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act.23

「悠真」と呟いたまま、結菜はその場から動くことができなかった。

未だかつて無い衝撃と驚きにより硬直してしまったかのようだ。


何で?

どうして?

え?ホンモノ?

そんなセリフが頭を巡る。


久しぶりに会った悠真は、以前より精悍さを増していた。

三年前には辛うじて残っていた目元の幼さも消えている。

更に着ている黒いスーツが、落ち着いた大人の雰囲気を醸し出していた。


「どう…」

どうしてここに?と尋ねたいのに、言葉がうまく出せない。


「どうしてここに居るのかって?そんなの結菜に会うために決っているだろ」

「だって…」

「だって来るなんて知らなかった?まぁ、言って無かったからな」

「学校…」

「大学は今月卒業する」


悠真にもっと聞きたいこと、言いたいことがあるはずなのに言葉にならない。

再会の感激に涙を流しても良いようなものなのに、先ほど溢れていた雫は驚きのあまりか引っ込んでしまった。


放心して立ち尽くす結菜の様子に苦笑すると、悠真は彼女に近づいて手を取った。

ビクリと反応する結菜の手を逃さないとばかりに優しく握る。

そして彼女をエスコートすると、そのままソファに座らせた。

悠真が隣に座るだろうと思って少し奥へ移動しようとすると、彼は結菜の手を取ったままそれを制し、自分はまるで彼女の前に跪くように、床の上に片膝をついた。

左手を握り締めたまま、変わらない真剣な瞳で結菜を見返すと、彼は口を開いた。


「さっきも言った通り、今月大学を卒業する。その後は日本に帰国し、親父の会社で働くことになる。そうなれば俺も晴れて社会人の一員だ」

悠真の言葉に頷く。

「これで、正々堂々とお前に言える」

悠真は一つ息を吸い込むと、

「俺と結婚してくれ」

そう言った。


「……は?」

一瞬何を言われたのか把握できず、結菜は間抜けな声を出した。


ちょっと待って。

今、何て言ったの…?

あたしの聞き間違い?


「あの、今何て…?」

「俺と結婚して欲しい」


間違いない。

『俺と結婚して欲しい』

そう言った?

……三年間文通だけしていた相手に約束も取り付けず勝手に会いに来て、いきなり結婚を申し込んでいるわけ?


留学中でも時々日本に帰国し、会いに来てくれると心の何処かで期待していた。

でもそれは叶わず、痺れを切らしたかのように、一度だけ結菜から会いに行ったのだ。

その時は甘い数日を過ごしたにも関わらず、結菜が日本に戻った後はまた文通の日々。

『待ってろ』『迎えに行く』とは言われたことがあるが、いつと具体的に言われたことなど無いし、ここまで放って置かれればそれが実現するのかも疑わしいくらいだった。

極めつけは、好きだの愛しているだのも言われたことは無い。

そして悔しい事に、待たない、待ちたくないと思いつつも、実際に悠真が迎えに来てくれるのを待ってしまっている自分が居る。


そう思うと、無性に腹が立ってきた。


怒りに任せ、結菜は握られている手を振りほどいて立ち上がろうとした。

しかし、悠真が再びその手を掴んで結菜を座らせる。


「結菜、まだ答えを聞いてない」

一方的なその態度に益々怒りがつのる。


「答えるも何も…いきなりやって来て、何でこのタイミングなのよ!」

「このタイミングだからだろ」

「意味判んないっ」

「意味が判らないのは俺の方だ。大体、結菜はこんな写真一枚で終わらせようとするのか?!」

悠真は胸ポケットから一枚の写真を取り出すと、結菜に渡した。

そこには、昼間身に着けていたウェディングドレス姿の結菜が映っていた。


「何これ」

「何これって、お前が送って来たんだろ!」

「あたし?」

「俺に黙って勝手に結婚する気だったのか?!」

「は?結婚…?」

「手紙にはそんな事一言も書いていなかったのに、こんな写真一枚送って来て、一体どう言うつもりだとは俺が聞きたい。だからまだ間に合う内に…」

「ちょ、ちょっと、ストップ!何だか…意思疎通に齟齬があるみたいなので、整理したいんだけど」

結菜に言われ、悠真は口をつぐんだ。


「何か勘違いしているみたいだけど、あたしは結婚しないし、こんな写真を送った覚えもないわ」

「じゃあ、この写真は何だ。結菜じゃないって言うのか?」

悠真の問に首を振る。


「これは確かにあたしだけと、ブライダルフェアのモデルとして出るための、衣装合わせの時の写真よ」

「ブライダルフェア?」

「うちのホテルもブライダルフェアは毎年やるんだけど、今回は営業用の撮影も兼ねて本格的な模擬式をやることになって、それであたしが花嫁役やる事になったの」

「モデルをやるならやるって何で言わないんだ…」

「あのね、この年でブライダルフェアの花嫁役やるの、ふふっ、なんて言うわけ無いでしょ。恥ずかし過ぎて」

「じゃあ、この写真を送って来たのは……」


二人で顔を見合わせ、

『ラウルか「ね」!』

思いついた名前がハモる。


あーのーおーとーこー!

