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∞ Brave Bullet  作者: 似櫂 羽鳥
小話
7/11

勝ち上がれ!ベース対抗トーナメントマッチ

 抜けるような晴天の空。カラフルな花火が派手に咲き乱れ、万国旗が風に揺れる。TAF日本ベース内はいつになく活気に溢れ、祭りの空気に浮かされていた。中心部にある大演習場の外周通路には有志達の出店が軒を連ねて、立ち昇る湯気といい香りが食欲を嫌でも刺激する。その出店をツインテールの少女を先頭に端から練り歩く一行、7144分隊だ。

「おにーさん、これとこれと、あとこれもちょーだい!」

 カザネの両手にはたこ焼き、チョコバナナ、かき氷、綿菓子の袋、その他多数。隣のルーイをまるで付き人のように従え、出店の若者から受け取った焼きそば×2を押し付けた。出店の商品は各ベースの資金から計上されていて、軍属の人間が利用するのに金銭はかからない。しかしなぜだか彼らは料金を支払っていた。もちろん財布はルーイ個人のものからだ。あまりにも軍人らしくない少女が先頭にいるため、他国の軍人は彼らを一般人だと思っているらしい。そしてそのことに何の疑問も抱かず金を払うルーイと気づいてはいるが何も言わないルリとユウキ。カザネは当然ルーイの財布などお構いなしで、出店の全制覇を目論んでいた。

「次! あっちのケバブ行くよー!」

「た、隊長! せめてちょっと減らしてから…」

「却下! ちゃっちゃと行かなきゃなくなっちゃうでしょ!」

 アツアツの焼きそばを持たされ泣きそうになりながら、ルーイはカザネに引きずられていく。その数歩後ろをユウキとルリが、悠々とお茶を飲みながらついていく。

 なぜこのようなお祭り騒ぎになっているのか。簡潔に説明すると、今日はここ日本ベースで数年に一度の「TAFベース対抗親睦トーナメント大会」が行われているのだ。世界の至る所にあるTAFのベースから精鋭の隊が抜擢され、この地で腕を競うのである。もちろんベース間の親睦会が主な目的であるために、殺伐とした大会というよりはただのフェスティバル的な要素が大きい。そしてその戦闘は一般市民も観覧が可能だ。国内数か所のコンサートホールやドームに観覧席が用意され、生中継でトーナメントの様子を視聴することが出来る。普段はなかなか立ち入ることのできない軍敷地内部にも入場でき、カザネたちがしているように出店を楽しんだり、TAFの歴史やGiAの展示なども見学することが可能だ。ちなみに出店は一般市民は有料となっており(格安だが)それがTAFへの寄付代わりになっていることは内部の裏事情である。

 そんなわけで日本ベースはまるで万博かオリンピックの年のように人がひしめき、賑わいを見せているのだ。

「ところでアーちゃんとおっさんは? ルカちゃんは新型兵装の試作品展覧会があるーって朝イチから並んでるの知ってるけど」

 カザネはたこ焼きを頬張りながらきょろきょろとあたりを見回した。

「ああ、アリアさんは少し寄るところがあるから、ってどこかに。ヴォルクさんは…どこ行ったんだろ?」

「大尉ならば先刻通りかかったバーで飲んでいたぞ」

「もう、やっぱり酒呑みに行ってたか。どうせそんなことだろうと思ってた」

「…アル中…」

「手続きはステラに任せてあるし、まだ時間大丈夫ね。よーしルーイ、あっちのシマ荒らしに行くわよ!」

「え、まだ食べるんですかぁ?」

「まだまだー!」

 走り出したカザネに急き立てられ、ルーイはずり落ちた眼鏡をかけなおす間もなく彼女を追いかけた。残された寡黙な二名は顔を見合わせ、やれやれといった表情で同時に茶をすすった。

 カザネはもう次の出店に並び、ローストビーフの皿を受け取っている。やはり支払いはルーイの財布から。金を払ったルーイがふと脇を見ると、広場のような大きな空間に人だかりができていた。

「何でしょう? あれ」

「ああ、トーナメントの対戦表が出たみたいね。行ってみよ!」

 もぐもぐと肉にかぶりつきながら、二人は人だかりの方へ向かっていった。かき分けるようにして前に進むと、大きな白いボードが人山の中心に置かれていた。人々はそれを楽しそうに眺めながら、話に花を咲かせている。

