プロローグ
空を切り裂くエンジンの轟音。大きな輸送機が太陽を遮り、地に影を落とす。その少し先では、巻き上がる砂埃と様々な爆発音が入り乱れる。
輸送機内部では、ブリッジのモニターに最初の敵影が確認された。それを取り巻く味方のマークが、刻一刻と減っていく。素人目に見ても、相当緊迫した状況であることは明らかだ。船内が慌しくなり始める。
「間もなく戦闘区域に入ります。各員、戦闘準備をお願いします」
と、淡々と告げるのはステラ・エトワール。この分隊の専属オペレーターだ。手元で忙しくキーボードを操りながら、耳に掛けたインカムで情報を的確に、冷静にアナウンスする。
「敵の機体は殆どシャムスや。たまにガバルが混ざってるくらいやね。特殊装備の必要はなさそうやな」
操縦桿を握り、その脇の小型モニターに目をやりながら口を開いたのはルカ・ファルチェ。彼女はメカニック兼操縦士、GiAの知識と調整技術では右に出る者がいない。この分隊のGiAは全て彼女がカスタム、調整を引き受けている。
「戦闘区域に到達しました。降下準備に入ってください」
ステラの声に呼応するように警告音が鳴り響き、作業員が全員退避。ゆっくりとエアーを噴出しながら、輸送機側面についたハッチが開く。
「…オールグリーン。全機、出撃!」
機体の固定を解かれたGiAが6機、重力に身を任せて戦場へと降下していく。
襲撃を受けたのは日本国内にある防衛拠点、フォート・パイシス。ブリーフィング通り、圧倒的に押されていた。確認できた敵の数は数十機と多くはない。フォート・パイシスの防衛機も最初は30機以上いたはずだが、今では半分以下に減らされていた。
その圧倒的不利な状況に降り立った彼らは、連合軍日本ベース第7144分隊。先程の輸送機がそうだ。輸送機は6機のGiAが完全に降下するのを見届けた後、少し上空へ上がって待機している。
空中を落下してきたGiAがその場で体勢を立て直し、次々と拠点の前に降り立つ。それぞれが武器を構え、散開。初めは彼らを値踏みするように遠巻きにうかがっていた敵機も、降りてきたのがたった6機だけとわかると一気に殲滅しようと襲いかかってきた。
最初に動いたのは、強襲兵装のゼファー。この分隊の隊長、カザネ・アネモリの操る機体だ。正面からバスターブレードで縦に斬りかかってきた1機を、左に軸をずらしてかわし、構えた薙刀・撫子で突き刺す。一撃で急所を突き、敵機は沈黙。
さらに奥から3機が固まって襲い掛かる。薙刀の懐に入ろうと目論んでいるのだろう、カザネを囲むように身を低くして近づいてくる。しかし。
「とりゃ~!」
素早く薙刀を抜き取ると、強化ブースターを起動させながら柄の先端を持ち、間の抜けた掛け声と共に大きく旋回。勢いのついた斬撃をまともに受けた3機は一瞬のうちにスクラップと化した。
その後ろへ、さらに2機襲いかかる。振り抜いたままのカザネはそれに気づかない。
銃声、銃声
乾いた音が2発。そして、頭部の吹っ飛んだGiAが2機。カザネの元に到達する前に、それらは膝をついた。
前線のやや引いたところから、マークスマン・ライフル、SR11.ナルキッソスを構えた軽装の機体、マルス。硝煙を吐き出すライフルを片手に持ち直し、不敵な笑みを浮かべて一言。
「仕留めましたか。当然の結果ですね」
彼はルーイ、若手の狙撃手だ。今回は定点からの狙撃をせず、少し後ろから敵を牽制しつつ前線をサポートする。実際その狙撃の腕は中々のもので、今も動き回りながら戦闘をこなしているのだが、一発とて無駄な弾を使わないのだ。
ルーイが右に動く。と、その背後には味方機が一機。
「偵察してみますぅ」
澄んだ声が機体内部のスピーカーに流れると、小型の偵察機が尾を引いて飛んでいく。その姿が見えなくなり、代わりに全員のメインスクリーンに敵の位置が表示される。
