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死神✕魔王=世界征服!!  作者: 黒壁よう
第一章 死神と魔王
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第三話 扉の先

 

 一瞬で俺の見ている景色が変わった。

 本当に瞬き一つのうちに、住宅街も、アスファルトも、夕焼け空も綺麗さっぱりなくなってしまった。

 

 慌てて周囲を見回す。

 家々の壁は、植物のツタが絡む鉄柵に。

 アスファルトは、青々とした芝生に。

 そして夕焼け空は、白い雲が浮かぶ青空に変わっていた。


 そんな中でもどうやら変わっていなかったものもあった。

 それが俺自身と、怪しいウサギだった。


 どこだ? ここは?


「ようこそ。世界の境界へ」


 こちらの心を見透かしたように、ウサギは言った。

 何とも嬉しそうに、楽しそうに。


「歓迎するよ」

「おい」

「ん? どうしたんだい?」

これ(・・)はお前のせいか?」


 改めて周囲を見る。

 どうやら良く見ると、そこは庭園のような場所のようだった。 

 俺とウサギを中心に、背の高い鉄柵がグルリと円形に張り巡らされている。

 そして、先ほどから鼻を刺激している甘ったるい匂いの正体にも思い当った。

 鉄柵にはバラのツタが絡みついていて、そこに咲く真紅の花から匂いが漂っていた。


「気に入ったかい?」

「あんまり」

「そうかい。それは残念だ」


 そう言いつつもウサギの口調は、全く残念な雰囲気を感じさせなかった。


「ここはどこだ?」

「さっきも言った通り、世界の境界だよ」

「世界の境界?」

「そう。君がいた世界と、それとは異なる世界。その中間地点、もしくは関所みたいなものだよ」

「…………」


 なるほど。

 全体的に良くわからないことだらけだが、何となくわかったこともあった。

 それは、俺がこの怪しいウサギによって、不思議空間に無理やり連れて来られたということだ。


「それで受けてくれるかい?」

「……何を?」

「君にピッタリな仕事のことだよ。決して悪いようにはしないさ」

「こんな所に強引に連れてきてよく言うよ。何があっても、俺にその仕事をやらせたいんだろ?」


 よくよく考えれば、俺は相手のペースにずっと乗せられっぱなしだった。

 突然不思議な場所に飛ばされたから、仕方なかったとも思えるが、それでもこのまま相手の思惑通りに動くのは気に入らなかった。

 だから俺は少しでも相手の情報を引き出そうと、言葉を続けた。


「大体、お前は何なんだ? ウサギか? 妖怪か?」

「おお! そういえば名乗るのが遅れたね。いや、すまなかった」


 怪しいウサギは正面を向いて言った。


「ボクは神様だよ」

「かみ……さま………?」

「そうさ、神様だよ。あ、神様っていっても君の世界のじゃないからね」

「俺の世界のじゃない?」

「うん。ボクはそっち側の神様じゃなくて、あっち側なのさ」


 そう言って自称神様のウサギは、手に持つステッキを左右に振って説明している。

 正直、こいつが神様だということは疑わしかった。

 何かしらかの、不思議な力があることは間違いないだろうが、それでも信用できるような相手ではない。


「神様っていうのは、みんなウサギの格好をしているのか?」

「いやいや。ボクたち神様には、決まった見た目なんてないんだよ。ボクはあえてこの格好をしているのさ。君の世界にある絵本を参考にしたんだ」

「絵本?」

「『不思議の国のアリス』さ。主人公のアリスは不思議なウサギに導かれて、異世界に誘われるだろう? それをやってみたかったのさ。どうだい? アリスの気分は味わえたかな?」

「ああ、そりゃどうも。それじゃあ、お茶会ついでに紅茶の一つでも出してくれ」


 どうでも良い趣向に対して、皮肉のつもりで言ったつもりだったが、ウサギの反応は予想外のものだった。


「ああ、わかったよ。そろそろ立ち話もなんだしね。よっと」


 そう言って軽くステッキを振ったかと思ったら、今まで何もなかったはずの場所に、テーブルとイスが現れた。

 そしてテーブルの上には、湯気の立つカップと平皿に盛られたクッキーが準備されていた。 

 俺がこの場所に連れて来られた時と同じように、一瞬のことだった。


「さぁ、座っておくれよ」


 ウサギはさっさとイスに座った。

 意地を張っても仕方ないので、言われるがままに俺も座った。

 目の前のカップには、透橙色の液体が並々と注がれていた。

 匂いを嗅ぐ。

 紅茶……だと思う。

 まぁ、飲んでも大丈夫だろう。俺はすぐにそう思った。

 ここまで長々と話をしておいて、こんなタイミングで一服盛るとは考えられない。

 それにどうやら、このウサギは俺にどうしてもやらせたい仕事があるみたいだしな。

 そう考え、俺は紅茶に口を付けた。


「味はどうだい?」

「……普通だな」

「ふむ。やっぱり紅茶は淹れるのが難しいね。もっと練習するとするよ。どうもボクは、紅茶を淹れる才能がないみたいなんだよ。これでもそれなりに練習したつもりなんだけどね。そもそも紅茶は─────」

