第一話 次のバイト先
パン屋が潰れた次の日、俺は学校の帰りに新しいアルバイト先を探すために動いていた。
駅前に置いてある情報誌を取り、アルバイト募集中の張り紙がある店をチェックしていく。さらに家に帰ったらネットでアルバイト募集しているところも調べないとな。
そう思いつつ、歩きながら次のアルバイト先を検討する作業に取り掛かる。
もうすっかり慣れた作業だった(あまり慣れたくはなかったけれど)。
「やっぱり時給900円以上はないとなぁ……」
情報誌のページを捲りながら呟く。
働ければどこでも良いなんていうのは、ただの綺麗事だと思う。
せっかく貴重な時間を割いて働くのだから、それなりの時給のところを選びたいところだ。
「……おっ。これは中々」
しばらくして、目ぼしい求人広告を発見した。
見つけたのは駅前にある、ファミリーレストランの求人だった。
『初心者歓迎! 高校生可! 賄い付き! 時給930円~』
ふむ。これは結構良いんじゃないかな?
特に、賄い付きという点が素晴らしい。
こういう求人は応募する人数も多くて、倍率が高いであろうと、数々のアルバイト先を転々としている俺のカンがそう言っていた。
そして、すぐに募集が締め切られてしまうであろうということも。
ここは先手必勝だ。
早速、記載された電話番号に電話をかけた。
プルルルル……と3回コール音が鳴った後、電話がつながった。
「はい。お電話ありがとうございます。ロイヤルラーク神保町駅前店です!」
「お忙しいところすみません。そちらのアルバイト募集の求人を見て、お電話させて頂きました」
「あ、はい。ありがとうございます。お名前と年齢をお聞きしてもよろしいですか?」
「天城京仁郎です。17歳です」
「あまぎ……きょうじろう………さんですね。…………え?」
電話口でおそらく俺の名前をメモしていたであろう、お姉さんの様子が何やらおかしい。
「……あの、すみません。もう一度お名前をお願いできますか? どういう漢字なのかも同時に」
「はい。天城京仁郎です。天の川の天に、お城の城、京都の京に、仁丹の仁、太郎の郎です」
「ひっっ!?」
「どうかしました?」
「……いえ。少々お待ちください!」
ますますお姉さんの様子がおかしい。
何かを恐れているような、焦っているような印象を受ける。
そのせいか、本来保留状態にすべき電話が未だに通話状態のままになっていて、あちらの様子が丸聞こえだった。
「店長! 大変です! うちにもついに来ましたよ! あれですあの人です! 『死神』です!」
「何だと!?」
「名前の漢字も年齢も同じでした……」
「確か今はパン屋にいるんじゃなかったのか?」
「それがどうも昨日潰れちゃったらしくて……」
「………そうか。あの店もやられたか」
「どうします?」
「丁重にお断りしろ。私はパン屋のおやじほど強くはなれない……。ここには従業員もたくさんいるからな」
「……わかりました」
さてさて、あまり聞きたくなかった現場の声が全部聞こえてきてしまった。
はっきり言って、ちょっと泣きたい。
俺だって何も好き好んで、働く店々を潰しているわけではない。
しかしながらこの近所で商売をしている人にとって、『死神』の脅威は冗談で済ませられるほど軽いものではなく、また有名なものであるらしかった。
働く店々を潰してまわる『死神』。
そんな都市伝説、バカバカしいと思う人が殆どだろう。
けれど商売人は、縁起を大事にすることも多い。
そんな縁起の悪い人を雇うかと言われたら、躊躇するのだと思う。
俺は、そっと携帯電話の通話ボタンを押して電話を切った。
「……………ふぅ」
溜息を一つ吐く。
いやいや。あの店にたまたま、縁がなかっただけだって。
まだ求人はたくさんある。
こうなったら、手あたり次第応募してやろうじゃないか。
そう自分を慰めながら、俺は次の応募先に電話をかけたのだった。