それを放った彼女はアリア・マーグリー。機体はレーゲン、支援兵装で味方をサポートする。武器らしい武器は搭載せず、表立って戦闘には参加しない。索敵や味方機の簡易修復が主な役割だ。隊唯一の支援機であることからも、彼女の重要度は高いといえるだろう。
彼女の右舷、妖艶な濃い紫色の機体が一歩踏み出す。
「…砲撃、開始」
呟き、映し出された情報をもとに、敵の固まりめがけ背中のダリス迫撃砲を撃ち込む。
爆音、爆音…
轟音を上げ着弾するたび、敵の機体は砕け散り、残骸が量産される。遮蔽物の陰で奇襲を狙っていたであろう一集団は跡形もなくレーダーから一掃された。
「敵機…殲滅…」
その「死の雨」を降らせて尚、表情を崩さない彼女はルリ・ファルチェ。冒頭で輸送機を操縦していたルカの妹にあたる。重火力兵装のルドニークに乗り、後方支援で前線を支える。その静かな佇まいとは対照的に、搭乗するGiAの武装は部隊内で一番殲滅力に長けている。迫撃砲の残弾が切れると肩と下脚部に内蔵されたミサイルを息つく間もなく放出し、さらに手に持ったグレネードランチャーで追い撃ちをかける。破片と、砂が舞う。
絶え間ない銃声
「うおおぉぉぉぉぉぉ!」
榴弾による煙幕の後ろから飛び出してきた白銀の塊が、どこか雄叫びにも似た叫び声をあげながらガトリングガン、GⅡ1503.バルデルで次々に敵を蜂の巣にしていく。遅れてそれに気づいた敵がその横から襲いかかる。
「邪魔だ!」
しかし右手に構えたバズーカ砲、BZ12.ランレンを振り向きざまに相手の足もとに叩き込む。直撃、敵機は大破。その爆風で、後続の敵機をも巻き込み沈黙させる。
土煙りの向こうには太陽を映して輝く銀色の機体、ガバル。左肩には猛々しい狼のペイントを携えて。それを操るのは先程の咆哮の主、ヴォルク・セレブロだ。最前線に立ち重火力を振り回す。近づく者を片っ端から掃討していくその姿は、まさに獣と呼ぶにふさわしい。
そしてもう一人、彼よりも前を陣取り、敵の背後をとる形で、ユウキ・レイ。
ヴォルクの猛攻に躊躇した1機に狙いを定め、手にした七支刀・青龍を袈裟切りに振る。キィンと高い音が響く。切られた敵機は銃を構えたままの姿でその場に崩れ落ちた。一瞬の出来事だった。ユウキの脇を抜けて行った別の機体が踵を変え襲い掛かってくる。それを視界の隅に留めると、手甲部に収納されたクナイ・緋雨を素早く抜き取り、向かってくる敵機の数箇所に投げ込む。見事に命中。三秒の間。
爆発
起爆性のあるそれは、GiAの急所を的確に射抜いていた。大破までは至らないが、駆動系を完全に押さえられた敵機はその場に倒れる。当然ながら、戦闘はおろか立ち上がることすらできないだろう。
ユウキはそれを横目で見下ろし、抑揚のない声で通信を入れる。
「敵機、撃破した」
彼の乗る機体はブリッツ。瞬発力に特化した強襲兵装を操る。高い隠密性能を武器に敵の裏を取る戦法を得意とし、誰よりも早く敵の陣営に突入して本体を叩くのだ。
いつの間にか、本来戦っていたはずの防衛機は撤退を完了していた。あれだけ蔓延っていた敵機体も気づけば10機を下回っている。当初の厳しい戦局から一転、7144分隊は完全に戦場を掌握していた。
そしてついに、最後まで粘っていた敵機が武器を下ろし、フォート・パイシスに背を向けた。同時に残りの機体も我先に逃げ出していく。逃げ遅れた残党を狩っていく味方機へ、一斉に通信が入った。輸送機からだ。
「こちらブリッジ。敵陣営の撤退を確認しました。作戦は成功です。帰艦してください」
ステラが告げる終了合図を聞き、最後まで敵機を追いかけていたユウキがようやくその足を止めた。敵はそのまま一目散に戦闘区域を離れていった。
無残にも抉られた大地に、静寂が訪れた。その静けさを破り降下してきた輸送機のローダー音と、無線からはルカの声。
「お疲れ~、迎えにきたで」
着陸体勢に入った輸送船に向かって、6機のGiAが颯爽と戦場を駆け抜けていく。フォート・パイシスからは惜しみない拍手と賛辞の歓声が響き、彼らの功績をいつまでも讃えていた。
