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運命(さだめ)の迷宮  作者: 刹那玻璃
始まりは何時もと少し違います……。
12/87

ツンデレどころかデレデレ亭主の家臣を呆れている所です。

「う~ん……これが、『kけい』で、じゃぁ、『かきくけこ』は、『ka.ki.ku.ke.ko』……じゃぁ……」

「何をしているんだ?」


 主の晴景はるかげの声に、慌てて持っていた封書を隠す。


「何を隠した?」

「えっと……」


 目を反らす神五郎しんごろうに、晴景付きの同僚が、


「密書か!?」

「出せ!!」

「違う!!これは、私と妻の暗号……というか、妻に遊ばれているんです!!」


渋々、主に差し出す。


「これは?」


 広げられた書物には横書きで右から左ではなく、逆に、見たこともない記号が綴られている。


「ローマ字と言う、文字だそうです。返事を書けと言われて、必死に書いていました」

「で、何と書いているのだ?」

「『昨日の手紙は違ってましたよ。お屋敷にもどったら、お勉強しましょうね!!楽しみです!!一応、ポルトガル語と、オランダ語の勉強は片言ですが頑張りましょうね』です」


 晴景と二人の側近は硬直する。


「それに、『大陸のみんの国の言葉はいくつか発音が違うので、その高低の音の違いに戸惑うと思いますが、漢字を記すことで筆談で十分です。でも、字が汚いので、もっと上品な文字を書きましょう。弘法大師こうぼうだいし空海くうかい上人等の筆遣いを見習いましょう』……です」

「……ぶっ!!」


 晴景は、横を向いて吹き出す。

 その後ろで側近も肩を震わせている。

 情けなさそうに、ガックリとする神五郎に、晴景は、


「いや、悪い。お主の奥方はまだいとけないと思っておったのに、お主をそこまで振り回すとは……」

「と言うか、振り回される方が楽しいですよ。それに、自分には過ぎた、出来た嫁です」


本格的にノロケである。


「あの年でとても賢い自慢の妻です。妻が来てから屋敷の者は皆、楽しそうに働くようになりました。妻はあの屋敷の中のことも、働き手の動きにも気を使い、働きやすい、得意なものを見つけ、その仕事を提案して勧めてみせるのですよ。その者は最初は困ったような顔をしておりましたが、始めてみると仕事しやすいと喜ぶようになりました」

「ふーむ……」


 晴景の後ろの男が、


「との……」

「なんだい?」


晴景の耳元に囁く。


「……いかがでしょうか?」

「はぁ?馬鹿なことを言うな!!」


 珍しく険しい顔で晴景が叱りつける。


「ですが……」

「私は、婚儀を祝福した。その夫婦の仲を裂き、側室としてめとれだと?私に恥をかかせるか!?」

「ですが、その奥方は、この者には過ぎた嫁かと」

「そうです。殿にこそふさわしいかと」


 口を挟む男の背後から、


『貴方がたは、私たち女を、そのように思っていたのですか。神五郎さま?私を物のように、主君に捧げるおつもりですか?』


聞きなれない言葉に、たどたどしく、しかししっかりと、


『そ、そんなわけ、ない!!絶対にない!!俺は采明の夫だ!!采明を誰かにやるつもりはない!!』

『それで……そちらのおじさんたちは……』


 振り向いた晴景の両側の側近たちに、


「ふんっ!織田信長の家来の豊臣秀吉はハゲネズミと呼ばれたと言うけれど、そちらは豪遊どころか、食い過ぎのみ過ぎの酒樽さかだるのようなお腹のタヌキ!!そっちは、神経質の食通を気取る味もわからぬおバカさんのコウモリじゃないですか。私は、申し訳ありませんが、神五郎さまの妻で十分満足しております。何でしたら、お二人の奥方でもいかがでしょうか?」

「酒樽だとぉ!!」

「こ、コウモリと言うのはなんだ!!」


食って掛かる男たちを見据え、言い放つ。


「コウモリは、馬や犬、牛などと同じ、お乳で子供を育てる生き物です。それなのに翼を持っています。私が昔読んだお話には、ある時に、犬、牛、馬や猫達が鳥たちと喧嘩をしました。自分達がどれ程優れているかと自慢しあったのです」