「やっぱりアメリカベースからは第625分隊が出るか! あそこには深紅の竜がいるからな」

「EUも中々だぞ。フランスの2983分隊といえば、太陽の子がいるところだろう?」

「日本からは…第7144分隊か。最近よく活躍してるよなぁ」

「なんか隊長が軍史上最年少だとか。しかもかわいい女の子だってな」

「マジかよ! こりゃあ楽しみになってきたぜ」

 噂話がルーイに聞こえ、耳を疑った。慌てて眼鏡を直し、ボードを見ると…羅列された出場部隊一覧に、見慣れた数字がある。目をこすって二度見して、口をあんぐりと開けたまま隣のカザネを見た。当の彼女は口元にソースをくっつけたまま、仁王立ちでドヤ顔だ。

「ふふん♪ あたしたちの噂は世界中に轟いているようね。燃えてきたー!」

「ちょ、ちょちょちょ、ちょっと待ってください隊長! あの、まさか、もしかして、エントリー…したんですか…?」

 しどろもどろのルーイに向かって、カザネは鼻息を荒げた。

「モチのロンよ! 優勝したら賞金10万ドルプラス豪華副賞! やるっきゃないでしょ!」

 ルーイは硬直し、両手いっぱいに抱えたカザネの荷物をその場に取り落としそうになった。




『レディースアンドジェントルメン、ボーイズアンドガールズ! さぁさぁ始まりましたベース対抗トーナメントマッチ、皆さん盛り上がってますかー!』

 軽快な司会の台詞が会場に鳴り渡り、観覧席は早くもスタンディングオベーションだ。

『早くも試合は第四回戦、戦うのは…こちらの二組だー!』

 スクリーンが二分割され、GiAが轟音と共に四機ずつ演習場へ入場する。湧き上がるのは拍手の嵐。演習場の高性能ドローンが中継する映像は鮮明で、カメラワークも完璧だ。

 試合が始まると観客たちはさらに白熱する。GiAの銃が火を噴くたびに歓声が上がり、選手たちの攻防に一喜一憂する。普段はあまり見ることのないGiAの生戦闘は中継とは言えども迫力満点で、会場は異様なまでの熱気に包まれていた。

 同時刻、演習場控室内にて。

 こちらでは珍しくルーイが声を荒げていた。

「これはどういうことですか! なんで勝手にエントリーしてるんですか、隊長!」

 彼の前には拗ねたように口を尖らせて座るカザネの姿。まったく反省している気配はない。

「だぁーって、面白そうだったんだもーん」

「そんな理由で納得すると思います?! せめて相談するとか、そういうのはないんですか!」

「言ったしー。みんながちゃんとミーティング聞いてないからいけないんじゃーん」

「絶対聞いてません!」

 カザネの隣にはエントリー手続きを終えたステラと、所用から戻ったアリアの姿もある。二人はまぁまぁ、とルーイをたしなめた。

「私も隊長に言われるまま、手続きを進めてしまって…てっきり皆さんの了承もあると思い込んでいたので…」

「私もぉ、さっき初めて聞いたんですぅ。でもぉ、エントリーしちゃったなら、仕方ないですよねぇ~」

 二人の困り顔にルーイはそれ以上の罵倒を思いつかず、顔を真っ赤に怒らせたままがっくりとうなだれた。すかさずユウキがその肩を叩き、諦めろ、といわんばかりに。

「仕方ないだろう伍長、これも隊長命令だ」

「そうそう、隊長命令!」

 調子に乗ったカザネが言葉尻を拾い、怒り心頭のルーイに睨みつけられてそっぽを向いた。

 控室のモニターが四回戦の終わりを告げ、同時に扉が開く。運営委員会の事務員が一言。

「第7144分隊、スタンバイ願います」

 アリアやユウキの言うとおり、エントリーしてしまったものはもう仕方ない。ルーイは大きなため息をつきながら更衣室に入り、パイロットスーツに袖を通した。

 この後の戦闘についてはある程度割愛させていただき、結果だけをお伝えしよう。

 初戦は中国ベースとやり合い、特筆することもないくらいの圧勝で終わった。二戦目は先ほど噂に上がっていたフランス2983分隊との一戦。「太陽の子」と通り名のついたメインアタッカーに多少の苦戦を強いられたが、チームワークで圧倒した。索敵のアリア、精確なルーイの狙撃、息の合ったカザネとユウキの連係プレーは会場を大いに沸かせた。彼らとしては何のこともなく、いつも通りの戦術を繰り広げただけだったが。

