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運命(さだめ)の迷宮  作者: 刹那玻璃
始まりは何時もと少し違います……。
6/87

27才はいいと思うんですけどねぇ……。

 采明あやめの手を引いて現れた神五郎しんごろうに、長尾晴景ながおはるかげは、


「ん?どうしたのだ?神五郎には珍しい」


穏やかな声の幼馴染みに、神五郎は、


「殿。お久しぶりにございます。お加減もよろしいようで」

「うーん。まぁまぁだね。それよりも、どうしたのかな?」


一瞬、躊躇ためらった後、深々と頭を下げる。


「殿。お話ししたき議あり……」

「……そうか。では、皆下がれ」


 周囲が静まり返ると、にっこりと微笑んだ青年は、


「神五郎も隅に置けないな。そんな可愛い恋人と手を繋いでいるとは」

「そういうわけではありません。危険ですので……」

「危険って失礼です!!鎧や、武器をしっかり目に焼き付けておかないと!!駄目なんですよ!!失礼です!!」


ぷくぅ……


頬を膨らませた少女に、神五郎は、


「だからといって、異性に飛びかかってどうするんだ!!はしたない!!」

「飛びかかってませんもの!!昨日飛び付いて怒られましたもの。さっきは近づいて……」

「それが駄目だと言っているんだ」

「何でですの?」


叱りつける幼馴染みに食って掛かる少女。

 その組み合わせに、笑い出す青年。


「あはははは……神五郎。恋人が他の者に意識をそらしたから拗ねているのかい?」

「殿!!」

「こんにちは、神五郎の許嫁いいなずけどのかな?私は、長尾晴景と言う。神五郎は堅物だが、悪気はない、表裏のない男だ。よろしく頼むよ」


 少女はじっと見つめると、丁寧に頭を下げる。


「初めてお目にかかります。私は柚須浦采明ゆすうらあやめと申します。年は数えで13となります」


 深々と美しい所作で頭を下げた少女に、晴景は、


「その作法は……」

「茶道……いえ、を少々……」

「では、みやこの……」


身を乗り出さんばかりの青年に、


「いえ、直接ではございません。都の方に商いに出ていた方が、私が様々なものに興味を持ち、聞きたがり、知りたがり、何度も頼み込んだので何度か教えていただいたのです」

「ほぉ……では、今度、采明どのだったかな?貴方のお茶をお願いしようかな?」

「お待ちください!!」


神五郎は、口を挟む。


「采明は、私の許嫁です。いくら殿でも、私に恥を……」

「おやおや……神五郎が焼きもちを焼いてるのかな?」

「殿!!」


 声を荒らげる神五郎に、晴景は、


「あぁ、怖い怖い。じゃぁ、采明どの。神五郎を頼んだよ。堅物で融通が聞かない、どうしようもない奴だが、これでも優しいところがある。仲良くしてやってほしい。所で、柚須浦と言う、聞き慣れない名字は……?」


真顔になった主に、神五郎は、


「その件にございます。もしかしたら何かあったのではと思い、殿の耳にと……」

「二人ともこちらに」


その言葉に、近づいた二人。


 神五郎は、耳元に囁く。

 それを聞きつつ、嬉々とした顔でまじまじと晴景を観察する少女。

 衣の模様を見ているのか、もしくは何をしているのか一寸ほどの距離で見られるのもいささか居心地が悪い……。

 モゾモゾとする主の様子に、視線をたどった神五郎は、


「采明!!又、何をしている!!殿に無礼だぞ!!」

「……縫い目が、乱れてます。織地の品も少々落ちます。長尾家の主にこのような衣を仕立てるとは、誰がこちらを?」

「こ、こら!!采明!!」

「長尾家の当主として、恥ずかしくない振る舞い、所作ですが、衣が駄目です!!今すぐ作った方に!!」


采明の言葉に、


「仕方ないんだよ。采明どの。この地は上杉家の地で、我々はその下、この越後の地の一部を借り受けている。越後守護代えちごしゅごだいなんだ」

「そう言えば、奥方は、上杉定実うえすぎさだざね殿のご息女……それにしても、このひどい衣は何ですか?表裏も解らないのなら、きっちりとした者に習うか、もしくは仕立ての上手い女性に頼むべきです!!夫にそのような恥をかかせるとは妻としての!!」

「わらわのことが何か?」


わらわらと侍女を侍らせた豪奢な衣の女性。

 化粧は、当時ではすでに遅れているとしか言い様のない、采明で言う平安時代の化粧である。


「あ、お多福。下膨れ?まろ?」


 呟いた言葉の意味は解らないものの、いい意味では言っていないだろう言葉を紡ぐ口を塞ぐのは神五郎。

 そして、


「お久しゅうございます。奥方さまにあらせられましては……」

「そなたは、神五郎。子守の役目を放棄して、おなごに夢中になっておるのか?……それとも、そなたは虎千代とらちよ殿に、おなごの格好をさせて、愛でておるのではあるまいの?それは面白い」


黙って聞いている神五郎の手を振り払い、采明はツカツカと近づき手をひらめかせた。


パーン!!