25XX年。地球は未曾有の大波乱に見舞われていた。
およそ100年ほど前の第四次世界大戦。それは宗教戦争だった。ナチスの再来に始まり、原住民の大量虐殺、日本に世界初の原子力発電テロ、ベルリンの壁再建。「神」という妄信的な正義の下、その名を借りて人々は殺し合い、結果的に世界は一度崩壊しかけた。
50年近くの長きに渡った戦争に終わりを告げたのは、皮肉にも一つの宗教団体だった。神聖レルアバド教―――「永遠」という名を持つこの教団は、絶対女神アルマディナ・アルファーデラを崇め、創設者のラグル・ディーンを中心に『争いのない平和な世界の建造』を謳って世界各地で布教活動をしており、終わらない戦争や内乱の被害者、先進国に必ずといっていいほど存在する貧困者達から支持されていた。設立からわずか数年で信者の数は当初の10倍以上に増え、人民の為の新しい宗教は人々の間に浸透していった。それまでにもあった既存の宗教はこぞって戦争の最先端をひた走っていたことで、戦争反対派は当然ながらレルアバド教を支持するようになり、それは多数の国家にも及んでいった。
奇しくも宗教戦争を宗教で制した形で、国々はまた一つになった。
しかしである。近代になって、レルアバド教に不審な影が立ちはじめた。「裏で強豪国家と通じており、国を意のままに動かしている」「人体実験や新兵器の開発を秘密裏に行っている」「入信した者は二度と帰ってくることはない」…噂が徐々に一人歩きを始め、レルアバド教の存在に異を唱える者が出始めると、先の戦争で一度は収束しつつあった古くからの宗教団体は教団に『異教』のレッテルをつけるようになった。それによって教団の活動は少しではあるが沈静化し、新たな信者の勧誘や大規模な布教活動を行う姿は見受けられなくなったのだが…その矢先に世界全体を揺るがすある事件が起きてしまった。
最初に反旗を翻したのはオーストラリアだった。第四次大戦後、地球上の全ての国は国連への加入が義務付けられ、国同士の争いを牽制していた。しかしオーストラリアはゲリラ的に国連からの脱退を声明、一方的に国連側へ宣戦布告をした。そしてその動揺も収まらない間に、相次いで南米諸国、南アフリカ連合国、中国北部連合国が同じく声明を発表した。その4国の背景にあったのが、レルアバド教だった。国連が混乱を極めた頃合いを見計らったように、教団創設者ラグル・ディーンはある声明を発表した。
『世界は混乱と混沌に満ち溢れている。戦争は無くならず、権力者は私腹を肥やすことにしか頭を働かせていない。改革が必要なのだ。絶対的な象徴と、救いが必要なのだ! 先日、神聖レルアバド教を導く女神アルマディナの信託がつげられた。その信託に従い、我は世界の浄化を執り行う。この狂った世界を破壊し、浄化し、新たな時代を作り上げる為に!』
全世界にこの演説が流れたことは、まだ人類の記憶に新しいだろう。かくして教団は世界中の敵となり、『世界の浄化』という歪んだ大義名分をもって本格的な侵攻を始めたのだった。
レルアバド教はある兵器を用いていた。宗教戦争時代に原型が開発されたが、実用化に至ることなく放棄されていた人型戦闘ロボットである。教団は秘密裏にそれの開発を進め、とうとう実用化に至った。教団の黒い噂はデマではなかったのだ。人間の身の丈をはるかに超えた大型兵器はいとも簡単に町を破壊し、罪のない人々を虐殺していった。
国連側は混乱を残しながらも対応を見せた。レルアバド教を「敵勢力」とはっきり銘打つと同時に、敵の武力行使に対抗するための軍隊を結成した。国家連合軍——TAF(The nation Allied Forces)である。同盟国の各地に軍ベースを築き、志願者を募って兵士を育てる。かつてない危機に陥ったおかげか予想以上の志願者が集まり、次第に軍の規模は大きくなっていった。
