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act.13

隣席4人の会話は、結菜には途切れ途切れしか聞こえなかったが、悠真にはしっかり聞こえているようだった。

時々険しい顔を見せながら、彼が思案しているのが判る。

気になるのは、隣席から笑い声が上がっても悠真の表情が晴れないことだ。


何か収穫があると良いけど…。

結菜としては、今日のこの行動に意味がある事を祈るばかり。






しばらくして彼ら4人が席を立った。

欧米人よろしく軽く握手を交わすと、レストラン出口へと消えて行く。

結菜には和やかな会合のように映ったが、対する悠真は相変わらず険しい表情のまま終始無言。

そして、案内を終えたさくらが結菜達の元へやって来た。


「お食事()いかがでしたか?」

「うん。美味しかったし…()()()()ありがとね、さくら」


さくらの含みある物言いに、結菜も伝えたいことを明確にせず感謝を込めて答える。

彼女の協力が得られなければ、成し遂げられなかった事だ。


「会計は俺の部屋に付けてくれ」

今まで無言だった悠真が席に来たさくらにそう言うと、唐突に席を立った。

その表情は、何故か怒っているようにも見える。

そして結菜の腕を掴むと、彼女を無理やり立たせた。


「五十嵐くん?!」

突然過ぎる行動に非難を込めて名を呼ぶが、彼は足を止めることなく腕を掴んだままレストラン出口へと向かう。


呆気に取られているさくらに見送られ、引きずられるようにしてエレベーターホールへと出ると、結菜はもう一度彼の名前を呼んだ。

それでも彼は止まらず、フロア端にある『非常口』と記載されている鉄扉を開けると、その中に彼女を押し込んだ。

そこでようやく腕が離れた結菜は、文句を言おうと振り返ろうとしたが、悠真に壁際へと追い詰められ、両腕に挟まれるように閉じ込められる。


「一体どういうつもりだ?」

頭上から聞こえる悠真の低い声に、それはこっちのセリフだと言い返そうとしたが、彼の怒気を含んだ目に息が止まる。


「俺はあんなこと頼んだ覚えはない」


結菜も頼まれた覚えはない。

それは判っている。

自分が勝手に、思いついたまま行動しただけだ。

それに…結菜の立場上、悠真の言わんとしている事を認める訳にもいかない。


「…何の事か全然判らない」

「ふざけてるのか?」

「ふざけてない。五十嵐くんが何を言っているのか判らないと言っているの」

「じゃあ、どうしてあいつらが隣に座った?」

「隣って何の事?」

「結菜!」

悠真の苛ついた声に、心臓が早鐘を打つが結菜は冷静に答える。


「あたしはただ、五十嵐くんにうちのレストランを薦めただけ。ただそれだけよ。あの4人が隣に座ったのは偶然。たまたま、レストランで出会っただけ」

「偶然?」

悠真は嘲るように鼻で笑うが、ここで認める訳にはいかない。


業務上知り得たことを第三者に話すことはできない。

今日起こったことの全ては、あくまでも()()

悠真にレストランを薦め、そこで()()知り合いが隣に座っただけなのだ。

彼らの会話が聞こえてしまったのも隣に座ってしまったからであって、()()による()()()()な出来事。

茶番だとは重々承知の上、しらを切り通すしかない。


「そうよ。偶然なの。今日あたしは、ただ五十嵐くんと食事をしただけ。これはデートでしょ?」

「デート?」

「そう」


ラウルが横槍を入れなければ一緒に来る事も無かったかもしれないが、今夜は間違いなく二人で来たのだ。

寧ろデートと開き直った方が無難と結菜は思った。


「ただのデートだと言い張るんだな」

「だから、そうだと言ってるでしょ」

挑むように悠真を睨むと、彼は「判った」と言った。


理解してもらえたのだと安堵して体の力を抜くと、悠真が結菜の手を掴み、そのまま壁に押し付ける。


「それなら続けようか」

「続けるって何を…」

「だから、デートだろ」


掴まれている手に力が込められ、痛みに抗議の声をあげようと口を開くと、そのまま悠真の口で塞がれた。

彼の舌が口内に忍び込み、結菜の舌を絡め取る。


「ん…んんっ……」


押し付けるようなキスに言葉を発するなど到底無理で、悠真が侵すように探る舌使いに、気持ちも痛みも流されそうになる。


「ふっ……ん…はっ、ぁん……」


抵抗しようにも両手を押さえ付けられ、覆い被さるように迫る悠真の体はビクともせず、彼に与えられられる熱に翻弄されるままだ。

足に力が入らなくなり、膝が落ちそうになったところで、悠真の片足が結菜の両足の間に入って来た。

ビクリと反応した結菜に、悠真が低い声で笑う。

唇が離れた瞬間、悠真に「待って」と言おうとしたが、その言葉も再び彼の口に飲み込まれる。


「ぅん…や、まっ……んっ」


はぁ、ダメ…、この体勢は…ヤバい。

…気持ち、良すぎる…………。


いよいよ力が入らなくなり、ガクンと堕ちそうになったところで、悠真の右手が体を支えた。

ようやく唇が離れ、縋り付くように悠真の胸に手を寄せ彼を見上げると、熱の篭った瞳が見下ろしていた。


「結菜…」


息を吐くような自分の名を呼ぶ声に、ゾクゾクとしたモノが背中を走る。

思わず「もっと…」と、欲しがりそうになる気持ちを総動員した理性で抑える。


「な…んで、キスなんか…」

「デートにキスは鉄板だろ」

「そんっ…」

そんな言い訳ない、と続けることが出来なかった。


今度のキスは、怒りに任せたような貪るものでは無く、優しく、抑え込んでいる結菜の気持ちをすくい上げるようなものだった。

下唇を軽く噛まれると、鼻の奥から甘えるような声が零れる。


ダメ…なのに――――。


いつの間にか掴まれていた手は離れ、両腕で抱きかかえられるように悠真の体にピッタリとくっついている。


抵抗していた力となけなしの理性は霧散し、悠真が与える熱と何度も繰り返されるキスに、結菜は何も考えられなくなっていった。



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