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運命(さだめ)の迷宮  作者: 刹那玻璃
嫁ラブと夫放置でお出掛けしたい嫁との攻防戦です。
19/87

神五郎さんは、とても嫁が可愛い模様です。

「うにゃ……」


 寝ぼけ顔で起き上がった采明あやめは、目を擦ろうとして手を取られる。


「駄目だぞ。今日のお前の目は真っ赤だからな?まずは、井戸の水で冷やさなければ」

「だ、旦那様!!」

「本当に、可愛い顔が台無しだぞ?」


 姿を見せた侍女が、微笑みながら、


「失礼いたします。采明様には、ゆっくりお休み頂けるようにと、橘樹たちばな様からのお言葉です。そして、こちらを」

「あぁ、助かる。ありがとう」


絞った手拭いを受け取った神五郎しんごろうは、采明を横たえ、目の上に乗せる。


「少し休め。それと、少し体が熱い。熱があるのかも知れぬ」

「で、でも……」


 神五郎の指を握り締め、ぐずるように呟く様子に、


「今日からしばらくは出仕せぬ。傍にいるから安心しろ」

「……晴景はるかげ様と戦になれば、民も地も……」

「ん?戦になどなるものか。はっきり言って、あの方にそのような度胸はない。けやき兄上も申されていた。安心するがいい」


よしよしと頭をなで、温まった手拭いを冷えた水で絞り、再び乗せる。


「欅兄上も、晴景様とお知り合い……ですか?」

「兄上は、元々晴景様の傍に仕えておられた。だが、先代に忠言をしたお父上が、怒りを買い腹を斬り……母上も……。妹の葛木かつらぎは今、俺の母の元におられる。嫁いでおられるのだが、どうしても母がわがままを申されて、困ったものだ」


 呟くと同時に障子が引かれ、


「わがままとは、失礼ではありませんか?しかも、実の母に嫁を見せぬとは!!ずるいと思わぬのか!!」


『実の母』


と言う言葉に、采明は飛び起きる。


「も、もも……」

「采明は寝ていろ。母上!!急に息子夫婦の寝所に侵入とは、自分はあれこれいいながら何ですか!?」


 神五郎の言葉に、


「橘樹が、橘樹が!!」

「喧嘩はやめてくださいね」

「せぬわ!!橘樹が自慢するのですよ!!『可愛い采明が……』『今日は采明が……』」


采明の前には、橘樹に良く似た……。


「まぁぁ!!可愛いこと!!何て、何て、子兎のような可愛い……神五郎!!」


 采明を抱き締め、頭を撫でくり回していた女性は、


「とっとと孫を見せなさい!!嫁がこのように可愛いのなら、生まれてくる子は皆もう可愛いに決まっておるでしょう!!早く私に孫を!!そして、周囲に自慢するのです!!」

「母上……采明はまだ体がしっかりしていないのですよ!!それにぎゅうぎゅうとその怪力で……わぁぁ!!采明!?」


余りにも強い力で抱き締められ、その上微熱のあった采明は目を回してぐったりしている。

 慌てて母から奪い取り、


「采明!?大丈夫か?」


そっと声をかけると、はっと目を開ける。


「す、すみません!!あの、嬉しくて一瞬うとうとしそうになりました」

「気絶だ気絶!!」

「い、いえ、本当に。ぎゅっと抱き締められたのは、御姉様と、お、御母様位です」


 采明は、慌てて髪を調え、礼儀正しく頭を下げる。


「申し訳ございません。ご挨拶もせず、このような姿をお見せしてしまい娘として、御母上に失礼を……」


 顔をあげ、潤んだ瞳に頬が赤い……それでも、愛らしい少女が微笑み再び頭を下げる。


「改めまして、初めてお目にかかります。山吉政久やまよしまさひさの娘、采明と申します。年は13でございます。まだ未熟で御母様にご迷惑をおかけするかもしれませんが、精一杯、この直江家の嫁として、努力して参りますので、よろしくお願い致します」

「……神五郎」

「何でしょう?」


 又母の悪癖がと渋い顔の神五郎の前で、


「采明を私に!!」

「駄目です!!」

「何故です!!母が直々に直江家の嫁について……」

「母上は嫁ではなく父よりも豪気な『あずさの前』と呼ばれて、日々武器を振り回しているでしょう!!采明は、見ての通り気を張りすぎて昨日熱を出したんです。数日休ませるつもりです」