同じ頃、軍の調査チームの努力によってロボットの兵器化に関しての調査が完了した。その一報を受け、軍の上層部は同じ技術を用いて兵器の開発を命じた。これには反対する声も多く上がったのだが、他に太刀打ちできる術がないと解ると誰もが口を閉ざすしかなかった。結果、敵勢力の使用していた機体のサンプルから、さらに性能を改善した最初の一機が製作された。
それが今日活躍している多機能人型戦闘機、Gigantic-Artifacts…通称GiAである。
GiAには軍で特殊訓練を受けた人間が乗り込み、専用の大型武器を用いて戦闘を行う。操縦者の人格や身体能力が反映される仕組みになっていて、多用な種類のGiAや武器開発も進んでいった。今や地球上にある有名な企業のほとんどが、GiA関連の事業を展開しているほどだ。ちなみに、先に登場した第7144分隊も、メンバーの大半はGiAパイロットで構成されている。
軍の尽力で戦局は拮抗。そんな戦乱の時代から、物語は、始まる。
「見事な戦闘でしたね! ミッションはオールコンプリートです、お疲れ様でした」
ブリーフィングルームに戻ってきたパイロット達を迎えたのは、ステラの嬉々とした笑顔だった。
フォート・パイシスへの派遣は朝一で急に決まり、しっかりした準備もできないまま戦地へ赴いたのだが、結果は見ての通りの完勝だった。
「お疲れさん。でもなぁ、みんなしてギヤやら武器に負担かけすぎやで。特に隊長とユウキ! あんたらの機体性能維持するのにどんだけウチが苦労してるか…」
いそいそとコーヒーブレイクの支度をするステラの脇から、ルカが声を張り上げる。右手には年代もののそろばん。このご時世にそぐわないレベルでアナログな彼女は、いまだにGiAを「ギヤ」と呼んでいる。本人いわく、訛りが中々直らないらしい。
ルカの妹であるルリが、いつもの無表情で音も立てずに定位置へ着席する。その前にステラが湯飲みを置くと、ゆっくりと茶をすすり始めた。
「…」
「玉露、おいしいってさ」
ルリの会話は8割方無言で行われる。一見見分けの付かない「…」を完璧に通訳できるのは今のところルカだけだ。さすがは姉妹、といったところか。
「お茶菓子、いかがですか~? チョコレートも、ありますよぉ」
ずいぶん間延びした調子で、アリアがお菓子の詰まったボックスを差し出した。ゆるくウェーブのかかった銀髪に、フリルとレースたっぷりのワンピース。いわゆる「ゴスロリ」ファッションの彼女を、誰が軍人だと理解できるだろう。
「甘いモンはいいや。ステラ、ビールくれビール! やっぱ戦闘の後は酒にかぎる!」
乱暴に背もたれに寄りかかり、煙草を燻らせているのはヴォルク。ニコチン中毒な上に酒と女がやめられない残念な中年である。ちなみに44歳厄年。
と、ヴォルクの額に強烈なチョップが直撃した。
「ブリーフィングルームは禁煙って言ったでしょ! おっさんのバーカ!!」
振り下ろした手刀をそのままに、カザネがヴォルクを睨む。トレードマークのツインテールが揺れる。明らかに容姿が「子供」なのだが、それも仕方ない。彼女はまだ14歳なのである。だがその奇跡的な才能で少佐まで駆け上がり、とうとう分隊長にまで就任した。
「っ痛ぇ! 何しやがる!」
「禁煙っていったら禁煙なの! あーもう煙くさい~」
「お子様にはこの美味さがわかんねぇんだよ、ガキんちょ」
「うるっさい! おっさん! じじい! 厄年!!」
この二人のやりとりはいつもの光景である。結局のところ、二人とも大人気ないのは間違いない。見かねたルーイが口を挟む。
「二人とも落ち着いてくださいよぉ~」
だが完全に無視されてしまった。これも日常で良くあることだ。何せ彼は隊員きってのいじられキャラなのだ。今も懲りずに止めに入るが、誰も聞いていない。
その傍らで、騒ぎを意にも介せずウーロン茶を飲み続ける青年。ユウキだ。テーブルの上には、既に飲み終わった空き缶が3本整列している。彼のウーロン茶に対する情熱は計り知れない。買い置きのウーロン茶がなくなれば、例えそれがミッション中であろうとも仕入れに向かうほど。
