、入口付近の壁に張り付く。
俺は堂々とした勇ましい足取りで、ズンズン絨毯を進む。
ぬははは!
今の俺なら神にすら戦いを挑めるぜ!!掛かってこんかい!
おうおう、人を品定めするような目線を向けやがって貴族どもが!
俺は勇者様だぞ!もっと敬意を込めた視線が欲しいもんだ!
玉座の手前で胡坐をかき、ドカリと座り込む。
ん?しゃがむんだったかな?なんでもいいか!
それにしても周りがザワザワと煩い。
上座側の扉に立っていた兵士が、こちらの態度に一瞬のためらいを見せた後、
「アーシェン・ロマ・アルバンス陛下のご入場ーーーー!」
と歌い上げるような大声を出し扉を開く。
音楽隊が奏でる荘厳な曲と共に、遂に王様が……少年が入ってきた。
こちらに視線を向けると少し目を見開き、冷ややかな目線に変え玉座に座る。
おいおい。まさかあれがアルバンス王か?
俺より確実に年下じゃねぇの?
「よく参ったな。勇者テンクモよ。
余がこの国の王、アーシェンである。」
「おう!宜しくな!!
それにしても王様は若いんだな!もっと年寄りをイメージしてたわ!」
「ふむ、数えで16ゆえまだまだ若輩と言えような。
それにしても、ウーリンガから聞いておった印象とは大分違うな……。
どういった心境の変化か。」
「どうしたもこうしたも、そんな話しをする為に、勇者である俺を呼んだわけじゃないだろ?
お隣の帝国に俺をぶつけて、あんたは高見からそれを見物する。だろ?
いやー、楽なもんだね!王様ってのは!
帝国を片付けたら俺も王様にしてくんない?なんちゃってー!」
「無礼者!!!」「己が身を弁えよ!!」「何様のつもりか!」
外野から飛んでくる怒号。
うるさいなー。
なにが気にくわないのか。
そもそも、王様の前で怒鳴り声を上げるなんて、礼儀がなってないん…じゃ、ないかなー……。
……あれ?俺何してんだ?何を言ったんだ??
「ほう、ウーリンガから『子細』は聞いておったゆえ、
そなたを直接帝国にぶつけるつもりは毛頭なかったのだがな。
そうか、王になりたいとは随分大きく出たな。ふふふ。」
「いや、あの。」
「その不遜さと豪胆さ、流石勇者と名乗るだけの事はあるな。」
「ゆ、勇者では……ゴニョゴニョ」
否定しようとするが、ウーリンガさんが口にした、
俺の利用価値についての言葉が脳裏をかすめ、慌てて言葉を濁す。
「そなたは勇者であろう?まさか余に対し偽りを申したわけではあるまい。のう?」
「はい ……。」
「うむ、王の地位を望む勇者よ。
戦後の恩賞を先に取らす形にはなるが、…そうだな。
国の最南端にあるオルダナ城塞。
……の、さらに先に、コソという『村』がある。
その周辺は余の直轄領であるゆえ、そなたに自治権を認め、小国として独立させてやろう。」
「陛下!何を仰るのですか!!」「おやめ下さい!」
「みすみす領土を、お捨てになるおつもりですか!!」
叫ぶ貴族。
俺も叫びたい…。
「なに、彼の地は開拓の進んでおらん辺境地ゆえ、
王国への影響なぞ無視して差し支えないわ。
詳細な境界線等は、追って伝えよう。
今日は我が城でゆるりと休むがよい。」
「は…、あの。」
「下 が れ 。」
「はい……。」
どうしよう、これ死ぬやつだわ。
読んで下さりありがとう御座います。
もっとスラスラ書ける様になりたいです。