采明ちゃんのことになると、自分の信念も曲げてしまうヨメラブです。
「は!?お前、これはどうした!!」
弟の重綱が持ち帰ってきた絹を見て、神五郎は渋い顔をする。
「私は……」
「違う違う。あのな?兄貴。話を聞いてから返答を頼む」
重綱は5つの絹を見せて説明する。
「ほら、一番最初の使い。出てこいって言っていただろう?あいつ、殿の書状に、殿に渡された采明のための絹をすりとって、妾に貢いだんだと。で、兄貴が頑固なのを知っているから、兄貴の所に赴いて、拒否されると殿ではなく有力な上役に、兄貴のことを言って、周囲の評判を落としてってやらかしていたらしい。で、殿の前で、色々と情報をちょっとだけ出してやったら震え上がってたぜ。厄介だってな」
にやっと笑う重綱に、神五郎は書面を見ながら、
「そう言うことか……面倒な……」
「まぁ、兄貴は采明といることだな。采明が……あ、起きた」
障子が引かれ、真っ赤な顔で目を潤ませた采明が顔を覗かせる。
「何か……あったのですか?重綱お兄様……」
「ないない。それよりも采明。ほら、絹を貰ったぞ?」
「絹……?あ、お母様に!!着ていただけるように、お仕立てを!!それとお父様に!!」
熱はまだ下がらないというのに、どうして、義理の両親を!?
これが采明か……と俯きかけた重綱の横で、神五郎は、
「いや、これは采明用だ。父上たちが采明に色々と贈りたいと言っていた」
「えっ!?だ、旦那様……采明は、何時もの衣で充分です」
「駄目だ。可愛いものを揃えよう。采明に似合うものが良い」
「でも、采明は小さいので、余ってしまいます……」
自分の小ささ、幼さを心底気にしている采明に、
「そういえば、采明は、何か面白いものを作っていたな?」
「あ、えっと……綿を戴いて……ぬいぐるみを……」
中に戻ると、出てきて、重綱に手渡す。
「あ、あの、お兄様。赤ちゃんに、茜お姉さまに差し上げてください」
「ん?なんだ?これは」
「采明が作った、子供のおもちゃです。ウサギさんです」
手のひらに収まる、はし切れの布を繋いで、色々な色が混じった立体的な……。
「すげぇな!!采明。器用とは聞いていたけど、これはすげぇ!!茜も喜ぶ!!ありがとう」
「これくらいしか……」
「何がこれくらいしかだ。これこそすげぇだろ?わぁ、これは、子供だけじゃなく、姉貴や母上も欲しがるだろうな」
「じ、実は……作っているのです……でも、自信がなくて……」
喜んで欲しいです。
呟く采明に、
「喜ぶぞ!!それとか、親父も自分も欲しいとか言うんじゃないか?あげてみたら良い」
「はい。お兄様。旦那様にもあげたのですが……」
嬉しそうな妻に、
「重綱にウサギで、私には熊……。父上には」
「狸で良いんじゃねぇ?」
軽く言った息子に、
「誰が狸じじいだ!!」
と殴る。
「あっだぁぁ!!いってぇぇ!!」
「全く……ん?これはなんだ?」
重綱の手から転げたものを取る……。
「ウサギか!?誰が作ったのだ?」
「采明です」
「あ、あの……お父様とお母様に……」
後ろからそっと差し出したものを受け取り、声をあげる。
「まぁ!!これは素敵だわ。これは犬かしら?」
「狼です。狼は、家族で生活する獣で、両親に子供によって一つの群れを。お父様とお母様は、直江家の中心です。ですので」
ジーン……感動した親綱と梓に、
「旦那様のくまさんは、采明がよく作っていたのです。旦那様は凛々しいので。そして、後でお渡しするお姉さまには、優しいワンちゃんです」
「犬?何で?」
梓の問いかけに、
「犬は子沢山の象徴なのです。それに安産が多いと聞きます。なので、お姉さまに赤ちゃんが出来ますように……と思ったのです……あの、旦那様?お姉さまと欅お兄様は?」
「あ、あぁ、姉上の調子が悪いと、診ていただいているところだ。ん?この足取りは……」
「し、失礼いたします!!」
顔が強ばったと言うか、どんな表情をして良いのかわからないと言いたげな欅が入ってくる。
「どうしたんだ?兄上」
「そ、それが……それが……」
口ごもるが、思いきって、
「橘樹に、や、ややが……」
「ややだと!?まことか?」
「ま、間違いないと……」
頬を赤くする欅に、
「おめでとう、兄上。ほら、采明。兄上に」
「お兄様、おめでとうございます。あの、これは……采明が作った、お守りです」
「お守り……?」
「はい。犬は沢山子供を産むことと、とても子供を可愛がるそうです。そして、安産でもあるとか。なので、前に布の切れ端を戴いて、作っていたのです。お、お姉さま……に差し上げてください。采明は調子がまだ良くなっていません。なので……」
受け取った小さい犬のぬいぐるみに……。
「ありがとう。采明。きっと、橘樹は喜ぶだろう」
「よかったです。采明も叔母さんとして、赤ちゃんを可愛がります!!」
ニコニコと嬉しそうな妻に、つい神五郎は、
「采明?家にも欲しくはないか?父上も母上もそれは首を長くして……」
「む、無理ですぅぅ!!ふえぇぇぇ、意地悪です……旦那様、意地悪ぅぅ」
ふえぇぇぇ……
べそをかき奥に消えていった妻に、
「残念だな……私は、娘が欲しいのに」
「はぁ!?」
4人が声をあげると、真顔で、
「采明に似た娘が欲しいです。もし跡取りのことで問題が起こっても、兄上と重綱の子供に継がせても良いと思っているので。でも、采明が今拗ねたから、今日は入れてくれないな……」
とぼやいたのだった。
しかし、采明のすねすねは夜まで持たず、夕食の時に再び熱が上がり、神五郎が甲斐甲斐しく面倒を見たのだった。




