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運命(さだめ)の迷宮  作者: 刹那玻璃
嫁ラブと夫放置でお出掛けしたい嫁との攻防戦です。
34/87

景資くんの初出仕の日です。

 翌日、父に紐で結んでもらったのを、


「ありがとうございます!!父上」

「よう似おうておる。景資かげすけ。ではいこうかの?」


と表に出ると、神五郎しんごろうはおらず、祖父の親綱ちかつなと叔父の重綱しげつなけやきが待っていた。


「おぉ。色あわせが良いな。藤資ふじすけが選んだのか?」

「いいえ、おじいさま!!実は、母上とおばあさまと、橘樹たちばなおばさまとあかねおば様と采明あやめお姉さんが。ここの色は父上と同じ藤の色、そして、この組紐は采明お姉さんが。父上もしているんですよ」


 父の手首を示すと、藤資が照れ臭そうに、


「か、家族でお揃いも素敵だろうと、色を変えたり編み方を変えたりして、作ってくださったのだ。特に佐々さざれが喜んで、お揃いが嬉しいと……」

「ぐはぁ!?あの藤資叔父上がのろけている!!」

「うるさい!!」


欅は重綱を殴り、弥太郎やたろうを見る。


「この紐も素晴らしいが、その姿は本当に凛々しくて似合っているぞ。母上が喜んでいただろう」

「はい!!今日は、采明お姉さんと、皆で直江のお家で遊んだりするそうです。特にはるは采明お姉さんが大好きなので、一緒に色々と遊んでくれるのだとか。おばあさまも、橘樹おばさまも」


 弥太郎は本当に嬉しかった。

 元々橘樹は、弥太郎の賢さを可愛がり、様々なことを教えてくれたり、神五郎はボロボロの弥太郎達の衣を新調してくれた。

 遠慮する弥太郎や佐々礼に、


「屋敷に仕えるものは私たちの家族だ。家族が、ボロボロの衣を着ていては、直江家の恥になる。姉上や、埜々ののかに仕立てて貰うがいい。いくつか反物を届けるので、良いな?」

