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∞ Brave Bullet  作者: 似櫂 羽鳥
第二章 ハロー、マイ・ホーム
9/11

~2~

 早朝四時半。アリス・スプリングズからおよそ400キロメートル彼方、エアーズロック空港。

 日も昇りきらずに朝靄に包まれた敷地内を、複数の足音が行き来する。

「予定通り裏口から第一斑が侵入。空港内部に爆弾を仕掛けて敵の注意を引き付ける。それに乗じて俺たちが正面突破、いいな」

「ラジャー」

 ひそひそ声で会話をしている男たちの中に、テオの姿があった。ミリタリージャケットに身を包み、完全武装だ。テオは近くの数人に指示を飛ばすと、無線で何か通信をしている。

「了解した。第二班は作戦通り位置についている。いつでもいいぞ」

 数分おいて大きな爆発音が空港内に轟いた。




 同時刻、アリス・スプリングズのファルチェ邸にて。

 客間のふかふかベッドで夢旅行を楽しんでいたカザネは、ステラに激しく揺り起こされた。

「隊長! 起きてください、隊長!」

 数度寝返りを打ち寝ぼけ眼のまま彼女を見る。すでにきっちりと身支度を済ませたステラの表情は、焦燥に満ちていた。

「緊急事態です、早く!」

 ぶつくさと文句を言いながらも、そのただならぬ雰囲気をなんとなく察したのかカザネは着替えを始めた。急かされるがまま、髪はボサボサで階下に降りる。

 ダイニングには全員が集まっていた。ただ一人、テオを除いて。

「やっと起きたか寝坊助」

 超寝起き状態のカザネをちらと見、ヴォルクが小さくため息をついた。ステラに引っ張られながら、カザネが輪に加わる。全員が囲むテーブルの上には、小型のタブレット機器が置かれていた。

「なによぉ~こんな朝っぱらから~」

 呑気なカザネを小突き、ヴォルクがそのタブレットを顎で指し示した。画面にはニュースキャスターと思わしき女性の姿だ。ルリが無言でボリュームを上げた。

『今朝方エアーズロック空港がテロ組織によって襲撃されました。現在空港はテロリストの手により陥落、彼らは空港内を占拠しアリス・スプリングズ方面に航空機を発進させた模様です。なおテロリストたちは武装をしているとの情報が入っています。アリス・スプリングズ周辺の地域に住む国民たちは十分に警戒をしてください』

 数度同じ内容をキャスターは繰り返し、国営の避難シェルターの案内を続けて流した。緊迫感が彼らの間に張り詰める。

 さすがのカザネも目が冴えたらしく、画面を見つめたまま焦りの声を発した。

「え、やばいじゃん…テロリストがこの辺向かってるってことでしょ…?」

 キャスターは淡々と続報を放送する。

『テロ組織の一部はユーラーラに向けて侵攻中とのことです。テロ組織は反政府団体と判明、組織の主犯はテオドール・ファルチェ。現在警察がその行方を追っています』

「パパさん?!」

 画面にでかでかと映し出されたテオの顔写真に、カザネは思わずタブレットを取り上げた。しかしそれをシンが奪い、音量を落とす。

「ちょっと、どういうこと?」

 カザネはいまいち事態を呑み込めないまま、全員を見回した。机にタブレットを放り、頭を押さえてシンが唸る。

「やはりそうきたか…」

「シン兄、何か知ってるの? 説明してよ!」

「やめろカザネ!」

 詰め寄り掴みかかろうとしたカザネをヴォルクが止めた。苦い顔をした彼の腕を振り払い、カザネは腕組みをすると仁王立ちでシンを睨んだ。彼は難しい顔をしてタブレットを見るだけだ。

「報道もどうせ牛耳られているとは思っていたが…釈然としないな」

「釈然としないのはこっちだよ! なんでパパさんテロリストなんてやってんの、ちゃんと説明して!」

「テロリストではない、レジスタンスだ」

「もー! 全然わかんないー!!」

「隊長、私が説明しますね」

 引き継いだステラが簡潔に、彼女にもわかりやすい言葉でカザネに事情を話していく。カザネ以外のメンツは朝一のニュースを聞いた時点でシンからすべてを打ち明けられていた。大人しくステラの話を聞き、大方理解したカザネが鼻息も荒く憤慨した。

「ってことは、パパさん全然悪くないじゃん! なに今のニュース! ありえない!」

「オーストラリア国は教団の傘下にありますから、ニュース関連も教団サイドの見解で放送されるんですよ。例えそれが、真実と違っていても…」

「ルーイの言うとおりだ。国民たちが政府と教団に反感を抱かないように、うまく操作されてるんだよ。あれじゃ誰がどう聞いてもテオさんは犯罪者扱い。わざとそうしてるんだ」

