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運命(さだめ)の迷宮  作者: 刹那玻璃
再び登場!!本当に順応が早い景虎くんです。
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景虎くんは、ステージで歌うときよりもとても緊張しています。

 ドキドキとする心臓に、景虎かげとらは大きく息を吸って歌い始める。


早春賦そうしゅんふ』である。


 景虎は風景を言葉に表した曲が好きである。

 外国語の歌もいくつも覚えたが、『浜辺の歌』『椰子の実』と言った曲が好きで、ステージでは時々アンコールの時に歌ったりもする。


 采明あやめの視線が合うと、にっこりと笑いかける。


 采明は自分の姉に近い存在。

 采明には嫌われたくない景虎である。


 采明は采明で、少し緊張しているのか強く手を握っている景虎を、弟のように思えていた。

 まだ自分よりも年下だというのに、考え方は大人びていて、先に先に考える強さがある。

 深い漆黒の眼差しは優しげで、賢いと言っても年相応のやんちゃ坊主と言った風情である。


 3曲を歌いきった少年は、ペロッと舌を出す。


「あぁぁ……失敗した。途中歌が走ってしまった」

「全体的に素晴らしいですもの、大丈夫ですよ。それよりも、旦那さまはどこが失敗されたとおっしゃられたかお分かりですか?」


 采明の問いかけに、神五郎しんごろうは、


「いいや、解らん!!」

「だそうですよ」

「兄上は芸術に造詣がないからな……聞いても仕方ないぞ?姉上」

「景虎さま!!」


ムッとした神五郎の後ろから、


「か、景虎さま?景虎さまがいらっしゃるんですか!?」


竹藪の奥から現れたのは、景資かげすけである。

 数えで13才、つまり12才の景資は、横たわる采明に付いている景虎に駆け寄る。


「景虎さま!!お、お会いしとうございました!!景資……弥吉やきちにございます!!」


 地面に座り、地に額を擦り付けんばかりに頭を下げる景資に、


「弥吉……じゃのうて、弥太郎やたろう!!元気そうじゃの!!……と言うか、お主、ますます母上に似て美しいのぉ……変なやからには注意せいよ?」

「はぁ?私ははるゆきのように愛らしくはありませんので」

「と言うか、なぜお主元服など致した?そなたはおなごであろうに」

「……はぁぁ!?」


神五郎は叫ぶ。


「お、おお……おなご!?」

「何を言うておる。どう見てもおなごであろうが」


 まじまじと見た神五郎は、


「叔父上は知らんのだろう?」

「いえ、母から、聞いていると思います。ですが、与次郎よじろう藤三郎とうざぶろうも幼いですし、二人が元服するまでは、しばらくこのままでいようと思っております」

「どうしてその長い髪なのかと思っていたが……おなご……」

「そなたなら、その美貌で、すぐに嫁いでも問題ないと思うが……」


景虎に、弥太郎は、


「母や晴や雪は愛らしいですが、自分はさほど美しくもありませんし、それよりも武具の手入れや学問の方が楽しいです」


真顔で答える姿にがっくりくる。


「兄上!!何故こんな風に育ったか説明しろ!!事によっては、兄上を滅多うちにしてくれる!!」

「と言っても、私は解りませんでしたし……」


 口ごもる神五郎に、采明と景資は顔を見合わせプッと吹き出す。


「姉上、大丈夫ですか?急に早産など……何かあったのですか!?」

「……えっと、少しあったの、でも……大丈、夫……」


 くぅぅっとうめく采明に、景資は慌てて腰をさすり、


「姉上。ラマーズ法ですよ。ひ、ひ、ふーです。一緒に頑張りましょう。私は母が7人子供を産んでいますので大丈夫です。安心してください」

「ありがとう……景資くんがいると、もう一人妹ができたようで安心だわ」

「お姉ちゃん!!急いで作ってきたわよ!!」


儁乂しゅんがいに連れてこられた百合ゆりは、一人見知らぬ年下の子供に気がつき、


「お姉ちゃんの旦那さんのお子さんですか?」


と真顔で問いかけ、景虎が大爆笑する。


「あはははは!!兄上!!十分私や弥太郎の父親に見えるらしいぞ」

「わ、私は!!」

「冗談よ。だって、貴方、顔立ち違うし、肌が抜けるように白いでしょ?兄上は肌が適度に焼けているし。解ってるわよ」


 にこにこと笑うと、


「あぁ、そうだったわ。初めまして。私は百合。采明お姉ちゃんの二つ下の妹です。よろしくね」

「あ、初めまして。私は中条藤資なかじょうふじすけの嫡男、景資と申します。幼名は弥太郎と申します。年は13才です」

「えぇぇ!?この子、女の子でしょう?何で男の子の格好で、男の子の名前なの!?こんなに美少女なのに!!」


 百合は訴える。


「美少女……?百合姉上の方がお美しいかと思うのですが?」

「こんな美人に言われると、落ち込むわぁ……」

「えぇぇ!?私のせいですか!!すみません!!」


 慌てて謝る景資に、百合は微笑む。


「やっぱり可愛いわぁ。弟の孔明こうめいよりも、妹が欲しかったわ」

「孔明?」

「あ、お姉ちゃん。見てみて!!一緒に現像しておいたわ。これが景資ちゃんに、確か……」

明子あきこと言うのよ。可愛いでしょう?その次に撮った3人の大きい子から正明まさあきくんに、正樹まさきくん、橘信きつのぶくん。旦那さまのお姉さまの子供で、正明くんと明ちゃんは双子なの」


