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運命(さだめ)の迷宮  作者: 刹那玻璃
目を背けていられない事態に発展しそうです!!
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哀しげに両親を探す実明の顔に、周囲は胸を痛めます。

「あのようでは、今度攻めに来るであろう……支度をした方がよいと思うが……」


 神五郎しんごろうの絞り出すような声に、重綱しげつなが、


「兄貴、今度の戦いは俺が……」

「いや。直江の当主が景虎さまの傍に居らねば、皆不審に思われよう。ある程度集まったのだ。これをなしにはできまい」


神五郎は、地図を広げる。


「この地形ならば……」

「おりゃぁぁ!」


と、背後から義妹の百合ゆりが絞め技をかける。

 慌ててすり抜けるが、景虎かげとらが途中でかっぱらってきたらしいほうきの柄で攻撃する。

 それも払い除ける。


「何をされるんです‼これから軍議です。邪魔をしないでください‼」

「軍議等必要ないわ‼私はお前を信用せぬ‼子供が会いたいと泣くのに、それを聞き入れず子供を見捨てる部下など、いつ裏切るか解ったものではないわ‼」

「景虎さま‼私は‼裏切るなどけして致しませぬ‼」

「口先だけの男は、兄上一人で十分‼」

「景虎さま‼」


 神五郎は叫ぶ。


「ならば、どうすればいいのです‼私はこの当主として、長尾の家に仕える為に努力し、生きて参りました。私は、器用な男ではありません‼ただ解るのは、実明はこちらに連れて帰り、私の跡を継ぐには体が弱く、景虎さまの足手まといになるでしょう。昔なら、先代ならば、そのような跡取りなど殺せと命じたでしょう。幼い頃の私のように‼」


