終始落日
ロールドに行き詰まり気分転換に掲載しております。更新は不定期ですが、楽しんで読んで頂けると有り難いです。
一台の車が走っていた。周囲の建物や様相を見るに街と言えよう、車は大きめのバン、だが様々な箇所が格子や鉄板等で補強され、車輪部分も鉄板で防護されており、普段の生活からすれば異質と思えよう。異質と思えるのは車ばかりではない、この街もそうだ、先程から人っ子一人見当たらない、それどころか動く車もだ、時折路駐されたままの車を避けたり押し退けたりしながら進んで行く黒塗りのバン、どうやら車体前方には重機等に用いられる除去用のパーツが取り付けられている様だ。更に進んだ先、一軒のスーパーの前に車を停車さそると、中から男性が降りてきた。パッと見30代前半、少し恰幅が良く身長は高めだ、軍服を着てはいるが自衛隊の物とは違う。男性は車から自動小銃を取りだし、周囲に何も居ない事を確認すると、車内に向かって軽く口笛を吹くと、車内から一匹の大型犬が降りてくる。男性はそれを確認すると再度周囲を警戒しながら犬を引き連れスーパーの建物に入っていく、
スーパーの扉のガラスは割れており、男性がガラスを踏む度に小さいが嫌な音が聞こえてくる。犬はガラスを踏む事なく店内に進んで行った。
店内も荒れ放題に荒れており、陳列されていた商品が床の所々に散らばって居た。電気はついておらず、薄暗い店内、男性は入り口付近に置かれたカートに籠を乗せると店内をゆっくり進みつつ警戒していた。耳を澄まし周囲の音に注意を払ったが、やはり何の音も聞こえて来ない。その事に男性は少し安堵し着いてきた犬の頭を撫でると小声で犬に話し掛けた。
『………よし、パック………買い物だ………』
犬にそう声を掛けると男性は迷う事なく缶詰やインスタント食品コーナーを目指した。店内は荒れては居たがまだ商品が幾らかあり、散乱している缶詰も籠に入れていく、時折周囲を再度警戒しながら、食べれそうな物や飲料、犬用の餌、必要と思う物を詰め込み、カートが一杯になると一度外に戻り車に荷物を積めてまた取りに行くを繰り返した。普通なら誰も居ないスーパーでも黙って持ち出せば窃盗なのだが、周囲には人影すら見当たらない。この街に入ってから一人として会っては居ないのだ。
男性はカートを手に再度店内を進む、生鮮食品に至っては腐っており冷凍食品も完全に解凍され食べる事すら出来ず、酷い悪臭を放っていた。
男性は店内を更に進むとバックヤードの扉の前に佇む、犬も悪臭に耐えながら男性の横に立ち男性の顔を見詰めていた。再度男性が呟く、
『………分かってる………此処が最後だ………あいつらが居るかも知れないからサポート宜しく………』
そう言うと男性はバックヤードの扉を音を立てない様に開き犬を中に入れ、再度音を立てない様に扉を閉めた。バックヤードは店内よりも光が入らず目が慣れるのを待ちながら周囲を警戒する。耳を澄ますが音もしない、少し緊張している自分の呼吸音が煩く思えた。徐々に中を進んで行くと事務所と思える部屋は光が射し込んでおり、鮮明に見える。事務所の壁や机の上には血が付着しており、男性は警戒を強めた。その時であった。犬が敵意の籠った低い唸りをあげ始め一点を睨んでいる。男性はその声に銃を構えゆっくりと進み寄る。首もとに掛けられたマスクをし徐々に鼓動の高鳴りを感じながらも焦らず冷静にと言い聞かせながら、
事務所を過ぎ、在庫商品の置かれたスペース迄たどり着くと微かに物音が聞こえてきた。在庫商品の棚の間を注意深く見て行くと、人間らしき者が壁の方を向きゆらゆらと体を揺らしていた。男性は頭の中で声を発した。
〈居た、やつらだ〉
壁に向かってゆらゆらとしている者はこちらに気付いておらず、男性はそっと近くに銃を置くと、腰からハンドアックスを取りだし慎重に距離を縮めて行く、手の届く範囲に近付くと人間と思わしき者に向かってハンドアックスを降り下ろした。降り下ろされた斧は見事に頭部に辺り頭蓋骨を砕き脳に直撃する。それと同時に人間と思わしき者は動きを止めその場に倒れ込んだ。
男性は少し返り血を浴びたが気にする事なく振り返ると犬の方を見た。犬も舌舐めずりをし安心している様だったが何かに気付き再度構え、低い唸りをあげる。その様子を見て男性も斧の血を布で拭い腰にしまうと、立て掛けた銃を持ち構え犬が見ている方向に目をやる。一瞬何かが動くのを確認すると男性は息を飲んだ。次の瞬間暗闇から人間が走りこちらに向かってきた。
エプロンを着け短い茶髪のアフロは如何にもおばちゃんと言った出で立ちだが、口やエプロンはどす黒くなった血が付着し、男性に敵意を持って近付いてきた。男性はそれに躊躇する事なく構えた自動小銃から一発の弾を射出する、打ち出された弾丸はおばちゃんの額に命中すると糸が切れた様におばちゃんは倒れ込み動く事はなくなった。その様子を見届け再度犬を見ると警戒を解いている、それを確認し、しばらく物音に耳を澄ますが何の音も聞こえない。男性は溜め息を付くように息を吐くと構えを解き、どっと疲れた表情をしていた。