 全員が押し黙る。憔悴したように椅子にもたれたルカが、ぼそりと呟いた。

「おとんは…無事なんやろか…」

「…大丈夫…きっと…」

 ルリがその肩をそっと撫でながら答える。いたたまれなくなったステラが顔を隠し、静かに肩を震わせた。

 突然カザネがばしん、と机を叩いた。

「あったまきた。パパさんが悪者にされて、あたし黙ってらんない! 行こうよ、パパさん助けに!」

 カザネの発言に一同が顔を上げる。その中、一人シンだけが目を閉じ反論を呈した。

「駄目だ。君たちを行かせるわけにはいかない。大人しく避難してくれ」

「どうして!」

 当然ながらカザネが反論を重ねる。彼女の怒気に怯むこともなく、シンは静かに続けた。

「君たちはあくまで観光客として、この国に来ているんだ。君たちを戦場に巻き込んでもしも事故があったら、それこそ大問題になる。父もきっとそれを望んでいない」

 彼の言うことは一理ある。TAFを介さず教団への反乱行為に軍人を加担させるなど、国交的にもってのほかだ。そもそも彼女たちはシンが身分を偽って入国させているのだ、やっていることは密入国と取られてもおかしくはない。今更TAFの人間だなどと名乗りを上げるのも論外だ。ここはシンの言う通り、民間人として行動するのが最善だろう。

 しかしそうは問屋が卸さないのが7144分隊、もといカザネ・アキモリ隊長である。彼女はシンに向かって、その柔軟で素直すぎる発想で台詞を吐いた。

「じゃああたしたちもレジスタンスに入る! てゆーか入った! 今! なう!」

 カザネの出した結論は何とも奔放で、これにはシンも呆気にとられて彼女を見た。仁王立ちのまま、ふんふんと鼻息荒く、彼女は胸を張った。

「あたしたちは今、TAFの軍人じゃなくて一般人なんでしょ? なら一般人として、入りたくなったのでレジスタンスに入隊しました! ほら解決! こっちから言わなきゃ軍人だなんて誰にもわかんないし、なーんも問題なし☆」

 そしてそれに隊員たちも立ち上がり、続く。

「僕も…僕も入団します! 僕は自分が正しいと思ったことを貫きたいので!」

「私もぉ、テオさんを、見捨てるなんてぇ、できません~!」

「賛成します。これでも現役ですから、何かしらお役に立てると思いますよ」

「自分は隊長の意見に従うであります」

 シンはそれらを受けて逡巡している。と、ヴォルクがその肩を叩いた。

「こういう奴らなんだよ、7144分隊ってのはな…まぁ俺もその中の一人だ。こうなったらあいつを黙らせるなんて神様でもできやしねぇ、諦めてくれ」

 そしてルカが立ち上がる。

「おにぃ…うちも行く。おにぃが止めても、行く」

「ルカ…だが、しかし…」

「おにぃ、うちは怒っとるんや」

 ルカの瞳が冷たく鋭く光る。

「なんで言うてくれんかったん? こないな大事なこと、うちとルリが知らんままで、そのほうが幸せやって思ったんか? アホらし。聞いて呆れるわ、バカ兄貴が」

 目をそらす兄の顔をじっと見つめ怒りを露にする。シンが口ごもり、唇を噛んだところで、彼女は震えるその拳を取った。

「…水臭いわ、おにぃもおとんも。うちらはもうお子様やあらへんねんで。おとんやおにぃが苦しい時は、一緒に乗り越えたる。だって…家族やんか、うちらは」

 二人の手に、もう一つ小さな掌が重なる。

「…兄様…姉様…私も、一緒…」

 わずかだがルリの口元に柔らかく微笑みが宿っているように見えた。その手をさらに上から包み、ルカはにっこりと笑顔を向けた。

「せやな、ルリ。みーんな一緒や。おにぃ、それにほら、見てみぃ。うちらには隊長らがおる。世界でいっちゃん強い7144分隊や。自慢の仲間や」

 顔を上げ、見回したシンの目に怒りと正義に満ちた6人の眼差しが降り注ぐ。鬱陶しいくらいにまっすぐなそれを一心に受け止めて、とうとうシンの強張った口元が緩んだ。

「…ルカ、ルリ…本当にすまなかった。お前たちの気持ちを考えたつもりになって、俺は道を誤るところだった。大切なことを…見失うところだったよ。皆も…ありがとう。君たちは噂通り、規格外だ…負けたよ」

「じゃあ、連れてってくれる? パパさんのところに!」

「無論。準備してくれ、すぐに出るぞ」

「よーしみんな、出動よー!」

 カザネの号令が高らかに響いた。




 大型ジープを走らせること数十分、シンの運転で彼らは町から離れた荒れ地にいた。そこには同じような車が何台も停まっている。一見何もないただの平原だが、シン曰くここがこの後重要な拠点となるらしい。

「来たぞ」

 シンが中空を見上げ、つられてカザネたちもそちらを見る。遠い空の向こうに、いくつかの点が現れた。それは次第に大きくなり、はっきりとした機影となって轟音をとどろかせた。低空飛行で近づいてくるのは数機の小型セスナ機と、核融合エンジン搭載型の低空短距離航空機(Nクラフト)だ。それらは徐々に高度を下げ、停車するジープの列から少し離れた場所に次々と着陸した。

 先頭の一機から降りてきた男にシンが駆け寄り、短く言葉を交わしている。カザネたちは他の車に乗っていたレジスタンスの隊員たちと一緒に航空機へ物資を積み込む手伝いだ。アリス・スプリングズから戦地のユーラーラまでは、例えば一般車両よりもパワーのある軍用車両を使ったとしても五時間以上はかかってしまう。それ故にレジスタンスはまず、ユーラーラ側で教団が使用している空港を襲撃し、掌握したのだ。最短ルート、最短時間での移動を確保し、尚且つ敵の移動を制限する。その提案はシンによるもので、彼の明敏な頭脳は商才以外でも大いに活躍していた。