「は、はい!!ありがとうございます!!」

「お前たちが、頑張って、近くの雑木林で燃えるものを探したり、食べられるもの、薬草を探してくれるお礼だ。これでも足りん」


神五郎は頭を撫でる。


「お前は賢い。努力をすれば必ず弥吉やきちは、大成する。これからも頑張ってくれるか?」

「はい!!」


 そう言っていた神五郎がいない。


「あ、あの……神五郎様は?」

「ん?……あぁ、殿が優柔不断でな、側近とは名ばかりの狐狸こりどもに利用され、意見をコロコロ変える」


 重綱は、嫌そうに、


「しかも、采明をめかけにという意見を聞こうとしたので、采明と兄上が激怒してな。特に、兄貴は采明にベタ惚れだろう?怒り狂って、もう出仕しないとな」

「えぇぇ!?あ、あの采明お姉さんを!?」


弥太郎は采明が大好きである。

 優しくて、笑顔も可愛らしいし、弥太郎たちを兄弟のように可愛がってくれるのだ。

 それに、色々な遊びや、おもちゃを作ってくれたり……兄弟たちは嬉しくて、大事にしている。


「絶対に嫌です!!僕たちは采明お姉さんが大好きなんです!!お姉さんはずっと直江のお家にいてほしいです!!」


 拳を握りしめる。


「お姉ちゃんは直江家の人間で、宝物です!!僕のお姉ちゃんです!!どこにも出しちゃダメです!!」

「よくぞもうした!!じいは、本当に嬉しいぞ!!」


 親綱が頭を撫でようとすると、


「やめんか!!可愛い長男を見せびらかしにいくのだ!!じじいが口を挟むな!!」

「何だとう!!弥太郎は、直江家の子供じゃ!!」

「わしの!!息子じゃ!!行くぞ?景資」


藤資は息子の手をとり、そっと握りしめる。

 そのさりげない優しさがうれしく、ニコニコと父を見上げ、


「父上の手はごつごつしてるけれど、とっても暖かくて、ぎゅって握ってくれて嬉しいです」

「そうかの?」

「はい!!父上が私のことを守ってくれるようでホッとします」


まだ10にもならぬ幼い子供が、体の弱い……男達に翻弄されてきた母を支え生きてきたことを考えると、藤資は、心底最初に佐々礼と弥太郎、晴を見捨てた男が許せない。

 晴の名前を聞いた瞬間、正体は解った。

 しかも、弥太郎は、母親に良く似ている。

 優しく大人しい佐々礼を、長年苦しめ続けたあの男に見せつけるのだ!!




「だ、旦那様……私は……身分のないものです。本当に本当に……私たちを大切にしていただいて、幸せです。でも、旦那様が辛い目に……このような女を妻に迎えたと……馬鹿にされるのだけは!!」


 ホロホロと涙をこぼす佐々礼をそっと抱き締める。

 佐々礼はビクンと震えた。

 佐々礼は男を恐れる……それほどまで苦しい目を遭わされてきたのだ。


「大丈夫だ。佐々礼……そなたをおとしめるものは許さぬし、私は生涯佐々礼と添い遂げる。これからずっと私の妻は佐々礼一人だ」

「で、ですが……私の子供は……」


 抱き締めた胸の辺りが濡れる。

 それだけでも……佐々礼がどれ程苦しい目を遭ってきたのか、弥太郎たちはそんな嘆く母を見てきたのか……と思うだけでも、許せないと思ったのだ。


「佐々礼?そなたの息子や娘はわしの子。前はきついことを言ってしまったが、本当に本当に……あの子達を一生守るつもりじゃ。可愛い実の子として、共に育てよう……子供たちが笑顔でわしに『父上!!』と呼んでくれることがとても幸せなのだ」


 藤資は、心底そう思う。

 母や兄弟を守るのだと必死に努力をして来た弥太郎は、藤資に本当に甘えてくれるようになった。

 今日のように、


「えへへ……お仕事は大変だと思うのです。でも、私は父上と一緒にいくのが嬉しいです」


頬を赤くして笑う息子に、


「私も嬉しいぞ。この景資の出仕が嬉しい」

「一杯一杯頑張ります!!」

りきむではないぞ?ゆっくり頑張ればいい」

「はい!!」


時々あどけなく微笑む。

 その表情は佐々礼は苦しい目にあわされても、子供を本当に可愛がってきたのだろう……本当に佐々礼は子供たちが愛おしく慈しんだ……本当の慈母じぼと言うのは、妻のことを言うのだろう。