 三戦目はこれまた噂のアメリカベースとの試合…の予定だったのだが、そちらのメンバーに負傷者がでたことで既定の参加人数を満たせず、棄権となってしまった。つまりは不戦勝である。つまんないとカザネが鼻を鳴らしたのは想像に難くない。そしてあっという間に決勝戦、対するはロシアベースのエリート精鋭部隊。見事に統率の取れた一糸乱れぬ隙のない動きにお国柄を感じる戦術で、7144分隊を翻弄する。だがしかしそこはこのイロモノ分隊、それすらも凌駕する力技でこの戦いを制した。それにしてもカザネはとてつもない才能と強運に恵まれているとしか言いようがない。本人はいたって思うがままに動き回り、気分で武器を振り回しているだけなのだが、なぜかそれはすべて相手の行動を先回りしていたかのように封じ込め、的確に急所を狙っているのだ。天才的な戦闘センスは傍から見たら圧巻の二文字に尽きる。まさか偶然の産物なのだとはカザネ以外知りえないだろう。

「やった、もしかして優勝? イエーイ☆」

 最後の一機を沈黙させ、司会の高らかな戦闘終了合図にカザネはガッツポーズを突き上げた。天高く片腕を上げるGiAにドローンが迫り、観覧会場のスクリーンいっぱいに彼女のGiAが映ったところで、観客たちは拍手と歓声を張り上げた。クラッカーがそこかしこで炸裂する。惜しみない讃辞と称賛はいつまでも鳴りやまなかった。


 かくして無事カザネの願い通り、分隊には賞金10万ドルと副賞として有名温泉旅館の無料宿泊券、高級フレンチレストラン招待券、選べるカタログギフト、大型軍用車両と大演習場の優先利用権|(有効期限一年間)が進呈された。ちなみに副賞のチョイスは元帥直々のため、ツッコミは無用だ。

 しかしこのトーナメント、実はまだ終わっていなかった。これは勝手に応募したカザネすらも知らなかった事実だが、優勝部隊にはエキシビションマッチへの参加が義務付けられていたのだ。申し込みの際に規約やルールブックを一通り読みこんだステラだけは知っていたのだが、まさか自分たちが優勝するとは思っていなかったのだろう、彼女もこの時まですっかり忘れていた。

 決勝の余韻も冷めやらぬまま、最後の戦闘準備が行われる。

『さぁさぁ祭りはまだまだ終わらない! これより始まるは優勝部隊バーサスTAF殿堂入りタッグとのエキシビションマッチだ!』

 整列した7144分隊の前方、ハッチが開く。

『まずご紹介しますは伝説のGiA乗り! 現役時代の撃破記録は未だ破る者なし! 彼こそが真の撃墜王、ゲンノジョウ・アキモリ!!』

 滑り込んできた演習機は大きく外周を一周すると、四人の目前で静止した。

『続きましては麗しき氷の女王! 蝶のように戦場を舞い、放たれる魔弾は全てを貫く! 彼女こそが最悪の災厄トラジェディ・エンプレス、フィリア・マーグリー!!』

 次いでゆっくりとその身を露にした機体はゲンノジョウの隣に立った。

「パパ!」

「ママ!」

 カザネとアリアの声が、司会のマイクパフォーマンスに被るようにしてスピーカーから流れた。自分たちの声が漏れたことに驚き、二人は口を押さえてGiA越しにスクリーンを見る。

『えーちなみにエキシビションマッチでは、戦闘の臨場感をさらにさらに盛り上げるため全機体の通信をノーカットでお送りいたします。そしてもう一つ、殿堂入りタッグのご両名はなんとなんと! 7144分隊のカザネ・アキモリ少佐、アリア・マーグリー伍長のお父様とお母様でもあるのです!! 奇跡的に実現したこの親子対決、制するのはどちらでしょうか!!』

「がっはっは! ようカザネ、まさかお前さんとGiAで対決することになるとはなぁ! お前がこんなに強くなって、俺も鼻が高いぞ!」

「アリアちゃん、強くなったわねぇ~! でもママ、手加減はしないわよ~?」

 カザネたちの機体内部に搭載されたスピーカーにも、ゲンノジョウとフィリアの通信が聞こえてきた。全機体間の通信もオープンにされているようだ。挑発するようなゲンノジョウの台詞に、カザネはにやりと笑った。