 采明を抱き締めた神五郎の胸にすりよって、


「すると、コウモリは考えました。『いつも自分は仲間はずれだと、いつもなら翼を持っているのに鳥ではないと否定され、子供を産むからと動物たちにも翼があるからと言われる。今は逆に皆が自分を味方にしようとしている。自分は今度はこっちが利用してやる。そうして両陣に出向いて相手の悪口を言い、帰っていくと、再び同じように……」

「……!!」

「それを繰り返していくと、次第にお互いがなんのために言い争いをしていたのか分からなくなり、コウモリが眠っている時間に、話し合いをしてみると、自分達が言っていないことが、コウモリによって大袈裟な嘘となって伝えられていることに、気がつきました。動物と鳥がコウモリによって掌の上で転がされるように、喧嘩をしていたことを知るのです」


周囲は黙り込み、采明は微笑む。


「貴方はあちこちにやり取りをされているでしょう?晴景さまにお子さまがいないことを良いことに、家臣の方々に口々に『長尾家の将来は危うい、上杉家に繋がりをとらねば……』等と言っているのでしょう?貴方はとのの先妻さまと共にこちらに来られた方ですものね?」

「なっ!」

「偽りの言葉を探しても仕方ありません。私は、義兄にお願いをして、調べておりましたの」


 幼い少女が微笑む……それが、蠱惑的で、神五郎は見えない。


「よろしいでしょうか?切られるのを覚悟で忠言申し上げます。晴景さま?お優しいことは良いことですが、このような愚かな者や、裏切りを画策している者を傍においてどうされるのですか?首を斬られて一瞬にあの世に行くでしょう?そうすると喜ぶのは誰ですか?悲しむ、苦しむのが領民だと分からないのですか!?」

「……そなた……」


 采明はにっこり笑い、夫を見上げると、


「よく読まれましたのね。良い子良い子しましょうか?」

「いるか!!それよりも、今回はどうやって来たんだ?」

「お兄様とです。お兄様!!」


その言葉に現れたけやきは、冷たい視線で3人をみると、


「どうされましたか?奥様」

「違いますもの!!お兄様は采明のお兄様ですもの」

「では、采明?どうしたのかな?」


いつもは無表情の欅が優しい笑顔になる。


「お兄様!!旦那様、ちょっとだけお利口になってましたよ~!!」

「おい、こら、ちょっとだけとはなんだ?」


 神五郎は文句を言う。


「それはよいことだ。采明のお陰だな」

「わーい!!じゃぁ、じゃぁ、約束、良いでしょう?」

「分かった分かった」


 欅は義理の妹の頭を撫でる。


「では戻りましょう。采明。殿も、お気を付けて……」

「分かった、気を付けよう。采明を頼んだ」

「はい。では采明。足元が汚れる。抱いていこう」

「はーい!!」


 欅に抱き上げられた采明は、神五郎に、


「お帰りをお待ちしております。旦那様」

「分かった。しかし、帰ったら、ずっと明の言葉はやめてくれ」

「嫌でーす」

「あれだけ丁寧に教わっているのに、全くものにならないのを反省なさってくださいませ。では」


欅は、慇懃に頭を下げて立ち去っていった。

 神五郎は、振り返りにこやかとは程遠い凄みを効かせる。


「人の嫁を差し出せと、言うようでしたら、そちらの奥方やお嬢さんを先にお願いいたします」

「なっ!そなたのような若造が!!」


 その言葉に、青筋をたてる。

 その後の恐ろしさを知り尽くしている、幼少からの友人を止めようと、


「お前たち!!彼女は、直江家の妻。私は、妹のように思いはするが、それ以上思うことはない!!神五郎に謝罪せよ!!」

「との!!毎回毎回、この者に甘やかせるとは、どうするのです!!」

「それでは、長尾家の面目は立ちませんぞ!!おい、その方共!!この者が反逆を起こした!!」


大声に周囲は集まる。


「止めぬか!!神五郎は!!」


 制止する晴景の声を無視し、神五郎を捕らえようとする。


 神五郎は、それを振りきり離れると、


「との……とのも、私を裏切ったとそう思われるのですね?」

「違う!!神五郎!!待ってくれ!!」

「この者を捕らえろ!!」


わめく男を睨み、集まる元同僚や、部下を見回し、


「私は、景虎かげとらさまをお預かりしている!!それを信頼の証しと思っていたのが、私を追い詰めるものだったのですね……残念です。では、私は出仕をやめ、景虎さまを主としてお仕えしましょう。では」

「神五郎!!」

「今までありがとうございました。失礼いたします」


頭を下げると立ち去っていったのだった。

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