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運命(さだめ)の迷宮  作者: 刹那玻璃
嫁ラブと夫放置でお出掛けしたい嫁との攻防戦です。
20/87

寂しくて切なくて心細いと、なにかにとても甘えたくなります。

 神五郎しんごろうの父である直江親綱なおえちかつなは、翌日、気は強いが愛おしい妻のあずさを追いかけ姿を見せた。

 が、隠居したとはいえ父への挨拶に出向かぬ息子の神五郎に腹を立て、けやきが止めるのも聞かず、ずかずかと入っていく。

 ちなみに弟の重綱しげつなもである。


「先代様!!重綱様!!」

「父と弟に様はいらぬ!!」


 ちなみに葛木かつらぎは、仕事上の名前であかねが本名であり、重綱の妻でもある。


「兄上。家のかったい融通の利かない兄貴が、何で出てこないの?何かそれはそれで気持ち悪い……もしかして、結婚諦めて、男色だんしょくふけっているとか……もしかして!!かげ……」


 背後から付いていた橘樹たちばなが駆け寄り、背後から飛び蹴りを喰らわす。

 前に倒れ、頑固で兄同様くどい父にぶつかっては大変と体を避けようとしたものの、橘樹と夫の欅は、夫婦揃って逃げようとした弟の転倒方向を戻し、


 ドン、ドン、バターン!!


