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act.17

3ピースのスーツに身を包んだ悠真の存在感は圧倒的だった。

仕事仕様なのだろうが、スーツ姿の彼は普段よりずっと大人っぽく、その姿が当然のように様になっていた。

バーで見ていた寛いだ姿が嘘のようだ。

普段のラフな格好しか知らない結菜は呆けたようにその姿に見とれる。


心臓がドキドキと煩いのを無視し吸い寄せられるように悠真に近づくと、彼は柔らかく微笑んだ。

そして結菜の頬に手を伸ばす。

指先が結菜の肌に触れるとその部分がカッと熱くなる。

その熱を追って擦り寄せそうになったところで――――、

むにっと頬を摘まれる。


「はにふんほ!」

「俺を呼び出した理由は判ってる」

笑顔を引っ込め、剣呑な目で結菜を見下ろす。


「今度は誰に会わせる気だ、と聞くのは愚問なんだろうな」

「ははひてっ」

「まったく…この時期に俺を呼び出すとかいい度胸だよ」

「ふぃふぁふぁいふん」

結菜は悠真の手を叩いて離すように訴えるが、悠真は益々面白がるように頬を伸び縮みさせる。


「…お客様、当店の前で人目も憚らずイチャイチャするのはご遠慮ください」

さくらが重い溜息を吐く。

「ふぃふぁふぃふぁふぃてふぁい!」

「五十嵐様、その手を離していただけますでしょうか。友人の顔がこれ以上面白くなるのに耐えられる自信がありません」

さくらに言われて、ようやく悠真は手を離す。

結菜は「酷い…」と呟きながら頬に両手を当てて解すように動かす。


「それで?今日は誰なんだ?」

「何の事か判らない…」

「お前な…またそれか」

「私はただ、一緒に食事はどう?って誘っただけ」

「この前の続きのつもりなら『あれ』だけじゃ済まないからな。その先までやるぞ」


あれ?

あれって何だろうと思ったところで、非常口での出来事を思い出す。

瞬間的に結菜の顔は真っ赤になった。


「どうしてそうなるの!」

「デートは重ねれば先に進むもんだろ」

「そういうつもりじゃないの判ってて言ってるでしょ」

「まぁ、何でもいい。入らないのか?」

促す悠真に結菜は困ったような顔をする。


「それが…」言いかけたところで、悠真の背後にあるエレベーターの扉が開いた。

降りてきた人物を見て目を丸くする。


嘘でしょっ。

来ちゃったよー!

てゆーか、予約の時間より早いんですけどっ!


目と口を開けてパニックになっている結菜を見て、悠真は眉を顰める。

反射的に結菜の視線を追って振り向く。

結菜は慌てて止めようとするが間に合わず、エレベーターから降りてきた人物もこちらに気付いた。


予めインターネットで顔を確認していたので間違いない。

濃紺のダブルブレストスーツに身を包んでいる恰幅の良い男性は、日本鉄鋼エンジニアリングの代表取締役社長、海老原達也。

その隣にいるグレーのストライプスーツは、間違いなく双葉銀行の林だろう。


本当に『ストライプ』だよ…。

いや、そうじゃなくて!

ここで会ってどうする!!


「あれ?貴方はもしかして…」

レストラン前に佇んでいた結菜達を見て、林が声を掛けてきた。

しっかりと悠真を見つめている。


「林様、海老原様、いらっしゃいませ。こちらは五十嵐悠真様です。五十嵐様、双葉銀行の林様と日本鉄鋼エンジニアリングの海老原様です」

さくらが悠真と林の間に入ると、お互いを紹介する。


「初めまして。五十嵐悠真です」

慌てふためく結菜を余所に悠真は笑顔を貼り付けると林に手を差し伸べた。


「ああやっぱり。お父様に良く似ていらっしゃいますね」

その手を取ると、軽く握手を交わす。


「父をご存知なのですか?」

「ええ。うちとは取引ございませんが、もちろん存じ上げていますよ」

「そう言えば、うちのメインバンクは御社ではありませんね」

「残念ながら…将来的にはぜひお願い致します」

「林さん、挨拶はそれくらいにして入りませんか?」

何となく失礼とも取れる態度で海老原が会話に割り込んで来た。


「そうですね。それなら、五十嵐さんもご一緒にどうですか?実は今日の話に…」

海老原は林の言葉にギョッとなると焦ったように、

「林さん!彼は身内とは言え会社の経営には関係ない人です。それに今日の話はうちの会社に特化したものなので、まだ…」

林の言葉を遮る。


ほんの一瞬、冷めたような目を海老原に向けると、悠真は嘘臭い笑顔を再び見せ、

「せっかくのお誘いなのですが、遠慮しておきます。これから俺達はデートなので」

そう言って結菜の腰を抱き寄せた。

「えっ?」

見上げた結菜に顔を近づけると、チュッと音を立てて額にキスをした。

「五十嵐くん?!」


二人を見て林は苦笑する。

「それは失礼いたしました」

「林さん、邪魔したら悪いですよ」

「そうですね。では、私達はこれで」

海老原に再び促されると、林はレストランの中へと入って行った。


――見送る悠真の表情からは笑顔が消え、冷ややかな視線を向けていた。



二人の姿が見えなくなったところでさくらが口を開く。

「さっきも言ったけど、彼らが予約した懐石では空いている席が無いんだけど…結菜達はどうする?」

「いや、俺達はいい。結菜が呼んだ目的は達成したしな」

問われて、答えたのは悠真だった。

「良く判りませんが…予約はキャンセルということでよろしいでしょうか?」

「そうしてくれ。結菜が変な頼み事したんだろうけど、今日はもういい」

「かしこまりました」

「え?どういうこと…?」

困惑している結菜の手を取ると、悠真はエレベーターへと歩き出した。


「ちょっ…五十嵐くん、意味が判らないんだけど!」

引っ張られるまま、悠真について行く。


結菜の抗議を無視し、悠真が下層へ向かうボタンを押下すると、直ぐに扉が開いた。

連れ立って乗り込むと、

「結菜!いつかきっちり説明してもらうからね!」

扉が閉まる瞬間、さくらのそう叫ぶ声が聞こえた。



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