act.19
――考えなかった訳じゃない。
非日常とも言えるこの生活はいつか終わる。
そう覚悟はしていた。
していた、けど……。
「追い出したくてやったわけじゃないの、ただ…」
ただ、何と言えば良いのだろう。
悠真に同情した?
憐れんだ?
可哀想だと思った?
――違う。
ただ単に、悠真に知って欲しかっただけだ。
19歳の今が、かけがえのないものだと言うことを。
悠真の周りには少ないかもしれないが、それでもまだ19歳、まだ未成年、まだ親の庇護下に在るべきと言ってくれる人はいるはず。
しかし、いずれそう言ってくれる人達も居なくなり、彼が嫌だと思っても『大人』と認められる時期が来る。
時を止めることは不可能で、与えられた場所に順応しなければ社会的地位も得られない。
未成年でいることのジレンマも、大人になりきれないと悩むことも、まだ大人ではないと甘えることも、どう足掻いても出来なくなる。
そうなる前に、悠真には自由でいて欲しい。
ただそう思ったのだ。
そう、結菜は思いを伝えると、悠真は苦笑する。
「お前はホントに…」
「え?」
「いや、意地悪な物言いをして悪かった。お前はそう言うヤツだって判ってはいたが…俺の気持ちが追いつかなかっただけだ」
会いたくないからとか、そういったことでは無いと悠真にも充分判っていた。
「何せ、俺はまだ19歳のガキだからな」
「何それ、皮肉?」
「お前が今言ったんだろ」
「そういうの可愛くないっ」
結菜が頬を膨らませると、悠真は声に出して笑った。
つられて結菜も微笑む。
「…チェックアウトはいつ?」
「さあな、明日か明後日か。親父の耳に入ればすぐそうなるだろ」
「そうですね、それでは三日後と言うのはどうでしょうか?」
降って湧いた声に二人して振り向くと、開け放たれたドアのところに足立が立っていた。
「悠真様、社内情報を無闇に話されては困ります」
「足立…聞いてたのか」
「はい。結菜さん、申し訳ございませんが、本日お聞きになったことは…」
「判ってます。誰にも言いません」
「そうですね。できれば株主総会まではそうしていただけると助かります」
「だから言ったろ、足立は俺の監視役だって。いつ何処で見張っているか判らない」
悠真の嫌味に対しても、足立はしれっとしたもので、
「私は秘書ですから、お側に居て当然です」
顔色も変えずに答える。
「で?何でチェックアウトが三日後なんだ?」
「お父様に報告せずにいられる猶予がそれくらいかと」
「直ぐに伝えないのか?」
「伝えて欲しいですか?」
足立がそう言うと、悠真は顔を顰めた。
「勝手にしろ」
「そうさせていただきます。悠真様も少しのんびりされると良いでしょう。それから結菜さん」
「はい、私ですか?」
「滞在している間、悠真様をお願い致します」
「え?お願いって…」
「総支配人の相楽さんへは私から頼んでおきますので、ぜひお願い致します」
GMの名前が出てきて結菜は驚く。
「GM…じゃなかった、相楽さんのことご存知なのですか?」
「はい、今回の滞在も相楽さんへ直々に依頼したのです」
「そうだったんですね…」
「実はこの部屋も、ラックレートではなく特別料金で泊めさせていただいているのです」
言われてみて何となく納得する。
考えてみたら、悠真はラックレートで55万はするスイートに一ヶ月以上滞在しているのだ。
そのままの料金を支払っていたとしたらとんでも無い額になる。
「それでは悠真様、三日後にお迎えに上がります。結菜さん、それまで悠真様をお願い致します」
足立は以前のように、丁寧に一礼すると部屋を出て行った。
「それで、五十嵐くんはどうするの?三日間の猶予があるわけだけど」
尋ねると、悠真はソファから立ち上がり、ベッドに腰掛けている結菜の横に座った。
そして彼女の手を取ると、指先にキスを落とす。
咄嗟のことに反応できなかった結菜は、唖然と自分の指を見つめた後、悠真と目が合い顔を赤く染める。
「結菜が欲しい」
ひどく真剣な表情のまま結菜を見つめると、そう言った。
「三日後にはホテルを出て行く。その後は…しばらくして、留学することになる。二、三年は戻って来ないし、今の俺には何の保証もできない。だけどそれでも、お前が欲しい」
「五十嵐くん…」
「最初は、嫌味な女だと思った。俺にあんなふうに言うやつはそうそう居なかったからな」
出会った時のことを思い出したのか、悠真はククッと笑った。
「それでもこんなに欲しいと思ったことはない」
初めて会ったはずなのに、それでも何処かで会ったことがあると思った不思議な女。
悠真を19歳の人間として扱う稀な存在。
好奇心と興味が変化し、いつの間にか惹かれていた――――。
「俺がホテルを出るまでの間、お前の時間をくれないか?」
真面目にそう願う悠真の言葉に、結菜は胸が苦しくなった。
ホテルスタッフとしての自分の立場とか、相手が宿泊客だからとか、年下だからとか、そう言ったモノがどうでもいいと思えるほどの、突き上げるような想いに目頭が熱くなる。
最後なら、今だけ。
今だけこの気持に素直になってもいいよね…?
溢れる何かを抑えるようにぎゅっと目をつぶると、ゆっくりと瞼を上げ、口元が震えそうになりながらも何とか微笑んでみせた。
言葉にならなくて、ひとつ頷くと悠真に抱きしめられた。
「…足立が支配人に話すって言っていたが、仕事は大丈夫か?」
「大丈夫」
そう答えて、悠真を抱き返す。
総支配人の相楽から、宿泊支配人の米倉へ話が伝わるだろう。
そして、インペリアルスイートのこの部屋へ結菜が泊まるとなれば、明日にはホテル中に話が伝わる。
ラウルや大輔あたりにはまたからかわれるだろう。
でも、それでも結菜は良いと思った。
「そう言えば…今更だが、結菜はホテルで何やってるんだ?」
悠真の問にキョトンとなるが、一瞬の後に爆笑した。
「ぷっ、あははははっ」
「結菜?」
大笑いしている彼女を見て訝しんでいる悠真に、
「明日の朝、一番に教えてあげる」
そう言って、結菜は初めて自分から彼にキスをした。