 その言葉に梓と父、親綱ちかつな、中条の当主の藤資ふじすけが目を見開く。

 聞かされていなかったらしい。

 ちなみに義兄のけやきと弟の重綱も同様である。

 神五郎は叫ぶ。


「死ねと……まだ死なぬのかと……何度も何度もいい続けられ、必死に武器を手にし、生きてきた私です。息子にもそう生きよなどと言える訳はないでしょう‼」


 頬に伝うものは、滴り落ちる。


「会いたいですよ‼会って抱き上げて、迎えにこれなくて悪かったと謝って、一緒に生きようといえと言うのですか?自分の立場は‼」

「じゃぁ、直江神五郎ではなく、一人の父親としてこれを見て下さい。咲夜さくやの結婚式です」


 橘樹たちばなに背負ってきて貰った景資かげすけは、下ろして貰ったものの、座れず、後をついてきた母、佐々さざれの膝に頭を乗せられ、横向きの状態で画像を見せる。


「か、咲夜……‼これは?」

「はい、父上。咲夜の結婚式です。今、旦那さんの仕事の関係で別の国にいるんです。その向こうの国の衣装です」

「おぉ……愛らしゅう育った……こ、子供が生まれるじゃと‼」

「えぇ、ご主人である兄上がのろける程、幸せそうでしょう?」


 抱き上げて愛おしそうにみつめあう二人。

 そして場面が変わって、席について談笑する周囲、主役の二人……はるかは小さな子供をだっこしている。

 しかし、小さくとも解る。

 柔和で可愛い顔立ちに瞳はキリッとしており、髪の色は栗色、瞳も……と、眠くなったのか、疲れたのかぐすり始め、遼があやすが次第に、


「わぁぁぁん。パパ、ママどこ?」


と泣きじゃくる。

 数えで4才だが、もっと幼くたどたどしいうえに、口の中に手を入れて、しゃくりあげ、


「マンマー、ママァァァ、パパァァァ……」


ギャァァと泣き続け、最後にぐったりする。

 遼が額をおさえ、


「熱があります‼すぐに……」


と言うと別の男性が、


「私がいってくる」


と出ていく。

 その小さな実明さねあきの両親を探すさまに、重綱が、


「兄貴‼実明のところに行けよ‼」

「だ、だが‼」

「あんなに泣いてるじゃねえか‼寂しがってるじゃねえか‼パパ、ママってのは、兄貴と采明あやめを呼んでるんだろう‼なら、行ってやれよ‼」

「直江家を……」


言いかけた神五郎を親綱が拳を降り下ろす。


「直江家は……あんなに必死に親を呼ぶ孫をよう育てん父親が、直江の名を名乗るな‼二つに一つ‼直江の名を名乗りたいなら、実明をつれて参れ‼」

「あ、あんなに幼い、病がちな子を……無理です‼お父様‼」


 采明が泣きながら義父に訴える。


「それに、それに……旦那さまは必死に直江の当主を務めて参りました‼それこそ必死に‼それを認めて下さいませ‼私が悪いのです、私が……‼」

「采明が悪い訳ではない‼父上‼もう一つの方法を教えて下さい‼」


 妻を抱き締め訊ねる息子に、親綱は、


「孫を会わせん親不孝であり、孫を育てん馬鹿親だが、采明の家の婿養子にいってこい。戻ってくるな‼」


 シーン……


周囲は静まり返る。


柚須浦ゆすうらと言う姓だったな?その家に行ってこい。馬鹿息子。もう一人の馬鹿もいる。二人も馬鹿はいらん‼」


 呆然と神五郎は父親を見つめる。


「ち、父上……もうろくされましたか?」

「バカモン‼」


 再び拳が見舞われるが、寂しげに、


「直江の血に利用され、振り回されて泣く子供を見るのは、もうこりごりじゃ。お前も何かに苦しんでおったのは薄々解っておったが、解りきれなんだ。神五郎……わしは、よい父親であったかのう?」

「はい‼父上‼私は直江親綱の長男として生まれ育ち、幸せにございます‼」

「わしも……そなたのような息子が持てて幸せじゃ。その幸せを、実明に与えてやってほしい……ジジの望みじゃ」

「お父様……‼」


采明は泣きじゃくる。


「申し訳ございません、申し訳ございません……私が……」

「采明よ?わらわ達を甘く見るでないぞ?早急に支度をせい。あの当主にふさわしくない者が来る前に去れ。でなくば、危険ぞ?」

「は、はい‼」




 急かされ座を去った二人は、支度を進めていく。

 それを邪魔すると言うよりも、手伝いつつ聞いて回るのは、次の当主に決まった重綱と景虎、百合に景資、そして明子あきこである。

 明子には一緒に行くかどうか尋ねたが、


「まさくんとまーくんときっちゃんいるし、百合ちゃんと遊ぶの‼」


と百合のことがとても大好きになり、手を繋いでいる。

 その上、


「それにね?弥太郎やたろうお兄ちゃんとお約束したの。お嫁さんになるのよ‼」


の一言に、景資は、


「は、はぁぁぁ⁉」


叫ぶ。


「わ、私と結婚⁉」

「嫌?あのね?茂平もへい……藤資おじさまとおじいさまが、子供を結婚させたかったって言ってた。でも、藤資おじさまの子供の弥太郎お兄ちゃんとあきちゃんがお年が近いからって。だからね?お嫁さんにしてね?」

「わぁぁぁ⁉虎‼虎‼あんなこといってるよ⁉私と結婚するって、どうするの~!私の黒い本性がばれたら、叩きのめされる‼父上に‼」

「頑張れ、まずは親攻略‼」

「む、無理だ……‼」


 長年、直江家を裏で支え続けた欅を攻略することは……。


「何いってるのよ。景資」


 お土産に、今後のしばらくの手持ちの品をそれぞれ持ち込んだ3人だが、景資は太陽光パネルで電気を蓄電する小さいタイプの機材を持ち込み、スマホにタブレットで情報をなんとかできないか、戦術などを書き込んだメモリーカードをありったけ持ってきており、情報収集するのに余念がない。

 百合は百合で、可愛い姪の明子や景資の兄弟たち、欅や重綱の子供たちのおもちゃや、姉のシンプルな化粧や、景資が教えてくれたのだが……。


「当時の化粧品には、鉛や水銀……こちらは中国の不老不死の薬の中に含まれている練丹術れんたんじゅつたんに入っているんだ。丹は、牡丹ぼたん丹頂鶴たんちょうづるで解ると思うけれど、赤色なんだ。科学構成は……」

