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獣達の舞踏会1~目覚める狼~  作者: 冬永 柳那
二章 地下での激闘
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第二話






転地の門。それは、土地自身に転移魔法が張り巡らされた特殊な土地である。魔力の力場、溜まり場とも言われており、その土地に内包された魔力量は計り知れないものと言われている。


事実、この転地の門は明確な転移魔法の管理者がいない。つまり、転移魔法を発動させている者がいないということになるのだ。


その宙に浮いた所有権を、あえて誰にも渡さず宙に浮いたままにする。


すると、その魔法は誰しもが扱える魔法となり、制限なく転移の扱える物となる。だからこそ、『転地の門』と呼ばれているのだ。


明朝、その転地の門には人が集まっていた。


二年魔法闘技科、全40名。パーティーとしては10組分である。


夜明け前の薄暗い中、ほとんどの者が武装し、今か今かと命を待っている状態だ。


―――約1名を除いて。


「…ふわぁぁ…」


途切れなく大きな欠伸を出し続けると言う事をしながら、ユーブメルトは心底眠そうに目をこする。


服装は昨日と変わらず制服のままだが、他の面々がつけているような肩当てや膝当てを付けていない。服を着ているだけだ。他の者が持っているような武具も、彼は一切持っていなかった。


まあ、普通に考えればその服装が普通のはずなのである。だが、今は違う。今から向かおうとしている場所、それはこの浮遊島の地下にある迷宮なのだ。そんな場所に行くには、少しと言うよりかなり物足りない。


「ったく、だらしねーな。今からどうなるのか分かってるのか、こいつ」


隣にいるセリスクが、そんな呆れた声を出しながらユーブメルトの脇腹を小突く。


その手には無骨な剣が握られているが、ユーブメルトはそれを一切気にしない。


一応信頼の証とも取れるのだろうが、普通は剣を握った手で脇腹を小突かれては恐怖するしかないだろう。


「…分かってるよ。ただ、皆さん気合入れすぎじゃねえ?」


「気合は幾ら入れても足りないんですよ! 地下迷宮探検なんて久しぶりじゃないですか!」


「そうだよユー。しゃんとしないと、しゃんと」


「俺はお前らがなんで楽しそうなのかが、一向に理解できん」


楽しそうにガッツポーズを決めるスフィアに、その後ろ側で少し危なげな表情を浮かべているユミナ。


言っていることはまともなのだが、今の彼女の表情は全くその言葉に対する説得力がなかった。その理由は―――


わしゃわしゃ…


「ふみゅ!?」


「…もふもふしてるよー…ふかふかだよー…うへへへ…」


危ない声を出しながら、ユミナはスフィアの尻尾に頬擦りする。


頬を赤く染め、息が荒い。これが説得力のない理由で、ユミナはもふもふしたもの、もしくはふかふかしたものに目がないのだ。


そのため、今この状況のように無防備な尻尾を掴みとり、思う存分堪能している図柄が完成してしまうのである。


「ゆ、ユミナさん…! だ、だめ…そこはぁ…!」


「…もふもふふかふかー……」


「…天国だな。…な、ユーブ―――」


「死ね」


ドゴスッ!


「ふげらっ!」


その二人の少女の死体を見つめていたセリスクの鼻の下が伸びているのを、ユーブメルトは見逃さなかった。


話を振られたことを良い事に、腰の捻り、肩を入れる、直撃の瞬間に腕を捻るの三点を盛れなく盛り込んだ一撃を、腹の下辺り、つまりは鳩尾に放り込む。


色々なものを吐き出したような声をあげ、セリスクはユーブメルトの視界から見事に消えた。


「…めんどくせ」


「って言いながら意味わかんないぐらい強烈な一撃出してくるんじゃねぇ!!」


「…めんどくさいけど、もう一回―――!」


「すいませんでした俺が変な事言ったのが悪いんです見てたのが悪いんですだから俺を殴ろうとするその拳を収めて―!!」


かなりの量を一息で言い切ると、吹っ飛ばされて舞い戻ってきた後には似つかわしくないほどの凄まじい速度で、ユーブメルトに対して誠意の土下座を行うセリスク。


それを薄く眠そうに開いた目で見ながら、ユーブメルトは一応握っていた拳を下す。


「…助かった…」


「命拾いしたな?」


「お前のおかげでな!」


パンパン!


