生まれた赤ちゃんの名前が決まりました!!父親大丈夫ですか?
季節が過ぎ、先に身ごもっていた重綱の妻の茜が男の子を生んだ。
生まれる前から何度か様子を伺いに行っていた采明と神五郎は、大声で泣き叫ぶ甥に采明は喜び、神五郎は大きな甥と采明を見比べ、周囲の言う通り、采明にはまだ早すぎる!!と自覚した。
「わぁぁ……可愛い……ちっちゃい手……」
見つめる采明に、茜は、
「抱いてみる?采明ちゃん。結構重いのよ、その子」
「はい!!抱っこしたいです!!」
神五郎と重綱の予想に反して、少し重たげだが抱き上げて、
「わぁぁ、本当にがっしりしてます。重綱お兄様に似てますね。眉がキリッとしてます」
「そうでしょ?なのにこの人、どこが似てんだ!?ですって」
「でも、口の形はお姉さまみたいににっこりですよ?」
よしよしとあやしながら、歌を歌う。
「眠れ 眠れ 母の胸に 眠れ 眠れ 母の手に
こころよき 歌声に 結ばずや たのし夢
眠れ 眠れ 母の胸に 眠れ 眠れ 母の手に
暖かき その袖に 包まれて ねむれよや
(シューベルトの子守唄:訳詞内藤濯)」
采明の歌声に、周囲の大人も、聞き惚れる。
赤ん坊も優しい声と、優しく揺すられて、すやすやと寝息をたて始める。
「わぁぁ……采明?それは呪文か!?」
驚く重綱に、神五郎に抱かせていた采明はにっこりと、
「ここから西の国の子守唄……です。子供をだっこして歌を聞かせてあげると、とってもいいんですよ?」
「えっ?どうしてだ?」
「赤ちゃんって、小さい頃は余りお目目が見えないんです。それに余り動けないので、感じるのは、お耳とお鼻です」
自分の耳と鼻を示す。
「それに、だっこしてくれている人の暖かい温もりで、安心……だ、旦那様ぁぁ!!」
ぎゃぁぁ……と泣き出した甥に、
「わぁぁぁ!!悪かった!!俺が悪かった!!えっとえっと……采明!!抱き方を教えてくれ!!」
神五郎は顔色を変えて妻を見る。
采明は、
「旦那様、左の肘の内側から、手のひらに乗せる感じで、右の手は添えます。そして、優しく撫でるように、肩をさすってあげてください。大丈夫大丈夫って」
「こ、こうか!?」
「まだちょっとぎこちないですけど、大丈夫ですよ。ぼうや?いいこちゃんですね?」
よしよしと頭を撫でると、赤ん坊は泣き止み、采明の方を見るとにこぉっと笑う。
「おぉ!!笑った!!」
「まだ条件反射と言うか、無意識ですけど……可愛いですね。重綱お兄様。お名前決まりました?」
「親父がなぁ……」
妻と一緒に首を竦める。
「固いから、もっと柔らかい名前にと思っていたのに、なーにが『綱親』だ!!自分の名前をひっくり返しただけだろうが!!」
「って、怒ってたのよ、この人。そうしたら奥さま……じゃなかったわ。御母様が、『じゃぁ、明綱でよかろう?文句はないな?』って……御母様は、どうしても初孫の名前をつけたいって言われていたのよ」
「明綱……」
重綱と茜は、神五郎を見る。
子供に慣れていない神五郎にはかなりの苦行らしい。
「あ、采明!?な、何か濡れて……わぁぁ!!」
「あぁ、むつきが濡れたのですね。旦那様。衣をゆすいで来てくださいね?采明はむつきを取り替えますので」
てきぱきとこなす妻を見つめ、情けない顔をした兄に、重綱と茜は吹き出す。
「わ、笑うことはないだろう!!」
「兄貴……娘が欲しいって言ってたけど、それじゃぁまだ無理だな。ほら、着替えにいこうぜ」
神五郎と重綱は出ていく。
「はぁぁ……綺麗になりました。お母さんのところに行きましょう」
采明は濡れたむつきをよけて、明綱を連れていく。
「采明ちゃんは、羨ましいわ。私は本当に器用じゃないから……」
「慣れますよ。お姉さまは手先が器用ですし、とても賢い方ですもの。羨ましいです」
「と言うか、私が敵うのはこの背丈よね……大女って、馬鹿にされるのよ。慣れたけど。それに、橘樹ねえ様もスラッとしているものね」
采明も驚いたのだが、茜はこの時代では珍しい長身である。
橘樹も大きい方で、采明の着物の仕立てる際の感覚で、大体元の時代の160㎝程、茜も165㎝程はあるだろう。
「大丈夫ですよ。お姉さまは、とても綺麗な衣の似合う美人です。采明は嬉しいです。それに大女じゃなくて、お姉さまは采明の住んでいた所では、衣の柄ではなくて、形や、下駄等のお店が、似合う人に着て貰って、それを着て見てもらうのがあるのです。お姉さまは、とても自然体のお化粧がお似合いですから、そして、紅はちょっと強く、頬にも塗って……と言うのも出来ます」
「えぇ!?化粧は、もっと……」
「駄目です。采明が調べたら、化粧の白粉に鉛と言って、体に良くないものが入ってました。体を悪くすると明綱ちゃんも体が悪くなります。白粉とか、采明は勉強しますね」
采明の言葉に、
「采明ちゃん!?このお守りを作ったり、石を加工して飾りを作って……これ以上何をするの?」
「采明は、直江家の財政を預かる人間になって、景虎様が戻るまで、基盤を作るつもりです。大丈夫ですよ」
「えぇぇ!?商売ってこと!?お父様や御母様、兄上は何て!?」
直江家の鬼に教育指導官である親綱と欅、そして、直江家の実質的支配者の梓は、厳しい筈……。
心配する茜に、采明はにこっとわらう。
「大丈夫ですよ。お父様や御母様は孫である明綱ちゃんが可愛いですし、欅お兄様も、とても、生まれてくる赤ちゃんのことを心配されていて。すぐに大丈夫って言われました」
「と言うか、采明の『お願いします』に上目遣いに、敵うのっていないだろう」
戻ってきた重綱は呆れたように言う。
「と言うか、采明の一言でこの家は動く!!絶対動く!!何たって、あの兄貴があれだ!!」
「采明……お前が母親になる前に、私が、子供を抱いたりする練習が必要だろうか?もしくは、さっきの歌を歌うとか……」
情けなさそうにがっくりした神五郎の姿に、采明は微笑み、
「大丈夫ですよ?旦那様。もう少しで出来ますもの。それに、明綱ちゃんや、橘樹お姉さまの赤ちゃんも生まれますから、大丈夫ですよ。旦那様はできます!!」
「そ、そうか?落ち込んでいたんだが、采明に言われるとホッとした」
かなりの落ち込みぶりだった兄の嬉しそうな声に、重綱は、
「采明が直江家の実質的支配者!!絶対だ!!あの兄貴もでれでれだ!!」
「そうよね~!!でも、昔の肩肘張ってたお兄様よりいいと思うわ。力が抜けてて……余裕もあるみたいだし」
楽しげに二人は笑い、夫婦の様子を見守っていたのだった。