神五郎が抱き上げるとぐったりと体を預ける様子に、


「熱を出した!?何があった?橘樹からは、采明はそのように……」

「失礼いたします」


欅と共に橘樹が座り頭を下げる。


「欅、橘樹?何があった?」

「……晴景様の側近方が、奥方様を殿より召し上げて側女そばめにと」

「なんじゃと!?それで、神五郎!!采明を差し出したのか!?」

「何を言われるんです!!采明は私の妻ですよ!!母上は……」


 采明が何とか薄く目を開けると、


「わ、私のために……何かあった……時には、わ、私の……」

「何を申しておる!!ようやった!!神五郎!!それでこそ、わらわの息子じゃ!!橘樹も、欅も、本当に感謝しておる……ありがとう。それでこそわらわの自慢の娘夫婦じゃ!!」

「母上。采明は心労でこの様子では起きることもままならぬと思います、しばらく静養させたいと思います。私もこの地を離れ、景虎様と共に。母上も参られますか?」


問いかけに、目も開けていられず、意識も手放した采明の姿に、


「わらわはこちらにおるゆえ、そなたらはあちらに行き、静養をするがいい。あの地には秘湯があってのぉ?子宝の湯と呼ばれて……」

「いないでしょうに!!母上も、冗談も大概にされてください!!」

「つまらぬのう……では、まだ采明は歳にしても体が小さい……孫を生む前に采明も孫も失っては、辛すぎるゆえ……」


くるっと娘夫婦を見た梓は、


「橘樹、欅。はよう初孫を見せてくれぬのか?神五郎のところはまだまだ新婚を楽しみたいようだし……わらわは孫を見てみたい」

「え、えぇぇ!?」


珍しく頬を赤くする橘樹の横で、欅は、


「それは、赤子を授けてくださる神におすがりするしかないかと思いますが……」

「それもそうじゃの。まぁわらわはそなたらの邪魔はせぬゆえ、早めにの?葛木もややができたそうでの、向こうにおるのじゃ」

「そうでしたか……妹に負けぬよう……」

「何を言っているの!?欅!!母上も母上ですよ!!何を言うのですか!!」


橘樹の声に、


「孫の顔を見ずに死にとうはない。早めにの?」

「母上!!」

「では、神五郎?采明を大事にするがよい。そなたは余り執着することもない子ではあったが、采明に対しては、想いがつようて、わらわは嬉しい。その想いがそなたを強くするであろう……」


義理の娘の頬をそっと撫でる。


「そなたの弱味であり、そなたを強くするであろう要でもある。大事にするのじゃぞ?」

「はい、わかっております」

「まぁ、阿呆にはなるな」


 母の言葉に、首をすくめ、


「昨日采明に『私は、『采明こん』だ』といっておきました」

「『あやめこん』?なんじゃ、それは」

「源氏物語の光源氏は、紫の上を幼い頃から自分の人形のように育て、自分の言うことを聞く存在を愛するのを何か言っていたのですが『人形愛嗜好にんぎょうあいしこう』と言えばいいのだと。他にも、年下の幼い少女を愛するのを『ろりこん』とか、『幼女愛嗜好』とか、言うそうなので、嗜好ではないですが、私は采明にだけは執着するし大事にすると伝えておきました」


その言葉に、橘樹は固すぎる弟の真逆とも言えるデレデレアマアマ発言に、呆気に取られ、欅すらも固まったが、梓が目を輝かせ、


「よう言うた!!それでこそわらわの息子じゃ!!旦那様ももっとそなたのようになってほしいものじゃ!!采明に会わせたい!!明日にでも来ると申しておったゆえ、話して聞かせるがいいぞ?」

「そうですか。そうします。姉上たちは何か不気味なものを見るような目で、私を見るのです。いけないのかと思っていたのですが、母上のお言葉で、安心しました」

「大丈夫じゃ!!本当に……成長した!!それでこそ、直江家の当主!!」


と、母梓に言われたのだが、翌日言うと、父が、


「……これは狸か狐に化かされておる!!祈祷を!!」


と大騒ぎになったのだった。

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