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運命(さだめ)の迷宮  作者: 刹那玻璃
再び登場!!本当に順応が早い景虎くんです。
43/87

采明ちゃんは必死に命を生み出そうとしています。

 儁乂しゅんがいは近所の医者と、手当たり次第を持ってやって来た。


はるか!!近所の医者!!救急車はここにはこられない、運び出すにもその怪我じゃぁ……」


 青ざめた顔で、虚ろな瞳の妊婦を見る。


「なんじゃい!!これは!!」


 叫ぶのは、近所の医者、花岡医院の院長である。


「嬢よ?」


 瞳と、顔色、脈を確認し、


「まだ出産には時間がかかる。その前に……おい!!この傷は?」

「先程までいたこのお二人とは違う警官が、姉上を撃ったんだ!!私は止めよと止めたのに!!」

「なんじゃと!?緊急に摘出手術じゃ!!くっそぉ……手術室につれていけるなら良いものを……それよりも、お主ら警官は何をやっとんじゃ!!」


医師は怒鳴り付ける。

 その間に、持ってきていた荷物をごそごそと探り、注射器と薬剤を取り出すと、


「……これから、摘出する。その後の出産の為にも部分麻酔になる……嬢よ、我慢できるか?」


優しい問いかけに、視線を動かした采明あやめは、紫色の唇を動かし、


「大丈夫です……頑張りますので……赤ちゃんだけは!!」

「わかっておる。わしは、赤ん坊も、お主も助ける。信じてくれるか?」


頷いた采明はぐったりとする。


「お、お姉ちゃん!!」

「もう一人の嬢よ。手術は見るな。向こうにいっていることじゃ。そこの坊もじゃ」

「断る!!姉上の命は助かるように祈るのだ!!それの何が悪い!!」


 景虎かげとらの声に、遼は制止する。


「景虎!!血を見るのはやめた方が……」

「血を見ること位、5年前までは当たり前だった!!小競り合いに斬り合いに散々見てきた。その程度、大したことはない!!……見る分はな。受けた姉上は……苦しかろうが……」


 唇を噛む。


「我が……我が、軽々しく自分の身分を考えず、動いた結果。最後まで見届ける!!それが我の役目じゃ!!」

「景虎……君?」

「……姉上、頑張ってくれ。可愛い赤子を、見たいであろう?……我が代わってあげられたら良かったのに!!」


 手を握り、額を押し付ける。




 手術が始まり、さほど時をおかず弾丸は取り出されたが、医師は険しい顔になる。


「当たりどころが悪い!!撃った男……一般人を撃つ能力だけは長けておるのか?」

「ど、どういうことです!?」

「左腕の血管は避けたが、神経をやっとる。もう少しよっとったら、心臓じゃ。根性悪じゃな」

「そ、そんな!!」


 百合ゆりは青ざめる。

 姉の腕が、動かない!?


「リハビリに時間がかかるということじゃ」

「どういうことだ?」


 声が聞こえ、見知らぬ狩衣かりぎぬ姿の青年が立っている。


実綱さねつな兄上!!」

「……景虎様ですか!?」

「そうじゃ!!」


 景虎を見て、まじまじと、


「大きくなられましたね」

「兄上は眉間のシワがのうなってわこうなったな」


その一言にピシッっと青筋がたつ。


「……眉間のシワを増やしていたのは、どなたでしたでしょうか?」

「さぁのぉ?年を取ったか?兄上は」


 ケラケラ笑う景虎をみた後で、地面に横たえられている采明に気がつき青ざめる。


「あ、采明!!采明!?ど、どうしたんだ!?その白い布は!!」

「今、左肩の傷を縫った所じゃ。しばらく痛み止が必要じゃ……それと早産じゃな。すぐに保育器に入れねばなるまい」

「采明!!」

「掴みかかるな、このバカ兄!!」


 スッパーン!!


と頭を叩く。


「今は、先生に頼んでおるわ!!」

「采明!!」

「……全く聞いておらんの。このボケ」


 やれやれと呆れる景虎に、薄く目を開けた采明が、傍の袋を引き寄せる。


「か、景虎様……この中の、あるだけ書ききったノートの中に地域の勢力図に、旦那さまとけやき兄上、お義父さまとお義母さま……中条藤資なかじょうふじすけさまと色々と話し合った事、街の様子に、塩や魚、米などの値段を定期的に調べております。これが……現状です」


 袋を受け取り、中身を改める。


「……そうか……兄上は……」

「それと、百合……お願いがあるの。中の携帯の写真に、私の娘の明子あきこちゃんと景資かげすけくん、橘樹たちばなお姉さまの子供の正明まさあきくんと正樹まさきくんと橘信きつのぶ君がいるの……」

「充電して、写真をネットで画像に変換するわ!!」


 任せて!!