一度ならず二度、三度と!


――――いつか絶対に締める!!






「…それにしても、それならそれで何で聞いてくれなかったの?」

「聞いたさ!ラウルに!アイツ、俺に本当の事言わなかったなっ」

「それで、あたしが誰かに取られると思って焦ったわけ?」

面白半分、嫌味半分に言う結菜に対し、悠真は困ったように、

「正直、焦った。結菜は…俺を待っててくれると思ってたんだ。迎えに行くとも伝えていたし…」

素直に答える。


「それでもあたしは待つなんて一言も言ってないわよ」

「判ってる。横から掻っ攫おうとする奴が居るかもとも思った」

「…その割には、結構な放置プレイだったけど?」

「お前と会った時、俺はまだ19だった。結婚できる年ではあったが…酒も飲めない十代だろ?だから、大学卒業したら絶対にお前を迎えに行こうと決めていた。今まで帰国もせず会わないよう我慢していたのは、もう一度お前と出会ったら歯止めが利かなくなると思ったからだ。なのにせっかく自制していたのに、お前は会いに来るし…」

「わ、悪かったわね!だって…」

「判ってる。俺に会いたかったんだよな?」

そう言って、結菜の頬を撫でる。

会いたかったと認めるのが癪で、結菜は黙り込む。


「俺の事、好きだろ?」

優しく尋ねても口を開こうとしない。

「俺は愛しているよ」

悠真の不意打ちに、結菜は目を丸くする。


「言っとくが、焦ったからとか、勢いに任せてだけで言っている訳じゃないからな。元々、帰国後は直ぐに求婚するつもりだったんだ。それが一ヶ月早まっただけだ」

「ど、うして…そんなこと言うの…」

「だから言ったろ。お前を愛してる。結菜、頼む。俺と結婚すると言ってくれ」

そう言うと、悠真は空いている右手でポケットを探り、小さなビロードの箱を取り出した。

中から出てきたのは、大きめのダイヤがひとつ飾られたシンプルな指輪。

それが目に入った途端、結菜の胸に熱いものが込み上げる。

そっと悠真が嵌めた指輪は、ぴったりと結菜の左手の薬指に納まった。


「…あたしでいいの?」

「お前じゃなきゃダメなんだよ。だから、俺のものになるか?」

「…はい」

詰まりそうになりながらも、結菜は力強く答えた。


忘れかけていた涙が再び溢れ、結菜の頬を濡らすと悠真はそれをキスで拭い取る。

こめかみ、瞼、そして最後に唇に口づけると、「愛している」と、もう一度言った。






「あー…、そろそろ入ってもいいですかね?お二人さん」

ボックス席の入り口から掛かった声に振り向くと、ラウルが立っていた。


「取り敢えず結菜に言っておくけど、ここで撮影って言うのは嘘だから」

「え?」

「悠真に頼まれて呼んだだけ」

「ラウル…お前、俺に本当の事言わなかったなっ」

「えー、心外だな。俺はただ、結菜が最近ウェディングドレスの試着していて、(模擬)結婚式が近いうちに行われる予定って言っただけだ。嘘は吐いていないだろ?」

「だからって何でそんな勘違いさせるようなこと言ったのよ」

二人の抗議にラウルは平然と、

「まぁまぁ、それでも上手く行ったんだからいいだろ?」

そう言って、大理石のテーブルに酒の入ったカクテルグラスを2つ置いた。


「コホン。本日のお酒でございますが、ウォッカ・マティーニ、ステアではなくシェイクでお作りいたしました」

ラウルの気取った発言に、結菜と悠真は再び顔を見合わせると、同時に吹き出した。


「ぷっ、あはははっ」

「今日の俺達に相応しいカクテルだな」

「それじゃお二人さん、ごゆっくりどうぞ。夜は長いので、夜更かしするなら存分に」



ラウルがボックス席を出て行くと、結菜は悠真を見て微笑んだ。

それが合図かのように、悠真は結菜の手を取ったまま彼女を立ち上がらせると、そっと抱き寄せた。

結菜は彼の背に手を回すとぎゅっと抱きつく。


「会いたかった…」

「俺もだ」

「……大好き」

小さく零すと、悠真は少しだけ笑った。

「知ってる」


背中に回した手を解き悠真を見上げると、柔らかくて温かい瞳が自分を見下ろしていた。

朝は自分の声で彼を起こし、時々夜更かした日は、最後にお休みと伝えることが出来る。

その生活が戻って来ると思うだけで胸がいっぱいになる。

その気持ちを伝えたくて、愛しているとハッキリ告げると、悠真はキスで応えてくれた。





『ナイトホークス』完結です。

最後までお付き合いいただいた方、それからブックマークまでしていただいた方、ありがとうございます。

拙い文章でしたが、暇潰しにでもなってもらえたら幸いです。

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