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運命(さだめ)の迷宮  作者: 刹那玻璃
嫁ラブと夫放置でお出掛けしたい嫁との攻防戦です。
33/87

景資君の元服式です。とても神聖なものとなります。

 7つの祝いは、皆楽しげに祝ったのだが、午後より行われる元服は、弥太郎やたろうの服装を改め、まだ手入れが行き届かず、伸びきっていない髪を、軽く結い上げ加冠を授ける。


 この加冠は、義理の祖父になる親綱ちかつなが行い、そして、


「弥太郎。そなたの名を景資かげすけとつけよう。『景』は景虎かげとら様の名前の一文字をいただいた。そして『資』は父、藤資ふじすけより……。そなたは、中条家の次の主であることを自覚し、日々精進に励むがいい」

「はい!!おじいさまの言葉、心にとどめ、日々精進いたします」


少年はゆっくりと頭を下げ、そして、後ろで見守っていた家族たちに向き直り、父に習ったように、頭を下げる。


「私は、中条弥太郎景資なかじょうやたろうかげすけにございます。本日は私の元服を見守ってくださり、ありがとうございます。そして、父を助け母を守り、兄弟と仲良くして参りますので、これからもどうぞよろしくお願いいたします!!」


 そのハキハキとした言葉遣いに、凛とした眼差しに、涙ぐむのは佐々さざれである。

 息子の成長が本当に嬉しく、手が離れていくようで寂しくもある。


「母上!!笑ってください。私は母上の傍におります。はるゆき与次郎よじろう藤三郎とうざぶろうも。必ず私は、父上や神五郎しんごろう様、采明あやめさまのように努力研鑽どりょくけんさんを怠らず、日々邁進ひびまいしん致します。そして、景虎様によって救われた恩を、景虎様に仕えることによって、お返しできればと思っております」

「弥太郎……景資……」

「母上は、私たちを育ててくれました。これからもそうです。母上は私の自慢の母上です。母上の子として、父上の子として生まれて本当によかったです。そして、皆様。まだまだ若輩ではございますが、どうかよろしくお願いいたします!!」


 まだ幼さの残る少年の言葉に、あずさ橘樹たちばなは、涙をぬぐう。

 大泣きしているのは叔母の埜々ののかで、夫の悠真ゆうしんもうっすら瞳が潤んでいた。


 ちなみに、悠真は友人だった一太いちたの叔父の家に養子に入った。

 一応武家の家だが、本家の当主である一太の父が、悠真を日々鍛えてくれていたりして、全身アザだらけである。

 しかし、義理の姉の為にも、今必死に努力をした結果を見せた甥に負けていられないと努力を決意する。


「よくぞ申した!!それでこそわが息子!!お前達が私の自慢の妻であり子供達!!わしは必ず守って見せようぞ!!」


 藤資の宣言に、直江家の当主であり、佐々礼の兄に当たる神五郎も、


「景資。まぁ普段は弥太郎でいいな。弥太郎。お前はこの直江家の縁戚でもある……つまり、私の妹になる佐々礼の息子、つまり私の甥。何かあれば気軽に相談に来るがいい。まぁそなたのことだから……」

