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運命(さだめ)の迷宮  作者: 刹那玻璃
目を背けていられない事態に発展しそうです!!
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熊斗の名前を捨てた景資は、とても図太い性格ですが、緊張しています。

 景虎かげとら百合ゆりに案内された場所に、たどり着いた熊斗ゆうとこと景資かげすけは、周囲を見回し、


「簡素な屋敷と、お寺があったんだね」

「町とは少し離れているからな。でも、二つの屋敷があった」


言いながら、景資と百合の手を握ると進んでいく。

 すると、はっきり言えば鬱蒼とした林だった場所は開け、人が行き交う町になっている。


「えぇぇ?町‼」

「昔はもっと質素だったよ。百合の姉上、采明あやめ姉上が、色々と始められているらしい。こっちだ」


 促して歩く。

と、すぐに、


「あれぇぇ‼クソガキ景虎‼」

「うるさいわ、色ボケ重綱しげつな。おっさんになったのに、今でもおなごの尻を追いかけてるのか?」

「え、えぇ?本気でお前景虎?もっとちっこいかと……」


自分の腰の下を示す重綱に、


 ウリャァァ‼


と回し蹴りをかます。


「いってぇぇぇ‼」

「主に対する言葉か‼馬鹿兄め‼」


と、周囲から人が出てくる。

 姉さんかぶりの質素と言うより上品な若奥様と、8才ほどの少女が姿を見せる。


「あらあらあら?景虎様に百合に……この方は?」


 美人と言うよりも21歳になるらしいが、本当に愛らしい采明が、頭を下げる。


「初めまして。百合と景虎様のお友達ですか?私は百合の姉の采明ともうします」

「一度だけ、遠目で拝見したことがあります。初めまして、私は中条弥太郎景資なかじょうやたろうかげすけと申します」

「……‼」

「……咲夜さくやが、百合は姉上の妹として生きていける。私は、この時代に先祖はこちらにおりませんし、私のことを心配してくれて、名を」

「そうでしたか……では、お帰りなさい。弥太郎やたろうくん。あきちゃん?弥太郎お兄ちゃんですよ?こんにちはって?それに、お母さんの妹の百合ちゃん」


 母親の裾に隠れるように頬を赤くして、しかもぼーっと景資を見つめている。

 元々、年下の子を可愛がっていた景資は、大きな瞳の愛らしい少女に、にっこり笑う。


「こんにちは、あきちゃん。大きくなったね」

「お、おぼえてるのでしゅか⁉」

「うん」


 正確には写真と、咲夜が色々と教えてくれたのである。


「良く遊んだよね?」

「おーい、コラコラ、チビガキ、家の姫に手を出すと鬼ババ二人とジジイに親父がうるっさいぞ?」

「誰が鬼ババぁじゃ‼」


 ゴーン‼


 景資が聞いたこともないほど重たい音に、重綱は吹っ飛ぶ。


「まことに、落ち着きのない‼ところで……景虎様ではないか‼」

「お久しぶりです。あずさ御前ごぜ。……失礼なつもりではないのだが、昔会った時よりも、益々お若くなられておられぬか?」

「まぁ、景虎様にお世辞を言われるとは……」

「いやいやまことに。なぁ、景資……駄目だ、こいつは美しいものを見ると、食い入るように見つめる癖がある」


 景資は、ぼんやりと年齢不詳の美女を見る。

 そして、むぅっとした明子あきこが母親から離れ、景資の袖を引っ張り、


「おばあちゃまばっかりだめ‼あきちゃんと遊ぶの‼」

「あ、ごめんね?あきちゃん。ちょっと待って、ご挨拶だけしたら、おうちに一緒につれていってくれるかな?」

「……お手手繋いでね?」

「うん。……お久しぶりにございます。梓様。私は中条弥太郎景資と申します。よろしくお願いいたします」


梓は、景資と名乗った少年を見つめ、


「覚悟はあるかの?中条の家の当主、景虎様を支える覚悟が……」

「あります‼逃げるのは簡単です。私一人では。でも、私は、家族がいて、まだ未知数ですが主がいて、友がいて、町の方々もいる。生きることを見つけました‼逃げません‼」


言い切った少年に目を見張り、そして微笑む。


「そうか、それでこそ我が孫。景資じゃ。明子?景資と、景資の屋敷にいっておいで」