「なぁ、そろそろ本題に入ったらどうだ?」


 紅茶について思うことでもあるのか、ペラペラと喋りだしたウサギを制する。

 今聞きたいのは、こいつの紅茶談義などではなかった。


「ははは! すまなかった。ついつい脱線してしまったね。それじゃあ、本題といこうか」


 愉快そうに笑うウサギに若干の苛立ちを覚えつつ、耳を傾ける。


「天城京仁郎。17歳。働いたアルバイト先が、次々と潰れることから『死神』と呼ばれるようになった有名人で間違いないね?」

「どこで調べたり聞いたりしたのかは知らないけど、あってるよ」

「そんな君は現在、新しく雇ってくれる所がなくて困っているね?」

「……ああ」

「そこでボクが、君にピッタリの良い仕事を持って来たんだよ」


 なるほど、こいつは俺の現状をきちんと把握した上で、勧誘を目論んでいるのか。

 しかし、それでも意味がないんだよ。


「残念だったな。どんなに俺にピッタリの仕事でも、結局最期は店が潰れるぞ」

「いやいや。その心配はないさ。むしろ『死神』としての君が必要なんだ」


 この『死神』としての俺が必要?

 何を言っているんだ?

 俺がどれだけ、この呪いのようなものに振り回されてきたと思っているんだ。

 人生で足を引っ張ることはあっても、役立つことなんて唯の一度もなかった、この力が?


「………それで、俺のその力はどこで生かせるっていうんだ?」

「ボクの世界でだよ」

「お前の……世界………」

「そうさ。ボクの世界さ。そこで君のことを必要としてくれる人が待っているんだ。そしてボクはその仲介人ってわけさ」

「信じられないな」


 俺は断言した。

 この呪いがそう簡単に生かせるなんて、うまい話がこう易々と降って湧き出てきたことが俄かには信じられなかった。


「う~ん。困ったな。ボクからは信じて欲しいとしか言えないよ。………あ、あと言い忘れていたけど、うまくいけばその『死神』の力を捨てることもできるよ」

「何だって!?」

「おお。良い反応だね」

「それは本当か?」

「もちろんさ。でも力を捨てるためには、まずはボクの世界に来てもらって、仕事をこなしてもらう必要があるのさ」

「それは……」

「………でも、まぁ、君がいくら嫌がっても無理やりボクの世界に招待することになるんだけどね」

「……やっぱりか」


 そんな気はしていた。

 こちらに拒否権はないらしい。

 こいつの余裕綽々の態度は、その絶対的な力と立場の優位からきているものだと感じていた。

 飄々としているけれど、自分の思い通りに物事を動かそうとする姿は、なるほど、確かに神様だなと思う。


「…………わかったよ。その仕事受けるよ」

「ああ! 良かった良かった。快く受けてくれて嬉しく思うよ」

「何を白々しい」

「まぁまぁ、機嫌を直しておくれよ。これからの生活はきっと楽しいと思うからさ」

「その世界の神様が言うんなら、本当に楽しいんだろうな?」

「もちろんさ! そこで君はとっても貴重で、楽しい経験を得られるさ」

「そうか」


 俺はまだ少し熱い紅茶を一気に飲み干した。

 喉が焼けるような感覚があったが気にならない。

 そして立ち上がった。


「それで、そこまではどうやって行くんだ?」

「乗り気になってくれたみたいでなによりだ」

「嫌々だけどな」


 この言葉の半分は本音だった。

 右も左もわからないような、異世界に行くのは不安しかない。

 ましてやこんな胡散臭い、神様ウサギの手引きというのが不安を増長させる。

 しかし同時にこの『死神』の力を捨てられるチャンスがあるというのは魅力的であった。

 そして、この呪われた力を欲しているような奇特な人にも会ってみたいと思った。


「あの扉をくぐれば、すぐに到着するよ」


 バラのツタが絡む鉄柵が、ステッキで指されると木製の扉に早変わりしていた。


「それじゃあな」

「うん。健闘を祈るよ。頑張っておくれ」


 扉の前まで行く。

 それは俺の背よりも少しだけ高かった。

 そっと扉を押すと、音も抵抗もなくスッと開いた。

 その先は真っ白だった。

 まるで巨大な光源がその奥にあるかのように、真っ白な空間が広がっていた。


 異世界か……。

 とうとう『死神』がこの世界から神様の手によって、追放されるときがきたのか。

 なんて冗談をどこか他人事のように思いながら、俺は第一歩を踏み出した。


 背後の扉がゆっくりと閉まる。

 その時、怪しい神様ウサギがボソッと呟いた。


「ボクの世界は今とても平和なんだ。だからこそ君には面白く、そして可笑しく引っ掻き回して欲しいんだよ」


 その声も俺の体も、扉が閉まると同時に巻き起こる光の奔流に飲み込まれて消えていった。

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