「パパ、もう年なんだから、あんまり調子に乗るとまた腰痛めちゃうよ?」

「はは、生意気言いおって! 全力で来い、相手してやろう!」

「ママぁ、あんまりぃ、いじめないで、くださいねぇ」

 カザネの隣で早くも戦闘態勢に入るアリアが、いつもの調子でほんわかと笑った。

『それではカウントダウン。3…2…1…GO!!』

 戦闘開始のブザーがけたたましく鳴った。

「アーちゃん、ユウキ、そっちに回って! ルーイは後方から援護!」

 カザネの指示通り、四人は散開する。ゲンノジョウとフィリアは四人の行動をうかがうように、その場を動かない。先制を仕掛けたのはルーイだった。いち早く遮蔽物の陰に転がり込み、ナルキッソスを撃つ。狙いは完璧だ。ところが。

「甘いぞ、小僧!」

 なんと、ゲンノジョウはその弾道上から微塵も避けることをせず、手にした大型の日本刀で弾丸を弾き飛ばした。

「なっ?!」

 予測もできなかったその行動にルーイの手が止まる。次の手を躊躇した一瞬、視界の隅にきらめきを見てその場を飛び退いた。先ほどまでいた場所に寸分の狂いもなく撃ち込まれた銃弾。硝煙を吐き出すのはフィリアの銃だ。

「伍長、貴様にしてはいい動きだ」

 ついさっきまでアリアと会話をしていたあのふんわりオーラは一変、ルーイにとっては未だ払拭しきれない苦い思い出、鬼教官モードのフィリアが冷たいまなざしを向けた。

 矢継ぎ早にフィリアのアサルトライフルが火を噴く。と、その後方から最高速でユウキが迫る。回り込むが、それはすでに予想されていたようだ。フィリアは振り向きざまに弾幕を張り、ユウキの進行を防いだ。チャンスだ、とルーイは再びスコープを覗くが、自分から外れたはずの銃口は変わらずこちらを向いていた。フィリアの両手に、ライフルが握られている。

「だが、まだまだだな。敵がいかなる手段を用いるか、その見極めが甘い」

 トリガーがひかれる。その瞬間、横から飛び出してきたカザネの一撃で、フィリアのライフルの先端が弾かれ軌道がそれた。

「ルーイ、大丈夫!?」

「ええ、助かりました!」

「お前さんの相手はこっちだろ、カザネ!」

 怒号と共に斬りかかってきたゲンノジョウの重い一太刀。カザネは片手の撫子を闇雲に振り上げ、運よく刃を止める。

「パパ、ちょっとくらい娘に優しくしてくれたって、いいんじゃないの…!」

 腕力の差は圧倒的だ。押し負けそうになり、捨て台詞を吐きながら無理矢理跳ね返す。ゲンノジョウは全く動じる気配もなく、高らかに笑った。

「がはは! これが俺の優しさよ」

 一方、アリアは。

 彼女は開戦早々フィリアの容赦ない一撃を食らい、自己修復のため一番遠い遮蔽物の陰に潜んでいた。回復はとうに済んでいるが、彼女は全く前線に出られずにいた。彼女の得意とするのは索敵や修理、要は完全な後方支援だ。これまでのトーナメント本戦では実際の戦場に近いフィールドを想定されての戦いだったため、遮蔽物や建物が多く索敵が必要とされる機会が多かった。しかし今回はあくまで余興、遮蔽物といっても低い衝立レベル。これでは索敵の意味など全くない、常に敵は目視できているのだから。そうなるとアリアはもうお役御免だ。軽装の武器携行はもちろんあるものの、これまでの出撃で彼女がそれをふるう機会はほぼないに等しかった。

 それでもアサルトライフルを握りしめ、彼女はチャンスを窺っていた。最前線では三人が頑張ってくれている。自分も何か動かなければ。

 フィリアとユウキ、ルーイの三名が縺れながらアリアの隠れているすぐ近くまで来ていた。明らかにユウキたちはフィリアに翻弄されている。遮蔽物から半身を乗り出し、構えた。軽快に動き回るフィリアを何とか捕えようと、狙いを定める。

「…今ですぅ!」

 射撃の反動が腕をびりびりと伝った。弾は一直線にフィリアの機体へ。しかし次の瞬間、その軌道の先にルーイが飛び出してきた。

「っ!!」

 声を上げる間もなく、止まらないそれはルーイの機体を射抜いていた。その場に膝をつき、沈黙する。慌ててアリアはパネルを操作し、ルーイの機体と通信を繋げる。

「あ、ご、ごめんなさい、です…」

 レーダー上でルーイの機体の所に『DOWN』の文字が現れ、アリアはライフルを取り落とした。味方を撃ってしまった。画面に映し出されたルーイは悔しそうな顔をしていたが、それでもアリアに笑いかけた。