「これならユーラーラまで三十分弱で到着できる。降りたらもうそこは戦場と化しているだろうから、くれぐれも油断はしないでくれ」

 乗り込んだシンはシートベルトを締めつつ、早くもマシンガンの整備を始めていた。

 最高速度で急進する航空機に揺られ、とうとう彼女たちは激震地・ユーラーラに降り立った。制圧したエアーズロック空港にはレジスタンスの人間しかいない。本当の戦地はそこからすぐ、教団の巨大研究施設だ。彼らは航空機からジープに乗り継ぎ、現場へと向かう。

 既に戦いの火蓋は切って下ろされていた。

 前方の大きな建造物が例の研究施設と思われる。その手前、厳重に張り巡らされたフェンスの近くで激しい攻防が繰り広げられていた。カザネたちはジープから降り、最後の拠点である簡易キャンプで戦いに備える。

「白兵戦なんて久々だな…軍ではGiA戦ばっかだから、鈍ってるかもわからんぞ」

「大丈夫だいじょーぶ、適当にやればなんとかなるって!」

「それはお前だけだろラッキーガール」

 武器を装備し、栄養ドリンクで喉を潤し、準備は整った。いざ、戦場へ。

 飛び交う雄叫びと銃弾の嵐。敵も味方も入り乱れ、力だけがものをいう総力戦。走る足元には無念に散った兵士たちの亡骸、投げ込まれた手榴弾の炎が容赦なく大地を、人を焦がす。

 キャンプを飛び出して全速力で戦場を駆け抜けるシン、カザネ、ヴォルク、ユウキ、ルーイの五名は、一足先に味方が設置したバリケードを目指して走り、散開してそれぞれ身を隠した。声を張り上げれば互いに会話ができるくらいの距離間、銃撃の隙をぬって戦況を確認したユウキがカザネたちに向き直った。

「隊長、二時の方角が手薄です。一気に攻め込みましょう」

 言い終わるが早いか飛び出そうとしたユウキをヴォルクの腕が引き戻した。

「待てユウキ、確かにそっちは敵は少ないが、罠とも限らねぇ。後方部隊が上がってくるのを待って、このまま正面から攻める方がリスクが低いんじゃないか」

「ですが、現状では後方部隊の到着までに押し切られる可能性もあります。待っている間に最前線を下げられ、不利な状況に陥る見込みがあるのならば自分は避けたほうがいいかと」

 作戦について討論する二人の後ろ、バリケードには叩き込まれる弾丸の音が激しく響く。あーでもないこーでもないと決着のつかない二人に痺れを切らし、カザネがマシンガンを腰だめに構えた。

「あーもうまどろっこしい! 突撃ぃぃぃ!!」

「おい待てバカ!」

 制止は遅く、カザネは単騎突っ込んで行ってしまった。ヴォルクは盛大な舌打ちを鳴らし、自らもマシンガンに指をかける。

「作戦変更、今はあのバカ隊長の援護だ! とにかく追いかけて捕まえろユウキ、ルーイは援護射撃頼む!」

「了解!」

「了解しました!」

 三人は先を行くカザネを追い、バリケードから飛び出して解散した。GiA戦と同じように的確に、精密に、連携を取りながら動く。素早い動作でユウキのハンドガンが敵を射抜く。ヴォルクはマシンガンを乱射し敵を牽制する。撃ち漏らしはルーイのスナイプが逃がさない。彼らの行く先ではレジスタンス兵たちも善戦しているが、現役の軍人である彼らはその比ではなかった。

 道中でようやくユウキがカザネを捕らえ、近くにあった大岩の後ろに引きずり込んだ。

「わわっ、びっくりした! 今いいところだったのに!」

「失礼しました隊長」

 遅れて同じ岩陰に転がり込んできたのはヴォルク。鬼の形相でカザネの頭にゲンコツをお見舞いする。

「ふざけんなバカ野郎! お前死にたいのか!」

「いたた…だいじょーぶだよー、あたし強いもん☆」

 雷を落とされた脳天をさすりながらウインク。ヴォルクは最早呆れるしかできない。あまつさえカザネは再び特攻を仕掛けようとしている。

「ま、待て待て待て! わかった、お前が強いのはわかったから言うこと聞いてくれ! いい子だから、な?!」

「隊長、ここからは完全に敵の陣地となります、無策で行くのは厳しいかと」

「あ」

 必死に止めようとする二人は、カザネが上げた間抜けな声に口をつぐみ、振り返る。

「やべっ!」

「退避!」

 ころころと岩の陰に転がってきたのは手榴弾。二人は同時に声を張り上げそこから離れようと足を上げたが、カザネはその真逆の方向、手榴弾に向かって猛然とダッシュ。

「こんなもん、返品しちゃうんだから!」

 そしてあろうことか、手榴弾をボールに見立てて全力キックで敵陣にシュート。さながらサッカー選手ばりの見事なプレーだ。蹴り飛ばされた手榴弾は高く放物線を描き、空中で爆散した。

「ふふん、あたしサッカー得意なのよね☆」

 満面のドヤ顔。一部始終を大口を開いたまま見届けたヴォルクが当然のごとく激怒した。

「お、お前、何やってんだバカ! 危ねぇだろうがこの!」

「爆発する前に蹴り返すのがカザネ流! 結果無事なんだからいいじゃん!」

「よくねぇよバカ!」

「もーおっさんバカバカ言い過ぎ! 人のことバカって言う人がバカなんだからね!」

「バカだから言ってんだよバーカバーカ!」

「むっきーーー!!」

 戦場の緊張感とは一体何なのか。敵陣の真っただ中、激しい銃撃戦の真っ最中にも関わらず子供のような喧嘩が始まり、ユウキは大きくため息をついて額を押さえた。と、背後から駆け寄ってくる人影を見つけ、ユウキはそちらに手を振った。残党へ弾をお見舞いし、向かってきたのはシンとルーイだ。