「はい‼おばあちゃま‼」


 少女は袖を引っ張り、


「こっちこっち‼お兄ちゃん。きっと、茂平もへいおじいちゃんビックリするよ‼」

「はいはい。あきちゃんは元気で明るい子だね」

「変?」


首をかしげる少女に、


「違うよ。あきちゃんは明子って名前でしょう?明るい子ってお名前通りだねって言いたかったの」

「本当?あのねあのね、おかあしゃまのお名前とおんなじ文字なの」

「そうだね。あきちゃんはにこにこ笑顔がかわいいね」

「えへへ……」


頬を赤くする明子の姿に、


「ひっどーい‼私だってあきちゃんと遊びたかったのに‼」

「後にしてあげてね。多分、もうすぐ昼寝の時間なのよ。ちょっと眠ったら、きっと次は百合ちゃんって追いかけてくると思うわ」

「ぎゅってしたいわぁ‼」

「絞めるなよ。絞めるなら、そこの重綱叔父にしろ」

「やったぁぁ‼」


腕捲りをする百合に、


「百合、本気を出してはダメよ」


と采明に言われ、梓にまで、


「手を抜いてもらうがいいぞ?」


の一言に、


「母上も采明も、武士をあなどる……だぁぁぁ‼な、なんなんだ‼いてぇぇぇ!ぐえぇぇ、絞め殺される‼」

「ほほほ。一応ある程度の武術を嗜んでおりますので」

「恐ろしい……」

「絞めますよ?それともウエスタンラリアットとか、ブレーンバスターとか、四の字固めとか……」

「だから、そのプロレス技ばかりやるな‼一本背負いにともえ投げに……」

「派手な技がいいじゃない」


 おほほほ。


笑う百合に、呆れる景虎。


「お前は味方を潰す気か?まぁ、重綱は絞めておいていいぞ。では、采明姉上、兄上たちは……」

「こちらですわ。百合?いい加減にしないと、遊び相手がいなくなるでしょ?ほどほどにしていらっしゃい」

「はーい!お姉ちゃん‼あ、それと梓様。これを」

「なんじゃ?」


 手渡された小さな紙には、小さい頃の神五郎しんごろうに似ていて、采明のようにはにかみつつ笑う小さな幼児。

 裏には、


『おばあちゃまへさねあき』


と書いてある。


「さねあき……実明か‼元気そうで……それに愛らしい‼」

「とても賢くて、まだ小さいのに努力家です。本当は連れてきても良かったのですが、インフルエンザにかかって……」

「インフルエンザ?」

「集団風邪ですわ、お母さま。普通の風邪より、高熱に全身の節々の痛み、寒気、ひどいせきに、鼻水……普通の風邪よりも治るのに10日ほど余分にかかります」


 采明の一言に、


「なんと‼それはまだこのように愛くるしい子には辛かろう……」

「本当はそれでも行くんだと、パパ、ママ……お父さんお母さん、おじいちゃまおばあちゃまに会うんだと泣きじゃくって……」


持っていたもう一枚の写真には、ひどい顔色で苦しそうに寝込んでいる、泣きじゃくる実明がいた。


「本当に、元気でしたら連れてきたかったんです。でも、あの事件の為に小さかったのが影響か、小さい頃からひどい喘息持ちで、わがままを言うのではなく我慢強い子です。賢い子ですが同年代の子よりも小さくて、運動は激しいものは遊べません」

「……‼」

「周囲に気を使っていますが、夜やお昼寝をしていると泣きじゃくるんです。『パパ、ママ……どこぉ……いい子にするから、我慢するから帰ってきて‼』両親や私と姉さんの弟の孔明こうめいが泣き止ませるのですが……本当に姉が、あの子が悪くないのに、こんな思いをさせてしまって……会わせてあげたかったです。連れてきて……あげたかったです」


 采明は涙ぐむ。

 しかし、


「会えないわ。会ってはいけないの。私は、直江家の嫁。そう生きるのよ」

「お姉ちゃん‼実明に‼」

「……駄目よ……これからの景虎様の道を変えたりできないわ」


百合は俯く。


 自分もプロの歌い手である。

 多少の熱でも舞台に出る。

 それでも……。


「実明はまだ子供よ‼抱っこして、ママに会いたいって望んじゃダメなの?パパにタカイタカイって、抱き上げてもらうのがダメなの?お姉ちゃんや私の小さい頃の両親と同じじゃない‼お姉ちゃんは旦那様がいるでしょ‼実明だって息子でしょ‼何でダメなの‼実明のお母さんとして生きたらいけないの‼」

