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運命(さだめ)の迷宮  作者: 刹那玻璃
目を背けていられない事態に発展しそうです!!
72/87

景虎くんはこれからの事を考えます。

 4年が過ぎた。


 珠樹しゅじゅは世界的弦楽器奏者として幾つもの賞を受賞し、世界を転々とする。

 しょうは楽器だけではなく、声楽にも興味を示し、りょうに師事し、テノール歌手を目指してレッスン中である。

 そして、19才の百合ゆりは17才の琉璃りゅうりと共に幾つものオペラを歌い上げ、特に、百合が演じたいと願っていたカルメンを成功させた時には、景虎かげとらは本当に感動したのだが……。


「……く、やしい……」


 かすれた声が漏れる。

 この間までは気が付かなかった変調……変声の時期が来ていたのだ。

 数えではなく14。

 充分その時期だと元直げんちょくにも聞かされていたのだが、この変声と成長期が、かなりの負担である。

 膝や足首などが痛む。

 声がかすれ、声楽どころか普通にしゃべることも厳しい。

 それに……。


「これ以上は……いられぬ……」


 唇を噛む。

 幼馴染みの咲夜さくやは、声楽家を目指していたが、体の面や、体力をつけることの難しさ、足が動かせず、車椅子でオペラをと言うのはと渋い顔をされ、オペラ歌手を諦め、代わりに、先月結婚した夫のはるかと共に、イベントに出演してボランティア活動に精を出し、夫婦でテディベア作家として発表を続けている。

 咲夜を夫の遼から離せば、自分の命が危ない。

 それよりも、自分自身が、咲夜に幸せになってほしい。

 そして……、


「にーたん!!虎にーたん!!」


てててっとかけてくるのは3才になったばかりの実明さねあき

 生まれてすぐを見ていたときは、本当に小さく、保育器に二ヶ月ほどを過ごす位に小さく、本当に大丈夫か!?と思っていたのだが、成長すると元気で素直で可愛い子供に育った。

 髪の毛はふわふわの茶色で、瞳も明るい茶色。

 祖母の蓮花れんげの母の血が強かったのか色も白い。

 しかし、キリッとしていて、3才上の叔父の孔明こうめいはいたずら坊主で悪いことをすると、お説教をするのだと言う。

 生真面目な所は父親の神五郎しんごろうに似て、何にでも興味を持つのは母親の采明あやめに似ているらしい。

 それに、自分にとって、実明は特別な存在である。

 表向きは祖父母と孔明に百合と過ごしているが、時々夜中に、


『パパぁ!!ママぁ!!どこぉ!!』


と夜泣きをするのだと言う。

 まだまだ幼く、説明をしても解るはずはなく、祖父母になる百合の両親は、


『パパとママはね?大事なお仕事に遠いところに行っているんだよ?』

『もう少しかかるから、ばあばと待ちましょうね?』


とあやしているのだとか。

 それを聞くと胸が痛む。


「どうした?」

「あんね?んっと、百合ちゃんが、無理してしゃべったらダメってゆって……」


 後ろに隠しきれない大きなスケッチブックを取り出そうとして失敗し、一緒に来ていた熊斗ゆうとがやって来て、スケッチブックをめくるのを手伝う。


 そこには、


『皆心配してんのよ!!声は出せなくても、体力つけて、バレエやトレーニング続けなさい!!』


と、百合の文字が続き、


『あんたは、あんたらしく生きなさいよ!!不幸な生き方をしなきゃいけないなんて馬鹿げてるわ!!』


とあった。


「……不幸とか……そう言う事ではないんだ……。ただ……」


 唇を噛む景虎に、熊斗は実明を見ると、


「実明?お兄ちゃんたちお話があるから、月季げつき姉さんのところに行ってくれる?」

「うん!!」


てててっと走り去ったのを確認すると、熊斗は11才だが姉の月季は天才、甥になるが兄として慕う彰は、天才ではないものの万能児。

 そして熊斗は、天才ではないもののそつのない温厚な少年である。


「ねぇ?虎?」

「何だ?」


 表向きはにっこりと可愛らしいが、実は……、


 バンッ!!


と、スケッチブックで殴る。


「はい、しゃべるなら、書け!!」


 ペンを渡され、


『お前、表は温厚だが裏は黒いな!!』


と書く。

 それを見て、首をすくめる。


「仕方ないじゃん!!僕のバカ兄二人は月季姉さんを殺そうとしたし、しかもさぁ、何度も変態に提供しようとしたんだよ!!バカ兄を兄上たちにチクって、叔父上に回して、取っ捕まえたこともあるんだよ」