「君たち、無事か!」

 岩陰に身を寄せ、息を荒げてシンが問う。それにカザネは満面の笑みでサムズアップ。

「絶好調☆」

「皆さんどんどん行っちゃうから、追いかけるの大変だったんですよぉ」

「あーすまんルーイ。このじゃじゃ馬バカ隊長の子守で手一杯だったんだ」

「ぶー、一番活躍してるのにぃ」

 普段と変わらない彼らの姿に、シンは安堵の微笑を洩らした。

「君たちに心配は無用のようだな」

 そして瞬時に思考を切り替え、岩陰から前方を覗いた。

「この先が最前線だ、多分父の班が先陣を切っている。援護に向かいたい」

「オーケー。俺とカザネは右から、ユウキとシンは左から、ルーイは一歩退いて後方援護で」

 今にも飛び出さんばかりのカザネの首根っこを捕まえ、ヴォルクが手短に作戦を伝える。全員が頷き、再び走り出した。最前線が近くなってくると、銃撃はより一層激しくなる。五人は点々とせり立つ岩や自然の土壁に隠れながら、敵を散らして歩を進めた。そんな中、走り出したら止まれないカザネの背中を守りながら進むヴォルクは何か違和感を感じ始めていた。

 彼らの奮闘のおかげで、後方のレジスタンス集団もかなり前進してきているようだ。敵の歩兵はかなり数が減っている。追いついてきた一般兵に目前の哨戒を任せ、ヴォルクは尽きかけている残弾に気づき攻撃の手をいったん止めた。マガジンを交換しようと身を翻した岩陰にはシンがいた。ヴォルクが来た反対側に乗り出して牽制射撃を数発、そして体を引っ込める。

「…想定外だ、これほど戦局が有利に進んでいるとは。これならば最悪の未来は覆されるかもしれない。君たちのおかげだな」

 結末を絶望視しかしていなかったシンの瞳には、一縷の希望が宿っているように見えた。

「それに同志も大変よく動いてくれている。きっと父の訓練の賜物だろう」

 ヴォルクは手慣れた手つきで弾を装填しつつ、湧き上がっていた疑問を口に出した。

「なぁシン、水を差すようで悪いが、この戦いは何かおかしいぞ」

 怪訝なシンの視線を感じながら、ヴォルクは手元だけを見たまま話す。

「明らかに敵の動きが素人臭ぇ。俺は軍人だからわかるが、奴らは多分まともに訓練なんかされてないぜ、あんたらレジスタンスと一緒さ」

「なんだと…」

「戦術もセオリーも関係ねぇ、とにかくぶっ放してるだけだ。だから俺たちたった四人だけであんな簡単に突破できた。そりゃそうさ、俺たちは軍人だ。戦場の奔り方を知ってる」

 胸ポケットからくしゃくしゃの煙草を取り出し、火をつけた。

「確かにあんたらが奇襲をかけて、警戒態勢がとれないまま戦闘が始まって、パニックになってるってのもあるだろうが、それにしても納得できないことが多すぎる。第一あの規模の施設を防衛するのに、どうして戦闘員がこれだけしかいないんだ?」

「もともと研究特化の施設で、軍備はなかったのかもしれない。それに唯一の輸送経路、空港は俺たちが抑えたからな」

「空港…空港ね。まぁ確かに、それ以外には補給経路がないってのはわかるよ。じゃあなぜ、どうして奴らは、空港を取り戻そうとしないんだ。空港を奪い返せば一気に有利になれるはずだろ」

 煙を吐き出すヴォルクの指摘は実に的を射ていて、シンは何も言えず彼の吐いた煙が虚空に溶けていくのを見ていた。

「つまりだ、奴らはここに増援を送る気がないんだよ、始めっから。据え置きの戦力で勝てればラッキー、ダメなら負けても構わない、と。俺の推測だが、教団はここをとっくに捨ててるんじゃねぇかな。ある程度人を置いて稼働してるっぽく見せかけてるのは、オーストラリア政府が逆らえないようにっつーポーズだ」

 ヴォルクは言い放つと、吸い殻をブーツで踏みつけ揉み消した。

「…まぁ全部俺の想像だ。考えすぎかもしれんがな。ついつい勘繰りすぎちまうのは俺の悪い癖だ」

「…君の想像が当たっているとしたら、俺たちがここを襲ったのも教団の想定内だと?」

「さぁな」

 考え込むシンに目もくれず、ヴォルクは再び銃を構えて立ち上がった。

「事実は結末についてくるもんだ、今悩んだって見えねぇよ。教団のアレはさておき、今俺はTAFの人間じゃなくレジスタンスの一員だ、ってこと。あんたらが勝ちたいなら、協力するだけだ」

 それだけ言い残し、ヴォルクは飛び出して行ってしまった。残されたシンの脳裏を、様々な疑問と解釈が入り乱れ、搔き乱す。彼が想像として語ったことが正ならば、この戦いそのものが教団の思惑通りで、始めからこうなるよう導かれていたのか。計算高いシンの思考は考えたくもない憶測や可能性まで提示し、ネガティブに染まっていく。

