第六話 偽物の死神
○名前 キョウジロウ・アマギ
○クラス 『死神』
○魔力量 300,000
○スキル 死神の加護
と書かれた紙の内容をもう一度見て、訊ねた。
「これって、そんなに驚くことなのか?」
「驚くに決まっておろう! 突っ込みどころ満載じゃ!」
「ええ。これは凄いですよ!」
チビッ子とメイドさんも、絶賛してくれた。
紙に書かれた情報には、俺の名前が書いてある。
つまりこれは、この世界での俺の個人情報みたいなものなのだと思う。
メイドさんが俺の胸に紙を押し当てていたのも、これらの情報を引き出すための行動だったのだろう。
「まずは、この魔力量じゃ。全盛期の妾と同じくらいはあるぞ!」
「そうなのか? いまいち実感が湧かないんだけど……」
「お主は全盛期の頃の、妾を知らないから仕方ないかも知れぬが、魔力がこれだけあれば大抵の者から道を譲られるほど畏怖されるぞ」
「ちなみに、一般的な農夫(成人男性)の場合で、魔力量は100ぐらいです」
この世界の魔力の基準がわからない俺に、メイドさんが具体例を出して教えてくれた。
「そう! つまりお主は、そこいらの庶民共よりも300倍は強いということじゃ!」
「………3,000倍な」
「………魔王さま、ちゃんとお勉強をしましょうね」
「ぐぬぬぬぬ……。と、とにかくお主は間違いなく強い!」
強い! と断言されても困る。
いくら俺の持っている魔力量が膨大だとしても、その実感が全くないというのが現実だ。
魔力量が多かったら、何が出来るようになるのだろうか?
それこそ、素手で岩とかを砕けるようにでもなるのかな?
いや、魔力量というくらいなのだから、単純に魔法なんかを使うのに関係しているんだと思う。
そのあたりのことも、追々聞いていかないといけないなぁ……。
「次に聞きたいのは、これじゃこれ」
そう言って、チビッ子は『死神』の文字を指でなぞった。
「お主、死神じゃったのか?」
「まぁ、一応そう呼ばれてはいたけど………」
「ふむふむ、なるほどのぅ。道理で魔力量もこんなに多いわけじゃ。しかし勇者も魔王もドラゴンも魔法もない世界なのに、死神は居るとは不思議な世界じゃ」
「この世界にも死神っているのか?」
「居る……らしいぞ。妾も実際に会ったこともないし、ほとんど文献上の存在にはなってしまっておるがな」
「そもそも神族は、滅多に人前に姿を見せません。一説には力が強すぎて、現れるだけで世界の均衡を崩して仕舞いかねないとも言われています。」
「問題ないじゃろう。むしろ異世界の神が、妾たちの世界征服に手を貸してくれるとなれば、これほど心強いものはない」
さて、これはどうしたものか。
この世界にも、死神はいるらしい。
しかも、世界のバランスを崩しかねないほどの力を持った存在のようだ。
しかし俺は死神ではない。
精々、働く店々を潰して回る『死神』でしかないんだ。
きっとこの二人が期待するような力もないし、成果もあげることが出来ないだろう。
…………それじゃあ、この俺の無駄に高い魔力量は何なんだ?
俺は言ってみれば、偽物の死神だ。
元の世界では、『死神』ということを除けば、普通の高校生をやっていただけだ。
しかしそれだけじゃ、この高い魔力量について説明できない。
………本当にわからないことだらけだ。
もっとあの神様ウサギに、話を聞いておけば良かったと後悔する。
あいつは確か、この世界で俺の力が生かせるとか言っていた。
それが、この驚かれるほど高い魔力量なのだろうか?
と、そこまで考えていたところで思考が中断された。
「それで、どうじゃ?」
「どう?」
「妾たちと世界を取らぬか? 妾が力を取り戻し、それとお主の力が合わされば、天下統一など容易い。その暁には、世界の三分の一くらいをくれてやろう」
どこかで聞いたことのある、魔王のセリフのようだ。
しかも若干、ケチくさかった。
「私からもお願いします。部外者の介入はあったものの、こうやって出会えたのも何かの縁です。私たちに力を貸してください」
そう言ってメイドさんは頭を下げた。
「でも、魔力量がいくら多くても、俺は魔法も何も使えないぞ。それでも良いのか?」
「構わぬ。それだけ魔力量があるなら、ちょっと練習しただけでお主も魔法が使えるはずじゃ」
「大丈夫ですよ。努力しだいで何とかなりますよ。それまで私は貴方を見捨てたりしませんから」
「おおお!? まるで妾は、すぐに見捨てるような言い方ではないか!? 妾はそんなに薄情ではないぞ! 仲間は大切にする主義じゃ!」
二人のやり取りを見ていると、肩の力が抜けるのを感じた。
今の俺には、この世界でやっていけるだけの力があるのかさえ分からない。
また周囲の足を引っ張る結果になるかもしれない。
そんな不安感に苛まれつつも、チビッ子魔王が言った仲間という言葉には少しだけ希望が見えたような気がした。
………仲間か。
「わかりました。その仕事、お受けします。ただし、俺は体力は普通ぐらいだけど、体は普通の人間ですし、魔法とかそういう事は一切出来ないので、そのことはよろしくお願いします」
「うむ。よろしく頼むぞ」
「はい。今日からよろしくお願いしますね」
契約は成立した。
内容はチビッ子魔王を、世界のトップにすること。つまり世界を征服すること。
報酬はその世界の三分の一。
果たして、この条件が得なのか損なのかは一切わからない。
けれど俺の呪われた『死神』の力が生かせる可能性があり、今まで邪魔でしかなかった力が役に立つかもしれない。
そう考えたら、この異世界での生活も楽しみに感じられるようになった。
「そう言えば、自己紹介もまだでしたね」
「おお、忘れとった」
メイドさんに言われて、ようやく俺も気が付いた。
始めから随分とバタバタしたせいで、名乗る暇さえなかったことに。
「それでは私から。私はグレーテル・クラインと申します。魔王さまの教育係兼、お世話係を務めさせて頂いております。これからどうかよろしくお願いしますね」
そう言ってメイドさん……グレーテルさんは恭しく一礼してくれた。
その所作は礼儀作法なんかに疎い俺でも、とても洗練されているように思えて、如何にもデキるお姉さんといった風情だった。
「では、次は妾じゃ! 妾こそ魔王の中の魔王、リーフェ・スタープレス・ルーヴィスじゃ!」
チビッ子魔王こと、リーフェは慎ましやかな胸を張って堂々と言った。
見た目や態度は、偉そうなお子様そのものだ。
しかしその無駄に大きい自信は、魔王の風格の片鱗を感じさせる。
「俺は、天城京仁郎です。知っての通り異世界から来ました。えっと……これからよろしくお願いします」
パチパチパチパチ。
俺の当り障りのない自己紹介に、二人は拍手で返してくれた。
チビッ子魔王、リーフェ。
そしてそのお付きのメイドさん、グレーテルさん。
そして異世界からの『死神』である俺、天城京仁郎。
これが世界征服に向けた最初のメンバーだった。