と小気味のいい音が響く。


「神五郎さまのことを、貶めないで!!自分はどうなの!!白塗りばばあ!!ベタベタして、汚いわ!!」


 言いながら、驚いたことに、奥方の衣で手を拭く。


「あぁ、汚いわ!!」

「そ、そなたぁぁ!!誰か!!誰かある!!この婢女はしためを!!」

「うるさい!!自分の衣ばかり新調して、夫をないがしろにする、そんな妻がこの長尾家の当主の嫁とは!!情けなさに涙が出るわ!!こんなひどい衣を作ると言うのがその証拠!!自分の前の身分が、上杉のお嬢様か何かだったにしろ、今はこの長尾家の当主の嫁!!その身分をわきまえなさい!!」


 小さな体を踏ん張り、女を見上げる。


「その程度も解らないのなら、この長尾家から出ていきなさい!!こんな恥さらしに下げる頭もないわ!!」

「な、なな……」

「言い返せるものなら言い返しなさい!!貴方のその衣は誰が布を織ったの?誰が買ったの?誰が仕立てたの?自分で着れない衣など、黒い心や腹を隠すために重ね着しているだけ!!顔の白粉も嘘を隠すだけでしょ!!ふんっ。品もない!!着こなしの色使いもおかしい、裾のさばき方も下品、言葉も色気はない!!こんな恥さらしに仕えるほど、落ちぶれちゃいないわ!!」

「采明!!」


 神五郎は采明を抱き締め、


「申し訳ございません。ご無礼を……」

「そ、そそ、そなた!!この私を馬鹿にしたの!!そなたなど!!」


続きを言いかけた奥方の言葉を消すように、


「神五郎。許嫁との婚姻を許す。山吉政久やまよしまさひさ殿のご息女、采明どの。神五郎を頼んだ。では神五郎。下がり、義父になられる山吉殿に挨拶に行くように。書状を託すゆえ、暫し、待て」

「は、は!ありがたき幸せにございます」

「あの、私は結婚は……」


したくありません!!


と絶対に言うだろう口を塞ぎ、


「采明も喜んでおります。ありがとうございます」


頭を下げる。


「貴方!!この女は!!」


 妻の悋気りんきにうんざりしていたが、身分が高いことを自慢してやりたい放題を許せなくなったらしく、近習きんじゅうに筆や紙などの準備を命じ、


「……まだそなた、いたのか?」

「貴方!!」

「下がれ。ここはそなたの来るところではない!!出ていけ」


 温厚な大人しい、何を言っても言うことを聞くと思い込んでいた夫の一言に、


「な、なんですって!?貴方!!私に出ていけと!?この上杉の娘に!!」

「そなたは上杉から嫁いだのだから、この家の人間だろう。未だに生まれた身分をひけらかしているが、そんなに上杉がいいのなら、離縁する。実家にもどれ!!」


その強い言葉に、絶句する。


「もう一度言おうか?戻れ!!」

「貴方!!」

「我ら長尾家のことを見下し、支えもせず次々に豪遊、散財を繰り返す嫁など要らぬ!!離縁する!!」


 晴景は、周囲を見回し、


「この者は、もうこの家の者にあらず。早々にお帰りいただくように、支度を手伝って差し上げろ。私は、山吉政久殿に、この縁談の件について確認がある。下がれ」

「はっ!」


侍女、近習が下がっていくと、


「あははは……これは楽しいね!!ありがとう。采明どの」

「申し訳ありません!!」

「神五郎には良い嫁が来て良いことだ」

「あの~婚姻って冗談ですよね?」


問いかける采明に、晴景は、


「おや、神五郎が嫌なら私の妻になるかな?」

「えぇぇぇ?あの~私は、数えで13ですが……」

「おや、そうなの。では適齢期だね」


その言葉に、采明は神五郎を示し、


「神五郎さまは倍も年上です!!おじさんです!!うちの父とも変わりません!!」

「!?」


硬直する神五郎に、晴景はあはははと笑う。


「おじさんだって、神五郎」

「……っ!」

「と言うか、山吉政久殿のご息女はお二人いらしたのでは?そのどちらかに……このおじさん差し上げます」


 どうぞどうぞと言うしぐさに、ますます晴景は笑い転げ、神五郎は、


「……解った!!」

「やったぁ!!」

「お前をめとる!!」


神五郎の言葉に、


「な、何でです!?嫌ですよ!!おじさんとなんて。私は一生涯かけて調べものに心を注ぐんです!!」

「……みせる!!」


ボソッと呟いた神五郎に、


「何を言いました?」

「一生涯かけて、俺がいないと生きていけないと言わせてやる!!売られた喧嘩は買う!!」

「喧嘩っておじさんは本当でしょう!!」

「おじさんおじさん言うな!!」


言い争う二人を笑いながら見ていた晴景は、書状をしたためたのだった。

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