第二話 怪しいウサギ
「さてどうしよう……」
俺は途方に暮れつつ、家路についていた。
まさか応募する先々、全てお断りの言葉を頂くとは思ってもみなかった。
その数、なんと30連敗。
嬉しくもない新記録達成だった。
今までは何だかんだ言っても、10件目くらいで面接まではこぎ着けられていた。
それが今回は、面接の段階にまですら進めていない。
これは大問題だった。
この事態が意味することはただ一つ。
『死神』の称号は俺が思っていたよりも深刻に、広く、より強大に人々に伝わっているということだ。
噂が噂を呼び、より怖くそして強くなって伝染する様子は、まさに都市伝説そのものだった。
日も暮れ始めて、夕焼けが濃い影をあたりに落とし込んでいく。
そして街がそんな影々にスッポリと飲み込まれて、真っ黒になるように、まるで自分自身も真っ黒になり、都市伝説の怪物たちの仲間入りをしてしまったような錯覚さえ受けた。
「……どうしよう」
今日、何度目かの自問自答。
もちろん答えは出ない。
答えてくれる人もいない───────────と思った。
「良い仕事があるよ」
始めは反応できなかった。
まさかこんな住宅街の狭い路地で声をかけられるなんて、思ってもみなかったからだ。
「良い仕事があるんだ」
今度はハッキリと、その言葉を脳が認識した。
振り返る。
しかし誰もいない。
「下だよ。もっと下」
「え?」
目線の下で、何かがピョンピョンと跳ねている。
それは俺の腰ほどの身長をしていた。
黒いチョッキ、黒いハット、黒いステッキの黒づくめの格好。
しかしそんな暗闇を思わせる服装とは対照的な、黒に映える純白の顔や手足……そして長い耳。
その姿はまさしくウサギだった。
「それで、どうだい?」
そいつはウサギにしては大きく、器用に二足歩行し、さらには言葉まで喋っていた。
………何だ、こいつ?
いつもの俺だったら、もっと慌てふためいたかもしれない。
だって、ウサギが流暢な日本語で話しかけてくるのだから。
しかし今の俺の心は、穏やかな調子のままだった。
それほど驚いてもいないし、焦ってもいない。
なぜかと言われれば、まず次のバイト先もロクに探すこともできず、精神的に疲れていたということもあった。
さらに自分の『死神』としての存在を、都市伝説みたいだなんて思ってみたりしたこともあって、言葉を喋るウサギぐらい出て来てもおかしくないという、変なテンションにもなっていたからだと思う。
「えっと……仕事だっけ?」
「そうそう。君にピッタリな仕事があるんだよ」
ビシッと手に持つステッキで、俺を指すウサギ。
「いや。結構です」
「まぁまぁ。断るにしても、内容を聞いてからでも遅くないよ」
「いやいや。それでも嫌だわ。いくら職に困っても、怪しいウサギの世話にはなりたくない」
「まぁまぁまぁ。そんなこと言わずにさ、百聞は一見にしかず、実践に勝るものなし、後は野となれ山となれと良く言うじゃないか」
中々難しいことも喋れるウサギだなぁ。
しかしさっきも言った通り、こんな仕事の勧誘に必死な、怪しさ全開のウサギの口車には乗せられたくなかった。
俺は本能的に、こいつは胡散臭くて信用がならないと感じていた。
「うん。残念だけど他をあたってくれ。ごめんな」
どうせこれも黄昏時が見せた、一瞬の夢みたいなもの。そう、幻想みたいなものだ。
喋るウサギも、逢魔が時が故の偶然の出会いだ。
これ以上の関わりは持たなくても良いだろう。
そう思いウサギに背を向ける。
「それじゃあ」
そして別れを軽く告げて、夕暮れの道を歩き出す。
その第一歩。
踏みしめた感触は無機質なアスファルトではなかった。
足元は新緑の芝生。
空は白雲浮かぶ快晴。
そして辺りに甘ったるい、花の匂いが立ち込めていた。
俺はいつの間にか、全く知らない場所に立っていた。