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act.21

――吐きそう…。


結菜は胃から迫り上がって来そうになる何かを必死に抑え込み、ゆっくりと息を吐く。

緊張のあまり、膝と手が震えそうになる。

顔色を悪く椅子に座っている結菜を見て、玲が心配そうに覗き込んだ。


「ユイちゃん大丈夫?」

「玲さん…あたし、緊張して…すろーあっぷしそうです…」

玲は結菜の隣に座ると、結菜の手を取る。

「今はそうかもしれないけど、ユイちゃんは本番に強い子だから。いざとなったら肝が座るわよ」

「…それは玲さんの話じゃないですか?」

「ふふっ。私も丁度一年前くらいに経験したけど、気持ちは判るわ」

結菜の緊張が解けるよう玲が手を擦っていると、「わぁ!結菜さん、綺麗!!」と、はしゃいだ声が聞こえた。

ホワイエに向かって開け放たれている扉から入ってきたのは葵だ。


「綺麗ですけど…何だか顔色が悪いですね」

「そう思うなら代わる?」

「ダメです。今日は結菜さんが主役なんですから。そんな顔じゃ花嫁さん台無しですよ」

「…葵ってたまに酷いことサラッと言うわよね」


そう言って葵を軽く睨む結菜は、純白のウェディングドレス姿。

プリンセスラインドレスだがボリュームは抑えられ、肩紐がなく体のラインにフィットした細みタイプで、一見シンプルなドレスに見える。

ただ、背中部分は空いており、トレーンは長くレースがふんだんに使われているため、後ろ姿は華やかだ。

それを着ている結菜の顔色が、その華やかさを台無しにしていたが。


「花婿の方はどう?」

結菜が聞くと、葵はうっとりしたような表情で、

「すっごく素敵ですよー。本当にカッコ良くて…結菜さんが羨ましいです」

言われて、結菜は益々緊張してきた。

これから隣に立つであろう人物を思い浮かべ、ため息を吐きたくなる。

そんな相手の隣に平然と立てるのかと…。

玲と葵の賛辞を浴びながら、結菜は曖昧に微笑む。


自分でも正直綺麗に着飾れたと思う。

結婚式でも披露宴でもバッチコイだけど…。

でも相手が相手だしなー…尻込みしたくなるのは仕方ないよね…。


結菜が一人、落ち込んだり緊張感高めたりとしている中、扉の向こう、ホワイエが何だか騒がしくなってきた。

ざわめきが段々と近付いて来ると、スラリとした長身の男が控室に入って来た。

男はシングルのフロックコートを着ており、厳かな雰囲気を醸し出していたが、着ている人物が眉目秀麗なためか決して古臭くなく、鮮麗されている。


「俺の花嫁さんは準備できた?」

そう言って、その男は碧眼の目を細める。


「ラウル…」

何処ぞのモデルのような新郎姿の彼を見て、気持ちが沈む。


完璧に負けてるんだけど、あたし……。


「結菜…これから俺と結婚式挙げるのに、その顔で出るのか?一応、主役なんだからシャキッとしろよ」

「いや、どっちかとゆーと、何をどう見てもラウルの方が主役でしょ」


フロックコートを着こなしているラウルに釣られたのか、数人の女性陣が開け放たれたドアの向こうで屯している。

さすがに控室には入って来ないが、少しでもラウルを見ようと視線が集まっている。

そんなハンサムの代名詞みたいな男の隣に、この後立たなくてはいけないのだ。


「大丈夫。これ以上無いくらいに結菜は可愛いから、俺の事なんて誰も見ないよ」

「そうよ!ユイちゃんの可愛さは私が保証するわ」


美男美女の玲とラウルに、説得力の無いセリフで励まされていると、ブライダルのスタッフが控室に入って来た。


「お待たせいたしました。これより挙式を行いますので、皆様チャペルの方へ移動をお願い致します」


――いよいよ本番。


ここまで来たら、もう引き返すことなど出来ない。

そう思うと更に緊張感が増すかと思ったが、いざ立ち上がったら足の震えも無く、吐き気も治まった。

覚悟を決めたと言うより、開き直りだろうか。

自分の神経の図太さに感謝しながら、結菜はスタッフの指示に従いチャペルへと向かった。






結菜が働いているホテルは、元々、皇親華族と呼ばれる人が住んでいた跡地に建っているため、都内でも目立って広大な敷地を所有している。

宴会場と宿泊棟を繋いでいる中庭は二万平米近くあり、独立したお茶室やチャペルが建っている。

そのチャペルの入り口、マホガニーの大きな扉の前に立って、父親代わりを務める宿泊部支配人、米倉を見上げる。

両親がいない結菜にとって、プライベートでも何かとお世話になっている米倉だ。

今日、このバージンロードのエスコート役も、彼に頼むのが一番だと思い自ら依頼した。

米倉は組んでいる結菜の腕を優しく叩くと、一つ頷いた。

結菜は大きく息を吸い込んで吐き出すと、頷き返す。

それを合図にオルガン演奏が始まり、マホガニーの扉が開いた。

祭壇の前に立つラウルが振り向き艶やかに微笑むのが判ると、彼に向かって一歩を踏み出した。



多くの同僚が見守る中、順調に式は進んで行く。

誓の言葉では思わず言葉が詰まりそうになったが、ラウルに続き、結菜もハッキリと「誓います」と宣言した。

指輪の交換、結婚証明書への署名、牧師の言葉が続き、誓いのキスを促される。


結菜は新郎のラウルに向かい合うと、少しだけ膝を曲げ屈む。

目の前のベールが無くなり姿勢を正すと、澄んだ蒼い海のような瞳が自分を見つめていた。

一瞬、ここには居るはずのない男の顔が浮かぶが、結菜は考えないよう思考を閉ざす。

目の前に立つ人物が別の人ならと考えるなど、無駄な事。


あたし、ちゃんと笑えてる……?


目でそう訴えると、ラウルは優しく微笑み、安心させるように結菜の頬をひと撫でした。

強張る口元を意識しないよう目を閉じると、ラウルの顔が近づく気配を感じた。



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