と倒れた姿に夫婦でにんまりとする。


「な、何をしておる!!重綱!!そなたは昔から!!」


 父、親綱は叱りつける。


「ち、違うよ~!!」

「何がだ!!父に対してその言葉はなんだ!!その前にどけ!!」


 大騒ぎに、障子が開き、梓が姿を見せる。


「何をしておられるのです!!貴方は子供ですか!?騒々しい!!その上に重綱!!そなたは茜を置いて、フラフラ何をしておる!!」

「おぉ、おったのか、梓!!」


 最愛の妻に駆け寄ろうとしたものの、梓はスッと避け、


「欅?采明あやめの熱が高い。その上うなされておる。薬師くすしを」

「すでにお願いの使いを。急いでほしいとお願いしておりますゆえ、今しばらく、お待ちくださいませ」

「神五郎が采明が口にしないと言うので、冷えた氷を緊急に取り寄せましたわ。御母様。細かく砕き、采明が好きな甘い、苺を煮詰めたものをかけて持ってこさせます」

「橘樹。そなたはほんに優しいのぉ?さすがはわらわの娘!!では、橘樹、欅。采明と神五郎を」


にっこりと娘夫婦を障子の奥に送り込むと、廊下に座り込む夫と息子を見る。


「何をしておられるのです!!ほんに、役に立たぬ!!采明が泣いておって神五郎が必死になっておると言うのに……」


 眉を寄せる梓に、


「神五郎がおるのか!!」

「アヤメって誰?母上」

「黙っておれ!!重綱!!わしが聞いておるのだ!!神五郎!!出てくるのだ!!父に挨拶ひとつ出来んとは、どう言うことだ!!」


梓が叱りつけようとすると、


「うるさい!!采明が熱を出して、頭がいたい、喉がいたい、辛いと泣いているのに、静かにしろ!!」


と、障子が開き出てきたのは、夜の単姿ひとえすがたに、後ろから慌てて一枚欅によってかけられている神五郎。


「ふ、ふわぁぁぁん……旦那様も、怖いぃぃぃ」


 ひどく弱々しい泣き声が聞こえ、モゾモゾと神五郎の腕の中で動く。


「わ、悪かった!!すまぬ!!怒らぬから、許せ……では、喉にとおるものが来るまで待とう、な?」

「旦那様……だっこ……」

「分かった分かった」


 腕の中の存在に甘い甘い顔をした神五郎は、呆然とする父と弟を無視し、戻っていく。


「な、何だ!?あれは!?」


 信じられないものを見た!!と言いたげに、呟く親綱に、重綱は、


「あの大きさで……やっぱり、景……」

「黙れと言うに!!」


いつのまにか、橘樹が差し出したなぎなたを握った梓は、息子に切っ先を突きつける。


「そなたは……今一度、直江家の家訓を叩き込むことが必要そうじゃの?今すぐに、裏について参れ!!親綱様も……同じく」

「えっ!?えぇぇ!?は、母上!!俺より、兄貴が!!」

「黙れと言うに!!欅!!橘樹。神五郎と采明を。わらわはこの愚か者を徹底的に再教育とやらを致すゆえな」


 控えていた二人は、


「はい。母上の頼みとあらば」

「私たちは、神五郎と采明とおりますわ」

「よいことじゃ。特に、采明は愛らしく、神五郎はあの年であれではの……本当にどちらが年上か心配になるが……まずは……」


梓により連れていかれた二人が、怒りに任せて……特に重綱がめちゃめちゃに叩きのめされたのは、別の話である。




「旦那様……」

「ほら、来たぞ。これならば口にできるだろう」


 ぐずる采明を膝に乗せ、氷を口に運ぶ。


「氷は余り手にはいらぬゆえ……采明の熱が早く下がると嬉しい」

「氷は、氷室ひむろに、保存されているものですか?」


 潤んだ瞳で夫を見上げる姿に、


「熱があって辛いときまで、勉強するな。元気になれば、母上の住まわれている本屋敷に向かう。その近くにあるのだ。見に行こう。だから、今は一口でも口にしろ」

「旦那様は……食べてますか?私の面倒を見て、食べないのは駄目です。何か……お姉さまに、お願い……」

「こら、だから心配するな。采明が寝たら、食べる。だから安心しろ」


小さな口に、氷をいれ、顔を覗きこむ。


「美味しいか?姉上と母上があれがいいこれがいいと、話し込まれていた。お二人は、良く似ていてどちらもはっきりした気性の方だから、時々意見がぶつかり合うのだが、今日は、采明のために、何かをと考え込まれて……それは、ホッとした」

「ホッと?」

「姉上が、一度嫁がれたときに、母上は反対した。母上は厳しい言い方をされるが、本当は優しいかただ。姉上を心配してそう言われたが、姉上は若かったし、私と同じで駆け引きなど出来ない。嫁ぎ先では……辛い目に遭われた。戻ってきて、母上は心配していたが、姉上は自分を恥じ、母上に申し訳ない、恥ずかしいと、ここに引きこもり……母上も会えず……お互いが悪くないのに、自らを責め合っていたんだ」


 采明が夫を見上げると、微笑む。


「采明が二人を再び引き寄せ、縁を取り戻してくれた。こんな嬉しいことはない。采明は俺の……直江家の宝だ」

「旦那様が、私をここに連れてきてくれたからです……」


 熱のある手をそっと伸ばし、夫の無精髭に微笑む。


「私が熱があって……こんなに心配して下さるのは、旦那様や、お姉さまに御母様……直江家の皆さんです。私こそ、旦那様に会えて……傍にいられて……幸せです」

「じゃぁ、ちゃんと元気になるんだぞ?采明の『旦那様!!』は、父の説教や母上の愚痴や姉上の拳よりも効く。笑っている顔も、本当に嬉しい……だから、元気になれ」

「はい……でも……」


 少し俯いた采明は、もじもじと、夫に頬を寄せ、


「ちょっとだけ……甘えても良いですか?旦那様?ちょっとだけ、元気になるまで……旦那様に甘えたいです……」

「采明は……」


ため息をつく。

 その様子に、


「だ、駄目ですか?」


子犬の尻尾がたらんっと垂れて、きゅんきゅん鼻を鳴らしているような幻影が見える妻に、


「治るまでだけじゃなく、何時までも甘えていい。融通の効かない男だが、これでも、采明のためなら何でもするつもりだ。学問の師匠だけでなく、采明は俺の妻だぞ?妻に甘えてもらえないのも、辛いのだがな?」

「本当ですか?」

「夫が妻に我慢しろとはおかしいだろう?だから心配するな」





嬉しそうに、幸せそうに、砕いた氷にイチゴの蜜を垂らしたものを食べさせ、食べている姿に、橘樹と欅は顔を見合わせ、微笑んだのだった。




 ちなみに、梓は、その様子を後で聞き、見ればよかった!!と嘆き、見られなかった原因の夫と下の息子にとことんまで鍛え上げたのだった。

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