「…やめよう、考えても仕方ない」

 頭を振り思索を追い出して、武器を取る。と、肩口に装着した無線機がノイズ交じりの声を傍受した。

「こちらシン、どうした」

 無線機を手に取り、耳に押し当てた。電波が弱いのか、途切れ途切れに聞こえる通信を何とか拾う。

「何…了解、俺が行く」

 通信を終え、間髪入れずに走り出す。一足先に敵とコンタクトしていたヴォルクが、背後から猛然と迫るシンの気配を感じて飛び退いた。彼の様子が少しおかしいことを察して、マシンガンを撃つ手は止めずに。

「シン、なにかあったのか!」

 彼を援護するように発砲、シンは答える。

「潜入している工作部隊が手間取っているらしい、俺はそちらを援護に行く! 表は任せた!」

「なっ、おい!」

 返事は待たず、カザネやヴォルクたちが戦う最前線から大きくそれるように迂回してどこかに行ってしまった。護衛もつけず、一人で走り去るシンを追いかけようとしたが敵の弾幕がヴォルクを阻む。

「ちっ、クソが!」

 もれなく反撃をぶちかますが、手間取っている間に見失ってしまった。そちらを諦め、敵兵を駆逐しながら前へ。視界の隅にツインテールが揺れ、数刻ぶりにカザネと合流。

「おっさん! パパさん発見したよ!」

 カザネは隣に立ったヴォルクを横目で見ると、そう言って前方を銃口で指し示した。その先では屈強で大きい背中が孤軍奮闘中だ。そこに四方から向かってくる敵の一団、彼が捌ききれなかった数名をヴォルクが仕留める。テオはそれに驚いて振り返り、そこにヴォルクとカザネがいるのを確認するとさらに驚きを大きくする。

「なんだ、どうしてあんたらが!」

「説明は後だ、とにかく援護する!」

 テオの背後を取るように陣取る二人。カザネが下からテオを見上げ、いたずらっ子の笑みを見せた。

「パパさん、あたしたちが大人しくなんかしてられると思う?」

 余裕綽々といった面持ちで鉛弾を打ち込む十四歳の少女は、まるで逞しい戦姫のようにテオの瞳には映っていた。激戦区で一人きり、それまで若干の焦燥に駆られていたテオの表情に、みるみる自信が戻ってくる。

「子供たちの言う通り、あんたらは最高だよ!」

 でこぼこスリーマンセルは勢いも激しく敵を圧倒し、彼らの道を切り拓いていく。戦場は最早彼らの庭だ。怒涛の進軍、彼らを止められる者などいるのだろうか。その波に乗ってレジスタンス軍は拠点を迫り上げ、数台のジープが最前線の彼らに向かって走ってきた。その中の一台に乗っていたのはルカ、ルリ、アリアの三名だ。改造ジープの荷台には大きな機関銃、ルリがそれを両手で構え敵陣に撃ち込む。とんでもなく荒いルカの運転で、ジープは派手にドリフトを繰り返しながらカザネたちの脇に急停車した。

「みなさぁん、大丈夫、ですかぁ?」

 窓が抜かれた助手席からアリアが顔を出した。あの乱暴な運転に揺られていたというのに、アリアは髪の毛一つ乱れていない。彼女の周りだけ空間が切り離されているのかと疑うレベルだ。アリアはするりと助手席から抜け出すと、荷台の武器や弾薬をせっせと下ろし始める。前線組はすでにかなり消耗していたため、この援軍はありがたかった。

「おまっとさん! こっからはうちらもやったるでぇ~!」

 運転席のルカはハンドルを握り、舌なめずりをしている。ところが彼女はフロントガラス越しにきょろきょろとあたりを見回し、頭数が足りないことに気づいた。

「あれ…おにぃは?」

 その声は荷台側で積み下ろしを手伝うヴォルクに届いた。彼は片手間に、教団施設へ指をさす。

「内部の潜入部隊がポカったとか何とかで、そっちを援護しに行った、一人で」

「なんやて?!」

「なんだと?!」

 ルカと一緒に大声を上げたのはテオだ。機関銃を操っていたルリの手も止まる。

「追いかけようと思ったが、見失った。今んとこそれ以上はわかんねぇ、すまん」

 ヴォルクはいち早く補給を終え、車を離れて行ってしまった。ハンドルを握るルカの手に力がこもる。決断に時間はかからなかった。

「おとん! 施設侵入口までの最短距離とルートは!」

 予備の弾薬をサブバッグに押し込んでいるテオへ鋭く一言。早くもエンジンをふかし、臨戦態勢だ。テオはそんなルカの腕をつかみ、首を振った。

「いい、俺が行く! お前たちをこれ以上危険に晒すなんてできるか!」

「離してやおとん、うちが行く! おとんはここを離れたらあかんって、わかるやろ!」

 テオを見たルカの瞳には強い意志が宿っていた。凛としたその顔は、ただの可愛い娘ではなく、立派な軍人のものになっていた。

「おとんはレジスタンスのリーダーなんやろ、うちらで言うたら隊長や! 隊長が前線を離れたらあっちゅー間に兵士は士気が下がって、統率が取れんようになるねん! せやからおとんは前線におって、ここにいる全員を引っ張っていかなあかん!」