「静かにしろ! これから今回の依頼の説明をする。一回しか言わないからしっかりと覚えろ、いいな!?」


手を叩きながら現れた担任の男が、よく通る声で説明を始める。


一応話は聞いておかなければならないので、ユーブメルトとセリスクは担任の男の話に耳を傾ける。その際、一応現実に戻ってきていたユミナとスフィアも話をきちんと聞いていた。


その話の内容を要約するとこうだ。


連絡通路でのいざこざを治めること。その道中にある問題については各自判断の元速やかに対処すること。自らの力量にあった範囲内で事を進めること。


詰まる所、無理だったら戻ってこい。と言う事である。


だが、それを聞いた所為なのか盛り上がるバカもいた。


「よっしゃ! ならば先に行こうぜ! 手柄は俺たちのもんだ!!」


他の三人の意見も聞かず、さっそく転地の門を使って移動していくクラスメイト。


それを一瞬だけ呆けた顔で見ていたパーティーの面々だが、次の瞬間にはその少年の後を追って転地の門を使って転移していった。


「…ったく…集団行動が出来ないでどうするんだ…。…次、十分後に行け」


担任の男は頭を抱えながらも次の行動を指示する。


別に全部のパーティーが一気に行っても問題はないのだが、やはり授業と言う事もあるのだろう。


時間をずらすことで鉢合わせを防いでいるのである。


「なら次は私たちね! おら野郎ども! ついてきな!!」


威勢のいいことを言いながら、少女は転地の門に足を踏み入れていく。野郎どもとは言っているが、その中には女子も含まれている。


次々と他のパーティーが転地の門に向かい、目的地に向かって出発していく。


そして、転移魔法が発動した証である薄黄色の光の残滓が消えた後に残ったのは、ユーブメルトたちのパーティーであった。


「さて、次は俺たちか。かっこいい所を見せてやるぜ! そして今日こそ不幸の名を返上してやる!」


「無理だよね」


「無理ですね」


「俺も無理だと思う」


「お前ら全員ひどくねぇ!?」


意気込みの言葉を口にするセリスクだが、その言葉を間髪入れずに残りのパーティーの面々に否定されてしまう。


「ひどくねぇよ、実際事実だ。…ま、めんどくさいが行くぜ?」


「うん!」


「行きましょう!」


「…しまらねぇよ…こんなんじゃ…」


「うっせ。セリスク、置いてくぞ」


「ぐえ!」


痺れを切らしたのだろうか、行くと宣言してから動かないセリスクの襟首を掴み、ユーブメルトたちは転地の門に足を踏み入れる。


そして、その足が転地の門の魔力力場の中心に触れた時、彼らの体は異常に軽くなった。


転移のための認識阻害。自らの体が軽いと思わせることで、どこまでも跳べると思わせる。それが転移魔法だ。転移とは跳躍と同じである。場所と場所を繋ぎ、跳ぶ。それが転移魔法の原理なのである。


自らの体が薄黄色の光に包まれたと思った瞬間、ユーブメルトの目の前に広がる景色は全く別のものに変わっていた。


薄暗く、寒い。夜明け前だった先ほどの朝の気温より少しだけ肌寒いと感じられる気温の中、突如変わった目の前の景色にユーブメルトは転移が完了したことを理解する。


「…めんどくせ…」


小さく発した声が反響する。スフィアが先ほど言っていたように、ユーブメルトたちがいるのは学園の地下、浮遊島メアライズの内部だ。


慣れてきた目に映るのは、こけた岩肌。洞窟、と一言で言ってもいいような外見である。


「…大体学園側って所か。連絡通路って言っても、地下の方は滅多に人が入らないからな…」


「だから地下迷宮なんじゃないですか! 楽しみです!」


「うん! 張り切っていこー!」


ユーブメルトはかなりめんどくさそうに、頭をガシガシと掻いている。やる気の欠片など、一切見られない。


セリスクは周囲に気を配っているのか、あたりをキョロキョロト見渡している。


だが、パーティーの女性陣は、男性陣と違って楽しんでいるようだ。


彼らがいるのは、連絡通路と呼ばれるメアライズを縦断するように作られた洞穴である。基本的に使われることは滅多にないが、緊急時の避難路や、このような学科間の授業に使われることもある。


