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平穏無事

安全な場所に戻って来れた事と無事に帰り着いた事は身心共にその安心感は大きく、此処が男性の棲み家であり、唯一安らぎを得られる場所であろう。車庫で安堵した男性は、帰り道で見付けた生存者の女性の様態を確認した。意識を失っているが酷く疲れた様相、唇の乾き具合からも脱水症状と栄養失調を併発している様だった。男性はドリンクホルダーに置かれた飲み掛けの水を彼女の口に流し入れた。女性は意識を失いながらも口を潤す様に水を飲み込んでいた。それを見た男性は少し安心し車を降りる。


日暮れ時だが日の光が殆ど入らない車庫は薄暗かった。男性が車を降りると後部座席で窮屈そうにしていたパックが痺れを切らし車から出てきた。パックは男性を尾を振りながら見上げている。男性はパックに身長を合わせる様に屈むとパックの頭を撫でながら詫びを入れた。


『窮屈だったろ………すまなかったな………』


労いの言葉に嬉しそうなパック、男性は立ち上がると後部座席のスライドドアを開け手に入れた物資を運び出した。車庫の扉を開くと120坪程の敷地に建物が40坪と言った感じに建っており、周囲は一面壁に囲まれていた。庭には畑が作られ野菜が育っていた。犬は庭に入ると窮屈な環境から解放されたせいか走り回りだした。男性は建物の縁側に荷物を次々に運び込み、それを終えると女性を運び座敷に敷いた布団に寝かせた。その作業を終える頃には日は暮れ、闇が支配しようとしていた。


男性は日暮れを確認し、パックを家の中に入れると扉を閉め鍵を掛け雨戸を閉めきった。外以上の闇の中火花が散りマッチに火が灯り、それを蝋燭に移す、暗闇が支配する部屋に明かりが灯る電気では作り出せない優しさを包んだ様な暖かい明かりに何処か安らぎを感じる。男性は蝋燭の灯りを便りに夕飯の支度を始めた。男性の傍に犬が寄り添う様に身を伏せている。調理をしながら時折蝋燭の向こうにうっすらと浮かび上がる女性の様子を見ながら男性は夕飯の支度をした。こんな世の中になっても、火は優しさと暖かさに溢れそれだけで安心出来た。

調理を終え夕飯が出来上がる、男性は缶詰を一つ棚から取り出すと、缶詰の中身をパック用の皿に移し犬に差し出す、パックは直ぐに食い付かず男性を見上げていた。男性が席に着きパックの方を見る。


『………じゃあ、食べようか………』


そう言って手の平を合わせ小声で頂きますと言うと、その様子を見ていたパックも勢いよく夕飯に被り着いた。

今日も無事に過ごせた事を幸せに思えた。こんな生活は避難所では考えられないだろう。


此処は彼の祖母の家、彼の祖母は大の人間嫌いで親戚さえ信用していなかった。唯一信用していたのは孫である男性だけであった。人嫌いであるが故に人里離れた山の中腹に堅牢な壁に隔たれた家を建てた。祖父は5年前に他界、祖母にとって唯一の楽しみが庭の畑を耕す事であった。男性はこの辺鄙な地へ祖母の様子を伺いに訪れていた。惨劇の起きた日に偶々非難を呼び掛けに来た役場の者が感染しており、祖母は噛まれ奴等の仲間に加わってしまった。男性が駆け付けた時には既に遅く、男性は自らの手で祖母に止めを刺したのだ。それ以来男性は此処を拠点に生き延びていた。


夕飯を済ませ祖父母の仏壇に手を合わせる。背後に微かに動く音を感じ振り返ると助けた女性が寝返りを打っていた。息苦しそうにしていたが、水分を与えると落ち着いた様だ。万が一感染していた時の事を考え、手をしっかいり拘束する。泥などで汚れた顔を水で濡らしたタオルで拭き取る。脱水症状を起こしていた体に顔の泥を拭き取った際に残った水分が浸透したのか表情が潤って見えた。


女性の顔を拭き終えると男性は女性から離れ後片付けを済ませる。女性が目覚めた時の為に枕元に水と栄養補助食を置いておく、それを終えると和室を出て襖を閉じ、自動小銃を手に一度庭に出た。男性は庭の片隅にある網目状に張られた小屋に向かうと取り付けられた入り口を開く、其処には男性の祖母が飼っていた鶏が4羽おり、男性は餌と水をやり、餌に群がる鶏を余所に鶏が座っていた藁の下を探ると、其処からは玉子が二個出てきた。男性はそれを取り、扉を閉め鶏小屋を後にし母屋に戻って行った。母屋に戻ると玉子と手を洗い玉子を冷蔵庫にしまう。男性の翌日の朝食だろう。それを終えるとパックと共に二階へと上がって行った。


二階は男性が自由に使って良いと祖母に言われており、元々サバイバルに興味のあった男性はこの部屋に様々な物を持ち込み、週末はこの部屋で過ごすと言う生活をしていた。祖母もある程度誰の世話にもならず自活出来る様に屋根にはソーラーパネルを設置し敷地内には風力発電用のプロペラも取り付けられていた。水は地下水を汲み上げていたので、普通の家のライフラインよりはしっかりしていた。電気は使えるが、明るすぎて外に光が漏れてしまう恐れから極力使わない様にしていた。主に風呂を沸かす際に使うかDVDを鑑賞する、他には冷蔵庫と炊飯器、監視カメラ等に使われていた。