采明あやめさまに勉強を教わります!!」

「と言うことだ」


苦笑する。




 まだ幼さの残る景資は、記憶力がよく、前々から、


「旦那様!!お願いいたします。もし、お時間があれば、私に学問を教えてくださいませ!!部屋のすみでも構いません。仕事は怠けませんので、どうぞお願いいたします」


と何度も頼みこんだ。

 橘樹はあっさり、


「良いことではないの。勉強がしたいと言うその希望の芽を摘むなんて駄目だと思うわ。教えてあげましょう」


と橘樹本人やけやき、神五郎に教わった。

 何度か、仕事のあともあってうとうととしてしまうのを必死で顔を擦り、墨だらけになった時には青ざめる。


「申し訳ありません!!」

「構わんが、大丈夫か?風呂が沸いている、入って来よう」


 神五郎は時々、そういって、浴場に連れていってくれた。

 背中を流さなければと意気込むのだが、お湯をかけてくれて、きれいに洗い清めてくれた。

 普通は体を洗うときには『へちま』を用いる。

 へちまの水を抜き、種をとり乾燥させ、繊維をほぐし、体を擦るのである。

 へちま水は肌によく、現在の化粧水としても用いられる。

 ちなみに髪を洗うのは、米のぎ汁や、ぬかである。


 しかし、へちまだけでなく、手拭いで丁寧に擦ってくれると、ぽーっとなってしまい、


「こらこら、ここで寝るなよ?溺れてしまうぞ?」

「あ、申し訳ありません!!」

「怒っているわけではないんだ。弥吉やきちはよく頑張っている。少しは休むといい。悠真ゆうしんに伝えておいた。疲れて眠ってしまったから今日はこちらで休ませると」

「えぇぇ!!そんな、おそれ多いです!!」

「何を言っている。お前のお陰で、皆が助かっているし、景虎様もおとなしくあまり出歩かぬようになった。弥吉のお陰だ、ありがとう」


くしゃくしゃと頭を撫でる。


「あぁ、母上や妹たちには悠真に頼んで、精の付くものを持っていってもらった。だから安心するがいい」

「あ、ありがとうございます!!旦那様!!」


 兄弟はまだ幼く、一つ違いのはるだけでは心もとない。

 雪に、次郎、三郎……。

 母は元々線の細い人で、時期ごとに熱を出す。

 その度に追い出されたら困ると思っていたのだが、直江家の人々はおおらかで、


「疲れているのだろう。元気になるまで休んで構わないから気にするな。そう、お母さんに言いなさい」


と、けやきは微笑み、あぁ、そうだと何かを持ってくる。


「これは、昔のおもちゃだが晴たちが喜ぶだろう。絵が美しいし、かなり物覚えがよくないと選べない。そして、次郎と三郎には、景虎様が呼んでいたと言ってくれるか?あの方も遊びたい盛りだし……そして、弥吉は大旦那様と茂平さんの囲碁のお茶うけ等を頼む。いいか?」

「はい!!ありがとうございます。欅お兄さん!!いって参ります」


 弥吉は早足で自分たちの部屋に向かうと、


「何をしておるか!!」


景虎の一喝が響き渡り、開いた障子から男が 腰を落とし、後ずさりしつつ、


「か、景虎様!!私が悪いのではありません!!この女が私に言い寄ったのでございます!!」

「何を申すか!!我は隣で次郎と三郎とおった!!すると悲鳴を上げて逃げようとした佐々礼母上を捕らえ、暴力を振るったではないか!!」

「景虎様!!」


駆け寄ると、


「おぉ!!弥吉!!この者が、母上に良からぬことをたくらんでおった!!安心せい!!母上は無事じゃ!!」

「私は悪くありません!!」

「ほぉ……袴の前をくつろがせて言うものではないわ!!斬られとうなかったら大事にしまっておけ!!」

「はっ!!」


慌ててしまう間に、集まってきた者……神五郎は、


「景虎様。何かございましたか?」

「この男が、熱を出して眠っておる母上の部屋に忍び込んで、何やらしようとしておった!!母上は衣が裂け、泣きながら助けを呼び、この男は袴をくつろがせてこの有り様よ!!」

「お前さん!!」


駆け寄ってきた妻は、頭を下げる。


「申し訳ありません!!申し訳ありません!!この亭主が!!どうか、どうか、お許しを!!」

「一度やるものはもう一度やる!!それ以上に仕返しもするかもしれん!!それに、そなたは本当にこの屋敷でもよく働く者だと我は知っておる。だが、この男は幾度も、そなたを悲しませ、騒動を起こしておっただろう!?」

「そ、それは……」


 夫の女好きを知っていた妻に、橘樹は夫を蹴りつけたあと、


「ねぇ、良いかしら?最近書状が届いて母上のお側に控えるものが辞められたの。貴方は母上もよく知っている働き者。もしよければ、そちらに行ってはどうかしら?貴方は悪くないけれど、夫が病で寝込んでいる景虎様付きの侍女に手を出そうとしたなんて噂になったら、あの夫はともかく、貴方のように気の利く侍女は見つからないし、勿体ないわ。母上にお願いしておくから、そちらに、お願いできないかしら?」

