異世界へようこそ
状況が分からない。
ついさっきまで、俺はワンクラで遊んでいたのに、気が付くと見覚えのない部屋に移動している。
そして、さっき打ち付けた尻もまだ痛む。
しかしVRゲームに痛覚を再現する機能など搭載されていない。
厳格な規制法も確立されている。
いまだ信じられないがこれは…
「現実…なのか…?」
改めて周りに視線を向ける。
広さだけ言えば六畳程度ある円形の台座の上に自分がいることが分かった。
わりと高いな…。
「ロット様ーーー!!」
うぉおおっ。なんだ!?
大声に驚き、台座から下を覗き込む。
すると、そこには白いローブを着た人々が大勢い整列していた。
沈痛な面持ちの人もいれば、目に涙を溜めつつも喜んでいる様子の人、
その場に崩れ落ちて泣き叫んでいる老人もいる。大声上げたのはあの人か。
「ロット様はその身を犠牲に、英傑召喚を完遂なされたっ!すぐに登城して陛下にご報告するのだ!」
老人が指示を出すと、一人の男が了解の意を示し、駆け足で部屋から出て行った。
そして、老人は男が去るのを見届けると、こちらを見上げその場にひざまずく。
「はじめまして、勇者様。わたくしは王宮魔導士統括補佐のウーリンガ・ミルズと申します。」
「は、はじめまして。天雲勇気と申します…。」
「テンクモ・ユウキ様ですか。
異界より現れた方々は、変わった名を持つと伝承されておりますが本当のようですな。」
「………。」
「いや、これは失礼致しました。
けっしてバカにした訳では御座いませんのでお許しを。」
そう言い、ウーリンガと名乗る人物は深々と頭を下げた。
しかし名前の件で黙ったのではない。
なんて言った?この人。勇者?イカイ?
「何分我々も英傑召喚が成されるのを経験するのは初めてのこと……。
テンクモ様は、どこまでこちらの状況を把握されておられるのでしょうか。」
「どこまで、というか全く今の状態が理解出来てないんですが……。」
「なんと!?左様で御座いましたか。
それでは、陛下の御前に出て頂く前に、わたくしの方からある程度、説明させて頂きましょう。」
「英傑召喚とは、魔導の深淵に到達した者が、その身を灰とし散らすことで、
異なる世界より勇者を呼び寄せる究極の召喚魔術で御座います。」
「召喚された勇者は、剣を振るえば海を裂き、魔術を放てば山をも砕く。
その傑出した力と、溢れる慈愛の心でもってかならずや救国の英雄となられるであろう…。
という伝承が語り継がれております。
そして、王宮魔術師統括で、かつ最も優秀であったロット様が此度の英傑召喚を行いました。」
「はぁ……、そうですか……。」
なんだこれ。
VRゲームしてたら異世界召喚されました。
そんで魔王軍か何かが攻めてきてるので、ちょっと倒してくるぜ!ってか。
んなバカな。
「テンクモ様!ロット様の死を無駄に成されぬためにも、何卒我々の国をお救い下さい。」
「いや……、そんな……、
突然知らない場所に呼び出されてですね、
命と引き換えにっていうのは同情しますが……、
そもそも、そのロットさんって人の事も俺は何も知りませんし、
魔王軍相手に命掛けで戦えっていうのはいくらなんでも……。」
あ、ウーリンガさんが怪訝な表情に……。
「魔王?いえいえ、テンクモ様に相手どって頂きたいのは
我々アルバンス王国の隣国であるグランベルト帝国です。」
「グランベルト帝国ですか。それは人間の国なんですか?」
「……。えぇ、勿論です。」
なんてこった。召喚したのは悪の魔王と戦うためではなく、
戦争の駒にするためなのか。
というか伝承として残っているのであれば、
過去にも召喚された勇者がいたんだよな。
……その勇者様は怒らなかったのだろうか。
山を砕く力があれば逆に呼び出した国に猛威を振るいそうな気も…、山を砕く力か。
俺自身には、どの程度の力があるのだろうか。
「ウーリンガさん。英傑召喚すると具体的にはどんな力が備わるんでしょう?」
「……仰られる意味が分かりませんが、英傑召喚に関わらず、勇者様は勇者様ではないのですか?」
は?