「大丈夫です、こちらこそ、急に飛び出してしまってすみません」

 幸いなことに、彼自身に怪我はないようだった。事故とはいえ、手が震えた。

「アーちゃん、危ない!」

 カザネの声にはっとし、衝立に身を翻す。背後に撃ち込まれる散弾の雨。涙をこらえるアリアの耳に、非情な母の言葉が聞こえた。

「アリア。あのような事故は、戦場ではよくあることだ。いちいち落ち込んでいたら、戦いなどできないぞ」

 冷酷すぎる現実。アリアはぎゅっと目をつぶった。後悔と恐怖と罪の意識。胸に押し寄せる様々な感情は涙になって、頬を濡らす。

 だがフィリアの言葉は間違ってはいない。フレンドリーファイア、確かにそれは実際の戦場でも起こりうることだ。それで命を落とす隊員だっていないわけではない。不運な事故、そう言い切ってしまえばそれまでだが、それが起こらない配慮も戦略の一つだ。味方の動きを把握し、予測し、尚且つ敵を仕留める、本来ならば当たり前のようにこなさなければいけないことが、できなかった。あの混戦状態で、ルーイやユウキが射線上に出てくる可能性はいくらでも予想できたのに。

「私は…ダメな、子です…」

 同じ戦場にいるのに、皆のように戦えない。武器を取り味方を助けることもできない。何も、できない。

 アラート音に顔を上げる。ユウキの機体の上に『DOWN』の表示。振り返って顔を覗かせると、カザネが一人奮闘していた。ゲンノジョウとフィリア、二人の手練れに挟まれ防戦一方だ。見る見るうちに追い込まれていく。自分はこうして見ているだけ。

 スピーカーからはカザネの荒い息遣いと、時折舌打ちのような音が聞こえる。

「一対二は、どう考えても、卑怯なんじゃ、ないの?!」

「卑怯か、誉め言葉として受け取っておこう。戦場に美徳など必要ない」

「はっは、同感だぜ女帝様よ! どっちにしろあんたの可愛い娘っこは、もう戦えんだろうしな」

「ふん、相変わらず口の減らん爺だ。一気に片を付ける、いいな」

「了解だ、ちぃとばかし腰も痛んできた。ここらで仕舞いにするか!」

 余裕に満ちた二人の会話。アリアは耳を覆った。

「アーちゃん! アーちゃんってば! 聞こえてるんでしょ、お願い、助けて!」

 カザネの悲痛な叫び。

「もう頼れるのはアーちゃんしかいないんだよ! ねぇ、立って!!」

 ガキン、と鈍い音がGiA越しに聞こえた。撫子で大剣を受け止め、さらに対角線上のフィリアに牽制射撃。どう見ても分が悪い。

 このまま黙って、見ているだけでいいのか。

「あたしは、負けたくない! 勝ちたい、みんなと、アーちゃんと一緒に!」

 仲間。大切な、仲間。

 アリアは立ち上がった。足元のライフルを拾い上げ、構える。腕の震えはまだ残っているが、それでも自分を奮い立たせた。

「…私が…隊長を、助けなきゃ…!」

 ブースターを大きくふかし、突進した。スピーカーの向こうでフィリアが小さく笑ったが、アリアには聞こえなかった。

 当然ながらフィリアの銃撃はアリアに向けられる。しかしそれを恐れることなく、アリアはその中を突き進んだ。構えたライフルが滝のように弾を流れ出す。

「アーちゃん、ナイス!」

 相手にする人数が減り、カザネの動きにも機敏さが戻ってきた。撹乱するように左右へ蛇行しながら、ゲンノジョウの太刀をかわす。彼の得物はその一太刀の重さが最大の武器だが、その分重量があるため振りも大きくなる。カザネの撫子は一撃こそ軽いものの、長いリーチと立ち回りの速さが売りだ。ゲンノジョウの間合いから離れ、自分のペースに持ち込む。

「ちっ、やっぱそう一筋縄じゃいかねぇか。なんたってカザネの隊だもんなぁ!」

「そうだよパパ、7144分隊を甘く見ないでよね!」

 カザネからフィリアを引き離したアリアは、彼女の狙いがカザネに行かないようにひたすらに攻撃を続けていた。撃ち合われる弾幕の霰。弾がなくなると、そのまま接近してまさかの体当たりを食らわせた。