「……えっ?」


仕事を失ってしまうと悲嘆にくれていた侍女は目を見開く。


「お願いしたいのよ。それに、夫がしでかしたこととは言え、彼女には複雑な感情を持ってしまうでしょう?彼女は景虎様付きの侍女……身分で差別をしているわけではなく、貴方には貴方にあった仕事があると思うの。お願いね?お母様はきちんとされているけれど、本当にお優しい方なのよ」

「お嬢様!!」


 侍女は涙を流す。


「ありがとうございます!!ありがとうございます!!辞めさせられても当然ですのに、本当に……」

「泣かなくて良いのよ。貴方は悪くないでしょう?」


 泣き崩れる侍女を別の者に託し去らせると、その横を通り抜けて、嗚咽が漏れる部屋に入っていく。


「さて、お前は、どのような処分が必要かな?」

「わ、私は酒場で聞いたのだ!!あの女は、とある屋敷で客をとっていたそういう女だと!!」


 弥吉は青ざめる。

 母は抵抗した……それなのに、数人の男達にもてあそばれ、雪に次郎に三郎は……。


「なっ……」


 何を言うんだ!!


と必死に声を絞り出そうとした弥吉の目の前で、神五郎が拳を振るったのだ!!


「な、何を……」

「苦しみつつ必死に子供を育て、景虎様の母がわりになる女人にたいして失礼だと思わぬのか!!」

「旦那様!!私は本当のことを!!」

「景虎様の乳母である方への失言、その上、このような恥ずかしい行為を正当化する浅ましさ!!許されるか!!」


 再び蹴りつけた神五郎は、


「欅兄上!!こののもとどりを切り、寺に放り込んでくれ!!」

「では、ここから南部の、永平寺えいへいじにされますか?」

「頼んだ!!」


欅と集まっていた数人が、男を引きずり、去っていく。

 残ったのは、神五郎に弥吉に景虎、親綱と茂平もへい一太いちた


「全く、武士の風上にもおけん!!弥吉!!大丈夫ぞ!!」


 大事な贈り物を抱いたまま、ボロボロと涙をこぼす弥吉に茂平は近づく。


「僕たちの父上がいれば……」

「父と言うのは……?あの、前に言っていた……?」


 弥吉は力なく首を振る。


「僕と晴の父は……母が最初働いていた屋敷に時々訪れる武家の方です。母を見初め、僕と晴が生まれました。晴の名前は、父が付けたのだと。父の名前の一文字なんです」

「『晴』……」


 5人は顔を見合わせる。


「父は、母と生まれたばかりの私や晴を引き取ると言っていたそうですが、しばらくして来なくなり、そして……その屋敷から暇を出された母は、働き出した所であの男と夫婦になり……暴力をふるい、そして、賭け事に溺れ、その借金のかたに、母や埜々香叔母を差し出し……母が機転を利かせて埜々香叔母を逃がして……」


 俯き、滴り落ちる涙を、茂平が抱き締める。


「泣くが良い。佐々礼どのの悲しみを一番知っている弥吉は、本当によう我慢した!!今日は泣いてもいいぞ。わしは父ではないが、その逃げ出した男のかわりに、怒りをぶつけても良い!!」


 その隙に一太が持っていたおもちゃをすっと取り上げ、弥吉はしがみついた。

 そして、


「父ちゃんなんて……母さんを悲しませるなんて、大嫌いだぁぁぁ!!僕たちは待っていたのに、信じていたのに!!わぁぁぁ……!!」


必死にすがり付くように泣きじゃくる。


「父ちゃんなんて、大嫌いだ!!何が、自分の名前の一文字が『晴』だ!!嘘つき嘘つき!!」


 あやす茂平の横で、神五郎が父と一太に、


「少し調べてみましょうか?」

「そうだな。その方が良い」

「と言うより、調べても今さらですよ。弥吉にはもう必要ないでしょう。そんな親父は」


泣きつかれ、そのまま寝入ってしまった弥吉を抱き上げた茂平は、


「よう泣いた。このような可愛い息子を、泣かす男など父親であるものか!!弥吉……疲れたじゃろう……休むがいい」


それから、成長した少年の元服に、茂平こと藤資は、何事かを親綱と共に模索していたのだった。

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