と言う妹に微笑む。

 が、痛みにうめく。


「采明!!」


 おろおろする神五郎しんごろうに、


「何をうろたえておる。すでに上に娘がおるんだろう?」

「養女です。姉の長子が双子で、女の子の方を引き取りました。成人したら景資と結婚させる予定です」

「景資?そのような者……」


考え込む景虎に、真剣な眼差しで、


「……景虎さま。晴景はるかげ様がもてあそんで捨てた女性が、佐々さざれでした。景資……弥吉やきちはるは、晴景さまの子供です」

「な、なんじゃとぉぉ!!あの?」

「そうです。4年前、藤資叔父上が佐々礼を正室としてめとり、弥吉は弥太郎やたろう、次郎は与次郎よじろう三郎さぶろう藤三郎とうざぶろうと名を改め、弥太郎は元服して景資と名乗っています」


景虎は、


「景資の『景』は兄上の?」

「いいえ、景虎さまの『景』ですよ。本人が『私は大好きな景虎さまに仕える為に、元服した!!私たち親子を救ってくれたのは景虎さま!!私の忠誠は景虎さまに!!』と、殿に食って掛かって、その上采明を周囲の奸臣かんしんに言われるまま取り上げようとしましたので、4年前から出仕してませんね」

「……兄上の甘さも……弱さも、困ったものだ」


うなだれる。


「我は……弥吉……いや、景資に、佐々礼母上に何をお返しすれば良いであろうか……」

「は、晴ちゃんは……この春嫁いだのですよ。とてもとても美しい花嫁姿で、藤資叔父上が『嫁に出しとうはなかったのに!!』と泣いていらっしゃいました」

「叔父上と佐々礼は、結婚されて二人女の子が生まれたのですが、上の5人の子供も含めてそれはそれは可愛がっているのですよ。弥太郎は本当に賢いですし、雪に与次郎、藤三郎は日々我が家に来て、明子と姉の子供たちと遊んでいます。皆明るく元気で、私の両親も度々屋敷に子供たちを見に来るようになりましたよ」

「だが……景資は、兄上の……」


 苦悩する景虎に、采明は呻き声をあげる。


「采明!?」

「陣痛じゃ。まだかかるの……じゃが、運ぶのも、傷の痛みが辛いはずじゃ。おい、警官二人!!」

「何でしょうか?先生」


 遼の声に、


「一人は、そこの嬢を連れていけ。時間はかかる。これから暗くなる。女の子には危険じゃ。それと明かりと、赤ん坊を運ぶ保育器を救急に連絡しておいてくれ。湯の準備に、赤ん坊とこの娘が冷えぬように暖める!!頼んだ」

「解りました。儁乂。百合さんを」

「嫌です!!私もお姉ちゃんを!!」

「百合?」


うっすら目を開けて、妹を見る。


「お願い。私の携帯とタブレットを充電して、写真を現像してほしいの。5枚あるの。それをお父さんとお母さんとに渡して……私の家族ですって……。百合より3才下の景資君は、本当に美少年よ。アイドル系と言うよりも、美貌の少年なんだから。現像して数枚持ってきてね?紹介するわ」


 微笑む姉に、


「わ、解ったわ!!行ってくる!!」

「じゃぁ、遼。準備を整えておく!!あとは頼んだ」


儁乂は百合を先導し、去っていく。


「采明……!!すまない!!私も着いていれば!!」

「だ、旦那さまはご無事でしたか?皆は逃げきれたでしょうか……明ちゃんは……」

「大丈夫だ!!逃がした先が先だ。向こうが尻尾を下げて逃げるに決まっている」


 笑う夫に、目に涙を溜めたまま、


「じゃぁ、私も頑張らないといけませんね。旦那さま……景虎さま。手を握っていただけますか?」

「私もいいのか?」

「お話があるのです。お医者の先生も、警察の方も……誰にも言わないでくださいね……」

「妊婦の出産の痛みのせいでごとを言うたと思っておく」


院長の言葉にホッとした采明は、


「景虎さま……。今の現状をお伝えいたします。景虎さまも、きっと……この時代です。色々と調べておられるでしょうが、景虎さまのいらした時代よりも私の影響でしょうが、次第に変化しております……うぅぅっ!」