『えーと、バカ兄って、子桓しかん子建しけんって言う』


「そうそう。バカ兄!!この間、家の母上と叔母上と、梅乃うめのお母様が遊びに来たでしょ?警視総監ご夫妻と、かなり変わった……」


『あぁ、玉樹ぎょくじゅ姉上だろう?元直げんちょく兄も生真面目で振り回されて楽しそうだ。結婚して邪魔すると悪いかと思っていたら……』


 ページをめくり、


『玉樹姉上が、毎日遊んでくれなきゃ嫌だ~!!と言うので、遊んでる。それに、瓊樹けいじゅママがなぁ……』


「あぁ、瓊樹様は、虎大好きだもんね」


『優しい方だが、他の方よりとっぴな考え方をするようで、聞いていると、視点が変わって見える。すごいし、尊敬している。だが、自分のことを……』


俯くが、すぐにめくり書く。


『もう、ここにはおれぬ。私は戻る。そうして、実明に両親を返してあげたい……』


「実明の両親はどういうタイプ?」


『実直、真面目。元直兄と彰兄と足して半分みたいな感じか?』


「……不幸体質?」


『それもあるな!!』


「何馬鹿を言ってるのよ!!」


 ゴーンと拳が叩き込まれる。

 琉璃のように、危険があっては困るので体術を叩き込まれた。

 特に強くなったのは……。


「百合……」

「喋るなっていってるでしょう!!」


 みぞおちに叩き込まれ悶絶する。


「……百合姉さん……半殺し」

「おほほほ……熊斗のお母様とおば様が、『信賞必罰』『一撃必殺!!』だって。熊斗のお母様かっこいいわぁ!!」


 景虎は遠い目になる。

『信賞必罰』は解るが、誰に『一撃必殺』をするのだろう?

 同じことを思ったのか、熊斗も、


「あはは……そう言えば、百合姉さんのこと『いい子よぉ!!』って言ってたよ」

「当然よぉ!!私は、『カルメン』のように生きるのよ!!」


きっぱりはっきりの少女に、


「咲夜のように『歌に生き恋に生き』のような……」

「無理ね!!」


景虎は、


『『歌に生き恋に生き』が歌えぬのなら……』


「だって、私の声の響きは『恋は野の鳥』でしょう。咲夜のことを悪くいっているわけではないわよ?でも、悲しみに囚われすぎては、その曲の登場人物に自分が飲まれてしまうわ。まぁ、咲夜は、兄さんがいて、それはないでしょうけどね」

「まぁ、咲夜は、本当に『祈りの天使』だもんね」

「そりゃそうよ。私の可愛い『エンジェル』ちゃんだもの」

「姉さんの可愛い子好きって家の母上の影響だね?ごめんね。変な趣味に走らせて……」


熊斗の言葉に、


「熊斗?私を変態とでも言いたいのかしら?」

「『ロリコン』『ショタコン』!!どう見ても変人!!」


その言葉に、拳が炸裂し、


『熊斗……この世の中で一番強いのはお前の母上と百合だぞ、今さらだが……』


「一言多い熊斗は無視して、景虎。どうするの?今度のリサイタルは無理でしょう?」


『……日本でのリサイタルには行きたいと思う』


「はぁ!?その声で歌えるわけがないでしょう!!」

「やめなよ!!後に影響があったらどうするの!!」


二人は止めるが、


『……しばらく前から、カウンターテナーの発声を習っていた。変声が終わるまで、それを使いこなせるようにと』


「使いこなせるの!?」

「あれ、裏声を使うから、結構厳しいんじゃ……」


二人の言葉に息を吸うと、『恋は野の鳥』のワンフレーズを歌う。

 その音程はしっかりしており、テノールではなく、女性のアルトからメゾソプラノに近い。


『まだ未熟だが、これで乗りきろうと思う。それに、私は、帰るつもりだ。元の世界に』


「何ですって!?止めなさい!!絶対にダメよ!!」


『何を言う。私の生まれはあの時代だ。私は戻る。戻り、代わりに実明の両親を……』


「お姉ちゃんを?無理よ!!義兄さんも、お姉ちゃんも責任感が強い生真面目よ!!義兄さんの代わりになれるような人は向こうにいるの?あなたの側近になれるような!!」


『……いないと思う。いたとしても、神五郎兄上の一族と咲夜の家族……親族だな。神五郎兄上の一族はかなり結束が固い。でも、咲夜の父親の藤資ふじすけ叔父上には咲夜の弟の与次郎よじろう藤三郎とうざぶろうがいるが、熊斗よりもまだ幼い』


「ふーん……じゃぁ、咲夜……景資かげすけが戻ったことにすれば?」


 熊斗の一言に絶句する。


「戻ったってどう言うことよ?熊斗」


 百合の一言に、


「僕が中条景資なかじょうかげすけになる。そして、虎の側近として背後からあやつって……じゃなくて、仕えるよ」

「十分聞こえたわよ」


百合はあきれ声で答え、そして、


「……良いわよ。私も行こうじゃない。お姉ちゃんも生き抜く時代に、お姉ちゃんよりしたたかな私にできないわけがないわ!!」


『ちょ、ちょっと待て!!あちらはそう簡単に生き抜ける時代では……』


「だから行くんじゃない。僕の女好き馬鹿父よりも歴史に名を遺す名参謀になってやる!!」


にやっと笑った熊斗を見て、景虎と百合はこいつの本性は本気で黒く、真っ黒いと思ったのだった。

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