 しばらく離れている間に、娘は父よりも戦場を知っていた。きっと彼女は命を懸けた戦いの現場で、様々なものを見てきたのだろう。自分のような用心棒上がりの雑な知識と力量とは違う、経験と根拠を彼女は持っている。

「それに、適材適所。工作とかはうちの領分や。うちはメカニックや、そういうのは一番得意なことやから。絶対おとんが行くより働ける自信はあるで。おとんそういう細かいのめっちゃ苦手やろ、ただでさえ不器用やのに」

 そして———娘は父を、誰よりもよく知っている。

「おにぃにも言ったけどな、うちは怒っとんねんで。うちらはもう子供やない、うちもルリも第一線に立つ軍人なんよ? 自分の身ぃは自分で守れる。もっとうちらを頼ってや、おとん」

 彼はもう黙ってルカの腕を離すしかなかった。頭上、機関銃の連弾の合間に、ルリの小さくしかし力強い声がテオに届く。

「…父様…止めても、無駄…私たちは…父様と…兄様と…一緒に、戦う…!」

 娘たちの成長への喜びと、心配と、不甲斐なさと、入り乱れた感情に少しだけ声が震えた。

「わかった…無茶は、するなよ」

「わかってるて。おにぃも一緒に、必ず戻ってくるから。おとんも、くたばったらあかんで」

 車から一歩離れた。荷台の上のルリにも視線を送る。彼女も姉と同じ強い瞳で父を見、頷いた。

「施設の向かって右方面、潜入班がフェンスを開けている。そこまでいけば仲間たちが誘導してくれるだろう。詳しくはそいつらに聞いてくれ。シンには無線でお前たちが行くと伝えておくから、内部で合流するように」

「わかった、ほな行ってくるわ!」

 ルカは大きくエンジンを轟かせ、ジープはタイヤを空転させながら土煙を上げた。と、武器の装填を終えたカザネが車に振り向き、突然走り出す。

「待って、あたしも行きたーい! アーちゃん後よろしく!」

 持っていたマシンガンをアリアに向けて放り、華麗にジープの荷台へ飛び乗った。

「えぇ、隊長ぉ~!」

 両手で銃を受け止めたアリアの叫びも空しく、そのままジープは走り去ってしまった。予想外の展開に唖然とする一同だが、それを考えている間もなく敵襲だ。アリアも仕方なく銃を構え、ヴォルクやテオに続いて走り出した。ヴォルクは烈火のごとく、怒りを露にしてそれを引き金に込めた。

「あのバカ野郎、何考えてやがる! アリア、キツかったら下がってていいからな! 俺たちで何とかする!」

 いきなり最前線に放り出されてしまった本来ならば衛生班のアリアを気遣い、視線だけで彼女を見た。おおよそ戦場に立つべき姿ではないいつものゴスロリ服で、アリアはマシンガンを片手に奮闘している。

 気が付けば教団の施設、敵本陣の目の前まで彼らは迫っていた。敵の歩兵はまだまだ向かってくるが、明らかに序盤ほど激しくはない。中には早々に投降し、白旗を上げて撤退する兵の姿も見える。放たれてくる銃弾の波が途切れ、ヴォルクは後ろをついてくる味方の様子を気にしながら手を止めた。レジスタンスの前進は順調だ、このままいけば敵の鎮圧は確実だろう。

 彼が勝利を確信した、その時だった。それまでとは何か違った空気を感じて、ヴォルクは咄嗟に武器を構えた。彼の身に伝わってきたのは殺気。しかもここまで戦ってきた雑魚兵とは比べ物にならないほどの。彼の少し先にいたユウキも同じ気配を察したらしく、立ち止まって警戒していた。

 その主を探す。素人とは違う何者かが、ここに紛れ込んでいるはずだ。どこにいる?

 目を凝らした。そして見つける。教団施設のフェンス手前、敵陣のど真ん中、他の兵士たちと体格も存在感も桁違いの巨漢を。そいつと目が合った。途端体中を走る悪寒と緊張に、ヴォルクは身震いした。

「…あいつが大将、か」

 小さく独り言ち、マシンガンの銃口を向けた。相手は全く動く気配がない。挑発されている。トリガーを引こうとして、しかし横から飛び出した人影にその指が止まった。それはテオで、彼も同じ人物を目標と定めたのだろう、一直線に走り得物を乱射した。

「テオ、やめろ!」

 声を上げたが、遅かった。巨体はゆっくりとテオに照準を定め、一発。それは的確にテオを打ち抜いた。勢いも空しく、弾かれたようにテオは被弾し、その場に昏倒した。一瞬の出来事だった。

「テオ!!」

 ヴォルクは相手がそれ以上動かないのを確認し、テオに駆け寄った。急所はそれたのだろう、息はある。だが流れる赤い血液がその傷の深さを示していた。

「おい、しっかりしろ!」

 ヴォルクの呼びかけに、苦しそうに喘ぎながら眉をひそめて言った。

「ぐっ…悪い、しくじった…」

「大丈夫だ、気にすんな。あとは俺たちに任せろ。おい、誰か!」

 声を上げると近くにいた一般兵が気付き、テオの姿を見て慌てて駆け寄ってきた。彼に向かって小さく指示を出す。

「テオの回収を頼む。それから他の兵士にも伝えろ、ここから先には来るな。テオを撃った奴は相当の手練れだ、とてもじゃないがお前たちじゃどうにもならん。死にたくなけりゃ、相手にしないほうがいい」