男性は二階に行くと蝋燭を灯し外に光が漏れない様に注意しながら、窓を開け外の様子を伺っていた。外は暗闇に包まれ、風で葉が揺れ動く音しかしなかった。その音が癒しになり、一日の疲れを癒してくれていた。風の匂いがふと鼻を突く、湿気と何かが濡れる匂いを感じ、近々雨が降る事を知らせていた。暫く外に広がる闇夜を眺めていると、ぽつぽつと雨粒が降り注ぎ始めた。雨音は心地好く、男性はその音を子守唄代わりにいつの間にか眠りについていた。


翌朝、鶏の鳴き声と共に目を冷ます男性、相変わらず外は雨が降り続いていた。雨に濡れる木々の匂いは爽やかで朝から気分が良い。昨日大量の物資を手に入れて居たので、今日は出掛ける予定もない。上半身を起こし欠伸をする。布団から立ち上がり大きく背伸びをした。そして同じく男性の隣で目覚めたパックに朝の挨拶をし、頭を撫でてやると尻尾を振って喜んでいた。昨日助けた女性の事が気になり、寝巻きから着替えると武器を持ち一階へと降りて行く、パックは警戒する事なく降りて行く所を見ると大丈夫なのだろうが用心に越した事はない。女性は寝かせた体勢から殆ど動く事なく眠っていた。唇の乾燥具合を確認すると口の回りを水で濡らしてやり、ゆっくりと水を飲ませた。水を与えると少し穏やかな表情を見せたので、男性は安心した。女性の元を離れ勝手口を開け外に出る。パックは待ってましたと言わんばかりに外に駆け出し早速マーキングをしていた。男性は鶏小屋の水と餌を補充し、畑から実っていた野菜を収穫した。収穫仕立ての野菜はとても瑞々しく、それに加え甘味も多い、男性は早速トマトにかぶり付いた。


男性は建物に戻ったが、パックは気ままに庭を走り回っていた。男性は朝食の用意でご飯を炊き昨日の玉子で目玉焼きを作り真空パックに保存されていたベーコンを焼いた。祖母の浸けた漬物と祖母の作った味噌で味噌汁を作る。実に手慣れたものだ。朝食を作り終えると勝手口からパックを呼び寄せた。パックも朝の運動は終わった様で素直に戻ってきた。パックの脚を布で拭き家の中に上げる。パック様に缶詰を皿に開け朝食を頂く、実に充実した朝食に男性もパックもご満悦と言った表情であった。夕飯同様に朝食後も仏壇に手を合わせる。女性の眠ってる方を見ると、まだ目を覚ましていなかった。男性は女性に再度水を飲ませる。それを終えると再び座敷から立ち去った。


男性は二階から一度周囲を伺い感染者が居ない事を確認する。感染者が居ないと分かると一階に降り勝手口から出ると、物置から釣り用具を取り出し、庭の裏口から外に出た。勿論外に出ると言う事で自動小銃等も装備していた。男性は近くの沢に向かうと釣糸を垂れた。周囲は風の音と水の流れる音、時折、鳥のさえずりが聞こえてくる。此処だけ見れば何ら変鉄のない山奥の生活と言える。風で木々が揺れ光を屈折させ、癒しを与える。パックは男性の傍に伏せて休んでいた。穏やかな日常が此処にだけある様だった。


何せ、此処は山の中腹、人里すらかなり離れており、感染者は主に街に留まって居たが、男性が物資を調達しに行った時に偶々遭遇しなかっただけであった。暫く釣糸を垂れるとイワナが六匹釣れたが、それ以上は釣れなかった。生きたままのイワナをバケツに入れ、男性は家に戻って行った。

裏口の扉を開け敷地内に入るとパックは低く鳴きながら尾を振っていた。

庭に設置された水道近くにバケツを置き、釣り道具を倉庫に戻すと、男性は家の勝手口から恐る恐る中に入った。中は相変わらずの静寂に満ちていたが、ふと物音に気付く、銃を構え静かに座敷に向かうと、先程迄気を失っていた女性が目を覚まし上半身を起こしていた。視界すらままならない部屋の中で女性が言葉を発した。


『………誰?………誰か其処に居るの?』


ちゃんと人の言葉を発した事に男性は安堵した。蝋燭に火を灯し女性の前に男性が姿を現した。自分の手首を縛られている事もあり、女性は始め警戒していたが、男性は急いで蝋燭に火を灯し自分の姿を女性に見せその警戒を和らげる様に男性が声を掛けた。


『眼が覚めたみたいだね………良かった………』


暗闇に蝋燭の火に灯され男性の姿が浮かび上がる。男性は縁側の遮光カーテンを開き欄間部分の光を室内に入れた。先程よりくっきり見える男性の横からパックが女性に尾を振りながら近寄って行った。女性も犬が居る事で少し動揺が和らいだ。






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