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運命(さだめ)の迷宮  作者: 刹那玻璃
始まりは何時もと少し違います……。
11/87

ローマ字の勉強も、確か明治時代のはず……小学校の勉強の中だったので覚えてないなぁ……。

「な、何なんだ!?これは!!」

「『ローマ字』です。いえ、文字のことは『アルファベット』と言います。アルファベットを大和やまと……この国の人々に解りやすく伝える為に、作った組み合わせ文字です」


 采明あやめは、はっきりした口調で答える。


「良いですか?大和言葉やまとことばは、『あいうえお』と言う言葉を母音ぼいんになり、それをこの『aiueo』に置き換えます。わかりますか?」

「あいうえお位わかる!!子供扱いするな」

「では、『kstnhmyrw』はどうなるでしょうか?」


 見たこともない記号か何かにしか見えないそれに、うんうん悩む。


「これは、良いですか?」


 紙の上に、縦に一列『aiueo』、横に一列『kstnhmyrw』を書き、それの交わる部分に、文字が二文字でならび始める。


「『いろはにほへと、ちりぬるを、わかよたれそ、つねならむ、うゐのおくやま、けふこえて、あさきゆめみし、ゑいもせす(ん)』と『いろは』にありますね。『色はにほへど、散りぬるを、我が世たれぞ、常ならむ、有為ういの奥山、今日越えて、浅き夢見じ、酔いもせず(ん)』と言葉を覚えるためにいろは歌で覚えたりもします」

「お前、詳しいな……」

「子供の頃から、祖母にお手玉を数えながら色々な歌を覚えました。結構覚えてますよ?歌いましょうか?」


 にこにこと笑いながら歌うのは、『早春賦そうしゅんふ』。


『春は名のみの 風の寒さや 谷のうぐいす 歌は覚えど 時にあらずと 声もたてず 時にあらずと 声もたてず』


「ほぉ……美しい歌だな」

「じゃぁ……」


『春のうららの隅田川 登り下りの船人が かいしずくも花と散る 眺めを何にたとうべき』

『菜の花畑に入り日薄れ 見渡す山のかすみ深し 春風そよ吹く空を見れば 夕月かかりて匂い淡し』


 言葉の発音が美しく、そして情景をそのまま言葉にたくして、音に乗せている。

 この美しい歌は誰が作ったのだろう。


「こんな感じですが、神五郎様?この言葉を、表に出来るんですよ」

「表に?どうやってだ?」

「まずは、『k』です。日本ではこの文字を単独で言葉にできません。『aiueo』は母音、『kstnhmyrw』は子音しいんと言います。母音は『あいうえお』です。で、『k』に『a』が繋がると、『ka』になるんです」

「か?」


 まばたきをする。

 文字と言うよりも、記号である。


「はい、そして『ki』は『き』です。そしてこういう風になります」


 采明の文字で出来上がったものに驚く。


「こ、こんなに綺麗に分かれるのか?」

「はい。これを練習することで、自分の名前を伝えられます。今日は文字について、大和言葉に当てはめる勉強です。神五郎様は、稽古に専念してください」

「あぁわかった。しかし珍妙な……このようなことで上手く行くのか……」


 首をかしげながら歩き去ろうとするが、ふと振り返り、


「采明」

「はい、なんでしょうか?」


 片付けていた手を止める。


「お前の時代の歌は本当に美しい。お前の声も可愛い。でも、周囲に問題があるようなら、勉強はやめてもいい。お前の知識は、今の自分達には解り得ない、それなのに、采明がそれを知っていることで、周囲が采明を異質な何かだと考えたら……」

「直江家にご迷惑をかけるようでしたら……」

「違うだろう!!お前が怪我を負っては困るんだ!!解るか?お前は、俺の嫁だ!!結婚する時に決めた。俺はお前を守るんだと。一生添い遂げると。解ったか?俺がいない時に何かあったら、姉上か欅兄上達に助けを求めろ!!いいな?」


