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五 出直し

 日が暮れ、室内の照明が明るく見える四人部屋の病室の、奥のカーテンの中で、二人の先輩警護員がベッドの上の後輩警護員を見守っていた。

 ベッドから少し離れた椅子に高原が座り、その前、茂の頭近くのベッドサイドに、葛城が立って茂の顔を覗き込んでいる。

 茂は眠ったまま、顔を赤くして苦しそうにときどき顔を左や右に動かしている。

 高原が上体を伸ばし、葛城の体越しに様子を見る。

「なんかうなされてるなー。」

 葛城はさらに心配そうに、茂の額に手を当てた。

「熱があるから・・・。仕方ないと先生はおっしゃっていたけど、苦しいだろうな。」

 そのまま、葛城は自分の手よりずっと熱い茂の手を、握ってやる。

 そのとき、茂が、ぱちっと目を開けた。まず葛城を、次にその奥の高原を、順に見る。

 葛城が安堵したように声をかける。

「茂さん。」

 茂は、葛城のほうをもう一度見て、憑りつかれたように言った。

「・・・・治賀さんは・・・?・・」

「無事ですよ。警察で事情を聴かれていますが。」

 高原が腕組みし、そして足も組む。

「河合さあ・・・・・」

 茂が高原のほうを見る。

「お前、ほんとに、しょうがないやつだな。」

 葛城が黙って苦笑していた。



 葛城と高原は茂の病室を出て、エレベーターホールへと向かった。

「明日は俺は夜も仕事だけど、お前は様子を見に来られそうか?」

「ああ、大丈夫。それに、昼間はまたご家族が来られるそうだよ。」

「そうだな。」

「・・・・・」

「どうした?」

 エレベーターに乗り込むと、葛城が少しためらった後、高原に言った。

「英一さんは、どうして来ないんだろう。心配なはずなのに。」

 高原はちょっと考えた後、ドアのほうを見たまま答える。

「来られないとしたら、多分、負傷した茂のことが死ぬほど心配だからだろうね。」

「あの人は・・・愛情も、友情も、それが大きくなればなるほど、自分から表現できないタイプかな。」

 メガネの奥で少しだけ微笑みながら、高原が葛城のほうを見た。

「ああいうふうに、何から何まで完璧な人間ってさ、意外と、人間関係面は満たされない。彼によもやなにか弱さがあるなんて思う人間はいないだろう。弱さがない人間を、親友にしたい奴はいない。」

「女性関係もしかりかな。千人の女性に囲まれようと、この世で一番愛しているたった一人の女性を、手に入れることができなかったわけだし。」

「本当に心を許せる・・・親友と呼べる存在も、たぶん、いないんだろうな。」

「だから・・・怖いのか」

「まあ、大丈夫。きっと波多野部長がまた背中を押してくれるさ。」



 噂をすれば、二人の警護員が乗ったエレベーターの、すぐ隣のエレベーターの中で、長身の美青年が、短髪で似合わないメガネをしたがさつな男性に、腕をつかまれ拘束されていた。

 エレベーターが停止階で扉を開ける。

 三村英一は、波多野部長にほとんど押し出されるようにして、エレベーターホールへ降り立った。

 病棟入口で名前を記入すると、英一は観念したように奥の四人部屋へと入っていった。

 入れ違いに出てきた看護師に、茂の様子を聞く。

「今、眠っておられます。」

 足音をたてないように二人は奥のベッドに近づき、カーテンをそっと開ける。

 頭を冷やすものを枕の上に入れてもらい、茂が赤い顔をして寝息をたてている。波多野部長はベッドから少し離れた椅子に座った。英一はそれより茂の頭に近い、ベッドサイドに立った。