 紙をめくり、プッと吹き出す。


「お、お兄さん、お兄さんの顔が、顔が……ひきつってる!!」

「わ、私はそういったものが良く解らんから……あ、でも、明子と采明は可愛い」

「のろけてる~!!お姉ちゃん。旦那さん、とってもかっこいいし優しい人ね。良かったわ」

「えっと……そうなのかしら?」


 照れ笑った采明は、顔をしかめうめく。


「陣痛が早まっています。出産が近いようです」

「そうじゃの。嬢の言う通りじゃ」


 花岡医師は、腹部を確認し、


「母体も余り大きくない上に、赤ん坊も小さいの……。おい、保育器は!!準備できとるか?それと産湯にタオル、産着も!!」

「大丈夫です」


はるかは答える。


 元々、警察より実家の産婦人科を継ぐ予定だったのだが、成績の優秀さから警察庁に入った。

 しかし、定期的に大学に通い、医師の免許も取得した。

 これで、何かが起こった場合に対処ができると思ったのだが……。

 このような大怪我をおった妊婦の早産に、立ち会うとは思っても見なかった。

 そして、部下の安田やすだを止められなかった自分を恥じている。


「おい、遼」

「何だ?儁乂」

「安田が行方不明だ。緊急配備を敷いているが、この夕刻に藪の中、あの馬鹿が寄ってきて何かをするかも知れん!!」

「……注意せねばならんな」


 遼は唇を噛む。

 ここにいるのは、花岡医師に遼、儁乂だけでなく、春の国の学院の生徒であり、VIPの二人に5年間行方不明だった柚須浦采明ゆすうらあやめ、そして彼女の夫と言う青年と、12才位の少女。


 気を抜くわけにはいかない。


「ううぅぅぅ……」

「お姉ちゃん。いきまないで。ゆっくりでいいよ。大丈夫よ。赤ちゃんは大丈夫」

「そうです。大丈夫……」


 景資が不意に振り返った。

 そこには景資は知らないが、拳銃を構えた男がいて……、


「死ね!!化け物!!」


の声に、咄嗟に采明をかばい抱きついた。

 次の瞬間、背中に激痛が走る!!


「景資君!?景資……!!いやぁぁぁ!!」


 百合は悲鳴をあげる。

 自分よりも小柄な少女の背に、暗くて見えないが黒いシミが広がっていく。


「貴様ぁぁ!!」


 儁乂が安田に駆け寄ると、拳銃を蹴り飛ばし柔道の技で倒し、押さえ込んだ。


「……一般市民に対し拳銃を向けただけではなく、二度も発砲……午後6時57分、貴様を緊急逮捕する」

「あれは魔物だ!!私は悪くない!!悪くないんだ!!」

「黙れ!!遼!!俺はこいつを連れていく!!その子を止血して病院に!!」

「解った!!」


 遼は動かない景資を静かにうつ伏せで寝かせ、服を剥がして傷を確認する。


「……大丈夫だな……全治二ヶ月……命は助かる。申し訳ない!!この子を病院に連れていく!!景虎、そして采明さんのご主人。このあとは安全だと思うが、周辺を確認してほしい。私よりも儁乂……彼が早く来ると思うそれまでよろしく頼む!!」

「よ、よろしくお願いいたします!!私の妹の娘です!!お願いいたします!!」


 神五郎の一言に、


「解っております。ご安心ください!!」


 簡単に止血をしてそっと抱き上げて立ち去る。


「あのバカのせいで!!姉上や弥太郎に何かあれば許さん!!」


 景虎が激怒する。


「弥太郎は本当に本当に家族思いで、兄弟として、姉のように思っていたのに!!守れなんだ自分が悔しい!!」

「本当に……大丈夫かしら……お兄さん。生まれてくる赤ちゃんや、弥太郎ちゃんと呼ばれている彼女を待てる?」

「……」


 俯き、黙り込む。

 景虎が、


「冷たいことを言うが、無理じゃ。兄上は、私の兄と対立しておる。優柔不断で甘い誘惑に弱く、努力をせぬ兄と、直江家の嫡子として、長尾家を支えようとされている兄上では天と地の差がある。今回もたぶん、周囲の佞臣ねいしんの甘言に惑わされ、兄上の屋敷を襲ったのだ。兄上は、早急に帰って事を納めねばならぬ。私も行こう」

「駄目……です」


采明が苦しげに手をつかむ。


「景虎さまが、戻られるともっと混乱いたします。まだ機は熟していないのです。お待ちくださいませ!!私たちが、景虎さまが戻られてもすぐに動けるようにさせていただきます。ですから……」

「子供はどうするのだ!!それに弥太郎は!!」


 采明は夫を見て、


「子供は……こちらに残します。景資君は守役として……。いつか再び道が通じるまで……待ちます」


ポロっと采明の瞳から明珠しんじゅしずくが落ちた。


「苦しくて……悲しくても……時が、来るまで待つしか……」

「お姉ちゃん!!戻るの!?もう会えなくなったら嫌だよ!!お姉ちゃん!!」

「ごめんね。百合……お父さんとお母さんに、ご免なさいって……伝えてね」




 その日の深夜……采明は男の子を産み落とし、名前を『実明さねあき』と付けた。

 そして夫に抱き抱えられたまま、保育器で運ばれていった息子を見送り……そして去っていったのだった。

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