 神五郎は、懐に手を忍ばせ、投げる。

 采明の傍を這っていた毒蛇の頭が、柱に留まる。

 横を見た采明が、蒼白になり、


「へ、へへ、蛇~!?こ、ここ、怖い~!!」


泣き出し、駆け寄ってきた神五郎にしがみつく。


「……この辺には余り見た事のない蛇だな」

「マムシです。毒蛇です……。大和には多くいるそうですが、見た事はないですか?」

「余り、な。時々は見るが、このような屋敷の中にまで来る事はない」


 周囲の気配を確認していると、采明の声に気がついて駆けつけてきた橘樹たちばなけやきたち。


「どうしたの!?」

「お、お、御姉様……」


 ボロボロ泣き出す義妹に、橘樹が駆け寄る。


「ど、それにしても、何ですか?との。こんな不気味な飾りは……」

「兄上。この屋敷の警備を厳重に、采明に何かがあれば、困ります」

「かしこまりました。厳重にさせて戴きます」


 采明を抱き締めた神五郎は、


「稽古は今日は止める。采明を落ち着かせたい。それと、皆。采明はこの家の者。私の嫁だ。危害が及ばないように、手分けをして、何かが起こったら対処を頼む。姉上、もしくは欅兄上に。頼む」


本当に怖かったのか泣きじゃくる采明を抱いたまま立ち上がり、背中を叩く。


「解ったわ。神五郎……とののご命令には従います」

「は?姉上、気持ち悪い事を言わないで頂けますか?」

「何が気持ち悪いよ!?」


 神五郎は呆れ返り、


「姉上は私の姉でしょう?その姉上に主などと言われたくないですよ。気持ち悪い」

「何ですって!!」

「お転婆で、女だてらに薙刀を振り回す豪胆で周囲に知られた姉上に、早々夫が出来ますか。欅兄上に婿養子に入って貰います。一応私が当主にいますが、欅兄上も、直江家なおえけの人間として私を支えて貰います。良いですね!?」


ぎょっとする周囲に、しゃくり上げる采明。


「ふあぁぁん。怖いよぉ~。蛇、蛇、嫌だよぉ」

「大丈夫、大丈夫だ。守ってやるから。休もう。な?」

「ふわぁぁん……」


 神五郎は、采明を抱いたまま障子を閉めた。




「もう泣くな……大丈夫だから」

「でも、私が……私が、異質だと思っているんだと思うんです……」

「異質?」


 腕の中で告げる少女を見下ろすと、


「私が、私が……」

「何が悪い?俺と出会うんじゃなかったのか?」

「私は……」

「お前はお前で、俺の嫁だ。傍にいれば良いんだ。それに、俺は好奇心旺盛なんだ。俺に新しいものを教えてくれ。俺はそれを知りたいし、お前の見るものを一緒にみたい」


よしよし、頭を撫でる。


「で、『ろうまじ』?とか『あるはべっと』を教えてくれ。そうすれば、一つ覚えるごとに、お前に近づける。何かあったら困るから傍にいろ」

「……居なくなったら、忘れてくださいね?」


 涙に濡れた采明の目をぬぐい、


「忘れるものか。その前にお前がいなくなる前に捕まえておく!!逃げられないと覚悟しろ」

「本当……ですか?」

「本当だ。だから、明日からは勉強させろ。あの『あるはべっと』は難しそうだ。でも、絶対に覚えて見せる!!」


意気込む夫に、泣き笑う。


「頑張ってくださいね。応援だけはしますね」

「おい!!夫を助けるのが妻の務めだろうが!!」

「知りませーん。私は、神五郎さまのお手伝いしません。残念でした」

「なんだってぇ!!」


と、顔をしかめたものの、顔を見合わせ笑いだす。

 しばらく笑い、そして、


「そうやって笑っていろ。お前の笑顔を見るだけで俺も、家の者も嬉しい」

「お手伝い……」

「勉強と、家の掃除と、炊事場位で外に出歩くのは止めることだ。怪我もしているんだし、姉上や、欅兄上に着いていて貰うことだ」


 いいな?


その言葉に頷いたのだった。

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