 あの優しい、哀しげな表情の妻を笑顔にしてあげたい、妻も子供たちも自分が守らねば……と思う。


「景資?こちらだ」

「は、はい!!」

「緊張せずともよい。主君に緊張するなら。神五郎の方が迫力があるぞ。あの年であれほどの強さはないだろうの」

「神五郎様の方がおつよいんですか?」


 弥太郎の言葉に、藤資が、


「強いな。あれは強い。景資も、神五郎に見習うがいい」

「はい!!」


門をくぐり、控えていた侍従に、


「直江親綱と、息子の重綱、篠井正信しのいまさのぶである。殿に挨拶に参った」

中条藤資なかじょうふじすけ、そして嫡男ちゃくなん景資と、殿に元服の挨拶に参った」

「直江親綱様!!そして中条様!!ようこそお出でくださいました!!」


頭を下げるが、欅をさげすんだ眼差しで見る。

 その様子に親綱が、


「私の息子を何だと思っておる!!直江家を侮るか!!」

「は、はい!!申し訳ございません!!」


慌てて頭を下げ、案内していく。

 キョロキョロと周囲を見回したいのを堪えようとする息子に、


「キョロキョロしても構わぬぞ?ここは、直江家や中条家の屋敷よりも下品だ」


耳に囁くと、えぇぇ!?といいたげに目を丸くして父を見る。

 父の藤資はにやっと笑い、


「ふんっ、見てみるが良い。庭の手入れの悪さを、わしの手入れの方がましじゃろう。わしは、木々と話をしつつ樹を手入れしておる。直江家と我が家の木々は美しかろう!!」


その言葉に周囲を見回し、景資は、


「あ、父上の手入れの方が綺麗です!!それに……」


床を見る。


「直江家の廊下はとても綺麗です。……あぁ!!父上!!」


 足の裏を見ると、黒くなっており、泣きそうになる。

 昔の生活で汚れていた足の裏並みである。

 こんな足では……。


「大丈夫じゃ」


 ひょいっと息子を抱き上げ、頭を撫でる。


「後で風呂に入ろうの?綺麗に洗わねばな?」

「父上が悪く言われたら……」


 涙声に、重綱が、


「気にすんな。ここは昔からそうだ。主が主だけに、全く下の者がなってない!!だから親父も、藤資叔父上が出仕止めたんだよ。兄貴もあの事で怒ってな!!今でも話題に出てるか?おっさん?」


嫌みたらしく、先導する男の背に声をかける。


「正信兄上の父上も何の落ち度もないのに、殺しておいてのうのうとよくここでいられるもんだ」


 はっ!


重綱が笑う。

 立ち止まった男が顔を赤くして振り返るのを、


「おぉ?怒れるのか?怒ってみろよ。直江家を、中条家を馬鹿に出来るのか?」


挑発する重綱に、親綱が、


「やめぬか、重綱」

「何でだよ、親父。親父も兄貴を馬鹿にする、掃除もろくに出来ねぇこいつらを庇うのか!?」

「わしが遊べんではないか!!この礼儀作法もなっとらん若造が!!」


呆気に取られる景資の目の前で、親綱が蹴り飛ばす。

 前のめりに倒れ込んだ男の尻と背中をわざわざ踏みにじり、


「この程度が、わしの息子を馬鹿にするな!!ふんっ、藤資、正信、重綱、この男の背を踏んでいけ。景資も、足を綺麗にするが良い。行くぞ」

「景資?良く拭くが良い。この男なら、いくら叩きのめしても構わぬぞ。祖父の命令じゃ。聞いておけ」

「え、えと……」


欅が先に進むと、振り返り、


「景資。渡ってくると良い。叔父さんがだっこするから」

「ほら、兄ちゃんが、手を引くから行くぞ」


 重綱に手を取られ、とことこと渡ると、欅は抱き上げる。


「よしよし。大きくなったな。父上が来られた。父上がいいかな?」

「えとえと……」


 そのまま欅は歩き出す。

 そして小声でこの建物の作り等を小声で教えていく。


「叔父上は、ここを知って……」

「父が、先代の我が儘に振り回され、逆鱗に触れて母共々自害する当日まで、殿の遊び相手としてここにいたからな。父上と母上が私とあかねを連れ出してかくまってくれたんだよ」

「殿は……今の殿は、叔父上にお姉さんを助けてくれなかったんですか!?」

「そうだね。全く」


 冷たくあっさりと告げる。


「もう昔で、殿は忘れているだろうけれど、私を先代に突きだそうとされて、一緒にいた神五郎と、駆けつけてきた父上に蹴られ、投げ飛ばされていたね。もう会いたくないけど、篠井の次の当主として、景資とご挨拶も良いだろうと、思ったんだ」

「そ、そんな……私は、叔父上たちがそんな目に遭っているなんて知りませんでした」

「茜は覚えていない。赤子だから。でも、父上や母上が良く私に『我慢するな。お前の家はここじゃ。甘えてよいぞ。いたずらも、神五郎と同じように説教するゆえ……と言うても、そなたも神五郎も、暴れんの?』『と言うことで、母の実家で遊んでこい!!』と篠井の家で橘樹たちばなと三人で3月ほど山の中を駆け回った。毎日毎日ボロボロの衣になるので、そちらの祖父や、義父が嘆かれて、しかし一緒に来ていた母上は『魚を釣ってこい!!』とぽいっと追い出されて、3人で四苦八苦しながら色々としていたよ。あの頃は本当に神五郎があの性格だろう?『おらぁぁ!!何をしやがる!!弱いものいじめは最低行為だ!!往け!!』と、突き飛ばしていたのを良く説教したね」