「なぁ隊長! 聞きたいことあんねんけど」
それまで執拗にそろばんを弾いていたルカが急に声を上げた。ヴォルクに掴みかかった状態で、カザネがきょとんと顔を向ける。
「あんた、さっき戦闘で使った薙刀どこやったん? 格納庫に見あたらなかったんやけど」
あからさまにカザネが「しまった」という表情を浮かべる。
「あー、あれねぇ……どっか飛んでっちゃった☆」
てへっ☆、と小首をかしげてウインク。一瞬の静寂がルーム内に流れ、次に聞こえたのはルカの咆哮だった。
「と、飛んでっちゃったぁ?! ってあんた、何やっとんねん!! 撫子は一般生産されてないレアもんなんやで?!! それを『飛んでっちゃった☆』やあらへんがな!! 早よう回収してきぃや!!!」
「えーメンドクサイぃ。これから見たいテレビ始まるしぃ。誰かが拾ってくれるって☆」
先の戦闘で、カザネが「とりゃ~!」と薙刀を振るって敵機を殲滅。その後、回転切りの勢いが止まらず薙刀はGiAの手からすっぽ抜けていたのだ。当然のごとく、カザネはそれを放置したまま戦闘を続けていた。
ルカの怒号は止まらない。
「ええから早よう行ってきぃ!!」
渋々、カザネが重い腰を上げる。と、思いついたかのようにヴォルクの手を握った。見る人が見れば、今間違いなく彼女の頭上で豆電球が煌いたことだろう。
「ねぇヴォルクおじさまぁ~ん。カザネの撫子ちゃん、取ってきてぇ~ん」
と、わざとらしいほどの猫なで声でヴォルクに擦り寄る。ヴォルクは顔をそらし、聞かなかったフリをしているのだがカザネはお構い無しだ。顔と顔が触れるか触れないかの距離までにじり寄っていく。痺れを切らし、とうとうヴォルクが手を振り払った。
「だぁ~もう! 誰が行くかっ!」
「そんな事言わないでぇ~。ねぇねぇ、お願い~~~☆」
「絶っっっっ対行かねぇからな!」
断固拒否され、カザネが頬を膨らませて立ち上がる。次のいけにえを探そうと部屋を見回すと、その光景を眺めていた全員と目が合う。全員が目をそらす。再びカザネの頭上に豆電球が煌き、コホン、と咳払いを挟み言い放った。
「えー皆さんちゅうもーく。今からあたしの撫子をみんなで探しに行ってもらいまーす」
突然の無茶ぶりに、皆言葉を失う。
「お、おい。何で俺達が探しに行くことになってんだ?」
「そうですよぉ~。隊長が、1人で行ったら、いいじゃないですかぁ」
「隊長、いくらなんでもそれはないですよぉ!」
「…」
口々に不満を述べる面々。ユウキに至ってはさっさと席を立ち、ウーロン茶片手に自室へ戻ろうとしていた。
カザネがそれを見逃すはずはなく、ここぞとばかりに声を張る。
「ちなみにこれは隊長命令でーす☆」
と、ユウキがピタリと立ち止まる。残りのウーロン茶を一気に飲み干し、ゴミ箱に空き缶を投げ捨て、格納庫への連絡通路へ繋がるハッチを開ける。
「…隊長命令なら仕方ない、行くぞ」
そう言い残し、通路へ消えていった。後にはがっくりと肩を落としてそれに続くメンバー各員の姿。そして満足げな笑みを浮かべるカザネ。
「うんうん、みんな隊長思いのいい子ばっかりね☆ さーて、テレビ始まっちゃう!」
彼女はそう言うと、小走りでブリーフィングルームを後にした。気がつけばルカはすでにいなくなっている。大方、格納庫で機体や武器のメンテナンス…という名目の改造をしていることだろう。
残されたステラは、書きかけの報告書を見つめてため息を吐いた。
「もう。これじゃあまた報告書の作成が出来ないじゃないの…」
どうやらこの分では、今日中に提出することは無理そうだ。何せ戦線に出ていないステラには、細かい敵の情報などはわからない。こうやって報告が遅れて、上官から睨まれるのもいつもの事だ。
ふと窓の外を見ると、輸送用ジェットが青空に雲を引いて飛び去っていった。居住棟の外周に植えられた桜はもう花を散らせ、緑の若葉が茂り始めていた。
「もうすぐ夏ねぇ…」
現実逃避にも似たステラの呟きが、ルーム内に静かに木霊していた。