「しかし!」

「彼の…言うとおりに、するんだ…」

 若い兵士はヴォルクの指示に反論しようとしたが、息も絶え絶えなテオの言葉を聞いてしぶしぶ頷き、テオの体を支えて拠点へ引き上げていった。それをある程度まで見届けて、ヴォルクは敵に向き直る。相変わらず奴はその場から動かず、ヴォルクの動向を観察するように見ているだけだ。

 珍しくヴォルクの闘志に火が付いた。

「野郎…気に食わねぇな」

 先の一般兵はヴォルクの指示を近くの兵士たちにきちんと伝令してくれたらしい、レジスタンス軍は前線から引き、その場には7144分隊のメンバーだけが残っていた。ヴォルクを中心として、ユウキ、アリア、ルーイが緊張の面持ちでヴォルクの視線の先を見た。

 双方動かない。じりじりと焼き付くような本物の殺気と緊張感。どちらかが動けば、死闘が始まる。


 最初に走り出したのは、ユウキだった。


 俊足、まさにその一言に尽きる。

 抱えたマシンガンの弾丸がごとく飛び出したユウキは巨漢の向かって右側面、駆けながら牽制射撃。それを皮切りに正面のヴォルクも発砲し、追いついたアリアが左を取る。三方向からの隙のない陣形で集中砲火を受け、巨漢がやむなく後方へ押し下がった。

 だがそれも一瞬、敵は両手に銃を構えアリアとユウキに照準を定めた。途切れなく撃ち込まれる鉛弾を二人は右へ左へと避けながら走る。

 いち早く目標へと近づいたユウキが改めて奴を見る。身の丈は軽く2メートル近く、浅黒く日焼けした体は見事なまでの筋肉だるま。スキンヘッドが太陽を反射する。ユウキはふとその姿からはるか昔に流行った映画の主人公を想像した。名前は忘れてしまったが、もじゃもじゃ頭にバンダナを巻いたアメリカ人の役者だ。

 敵の視線がユウキを捉えた。鋭い眼光。これまで相対した奴らとは違う、完全に戦を知っている瞳。走る緊張感に、武者震いのような戦慄を覚える。

 アリアとヴォルクはユウキを援護して近づきつつも、いったん近くの岩陰に隠れたようだ。それでもなお、巨漢の携える凶器は休み知らずに弾を吐き出し続ける。その間を縫うように、ユウキも負けじとトリガーを引く。

 と、巨漢は突如ヴォルクたちに向けていた武器の発砲を止めた。そして驚きに満ちたような顔をユウキへと向けた。先ほどまでの猛々しい視線を急に緩め、ユウキの弾丸を軽くかわしながら満面の笑みを浮かべた。

「あら、可愛い男ぉ!」

 巨漢から発せられたのは野太い…嬌声だった。両手の武器を下ろしシナを作り、内股でくねくねと腰を振る。

「やだぁ、そんなに見つめられたら照れちゃう♡」

「なっ…」

 思わずユウキも立ち止まり、銃を下げた。驚いたのもあるが、『とにかく危険だ』と本能が警鐘を鳴らしたからだ。そして何より…単純に気持ちが悪い。

 巨漢はそんなユウキの心情などお構いなしに、恋する乙女のような動きを幾度も繰り返した。

「大丈夫かユウキ!……?」

 巨漢の攻撃がやんだ隙に、ヴォルクとアリアがユウキの元へ駆けつけていた。警戒を解かないままのヴォルクも、巨漢の妙な動きに戸惑っているようだ。二人の姿をちらりと視界に収めながらも、動じず男はユウキに投げキッスを送っている。むさくるしいキスの洗礼をまともに食らい、ユウキはこみ上げる嫌悪感と吐き気に顔をしかめた。

「き…貴様、何をっ」

「ぃや~ん、そんなに怖がらなくてもいいのよぉ♡ アタシあんたみたいなボウヤがタイプなの! クソ真面目そうで不愛想で孤独を背負ったような一匹狼の…」

「黙れ!」

「もう、熱くなっちゃって♡ 食べちゃいたいくらい可愛いわぁ♡ いっそ美味しく頂いちゃおうかしら! うふん♡」

 ユウキの怒号もお構いなし、男は頬を紅潮させウインクを飛ばした。悪寒がぞわぞわとユウキの背筋に走った。

 その謎のやり取りを口をあんぐりと開けたまま見つめていたヴォルクだったが、はっと我に返りアサルトライフルを構え直す。ここぞとばかりに銃口を男に向け、トリガーを引…こうとしたのだができなかった。まるでヴォルクの行動を予測していたかのように、男は砲身をヴォルクに向けていたのだ。視線はユウキに釘付けのまま、ヴォルクの姿を見ることもなく。なのにその口先は確実にヴォルクの脳天を狙っている。ヴォルクは男を睨みつけ、歯噛みした。

「悪いんだけど、外野は大人しくしててくれないかしら? アタシ、年増の男には興味ないの」

 言葉遣いこそ女性のようだが、声は先ほどの嬌声と違い威圧に満ちた低音で男が吐き捨てる。

「あと、ぶりっ子の小娘もね」

 もう片腕は、右舷のアリアに向けられていた。踏み出そうとしていたアリアは息をのみ、停止する。ひりつくような緊張と、熱が三人に伝わっていく。隙のない巨漢の手際、迂闊には動けない。ごくりと生唾を呑み込み、ヴォルクは低く言った。