しかし、緊急時などに使われるくせに、管理が全くなっていない事でも知られているのだ。


まあ、誰もが進んで薄暗い洞穴の管理などしたくないとは思うが、それでもずさんの一言である。


「あ。そう言えば、目的と言えば連絡通路のいざこざを治める事でしたよね?」


「そうだな。あ、でも確か連絡通路って、いろいろとやばいものが棲んでるって言うので噂になってなかったか?」


「…引き当てんじゃねーぞ。そのいろいろやばいものを」


「引き当てねーよ!」


ボソッと突っ込んだユーブメルトの言葉に、セリスクが過剰に反応する。


「うるせえ。お前、そう言って何回も何回も俺に面倒事押し付けてきやがったくせに」


「うぐ…。こ、今度はそうはならないって! 俺、不幸とはおさらばしたんだ!」


「…なんか頼りないね」


「ユミナさんの言う通りです…」


「…お前らなぁ…」


事あるごとに否定されてしまうセリスク。これも彼の不幸の一つなのだろうか。


「ま、気を落とすな。…めんどくせーし、ささっと終わらせようぜ。帰って寝たいんだよ」


はねっ毛が増えるのも構わず頭をガシガシと掻きながら、ユーブメルトがそう提案する。


「セリスクとスフィアが前衛、俺とユミナが中後衛をやるから。パーティーの力量的にそうなるだろ? 俺は何もできないし」


「それで行くしかねーか。じゃあアナシア、よろしくな」


「はい! こちらこそです!」


「任せといて! 二人とも、何かあっても大丈夫だよ。何かあったら私の光魔法で治してあげるから!」


左手の甲に刻まれた、濃い白色の獣刻印の紋章を見せながら、ユミナは元気に言う。その自信満々な姿に、ユーブメルトは自分で編成を立案していながら、少し不安を覚えていた。


その不安の種は、このパーティーの本質と回復魔法を扱う事の出来るユミナの気質による所が多い。


ユーブメルト以外は上位に位置する共鳴者。それは必然的に、ユーブメルトを守るようにしてパーティーを編成しなくてはならないのだ。それが分かっているからこそ、ユーブメルトは先ほどのような編成を行った。