 茂を見下ろす英一の横顔が、予想以上に真剣なのを見て、密かに波多野は微笑んでいた。

 ずいぶん長い間、英一はそこに立っていたが、波多野部長は、茂が目を覚ましそうにもないので「そろそろ行きましょうか」と声をかけた。

 英一は、右手を伸ばし、汗で顔に張り付いた茂の髪を指でどけてやり、そして波多野のほうを向いて頷いた。

 波多野が茂のほうを見て言った。

「あ、目を覚ましましたよ、こいつ。」

 茂の透き通るような琥珀色の大きな目が、英一の漆黒の目を発見し、さらに大きく見開かれた。

「み、三村・・・?」

「そんな嫌そうな顔をするな、河合。」

「そうだぞ、茂。三村さんは、稽古を代講に変えて来てくださったんだから。」

 英一はちらっと波多野のほうを見て、そのことは言わないでくださいというような表情をした。

「そ・・・それは・・・どうもあり・・・」

「無理するな。俺が勝手に来ただけのことだ。」

「はあ・・。」

 相変わらず虫の好かない奴だと茂は思ったが、体が弱っているせいかあまり不快感にも力がこもらない。

「波多野さんに、お前が負傷した経緯を、少しうかがった。」

「・・・・」

「ばかだな。」

「・・・は?」

「会社でも相当バカだが、警護員としてのお前も、かなりのバカだと、わかった。」

「何言ってるんだよ一体・・・」

「まあ、会社の同僚としては、俺が同じ係でフォローしているから問題ないけどね。・・・・そして、いつか俺が、お前に言ったことがある・・・お前が、警護員に向いている、と。」

「ああ。」

「あれは、取り消す。」

「はあ」

「波多野さんが、今日、言っておられたから。河合は、警護員じゃなく・・・ガーディアンの、卵だって。」




 夜明けの清浄な光が窓から差し込んでいる。

 街の中心にある高層ビルの事務室で、朝一番だと思ってやってきた和泉は、既に事務室の応接セットに酒井が座って目を閉じているのを見て、驚愕した。

「台風と竜巻がいっぺんに来るかも・・・」

 酒井は朝が弱いので有名なのだ。

 しかし和泉は、あることに気が付いた。

「酒井さん、昨日と、服が、おんなじですね。」

 酒井は目を開けて、和泉のほうを見た。

「ああ、これか。そりゃそうや。ずっとあれからここにおったんやから。あー眠ー。」

「なんでですかー」

「いや、徹夜明けで眠いときって、車運転したらやばいかなーと思って、あの後やっぱりここへ戻ってきたんや。」

「はあ」

「そしたらまあ、誰もおらん事務室ってけっこう快適やからさ、ちょっと泊まってみた。」

「はあ・・・」

「それより和泉、お前異常に朝早いな。いつもこんなんか?」

「そんなはずないでしょう。今日は、昼までに片づけてからお客様宅へいかなければならない仕事があるので、早出なんですよ。」

「なるほど。」

「ところで、テーブルの上の吸い殻、ちゃんと片づけてくださいね。だいたい、事務室内は禁・・・」

「はいはい。」

 ゆらゆらと酒井は立ち上がり、灰皿を持ってパントリーのほうへ歩いていく。

「あ、そういえば今朝家を出る前、吉田さんからメールがありました。」

「そうか。なんやて?」

「次の仕事ですが、酒井さんと板見さんが組んで、私は調査担当でとのことです。遠方への出張になりますから、予備のメンバーもつけてくださるそうです。」

「了解や。」

 和泉は事務室内を見回し、昨日からカップやグラスが置きっぱなしになっている机からそれらを回収して、パントリーへ持っていく。

 灰皿を片づけて新しいコーヒーカップを探している酒井のとなりで、和泉が洗い物を始める。

「・・・・酒井さん、夕べちょっと、私、心配だったんですが」

「ん?」

「吉田さんのことです。」

「ああ」

「私が何度失敗して、落ち込んでも、いつも吉田さんは最後までフォローしてくださいます。でも、私は、結局いつも、吉田さんになにもしてあげられません。そんなこと思うほうがおこがましいのかもしれませんが・・・・いつも、なにもできません。」

「まあなあ・・・・ええんとちゃうか。なにもできへんことかて、あるわな。でも、そのことをわかってるだけで、ええ場合もあるやろ。」

「そうでしょうか・・・」

 和泉は洗い物を終え、パントリーから事務室へ戻り、ふと、カンファレンスルームの扉が半開きなのを見て、中のテーブルもチェックしに入った。

 カップやグラスの置き忘れはなかったが、テーブルの上に、カップの底のコーヒーの跡がついており、そして、足元の絨毯に煙草の灰が入口まで続いて落ちていることに、気がついた。