「えっと……、つまり召喚されたから強くなるのではなくて、
英傑召喚は元々強い人が召喚されるということですか?」
「……おいスミス。魔水計を持ってこい。」
ウーリンガさんは、もうこちらの問いかけには応じず、
スミスと呼んだ男に何かを持ってくるよう指示をした。
水晶玉に温度計がくっ付いた様な道具を持ってきたスミスさんが、ボソボソと呪文を唱える。
すると道具は淡い光を放った。
が、それだけだった。
なんだろうあれ。
「……魔水に動きはありませんでした。残念ながら1。多くとも2程度でしょう。」
男は、非常に落胆した様子で、ウーリンガさんへ数値を告げる。
「なんと、なんと……。それでは我が師は一体何のために……。」
なんだろう、ワナワナ震えてるぞ。
不味い流れだというのは分かる。怖い。
「お主は…お主は勇者様ではないのか?このアルバンス王国に力を貸してくれる救国の英雄ではないのか…!?」
あ、タメ口になった。
「えーっと…。ち、力をお貸ししたいのは山々なのですが、
僕としてはですね。とりあえず一回もとの世界へ帰して頂ければなーと……。」
「ならん!!!!」
きゃあ!びっくりしたぁ…。
「ならんぞ!お主はアルバンス最高の魔術師、ロット様の命と引き換えに呼び出されたのじゃ!!
たとえ仮初の勇者であろうと、お主の体はもはやお主だけの物ではないのだっ!!」
なんだ。めっちゃ怒ってる。やばい、怖い。
でも俺の体は俺のもんだい。アンタのじゃないやい。
「……ふー。それにじゃ、召喚する術はあっても、帰還させる魔術など聞いたことがないわ。
そもそも、お主ら勇者が何処から召喚されているのかなどすら、ワシらには分からんのだからな。」
「なっ。」
なんじゃそりゃあ………!
あまりの動揺に本音が零れそうになる。
「それは困りましたね……。」
が、努めて平坦な声で返事を絞り出した。
反抗する度胸がない。また怒鳴られたらかなわん。
「……ちなみにですが、先ほどの1とか2とか仰ってみえた数字は何なんでしょう?」
「……あれは対象者のおおよその力量を数値にて表す魔道具じゃ。
1、2は一般的な大人以下の数値になる。……子供と変わらん。」
「そ、そうですか。」
運動も碌にしてなかったもんな……。
でも子供と変わらないってマジかよ。ショックなんだけど……。
「それで俺は、これからどうなるんでしょうか?」
「……とりあえず、本日英傑召喚を行うということは、すでに王国中に周知してしてしまっておる。
もはや隠し立ては不可能である。明日にでも陛下に謁見してもらうぞ。
が、その場では他の諸侯の目もあるため、お主が勇者としての実力を備えておらんかった事実は伏せておく。
王国随一の魔術師を失った代償に、お主の様な者を召喚したとあっては離反者を招きかねん。
しかし陛下だけには、お主のことを事前に通達しておく。」
「あ、はい……。」
「その後は陛下が裁定することゆえ、確かな事は言えんが、
恐らくは何らかの爵位を与えられ、アルバンス王国の旗印としてお主を担ぎ上げるじゃろうな。
我が国は勇者様を召喚した!これ以上戦争戦争を継続すれば甚大な被害を出すぞ!という感じかの。」
「ジャンヌダルクみたいですね。」
「ジャン……?なんじゃそれは。」
「あ、いえ……なんでもないです。」
ジャンヌダルクはフランスに担ぎ上げられ後に殺された。
縁起でもないモンに例えてしまった。忘れよう。
「何にしてもじゃ、お主はこのまま王国に協力するしか道はないぞ。」
「……一応理由を伺っても?」
「……はぁ。
まずもって、なんの力も無いお主が王国の意思に抗えるのか?
よしんば、お主の陳情が聞き届けられたとして、
王国は何の役にも立たんお主の生活の面倒なぞみぬぞ。
のたれ死ぬのがオチじゃろう。」
……ショックだ。個人の人権が尊重されていた日本で育った身としては、理解できるが納得は出来ない。
ある日突然連れ去られ、「お前今日から俺たちの所有物だから。ヨロシク。」ってなもんである。
「部屋を与えるゆえ、今日はもう下がれ。」
「はい……。」
その夜、あてがわれた4半畳程度の部屋は、縁台の上に筵だけの布団があり、部屋の隅に排便用のツボが置いてあるだけだった。
牢獄じゃねぇか。
更新頑張ります。