『………これ以上いないみたいだな………』
そう呟き、少し箱の上に腰を掛けた。近寄る犬の頭を撫でながら礼を言うと男性は腰をあげ声を発した。
『よし!早く終わらせて帰ろう………』
その言葉に犬も座りながら尻尾を振っていた。男性は一度車に戻りスーパーの裏口に車を持ってくると裏口のシャッターを開き箱に入ったままの荷物を休みなく積み込んで行った。車が物資で一杯になると、バンの天井にも荷物を縛り付け乗るだけ乗せる。それを終えるとシャッターを閉めスーパーに向かって一礼をした。運転席のドアを開け犬が乗り込み助手席に陣取ると男性も乗り込み一息着くと犬に話し掛けた。
『これだけあれば、しばらくは調達しなくて済むな………さぁ………帰ろう………』
犬は舌を出し呼吸をしながら助手席で寛ぎ、男性は元来た道を車で進んで行く、元来た道は来る際に道を塞いでいる物を除去しながらだったので帰りはスムーズだった。遠目で西の空を眺めると曇り空が近付きつつある。窓を少し開けると風が匂いを運んできた。
『………これは、今夜から降りそうだな………』
そんな事を犬に話し掛けると、犬も鼻をひくつかせて匂いを嗅いでいる様だった。来た時同様に人影すら見えない道のりを走行していると、犬が何かに気付き起き上がるとキョロキョロと周囲を見回している。その様子に何かを感じた男性は車の速度をゆっくり落とし停車させた。
『………何かいるのか?………』
犬の様子から奴等ではない事は何となく分かる。小さく泣くように鼻と耳を使っている。男性は窓を少しだけ開けて更に様子を伺っていた。男性も銃を静かに手に取り辺りを見回していると草の生い茂る土手と思われる場所から人間と思わしき者が現れた、
ふらふらと力がない様な歩き方、男性は「奴等か?」と思ったが犬の様子を再度伺うと警戒心を出していない。その様子を見て男性は犬に問い掛ける様に呟いた。
『………生存者か?』
その言葉に犬は頷く様に低く鳴き、尻尾を降りながらふらふらと歩く者を見詰めていた。男性は車をゆっくり動かしながら、生存者と思われる者に近付く、道路の路肩迄歩いてきた生存者と思われる者は其処で倒れてしまった。男性は慌てて車から降りると倒れている者に警戒しながら近付く、周囲を見回しながら倒れた者の様子を伺った。銃の先でつつきながら声を掛けると倒れている者は気付いたのか、男性に助けを求める様な目をし手を伸ばそうと震わせていた。
『だ、大丈夫か?』
男性がそっと顔を覗く、倒れている者は明らかに奴等と異なっており、生存者であった。生存者は色白で痩せており、パッと見でも女性と分かった。男性は感染してないかを確認すると女性を抱え起こし声を掛ける。
『………だ、大丈夫か?』
明らかに大丈夫と言った状態ではないが、一応セオリー通りの事を言ったが男性の確認したかったのはそんな事では無かった。再度男性は聞き直した。
『感染は?感染してないか?』
その言葉に女性は必死に頭を横に振り感染を否定していた。女性は助けを請う表情で男性に言葉を発した。
『………た、助けて下さい………』
その言葉に男性は頷くと、女性は安心したのか、そのまま意識を失ってしまった。男性は少し慌てたが女性が意識を失った事に気付くと少し安堵し車の助手席を開け、乗っていたパックに後部座席に移る様に語り掛ける。パックは察したのか大人しく後部座席に移動した。助手席に女性を乗せドアを閉め自分も乗り込む、一仕事を終えたかの様に額に浮かぶ汗を拭った。
その時であった。パックが低い唸りをあげ始める。パックが警戒している方向を見ると先程女性が歩いて来た方角であった。男性は静かに運転準備をしながら警戒する。パックに発進する合図を送りゆっくりと車を発進させた。その場を後にバックミラーで確認すると案の定、奴等が三体ふらふらと姿を表していたが、既に後の祭り、男性は女性を助手席に乗せ立ち去っていた。
『………もうこんな時間か………急がないとな………』
パックは何ら気にしていなかったが、衰弱しきった女性を助手席に乗せ男性は日没を気にし、少し焦りを見せていた。元来た道を障害物もなく進み、気付けば農道を走っていた。
周囲には稲穂が風に吹かれ幻想的な風景を醸し出していたが、男性は感慨なく前方に見える建物を目指していた。建物の周囲は高い壁に守られ男性は建物に近付くとキーホルダーに取り付けられた装置のボタンを押す、すると車庫のシャッターがゆっくりと開き始め、シャッターが上がりきると忙しく周囲を確認し速やかにバンを車庫にしまった。
再度ボタンを押し、シャッターが閉まるまで自動小銃を身構え辺りを警戒する男性、シャッターが閉まる切ると安堵の溜め息をついた。シャッターが閉まると同時に日が暮れ、周囲を闇が襲う。男性はガレージ内部でそれを確認すると静かに胸を撫で下ろした。