一期一会
遅くなりました(>_<)
欄間から陽の光が射し込む座敷内、女性は犬に顔を舐められ、犬の頭を抑える様に力の出ない手で撫でながら男性を見詰めていた。暗闇に突如明かりが射し込んだ事と先程目覚めた事、栄養不慮の彼女の視界はボヤけて居たが、暫くすると視界がくっきりしてくる。男性の声は聞き取れたが、まだ容姿を確認出来ていない事に不安を感じながら男性を見ていた。男性がゆっくりと近付く、恰幅の良い背の高い男性は自然に優しい笑みを浮かべていた。女性は男性の容姿を確認すると少し安心し、男性に質問を投げ掛けた。
『………すいません………此処は?』
男性は自然な笑みのまま答えた。
『此処は俺の家だよ………感染者は入って来れない場所だから安心して良いよ………それよりお腹空いてない?大した物は作れないけど………今、用意して来るから………』
その言葉を伝えるとそそくさと座敷を後にする男性、女性は他にも聞きたい事が色々とあったが男性は犬を残し部屋を出て行ってしまった。女性は犬を撫でながら周囲を見渡した。まだ新しい畳や壁、枕元に水の入ったペットボトルを見付けると徐にペットボトルを手に取り渇いた喉を潤した。犬はそんな女性の隣で尻尾を振りながら座っていた。襖の向こうはダイニングがあるのだろう。調理する音が聞こえてくる。外の音に耳を澄ますと鳥の囀ずりや風が木々の枝を揺らす音が聞こえた。こんな平穏な時間を過ごすのは彼女にとっていつ以来だろうか、何故か落ち着ける状況に彼女も自然と笑みが溢れた。
犬を撫でながら優しい時間が過ぎる。暫くすると襖を開き男性が両手で御盆を持ち戻って来た。一言お待たせと言うと女性の布団の横に御盆を置き御盆の上の小さな土鍋の蓋を開けた。其処には湯気が立ち卵でとじたお粥が現れる。男性がレンゲで茶碗にお粥を移すそれを終えると男性が女性に訪ねた。
『自分で食べれる?』
女性は男性の言葉に頷くと茶碗とレンゲを男性に渡され、それを受け取る
『熱いから気を付けて………』
その言葉を合図に女性は再度頷き、レンゲでお粥を掬い口に近付け立つ湯気を何度か息を吹き掛ると、お粥を口に含んだ。やはり熱かったのかまだ喉を通さず口の中で冷ます様にしていた。少し落ち着いたのかお粥を飲み込むと男性は水を差し出しながら
『やっぱり熱かった?………ごめん………ゆっくり食べて良いから………』
男性はお粥以外にも塩焼きされたヤマメや庭で取れた新鮮な野菜、自家製の梅干しも用意されていた。女性はかなり空腹だったのか夢中で食べていた。そんな女性の様子に男性は安心し、立ち上がると庭に面した縁側の雨戸を開けた。爽やかな風と光が入り女性は外の光景を目にし驚いていた。広い庭に高い壁が作られて居たが庭には青々とした野菜、壁の向こうに見える小高い山々、此処には今街にはない平和そのものの風景に溢れている。犬は再度庭に出て畑の中へと走って行った。箸の止まった女性を気遣い男性が声を掛けた。
『ん?どうかした?………開けない方が良かったかな?………空気を入れ換えようと思って………』
女性は男性の言葉に首を横に振った。男性は女性の様子を見て、外に目をやり言葉を発した。
『此処は安全だから、何も心配する事はないよ………』
男性の言葉に頷きながら再度食事を食べ進める女性、時折庭を見詰めながら自分は夢を見ているのではないだろうかと思う。それ程、女性の居た感染者がさ迷う荒廃した街と違うのだ。食事を平らげた男性は女性に訊ねた。
『足りたかな?足りないならまだあるけど………』
女性は男性の言葉に首を横に振る。その仕草と食べ終わった食器を見て満足行ったのだと理解する。男性は湯飲みにお茶を汲むと女性に渡し、食器の乗った御盆を持ちキッチンへと姿を消した。女性は湯飲みを両手で持ちながら再度風景を眺めていた。やはり平和としか言えないゆっくりとした風景、今までの過酷な避難生活が夢なのかも知れぬと思い違いしてしまう程だ、避難所では新鮮な野菜は勿論、魚は缶詰、殆どが保存の効くレトルト食品や保存食だった。しかもその量は乏しく、満足な食事も出来ぬ程であった。そんな現状とかけ離れた光景を眺めて居ると男性が戻って来た。
男性は薬の乗った小皿を女性に渡すと飲む様に女性に優しく言った。女性は最初不信がって居た、その事を男性が察すると優しく語りかけた。
『心配する事はない………単なるビタミン剤だよ。』
男性の言葉に恐る恐る薬を手に取り口に運んだ。渡された薬を口に含み水で流し込んだ。薬を飲み込み男性を見ると優しく微笑んでいた。女性が薬を飲み込むのを見届けると男性は女性の傍を離れようと立ち上がる。女性は何も訊ねない男性に声を掛けようとしたが、女性より先に男性が言葉を発した。
『まだ病み上がりだし、もう少し休むと良い………此処は安全だから………』
そう言って部屋を後にする男性、女性はただ男性の後ろ姿を見詰めるしか出来なかった。そして男性に言われた通り上半身を倒し布団で眠った。避難所の床は木で寝ても体が痛かったが、畳の上に布団が挽かれて居る此処はとても心地好く、一抹の不安はあったが、女性は満腹感と安心感が勝り、スヤスヤと寝息をたて再び眠りに就いた。