「何昔話してるんだ?欅兄貴、まだ息子も生まれたばかりなのに、じじいの懐かしい昔話か?親父や藤資叔父じゃあるまいし、もう歳か?」


 重綱の一言に、二人が真っ直ぐではなく横に蹴る。

 障子がものすごい音と共に破れ、突っ込んでいった。


「な、何をしているんだ!?重綱!?」

「ただの、父や叔父を敬わぬ馬鹿に説教よりも手痛い仕打ちです。気になさらず」


 親綱は楽しげに笑いながら入っていく。

 藤資は、欅に頼むと言いたげに視線を合わせると、先に入っていき、欅は景資を抱いて入っていく。

 欅の姿に一瞬怯むが、


「親綱叔父、藤資叔父、ひさしぶりにどうされた?」

「そうなのです。私は養女を迎えましてな。藤資にもいい加減身を固めよと娘を嫁がせましての。藤資の長男になる、我が孫が昨日元服いたしましてな。正信。景資をこちらに」


欅に立たせて貰い、祖父と父の間に座ると、父と練習したように、頭を下げる。


「殿には、初めてお目にかかります。私は、中条藤資の嫡男、景資と申します。お目通りをお許しいただき、恐悦至極にございます」

「景資と申すか、表をあげよ」

「はい!」


 顔をあげると、幼いものの、柔和で愛らしいかんばせ晴景はるかげは息を飲んだ。

 左目の下に泣きボクロはないが、昔、戯れに通っていた女に瓜二つである。


「そなたの『景』は……」

「直江家の、母の義理の妹になる采明叔母上がつけてくださいました。景虎かげとら様の景でございます。私たちの命の恩人です。そして資は父の名前でございます。『景』とは景色……この移り行く景色の表情が美しく、優しいように、私に優しく、そして父のように強い者になるようにと。叔母のつけてくれたこの名を大事にしたいと思います」

「景虎の!?」

「左様にございます。私と母、兄弟は、景虎様に救われました。私は、こちらに挨拶に伺いましたが、景虎様にお仕えすることをお許しいただければと思います」

「ならぬ!!」


 立ち上がる晴景に、景資は真剣な眼差しで、


「私を含め5人の子供を育てつつ、苦しんできた母を、乳母として直江家の屋敷に連れてきてくださったのは、景虎様と実綱さねつな様でした!!そして慈しんで下さったのは、直江家の皆様と父上です!!他のかたは、母を苦しめ、救っても下さらなかった!!母の苦しみを思ってくれた景虎様に、皆様に恩をお返ししたいと思って何が悪いのです!!あなた様がたとえ、私の父であっても、母を苦しめる人です!!決して私はお仕えしません!!」

「なっ!」

「今、先程私の顔を見て驚かれましたね?あなたは、母を苦しめた人間です!!私は決して貴方に仕える気はありません!!それで私を斬るのなら斬ってください!!幼い元服の挨拶に来た中条の嫡子を斬ったと、貴方は臣下の者に乱心したと言われるでしょう!!そして、景虎様に位を譲り、幽閉せよと声が上がるでしょう!!そうすれば、景虎様が次の当主となられます!!どうやっても、貴方には不利です。負けをお認めください」


まだ10にもならない景資の知恵に4人は息を飲む。

 ここまで考えるとは、本人も賢いがこの子の知恵を知り、学問を学ばせた神五郎の先見の明に、采明の……。


 景資は立ち上がり、


「正信叔父上!!私はご挨拶を終えました。帰りたいのですが、道が分かりません……一緒に帰っていただけますか?」

「あぁ。帰ろう。では、父上、叔父上、重綱。後はよろしくお願いいたします」


元の主を無視し、甥を抱いて去っていったのだった。

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