だが、ユミナは回復魔法の扱える光魔法が使えるのにもかかわらず、前線に飛び出していく癖があるのだ。何度ユーブメルトは無様に逃げ回った事か。


それらの事柄から、ユーブメルトは不安を心の片隅に置いたまま、歩き出した。


ズズーン…


そして、その歩き出した直後。洞穴全体を揺るがすような音と衝撃が彼らを襲う。


「うわわわ…」


衝撃からくる揺れを一身に受けながら、ユミナは足元が覚束ない事に慌てた声を上げる。


その揺れる体を、ユーブメルトは横目で見ながら考えを巡らせていた。


「…どうだ、セリスク」


今までのめんどくさそうにしていた顔はどこへやら。


真剣な表情になって、隣で揺れを我慢しながら立っているセリスクに言葉を投げかける。


「…今ので二組ほどやられてるな。伝わってきた」


言葉を投げかけられた後、セリスクは目を閉じて伝わってきたものをありのまま話す。


「…だいぶ揺れの震源が近いな。そこにもう二組ほどいる。いや、二組と一人だ」


「合計10人となにか、か。まったく、お前のは便利だよな」


「そうでもないぜ? ああ…また背中が破れてる…」


背中に生えた、ほとんど黒色に近い紫色の翼を動かしながら、セリスクはため息を吐く。


蝙蝠の型・宵闇。それが、彼の獣刻印であり、彼が契約している獣神の種類だ。


獣神とは、獣神界に住まう古今東西様々な獣たちの事。そして、彼らの力を使う共鳴者たちは、その力を扱うときに自らの体にその獣神の体が現れる。


それが、『共振(リゾナーター)』。力の具現化。そして、その彼の共振の形は、蝙蝠の翼。漆黒とまではいかない、夜の色をした艶やかな翼だ。


共振は、基本的には人間の感覚器官ではない場所が具現する。詰まる所、ついていない所につくのだ。尻尾や翼などがいい例として挙げられる。


そして、獣神の力を引き出していくごとに、己の体はその獣神に近くなっていく。


だが、ある一定のラインを超えた共振は禁忌とされており、そのラインを超えた者は、人に戻れなくなる。喰われるのだ。契約した獣神に。


「…そこに何かがあるのなら、行きましょう。何かあったなら、助けないといけませんから」


「そうだね。仲間だもん」


スフィアが似合わない握り拳を作りながら、共振の証である金色の狐の尻尾を揺らす。


その思いに賛同するように、ユミナも意志を固める。その証に、彼女の背後には2本の白い尻尾がゆらゆらと揺らめいていた。


金狐の型・火焔。妖猫の型・聖光。それが、彼女たちの獣刻印につけられた名前であり、彼女たちの力だ。


自らの目の前に立つパーティーの面々の変容に、ユーブメルトは少しだけ目を見張ると、少しだけ小さいため息を吐いた。


「…はぁ…。めんどくさいけど、やるしかないってか?」


ユーブメルトの小さな呟きに、残る3人は一様に頷く。


その頷きに、ユーブメルトはもう一度小さなため息を吐いた後、ゆっくりと言葉を口にした。


「…なら、行くか。俺たちも。…めんどくさいけど…」






「…ようやく起きたか? 銀狼、フェンリル…」


真っ暗な部屋の中、一人の男がそう呟いた。


その男の目線の先には、淡く輝く単調な装飾の成された大きな鏡がある。その鏡に映るのはその男の姿ではなく、ユーブメルトの姿。


あまり笑わない彼の姿を、男はただ眺めていた。


「…報告します。『魔粒子結界』の効果内に対象が入りました」


「そうか。展開し、中の情報は一切外に漏らすな。たとえ何があっても結界の維持に集中しろ」


「は!」


突然現れたもう一人の男は、指示を出された後、すぐにその気配を消す。


その行動に、男は特に何も動きを起こさず、ただ鏡の中に移されたユーブメルトを眺める。


「…さあ…銀狼…。君は、いつ起きる? いつまで、偽り続ける? どこまで、仮面を被り続ける?」


語りかけるように言う男の口の端は、嬉しそうに吊り上っていた。


だが、鏡から漏れ出る光の所為でそれ以上の姿を垣間見ることはできない。


しかし、それでも男から出る狂気の雰囲気は隠しきることが出来なかった。


「…見せてくれ…銀狼の力を…禁忌の銀の力を…世界を混沌へと誘う、その強大なる力を…!」


抑揚を利かせた、どこか芝居がかった声で男は叫ぶ。


そして、男は笑い出した。


止まらない笑い声。高笑いとは違う、心の奥底から楽しんでいるような、すべてを嘲笑うかのような笑い声が、真っ暗な部屋の中に木霊する。


だが、それは唐突に終わりを告げた。


バリィィン!


おもむろに振り上げた拳で、光る鏡を叩き割る。


声を出して笑っていたはずの男が取るような行動ではないが、それでも、この男の行動はある意味で理にかなっていた。


すべてを嘲笑っていた笑いの表情は、今、獰猛な肉食獣の獲物を狙うときのような笑みになっている。


そして、言った。


「…さぁ…見せてくれ…! 醜くて美しい、獣の力を…!」







感想等々待ってます。


誤字脱字誤変換等の指摘も歓迎。

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