男性は後片付けを終えると勝手口から庭に出た。納屋からクワを取り出し畑弄りを始めた。パックは男性が出てくると歩き回るのを辞め、男性の近くで丸まって寝転んだ。男性の祖母は自給自足家で野菜を殆どスーパー等で購入した事がない程だった。男性も小さい頃から祖母の手伝い等で様々な事を習い、それが今活かされていた。
畑弄りをしていると、微かにアラーム音が聞こえる。男性はクワをその場に置き首に掛けたタオルで汗を拭いながら家の中に戻っていく、パックもムクッと起き上がると男性の後を追った。勝手口から入り二階に駆け上がり自室に戻ると部屋に備え付けられたモニターに目をやる、其処には男性の家に来る途中の小川を渡る橋が映し出されており、橋を渡る感染者2体の姿があった。
男性はやれやれと言った表情で銃を背中に背負い、壁に掛けられたボウガンを手に取る。腰には普段から鉈をぶら下げ、男性の身長よりやや短い先端を鋭利に尖らせた鉄パイプを手に取ると一階に降りていく、先程のアラームで女性を起こしていないかを確認したがぐっすりと眠っている様だった。パックは万が一を考慮し家に置いて行く事にした。確認を終えると再度勝手口から出て、裏口の扉を開く、橋からこの家まで距離はあったが警戒を忘れない。外に出て裏口の鍵を閉めると周囲を警戒しながら足音を立てない様に進む男性の家までの道は舗装はされてはいないが、砂利道で形成されていた。その上を歩くと砂利で音が立つ、男性は山の斜面を歩きながら木々で身を隠しながら進んだ。暫く進むと足を引き摺る音と小さく呻き声が聞こえてきた。男性は持って来たボウガンを使用する為に静かに準備を始めた。銃も持って来ていたが、此処は山の中腹、銃を使えば周囲に遮る物が無い為に音が響き更に感染者を呼び寄せてしまう、それに弾が勿体無くもあった。銃はあくまでもピンチの時と男性は決めていた。
ボウガンの準備も整い、構え感染者に的を搾る。こちらにはまだ気付いては居ないが外せば気付かれてしまうかも知れない。気付かれれば一気に距離を詰め襲い掛かって来るであろう。一体は足を引き摺っていたが、もう一体はノロノロと歩いている。男性は足を引き摺っていない感染者を狙った。呼吸を調え引き金を引いた。瞬時にボウガンの矢は微かな風を切り裂く音と共に感染者に向かって放たれ感染者の頭部を貫いた。ボウガンの矢が頭部に刺さった感染者はその場に倒れ込み再度動く事は無かった。感染者の倒れた音にもう一体の感染者が振り向いたが直ぐに興味を失い再度歩き出す、感染者がこちらに気付いていない事に男性はホッと胸を撫で下ろした。再び矢をセットする。次の迎撃体勢に時間が掛かってしまう事がボウガンのデメリットではあったが、男性は焦りもせず黙々と準備を調えた。眼前の感染者にばかり気を取られる事無く周囲を警戒するがやはり他には感染者の姿は無かった。もう一体は相変わらず足を引き摺りながら道を進んで行く、感染者は男性を通り過ぎて後頭部をさらけ出していた。ボウガンを構え狙いを搾り矢を射出させる。その矢も見事に頭部を貫き感染者は糸の切れた操り人形の様に倒れ、動く事は無かった。男性は暫く警戒して周囲の音に耳を澄ませたが、風が木々を揺らす音しか聞こえて来ない事でボウガンを背中に抱え、お手製の鉄槍を構えながら動かなくなった感染者に近寄った。
感染者に近付き槍でつついて確認する、どうやら完全に死んだ様だった。男性は感染者の頭に刺さった矢を抜き取り付着した血を払う。次に死んだ死者の衣服を漁った。2体ともズボンのポケットに財布が入って居たので中身を確認すると運転免許が入っていた。男性は免許を一瞬見て、財布ごと己のポケットにしまい込んだ。死体を引き摺り、もう一体に近付けると男性は瓶を取り出し瓶の中身を死体に振り掛け、マッチを擦り火を着けると死体に投げ付けた。瞬時に火は死体を覆い全身を焼いて行く、感情の無い表情で男性は焼かれる死体を見詰めていた。暫く経つと死体は骨ではなく白い粉へと姿を変えた。どうやら感染者となった者は非感染者の死体よりも火の通りが良く感染者となって時間が経つと骨も脆くなり骨すら残らないらしかった。男性も今までに何度となく感染者を焼いて来たのだろう。見慣れた光景の様だった。男性は煙草を吸いながら感染者の燃え尽きる姿を見送っていた。
次に男性が視線を向けたのは感染者が渡ってきた橋であった。丸太でしっかりとした造り、4トントラックが通っても壊れない。この橋は男性の祖父が生前に作ったものだった。家に向かいながら男性は考えていた。
『………あの橋を何とか出来ないか………』
男性は感染者や非感染者に自分の棲み家を発見される事を危惧していた。こんな現状では既に非感染者も男性にとっては厄介事を持ち込む種だった。こんな世の中になり男性は幾度となく非感染者による略奪や殺人も目撃していた。それから身を守る為に男性も同様の事をした事もあったのだ。
ロールドの次話はもう少々お待ちください。2、3日中には仕上げます。それより早いかも?