「いらないいらない‼私がそっち系苦手なの知ってるでしょうが‼」

「残念。奥が深いのに……錬金術とか、近代魔法の歴史。ホムンクルスの作り方‼ゴーレムについても研究したいね‼」

「あんたって変態ね」

「変人と言って欲しいね」


 言い合いに終わったが、一応、体には悪いと言うことを理解した百合は自然的な、肌の弱い人用の化粧品を買い込んできた。

 一応、女性である自分の分も含めてである。

 そして、


「あきちゃん?お姉ちゃんね?あきちゃんのおばあちゃまや橘樹お母さんにプレゼント……贈り物を持ってきたんだけど、会えるかな?」

「何じゃ?袖の下は要らぬぞ?」


姿を見せたのは梓に橘樹、佐々礼、そして、


「まぁぁ!可愛いお姉さま‼本気で言いたいのですが、この時代はこんなに美人が多いのですか?えぇぇ?どうしよう‼お姉ちゃん‼私不細工‼」


叫んだ百合に、


「百合に言われたら私はどうなるの」

「だって、咲夜なんてあの可愛い声と笑顔で『愛情の歌姫』よ‼琉璃りゅうりなんて『春の妖精姫』で、月季げつきは『月のようにつれない騎士姫』。私なんて……」

「『爆発破壊娘』だ。もしくは『役柄になりきる天才』だな」

「景虎‼」

「役柄になりきる天才?」


橘樹の問いに、微笑む。


「私は昔、子供服の舞台に出て色々な服を着ていたのです。でも、10才の私に裸になれとか……嫌で嫌で……その時に、新しく学校ができたと言うことで、入学試験を受けました。それで合格して、舞台にたって、こんなことをします」


 百合は、立ちあがり、袴の裾をつまみ優雅にお辞儀をすると、歌い始める。

 メゾソプラノの女性が主役の歌劇『カルメン』である。


『恋は野の鳥』


 私は恋をして生きていくの。

 私を束縛しないで。

 私は束縛されるのは大嫌いなんだから‼

 私は私として生きていくのよ‼


 と言う歌のあとに、景資がまだ変声していないが、歌うのは、歌劇『アイーダ』の、主人公アイーダのその恋人のラダメスが歌う『清きアイーダ』である。


 私は将軍として戦いに出向く。

 奴隷であるあなたを、必ず妻にしよう。

 清らかで美しいアイーダの麗しき姿を……。


と言う曲であり、長い歌劇の第一章からテノール歌手にとって試練の歌とも言われている。

 こちらも悲劇の歌曲だが、とても珍しい。

 イタリア語の曲だが、舞台はエジプトやギリシャ近辺の物語である。


「まぁ‼素敵ね‼あ、でも、景虎さまはダメですよ?」


 采明に、にっと笑った景虎がカウンターテナーで『私のお父さん』を歌い、周囲は手を叩く。


「素晴らしい‼景虎さまの歌も、百合に景資も‼采明も上手だがの」

「もう、ずいぶんと歌っておりませんから……」


 恥ずかしそうに笑う。


「でも、本当に素晴らしい歌い手だわ‼素敵ね‼」

「向こうにはりょう先生と瑠璃るり先生が待ってるわよ‼お姉ちゃんを鍛えるって」

「えぇぇ‼う、嘘……ゆ、夢だったのよ‼瑠璃先生ってあの『貂蝉ちょうせん』様でしょう⁉う、嬉しい……夢が叶うの?どうしましょう‼旦那さまに辛い道を……それなのに、私は……」

「素直に喜ぶがいい。采明」


 愛用の品を広げているのをそっと覗き込むのは、景資である。


「何を見て……わぁぁぁ‼こ、これって確か、平安時代末期の‼古刀ことうですよね‼」

「古刀?良くは解らぬが名品だと……景資、欲しいか?」

「重いですよ‼それに、私は虎と違って武器の扱いが不得手です。何でしたらそのまま持っていけばいいんです」

「だが……」


 躊躇う神五郎を真正面に回った少年は、真顔で、


「向こうの世界にいったら、采明さんに電話番号を伝えておくので、来てもらうといいですよ。その時に、私の名前を言って下さい」

「景資?」

「いいえ、一度変人の女言葉のおっさんがいたと思いますが、あの人が私の実父です。その人と一緒に来ていた冷静な、落ち着いた雰囲気の人が叔父です。私の捨てた本名は曹熊斗そうゆうとと言います。曹熊斗の口添えがあると言ってください」

「……父上に、似ていなくて良かったな」

「私も安堵しています」


にっこり笑う。


「では、ある程度持ち出せるだけ……後は、景資?お前に預ける。直江家と中条家は、景虎さまに仕える右腕であってほしい。この世界から逃げる、私が言うのはおかしいだろうが……」

「ありがとうございます‼必ずや兄上の想像以上の努力をもって‼」

「あぁ。お前のことは心配ない。心配なのは……」


 ため息をつく。


「景虎さま‼百合と喧嘩はやめてください‼」

「だって、兄上‼百合が『自分が景虎をするから、百合をお願いね‼』って、ウギャァァ!景資‼助けてくれ‼」

「ごめん。私は、母上とおばあさまと叔母上とあきちゃんのすることには邪魔しないんだ」

「なんだとぉ‼親友が必死に……わぁぁぁ!女装はこりごりじゃぁぁ‼」


 その叫び声を残し、連れ去られる景虎を見て、景資を見た神五郎は、


「景資、賢明な判断だ。我が家の女人は強い‼反抗するな」

「はい、分かっております。兄上」


景資は微笑んだのだった。

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