「…てめぇ」

「外野は大人しくしてって言ったじゃないのよオジサマ。おしゃべりな男は嫌われるわよ? ほら、武器を下ろしなさい」

 どう見ても分が悪い。ヴォルクは渋々、ライフルの銃口を下げた。続いてアリアも。二人とも両手を上げる。流し目で巨漢はそれを見止め、掲げた双砲はそのままに改めてユウキを見つめる。実質味方を人質に取られた形で、身じろぎのできない彼は嫌々ながら、その熱視線を一身に浴びた。

 できるだけそのおぞましい視線とぶつからないようにユウキは目を泳がせながら、巨漢に向き直った。

「…き、貴様。抵抗はやめて投降しろ。貴様の兵はもはやわずかしか残っていない。潔く…」

 ユウキの言葉の合間にも巨漢は投げキッスを飛ばし、それを戸惑いつつスルーしながらの口上はどことなく覇気がなくなる。

「…潔く、負けを認めて投降し」

「いや~~ん可愛い~~~! やっぱりアタシのタイプだわぁアンタ! オネェさんとイイコトしない? サービスしちゃうわよぉ~ん」

 ユウキの言葉を食い気味に巨漢がまた身をくねらせた。

「ねぇねぇユウキ…ちゃんよね? アンタさぁ、アタシ達の仲間になんない?」

「なっ?!」

「戦闘レベルも高いし、お顔もス・テ・キだし! アタシが口利いてあげる、アンタならすぐに幹部になれるわよぉ」

「ふ…ふざけるな!」

 まさかの勧誘にたじろいだユウキの銃口がぶれたのを見逃さず、巨漢はその体躯からは想像もできない素早さでユウキの背後に回り込んだ。

「っ!」

 素早さが持ち味のユウキが、全く対応できずに背後を取られた。腰元をつつ、と撫でられ、ユウキは足元から鳥肌が立つのを隠せず身震いした。後ろから耳元に、巨漢の低い囁きと吐息が吐きかけられる。

「…その眼。アンタ、仲間に後ろめたいことがあるんじゃない? それに本当は誰のことも信用してないでしょ。オネェさん、そういうのわかっちゃうんだから」

「…う…うるさい…!」

「仲間、だとも思ってないんじゃないの? ね、素直に言っていいのよ。アンタとアタシだけの秘密にしてあ・げ・る」

「うるさい黙れ!!」

 一方的な密談を交わす巨漢の視線を掻い潜り、アリアがすす、とヴォルクに近づき囁いた。

「…ヴォルクさん、あの方は、何なんでしょうか…」

「…あー、うーむ…何つーか、なぁ…とにかく、いろんな意味でやべぇ奴だってことはわかる」

「同意、ですぅ…」

 二人は眉をひそめた。と、ヴォルクが何かに気づき、アリアをつついた。察したアリアと目配せを交わし、巨漢を刺激しないよう押し黙る。

 ヴォルクたちのはるか後方、乱立する岩石の一つから、銃口がきらりと瞬いた。音もない一発の砲撃。それは並んだアリアとヴォルクのわずかな隙間をぬい、真っすぐに巨漢の側頭部へ。当たる。誰もがそう思った刹那、

「…こざかしいわね」

 巨漢の口元がニヤリと歪み、残像を引いて彼の頭部が引っ込んだ。弾丸は先ほどまで巨漢の頭部があった場所を空しく通り過ぎ、消える。あのギリギリで奴は狙撃を察知し、しゃがんでそれを避けたのだ。

「なん、だと…!」

 放たれた弾の発射地点、岩陰でルーイは歯噛みした。彼の行動は悟られていなかったはずなのに、なぜ。

 巨漢は悠々と立ち上がり、ルーイのいる方向を的確に見据えながら高らかに嗤った。

「おほほほほ! このアタシが、気づいてないとでも思ったのかしら! 最初っから知ってんのよ、そこにいたのは。ねぇお坊ちゃん!」

 一瞬緩みかけていた空気が緊迫する。だがこの隙をつき、ユウキが身を翻して巨漢の背後に銃口を突き付けていた。背中の真ん中、ちょうど心臓のあたりにごり、と金属を感じ、巨漢はゆっくり振り返って怪しく微笑む。

「あらぁ…油断しちゃった♡」

「形勢逆転だ。投降しろ」

「んふっ、うふふふ! いいわぁ、その眼、ゾクゾクしちゃう♡」

「黙れ、武器を捨てろ!」

 さすがに苛つき、ユウキが語気を強めた。巨漢は含みのある笑みをそのままに、ひどくゆっくりと両手の武器を下ろす…と、いきなりユウキの足を砲身で薙ぎ払った。

「うあっっ!」

 さすがに予測できなかったユウキがふらつく。それがきっかけとなり、ヴォルクとアリアの銃が同時に火を噴いた。アスリートのような速さで巨漢はその場を走り去り、再び双方は対峙する形となった。

 前方に三名、後方に一名。四面楚歌の状態で、それでも巨漢は高らかに嗤う。

「おほほほ! 面白い、面白いわアンタたち! 簡単に殺しちゃうのがもったいないくらい。いいわ、やろうじゃないの! 全力で、ね♡」

 巨漢の瞳が、ぎらりと異様な輝きを放った。

「アタシはハルクっていうの。レルアバド教団大罪司教憤怒の座、ハルク・アルマウタ。思いっきり…殺し合いましょ♡」

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