「ちっ!!」

 さすがにそれは予想していなかったのだろう、受け身もとれずフィリアは転がされた。その拍子にライフルを一丁手放してしまう。体当たりの勢いを殺さず、アリアは走りながら落ちたそれを掠め取る。続けざまに振り返って銃撃。

 徐々に、戦況が変わっていく。ゲンノジョウの動きが鈍ってきた。フィリアのライフルも間もなく弾切れだ。アリアとカザネは両側から二人を真ん中に追い込んでいく。そしてとうとう、ゲンノジョウとフィリアの機体が背中を合わせた。

 撫子の鋭い切っ先と、アサルトライフルの銃口がそれぞれの目前へ突き付けられた。

「チェックメイト、です!」

 アリアの澄んだ声がスピーカーに一斉に流れ、ゲンノジョウとフィリアは同時に武器を下ろした。決着だ。

 一拍置いて、湧き上がる歓声。司会者は高らかにアリアとカザネの名を呼び、勝利宣言を告げた。

「…勝っ、た…やった…やったーーー!!」

 カザネは撫子を放り投げ、両手を真上に突き出した。アリアはライフルを下ろし、その場に膝をついた。

「やっと…終わった、ですぅ…」

 緊張の糸が完全に切れてしまったのだろう、通信がまだ全国中継されていることも忘れて、大声で泣き出してしまった。

「アリアちゃん、よく頑張ったわね~!」

「ママぁ~~!!」

「とってもかっこよかったわよぉ、アリアちゃん!」

 回収用の演習機に支えられるようにして場内を離れるアリアの機体。続けてカザネやゲンノジョウたち、沈黙していたルーイとユウキの機体も回収された。

 コックピットから降りたアリアの目に、優しく微笑み両手を広げる母の姿が飛び込んできた。止まりかけていた涙がまた溢れ出し、駆け出してその胸に顔をうずめた。

「とっても…とっても、怖かった、ですぅ~!」

 小さな子供のようにわんわんと泣く我が娘を慈しむように、優しくその銀髪を撫でた。

「ちょっとやりすぎちゃったわ、ごめんね~。けれどアリアちゃん、しっかり戦えたじゃないの~! ママ、アリアちゃんならきっとできるって、信じていたわ~!」

 感動|(?)の母娘のワンシーンの隣では、こちらもGiAから降りた父と娘の一幕が繰り広げられていた。

「カザネよ…お前さん、本当に強くなったな」

 ゲンノジョウの大きく節くれ立った手のひらが、カザネの頭をぐりぐりと撫でた。

「あのガキンチョがな…本当に立派になったよ。こんな娘を持って、俺は幸せもんだ」

「なーによパパ、もしかして泣いちゃう系?」

「なっ、誰が泣くか!」

 こちらはこちらで、親子らしい軽口の叩き合いだ。その光景は一部始終をドローンで撮影され、観覧会場に放映されている。この二組のやり取りに涙した観客の数は少なくなかった。

 そして今度はカザネとアリアが会話を交わす。

「アーちゃん、やればできるじゃん! めちゃくちゃかっこよかったよ!」

「た、隊長~!!」

 アリアの涙はしばらく止まる気配がなさそうだ。そして泣きべそのままルーイに何度も頭を下げ、恐縮したルーイも何度も頭を下げ、笑いが巻き起こった。そこに他の隊員たちも集まり、いつものように肩を並べて笑い合う。

 ゲンノジョウとフィリアはその様子を邪魔しないように、そっと格納庫を後にした。人のいない廊下を並んで歩き、満足げに微笑む。

「…フィリアさんよ。娘ってのは…いいモンだな」

「…ええ、そうねぇ」

 父と母は、成長した我が子の雄姿を何度も反芻しながら、喧騒に消えていった。




 この日、一つの偉大な記録が残された。

 トーナメントエキシビションマッチ初勝利という栄光を7144分隊は打ち立て、それはこの先TAFがなくなるまでの間、破られることはなかった。

 後日談として、先の賞金と賞品はどうなったのかだけご報告しておこう。現金はカザネが全てせしめようとしたがあっさりヴォルクにバレ、平等に全員で分配。各自貯金をするなり買い物をするなり、自由に使ったらしい。カタログギフトはそれぞれが好きなものを注文した…のだが、ルーイだけがうっかり有効期限内に申し込むのを忘れ、悔し涙を流していた。次のオフの日、全員でレストランに出向き豪華なフレンチのフルコースに舌鼓を打った。そして温泉旅館だが———それはまた別の機会に話すとしよう。

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