「それはっ‼わ、私だって……実明を……」


瞳に涙をため俯いた采明に、梓は寄り添い、


「ここで姉妹の言い争いは良くなかろう?奥に参ろう。景虎様もよろしいかの?」

「ありがとう」


 5人は奥に入っていった。




 静かだが、人の動きを感じる。

 景資は、元々幼い頃から敏感である。

 その為、明子に話しかける振りをして、


「ねえ?あきちゃん?あっちにいる、茂みの中に隠れてるの3人と木の上に乗っている子と、あそこに隠れてる子だぁれ?」

「‼」


驚いた気配に、明子も、


「お兄さま、与次郎よじろうお兄ちゃんと、藤三郎とうざぶろうお兄ちゃんと、まさくんまーくんきっくん」

「で、隠れてるつもりだろうけど、先からミシミシいってるよ?ゆきだよね?」

「何で私の名を‼」


門の上から飛び降りたのは、景資の幼馴染みの咲夜さくやにうり二つの……いや、咲夜の方が女の子らしい。

 昔は本当に凛凛しい少年のようだったのだが、しゃべり方にマナーなどを習い始め、固いつぼみのような少女は5年の間に花開いたのだ。

 咲夜は12才だったので、自分よりも3才上、この女の子は自分とさほど変わらないか年下だろう。


「兄なのだから、妹の名前を忘れる訳はないだろう?父上と母上に挨拶をと思っている。案内をしてもらえないだろうか?」

「嘘つき‼兄上は、もう少し年が上よ‼」

「いくつか覚えていない雪も雪だと思うけれどね?」

「あぁいえばこういう‼兄上は、もっと優しかったわ‼」

「その頃は若かったんだよ。雪の記憶も曖昧だね」


 あははと笑うと、キッと睨む。


「私の……」

「雪。何を騒いでいる?」


 二人の男の一太いちた悠真ゆうしんを従えた初老の男。

 眼光は鋭く、隙はない。

 自分の実の父も、迫力はあったが、この人には敵わないだろうと思う。


 景資は明子の手を離すと、地に伏せる。


「始めてお目にかかります。私の名は中条弥太郎景資と申します」

「わしの長男は17じゃ。景虎様と共に参っておる‼」

「では、父上‼こちらを」


 脇差わきざしをとり出し、両手で掲げる。

 悠真が近づき、膝をつくと右手で受け取り、掲げると、藤資ふじすけが受け取った。

 自分が与えた脇差しに驚き、そっと抜くと薄い紙を折り畳み、挟んでいたらしいものが落ちる。

 一太が受け取り渡すと、ゆっくり開き文字をたどる。


「……そなたは……咲夜のなんじゃ?」

「咲夜と共に、ここより遠く離れた地にある国の琴棋書画きんきしょがを学べる学問所に宿舎をいただき、通っておりました。私の名前は、元はみんの国からこの国に移った一族で、姓はそう、名は熊斗ゆうとと申します」

「なぜここに来た?遊びに来たか?」

「違います‼」


 顔をあげた少年は必死に訴える。


「私は、女好きの父の子供で、再々婚した母の3人めの息子です。他にも愛人がいて……私の異母姉の月季げつきは、とても優秀な人で、それを妬んだ私の同母兄二人のいやがらせに、顔を切られ、襲われそうになりました」

「おなごが、しゃしゃり出るからか?」

「姉は悪くありません‼姉は咲夜のように優しく周囲に本当に慕われて、努力研鑽を怠らず、日々過ごしていたのです‼それでも、何度も殺されそうになり、私と共に勉強をして、父や、長兄次兄を支えたいと留学……その国に学びにいきました。姉は、本当に優しい方です。なのに父は……‼」


 唇が震え瞳が潤む。


「姉を、努力を認めず、結婚しろと……他国の裕福な富豪の第四夫人に。そして、私は、大富豪の未亡人の愛人に差し出そうと‼私は、自分が認められていないのだと……」

「で、どうしたいのだ?咲夜の名を語り、この時代で遊ぶのか?」

「違います‼私は、咲夜と年が近く、良く咲夜と話を聞いていました。それに虎……景虎様の道について、生きるための未来を見据える力を、聞きました。咲夜は自分が逃げたと嘆いています。最近は結婚をして貧しい国や戦乱に惑う国の孤児や家族に仕事を考え、将来を見てもらえるようにと頑張っています。でも思うのは、父上や母上、ご家族です」


 景資は頭を下げる。


「私は、景虎様の側にいたい、そうして国を変えていきたい。生きていると、自分の力で生きているのだと思いたいんです‼お願い致します。中条様‼私を、景虎様の側に‼そして景資として、中条の家の恥とならぬよう、努力いたします‼お願い致します‼お願い致します‼私を、この国に‼景虎様の側に‼」


 必死に叫ぶ少年の頭を見つめ、


「……馬鹿者。景資‼家に帰ってきたのなら、始めてお目にかかりますではない‼ただいま戻って参りました‼だろうが‼ほこりを払い、顔を洗ってわしの部屋に。悠真。お前が面倒を見るのだ」

「はい。景資。おいで。明子さまはどうされますか?」

「先に待ってる‼景資お兄さま。来てね!」


手を振ってかけていく少女を見送る景資に、悠真は頭を撫でて、


「行こう。景資」


ゆっくりと歩いていった。

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