呻く采明に、


「喋らずともよい!!姉上!!子供が無事に生まれることを、考えてくれ!!姉上!!」

「いいえ……つ、たえておかなくては……景虎さま……。ご存知ですか?旦那さま……直江実綱なおえさねつなには、すでに跡取りの息子が生まれているはずなのです。北条輔広ほうじょうすけひろ殿の娘を側室にめとり長男の伊勢松いせまつ君が。そして、私の義父となられる山吉政久やまよしまさひさの上の娘は正室でしたが、子供が生まれず、寵愛も側室であった妹に移ったのを妬み、生まれた次男を連れ去り行方不明です」

「あぁ、あの山吉の……余り顔の美醜は言いたくないが、さほど美しくもないし、性格が……」


むにゃむにゃと口ごもる。


「では、姉上は一応、山吉から嫁いだことになっているのか?」

「そうです。当時は晴景さまとの関係も良好……だと思っておりましたので、了解を得て……でも、何度か、姉だと言う女人が来ますね。追い払いますが」

「……山吉は悪いものではないが、如何せん、あの娘に弱い馬鹿親だからのぉ……とっとと嫁に出しておけば良いのに。もういい年であろう?兄上は30越えておるし……にしては若いのぉ?可愛い姉上にデレデレしておるせいか?それとも橘樹姉上に日々隙を狙われておるのか?」


 にやにやと笑う景虎に、神五郎は、


「采明をデレデレに溺愛しておりますので。それに娘の明子も、本当に可愛いのですよ。弥太郎は本当に賢い子で、景虎さまの側近となるべく日々学問に励み、鍛練に……弥太郎は、景虎さまを本当に恩を感じて、景虎さまの為に努力するのだと申しておりました」

「私に恩を?私は、弥太郎は私の兄だと思うておる!!それよりも、叔父として……もっと早く、何故気がつかなんだか……情けない!!私を恨めば良いものを!!あの兄の弟の私を!!」

「弥太郎は、景虎さまが叔父であることを知っていますが、逆に喜んでいましたよ。景虎さまのお陰で、直江の家で住むことが出来るようになり、景虎さまが佐々礼は乳母であり、もう一人の母だと言ってくれたのも幸せで、食事も、衣も、部屋も……本当にありがたいことだと」


采明を見つめながら、続ける。


「弥太郎は、今、藤資叔父上の嫡男として、立派に成長しております。晴景さまの息子ではなく、藤資叔父上の息子です。弥太郎は言いました。『母を苦しめ続けた人間など仕えるに値しない!!私は、私たち家族を救ってくれた景虎さまの家臣として誠心誠意お仕えする!!そして、私の父は中条藤資ただ一人!!』藤資叔父上も、奥方の佐々礼をそれはそれは愛されて、子供たちにもそれぞれ。我が家と隣家は本当によく行き来して、子供たちや家族、働き手も笑い声が絶えませんよ」

「働き手と言うのは、侍女とかか?」

「いえ、屋敷の奥に平地がありましたよね?」

「あぁ……あったな」


 5年前の薄れゆく記憶を思い起こし、呟く。


「あそこに、広い家を建てました。そこには、親を失った子供たちや、子供を抱えた母親、小競り合いに巻き込まれ怪我をした者が住んでいて、そこで働いてもらっています」

「働く……じゃと?」


 ぎゅうっと握る采明の背をさすりながら、神五郎は答える。


むつきの布の貸し出しです。屋敷中のありったけの布を褓に仕立てさせ、それを街に持っていって、赤ん坊のいる家に貸し出し、使用済みの物を引き取って洗って干すんです。それぞれの家がどれだけ使ったかを帳面に記載しておいて、後日お金を受けとるんです。それは、働いたものへの賃金と、子供たちの教育等に当てます。今はギリギリですが、将来はもっと大きい事を考えてみると采明が」

「姉上が考えたのか!?」

「戦は……必要かもしれませんが、嘆くのは弱い立場の人ばかり……それに、景虎さまの知っての通り、女性に対する考え方は全く違います。それを、少しでも……」


 采明はうぅぅっと苦しげに眉を寄せる。

 背中をさすっても、景虎にも神五郎にもなすすべがなく……ふと、景虎は、


「姉上。聞いてくれるか?今、私は、この地には一時帰国しておる。住んでおるのは春の国。有名なオペラ歌手の『貂蝉ちょうせん』さまこと瑠璃るり先生と、りょう先生が指導して下さる音楽学校に通っておる。姉上に、私の声を聞いてほしい」

「亮先生?」


目を見開く。


「そうだ。まだまだ声がなっていないと怒られるのだが、私の唯一誉めていただいた歌がある。他にも、まだ変声していないので、女性パートが多いが、教わっている。聞いて感想を聞かせてほしい」


 景虎は、ゆっくりと歌い始めた。

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