第五話 世界征服
メイドさんの話を聞き、また俺の知っていることを話していくうちに、大体の事情と背景がわかってきた。
まず一つ。
メイドさんとチビッ子は人手が欲しかった。
しかし訳ありで、そう簡単に雇うことが出来なかった。
そこで異世界から、人手を強引に召喚してしまおうと考えた。それが俺のことだった。
そして二つ目。
異世界から人間を召喚することは、とてつもなく難しいことらしく、殆ど運しだいの技術だということだ。
さらに召喚する人物については、特に選択することが出来ずに、ランダム性が非常に強い賭けみたいなものなのだそうだ。
さて、つまり俺は無理やりこのブリューデルという異世界に、訳もわからずに連れて来られた。という立場のハズだ。
しかし事前に『世界の境界』などと言っていた庭園で、俺はあの神様に異世界に行くことや、そこで仕事を与えられることを教えられていた。
そのことが、俺たちの認識の齟齬の原因であるらしかった。
「……神様ですか」
「ええ。俺はその神様に言われてここに来ました」
「俄かには信じがたいですね。それに『世界の境界』なんていう場所も初耳です」
何とメイドさんたちは、神様の存在を知らなかった。
もちろん、それぞれの世界の関所の様な役割を果たしている『世界の境界』というものも知らなかった。
「……ということは、あの神様が勝手に干渉してきたということですか?」
「ええ、多分。私たちが人手を欲しがって、異世界からの召喚を試みたのは事実ですけど、そんな神様を名乗る仲介者のことは一切知りませんし」
あまり信用できない、怪しい神様だと思っていたが、どうやら俺の予想以上に何を考えているのかわからなかった。
「そのことを、考えてもしょうがないですね」
「はい。今はそれよりも、これからのことを考えた方が建設的なようです」
「そうですね。……それで、俺をこの世界に連れてきてまでやる仕事って何なんですか?」
今考えてもどうしようもない問題のことは、一端忘れよう。
それよりも随分遠回りになってしまったが、本題である仕事の話に移ろう。
俺の『死神』の力を生かせるらしい、そしてその力を捨てられるかもしれない仕事を。
「それは、私が説明するよりも────────って、何で寝ているんですか!?」
メイドさんがチビッ子に話を振ろうと振り向いたら、彼女はベッドに横になって寝ていた。
ちなみにメイドさんは、彼女に背を向ける立ち位置だったので気付いてなかったけれど、俺は話の早い段階で眠りに就くチビッ子のことをちゃんと見ていた。
「ちょっと!? 起きてくださいよ! 魔王さま!」
「ふふふふ…………寝てなどおらぬ……」
「寝てました! ほら、シャキッとしてください! そもそも何でこんな大事な話の途中で寝られるんですか!」
「いや……何やら難しそうな話だったし、誰も相手してくれなかったから………つい」
「子供ですか! いいですか? 貴女はこの世界の頂点に立つ存在なんですよ。その自覚をもっと持ってですね、話が良くわからなかったからと言って、寝るなんてことは────────」
クドクドと、お説教が始まってしまった。
その途中で、チビッ子の「助けてくれ」という視線を受け取った気がしたけど、気のせいと思うことにした。大人しくお説教を受けてくれ。
………それにしても、本当によく話が脱線するなぁ。
しみじみとそう思うのだった。
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「先ほどは失礼しました」
「……すまなんだ」
「いえいえ」
お説教もひと段落して、ようやく肝心の話が再開されるようだった。
「それでは、仕事の説明をお願いしますね」
「うむ」
促されて、チビッ子が前に出てきた。
「妾たちは聞くも涙、語るも涙の事情があってお主を召喚したのじゃ。あれは500年前の出来事じゃった───」
「ストップ」
「……ん? どうかしたのか?」
「その話って長くなる?」
「それはもう! どんな吟遊詩人の持ち歌よりも、壮大で悲劇的な話じゃ!」
「よし。面倒だから、簡単に言ってみようか。一言で!」
「え!? 一言で? えっと……ええっと……つまり、妾の復権のために働いてほしいのじゃよ!」
「復権?」
「そうじゃ。今一度、妾は世界を支配したいのじゃ!」
「あ~、つまり世界征服がしたいと?」
「その通り!」
う~ん、どうしよう。
適当に世界征服なんて言ってみたけど、まさか「その通り!」と元気よく返されると思わなかった。
「要するに、昔みたいに世界を支配したいから、その手伝いをしろってことか?」
「その通り!!」
また元気よく返された。
このチビッ子は少々おバカさんみたいだけど、元気があって大変よろしい。
……さて、これはどうしたものか。
メイドさんの方を見てみる。
彼女はいたって真剣な様子だ。
決して、チビッ子の冗談に付き合ってあげているというわけではなさそうだ。
つまりこのチビッ子の目的、世界征服は本気なんだろう。
だとしたら、だからこそ、どうしても聞かなければならないことがあった。