 しばらく考え、そして和泉は、パントリーでまだ探し物をしている酒井のほうを見た。和泉はそのまま、自然と自分の顔が笑顔になるのを感じた。




 茂の退院の日、高原も葛城も仕事を入れずに病院へ手伝いに来てくれた。それほど長期間の入院ではなかったが、荷物が思ったより多く、高原の車で茂のアパートまで運んでくれることになった。

 駐車場に車を入れて高原が病棟へ上がってくると、茂の病室から一人の女性が出てきた。手に茂の荷物のひとつを持っている。

 高原が病室の茂のベッドへ行くと、茂はほぼ荷物をまとめ終わったところだった。

「おい河合、あれは誰だ?」

「え?」

「今、病室を出てった女性だよ。お前のボストンバッグを持ってた人。」

「ああ、あれですか。あれは姉ですが。」

「なんだと!すっごい美人じゃないか!紹介しろ紹介しろ」

「姉は既婚者です。」

「なーんだ。」

 病室に入ってきた葛城が、あきれて声をかける。

「晶生、他人に頼らず自分の力で幸せはつかめよな。」

「不幸の星は黙ってろってば。怜、俺の車へ先にそこの荷物持って行っててくれ。」

 高原が葛城にキーを渡す。

 残りの荷物をまとめながら、高原が声をひそめて茂に話しかける。

「葛城怜の不幸の話、俺の最新情報によると」

「はい」

「たまにうまく彼女ができても、必ず一か月で破局するんだそうだ。」

「なんでですか?」

「あいつの美貌を気にせずつきあう女ってのは、基本的に、自分の容姿にそれなりの自信を持ってる女だ」

「ふむふむ」

「で、つきあって一か月もすれば、共に寝床で朝を迎えることにもなるわな」

「そうですね」

「朝が弱いあいつが寝坊してる姿ってのは、朝日に照らされた寝顔が、そりゃもう天使なんだってさ。」

「そうでしょうね・・・・。って、それって、なにか問題あるんですか?」

「それを見た後でだ、顔を洗おうと洗面所の鏡で自分の顔を見たとき、どんな美女も、自分が世界一の不細工に見えるんだそうだ。」

「あはははは!なるほど!」

 高原の顔が突然ゆがむ。

「く、く、苦・・・・!」

 背後から音もなく現れた葛城が、スリングロープで高原の首を絞めていた。

「なに話に尾ひれをつけている、晶生。」

「し、締めるならせめて気管じゃなく血管にしてくれ」

「安心しろ、一番苦しい方法で逝かせてあげるよ。」


 なんとか葛城に絞殺されるのを免れた高原が運転席でエンジンをかける。

 助手席の茂は、後部座席の葛城を振り返る。

「すみません、お二人とも、お時間をいただいてしまって・・・」

「いいんですよ、茂さん。今日は仕事は入っていませんから。」

「お前のアパート、事務所から割と近くだったよな」

 車が駐車場を出て走りだす。

「はい。」

「午後、気が向いたら事務所へ顔を出せ。俺たちも行く予定だからさ。」

「晶生!茂さんは病み上がりなんだから。」

「あ、大丈夫です、葛城さん・・・先生も退院後はなるべく歩いたほうがいいっておっしゃってましたし。」

「ケーススタディは大分できてきたから・・・・」

「はい」

「次は、鍵の開け方を色々教えてあげるよ。」

「はい、ありがとうございます。」

「俺はこの世に存在する鍵は、だいたい開けられるからねー。」

「そうなんですね。」

「開け方のバリエーションも色々お好み次第だ。開けたことさえわからない方法、ちょっとばれる方法、力ずくで破壊する方法。」

「・・・・・」

「茂さん、適当なところでやめておいたほうがいいですよ。」

「そうなんですか。」

「鍵屋を目指していないのであれば、晶生の技術を全部学ぶ必要はないです。こいつは、世界一の鍵マニアですから。」

「うるさいよ、怜。」

 車が明るい日差しの下、大森パトロール社のあるいつもの街並みへ向かって滑るように走っていった。


(第四話 おわり)


 ガーディアン第四話、いかがでしたでしょうか。

 この後、挿話的な第五話を明日には、そして第六話も9月中に、投稿したいと思っております。また、第一話の全文も11月1日に掲載予定です。

 どうぞよろしくお願いいたします。

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