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act.15

翌日、結菜の願いは叶わなかった。

そして更にその翌日も。

フロントクラークの話では『月白げっぱく』を訪れた翌日から悠真はホテルに帰って来ていないとのこと。

ラウルには『coeurs d'ombre』へ行く度『やっぱり結菜のキスが悪かった』と冗談半分に言われるが、結菜には例の『月白げっぱく』での出来事が尾を引いているのだろうと判っていた。


悠真が居ないので、彼専属オペレーターの結菜はぽっかりと空き時間ができてしまった状態だ。

そんな彼女は、オペレーターのマネージャーから許しを得てのんびりと休暇を満喫。

と言っても、悠真がいつ帰ってくるか判らないので、相変わらずホテルに缶詰なのは同じだ。

今はドアマンの控室で、珍しく日本経済新聞なんぞを読んでいる。

ドアマンの控室は経済関連の雑誌やら各社新聞が揃っているので、好きなだけ読み放題。

宿泊支配人の米倉が出勤後、まずここで新聞を読んでいるのは宿泊部スタッフ全員が知っている。

今日の新聞記事に赤ペンの丸で囲ったもの、何やらコメントが書き込まれているのは、大輔が新人のために記載したものだろう。

相変わらずな人だと苦笑する。


何気なく記事を読んでいると、控室のドアがノックされた。

結菜の他に誰も居ないので、どうぞと応えると若い男が入って来た。

ホテルのどの部署の制服でもなくスーツ姿。

一般客のように見えるが、胸元の名札がホテルスタッフと主張している。

彼は部屋を見渡し、最後に結菜を見て首を傾げる。


「ドアマン誰もいないんですか?」

見てのとおりだが、結菜は素直に頷く。


玄関エントランスに一人居ませんでした?」

「居たんだけど新人っぽくて。うちの大事なクライアントの件だから、キャプ(キャプテン)か山口さんに直接伝えたいことがあったんだけどな…」

困ったなと言いながら頭を掻く。


「今、宴会場の玄関エントランスで受け入れやっているみたいなので当分戻って来ないですよ?」

無駄だとは思いつつも一応、大輔の居場所を伝える。


「あ!そう言えば今日、医師会の学会が入っていた気が…」

「ですね。迎車も多い上にタクシーが大量に出るから大変だとか言っていました」


VIP対応もしつつ大量の車を誘導して捌き、運転手ドライバーの呼び出しもしているのだ。

大型宴会の受け入れをしているドアマンに突撃するなど自殺行為。


「そっか。どうしようかな…」

「伝言あるなら聞いておきますけど?玄関エントランスの新人に言っても、私に言っても同じだと思いますし」

「いいですか?すみません。実は今夜、双葉銀行の人がレストランに来るんですけど、玄関エントランス前の駐車場を彼のために確保しておいて欲しいんです」

車番ナンバー判ります?」

「それが…判らないんです」

結菜のジト目が効いたのか、慌てて、

「いや、でも!山口さんなら判る筈なんです!たまに来る、双葉銀行の眼鏡かけたストライプの林さんって言えば!」


『ストライプ』と言う部分が若干意味不明だが、きっと大輔には判るのだろうとそのままメモる。

会社名と名前が判っているなら、車種と車番ナンバーは直ぐに判明する。

大輔の場合、データベースのファイル要らずかもしれない。


「宴会セールスなら、取り引き相手の車種と車番ナンバーくらいは覚えておいた方が良いですよ。営業も玄関エントランスでドアと一緒に受け入れする事あるでしょ?」

「え?俺の事知ってるんですか?!」

「知っていますよ、宴会セールスの向井さん」

そう言ってニッコリ笑いながら、心の中で『会ったのは初めてだけど』と、付け加えておく。


「えーっと…」

「私はオペの鈴木です」

「鈴木さん…」


名乗っても思い至らないのだろう。

向井は申し訳なさそうな顔をする。

無理もない、二人が顔を合わせたのは今回が初。

結菜が何処の誰だと気付いたのは名札と彼の『声』


大輔も相当だが、実のところ結菜も変な特技がある。

テレフォンオペレーターと言う職業病なのかもしれないが『声』で人物を覚えている傾向がある。

普段意識することはないが、掛かってくる内線電話は相手が名乗らなくても殆ど判断できるくらいだ。


「伝言、確かに承りました。山口さんに伝えておきます」

「ありがとうございます」

そう言って控室を出て行こうとしたところで、向井はドアノブに手を掛けて振り返った。


「そうそう、林さんの連れは日鉄エンジの社長なんですけど、別々に来る可能性もあるので、できれば二台分確保して欲しいと伝えてもらえますか?」

「え?!」

思わず大きな声を出してしまった結菜に、向井が驚く。


「何かマズかったですか?」

「そうじゃなくて…その、双葉銀行の人が会うのって、日本鉄鋼エンジニアリングの社長なんですか?」

「ええ。そうです」

「どこで?!」

身を乗り出した結菜に引き気味になりながら、『月白げっぱく』と向井は答える。


「因みに…その林さんって人、双葉銀行で何をやっている人ですか?」

「確か、融資関係の担当だったと思います」

向井の回答と合わせて、先日の大輔の言葉が頭を過ぎる。


『日鉄エンジってここ数年、業績悪いんだよ。売上高も年々下がってるし』


向井は大輔に言えば誰だか判ると言った。

という事は、頻繁に来る人物なのかもしれない。

何か情報があるだろうか…?


――――大輔に突撃する必要性があるのは、どうやら自分の方だと結菜は思った。


しかし、流石に受け入れしている彼に会いに行くことは出来ない。

全く関係ないスタッフの結菜が行けば、白い目で見られるのは間違いない。

控室に置いてある宴会一覧を見ると、ドアマン達が対応している学会は15時には終わる予定となっていた。

焦燥感に駆られながらどうするか考える。


先ずは『月白げっぱく』に行ってさくらに会って、それから五十嵐くんに連絡を取って…。

そこまで考えて結菜は気付く。


あたし、五十嵐くんの連絡先知らないじゃんか!



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