「……お前は、何者なんだ?」
そうチビッ子に訊ねた。
「ふっふっふ……妾は『魔王』じゃ!!!」
待ってましたと言わんばかりの勢いで、チビッ子は高らかに宣言したのだった。
………うん。何となくそんな気はしていたよ。
その偉そうな態度の割に子供っぽかったり、お付きのメイドさんに情けなく怒られたりしていたから、もしかしたら違うのかな? とも思ったけど。
でも世界征服とか復権とか言ってたし、よくよく考えてみると、メイドさんがチビッ子のことを「魔王さま」なんて呼んでたしね。
「ああ、うん」
「なんと!? 反応が薄すぎないか!? もっとこう……驚いて、腰を抜かしても良いのじゃよ?」
「そんなこと言われても……本当に魔王?」
「無論! 妾こそ、かつてこのブリューデルを支配していた『魔王』じゃ!」
自慢げにチビッ子は言うけれど、ちょっと信用出来なかった。
「子供なのに? 小さいのに?」
「…………気にしていることを、ズケズケと言ってくれるのぅ」
「あ、ごめん」
思わず本音を言ってしまったけど、本人も気にしてたんだ……。
「妾はまだ、成長期を残しておる。これから背も伸び、おっぱいも大きくなる予定じゃ」
「うん。そうだね。魔王ちゃんは、まだまだ大きくなるんだもんね」
「子供扱いするでない! 大体、妾は小さくとも『魔王』じゃぞ! もっと敬わんか! お主の世界にも『魔王』ぐらいおるじゃろ!」
「ん? いないけど?」
「え? 本当か?」
「うん。魔王もいなけりゃ、勇者もいない。ついでにドラゴンもいないし、魔法もない」
「………何……じゃと?」
俺の話を聞いてチビッ子もメイドさんも、ずいぶん驚いているけれど、事実なのだから仕方がない。
これらは全て、空想の世界のものだというのが、俺のいた世界の認識なのだから。
それにしても、適当にドラゴンとか魔法とか言ってみたけれど、このブリューデルには存在していたようだ。
「魔王も勇者もドラゴンも魔法もない世界……お主はずいぶんと、退屈な世界からやって来たんじゃのぅ。想像もつかぬわ」
「そうかな? 俺にとっちゃそれが当たり前だったから何とも……」
「しかしなるほど、お主が『魔王』である妾を、タダの子供扱いする理由は良くわかった。その概念がないのならば仕方がないことじゃ」
何やら勝手に納得してくれたようだ。
しかし、仮に俺が魔王のいる世界から来たとしても、目の前のチビッ子に敬意を払えるのかと言われれば、果てしなく疑問だった。
もちろん藪蛇だから、口には出さないけれど。
「それにしても、一つわからぬこともある」
「何が?」
「お主、本当に魔法のない世界から来たんじゃな?」
「ああ。本当だ」
「……でも、お主から魔力を感じるぞ。それもかなり強めの」
「………え?」
魔力を感じる?
しかもかなり強めの?
手をグー、パーと動かしてみるけれど、特に体に変わった点は見当たらない。
少しその場でジャンプもしてもみたけれど、やはり何も変化は感じられなかった。
何かの間違いじゃないのか?
「…………ふむ。グレーテル、あれを」
「はい、魔王さま」
メイドさんは木製の箱から、一枚の紙を取り出して、その紙を手に俺の目の前に立った。
「少し失礼しますね」
そしてその紙を、俺の胸に当てた。
背丈が俺とほとんど変わらないから、メイドさんの顔が俺の顔に急接近している。
こうやって改めて見ると綺麗な人だなぁ、と思う。
色白の肌にはシミ一つなく、目鼻立ちもキリッとしていて、可愛い系ではなくて、美人系の顔だと思った。
そうやって、しみじみとメイドさんの顔を眺めていたら、なんと目が合った。
「……………」
「……………」
「……………………あの」
「……………………はい」
「……………………恥ずかしいので、あまり見つめないで頂けると……」
そう言う、メイドさんの頬が仄かに紅潮していた。
うお! 美人なだけじゃなく、同時に可愛さも備えていたなんて!
何だかすごく得した気分になったぞ!
これはさらに凝視して、メイドさんの羞恥心を高めていけという天啓を感じる!
俺はメイドさんとの、イケない関係をもっと楽しむんだ!
そう思い、目に力を込める──────
「これ、お二人さん。妾を忘れてイチャイチャするでない」
──────ところで、チビッ子の割り込みによって我に返った。
「イ、イイ、イチャイチャなんてしてません!」
「……まぁ良い。それで、どうだったんじゃ?」
チビッ子は、メイドさんの持っていた紙を指さす。
「!?」
メイドさんは驚愕の表情を浮かべると、黙ってその紙をチビッ子に差し出した。
「おおおお!?」
そしてチビッ子はメイドさん以上に、大きなリアクションで驚いていた。
そんなにビックリすることが書かれているのなら、是非俺も見てみたい。
そう思い、俺はチビッ子の隣まで行き、横から紙に書かれているものを見た。
○名前 京仁郎・天城
○クラス 『死神』
○魔力 300,000
○スキル 死神の加護
書かれていたのは、たった四行の情報。
けれどこの時の俺は、このたった四行の情報の異常さを理解していなかった。