第四話
魔力測定会。それは、コルトアニアにある三国を筆頭する学校にある有名な行事だ。
二月に一度、身体検査と同じ項目に加え、自らの内に宿る魔力の制御率などを数値化すること、さらにはある事柄について知ることで、後学に生かすことが目的の行事である。
レジース王国が運営、管理するアルリアン王立魔法学校。スカルブディーア帝国が運営、管理する都立ウィルナメント魔法学園。クレック共和国が運営、管理する共立エドニア魔力研究所。
これら三つの学校が、魔力測定会と言う行事を取り入れている学校である。もちろん、他の学校も取り入れている所はあるが、二か月に一度と言う比較的短いスパンで行うのは、この三つの学校のみだ。
基本的に魔力の総量なども計測されるために、必然的にその結果は全校でランキングされることになる。そのランキングの順位の分け方は、一年生から三年生まで関係がない。
強いものが、素養のある者が上に立つ。これが必然なのだからである。
そしてそれは、今ぼーっと突っ立っているだけのユーブメルトの目の前で繰り広げられていた。
「よっしゃー!! 今回こそは勝ったぜ!!」
「くっ! あの時にもっと粘ってれば…!」
目の前で繰り広げられるのは、測定会で出された数値が記入された羊皮紙を手に、はしゃぐクラスメイトの姿。他の学科も合同で行っているために、以外と生徒が多い。
何とも便利なもので、ほとんどの結果は数値化されてデータ化される。ランク付けもなされており、S~Eまでのランク付けがなされている。
だが、Sランクはほとんどまれ。Eランクに関してもほとんどまれ。普通の認識では『出ない』と言う認識が一般的だ。普通の人間は、どんなに良くてもAランク。どんなに悪くてもDランクと言われているのである。
そんな魔力測定会を受けている生徒がいる中、ユーブメルトはただ一人憂鬱な気分を味わっていた。
「(…眠いなー…そして暇だ…)」
あくびを噛み殺しながら、軽く涙でにじむ目をこすりながらユーブメルトはそんな事を考えていた。
あくまでも過去の成績順に則った測定の順番であるために、落ちこぼれと揶揄されるユーブメルトの順番は一番最後だ。
普通、その落ちこぼれと呼ばれる者らからやるはずなのだが、順位変動や数値のデータ入力など、様々な要因から一番最後に回されているのである。
そのため、ユーブメルトはいつも暇なのだ。
「おーい、ユーブメルト。お前、まだなのか? やっぱり」
「まだに決まってんだろ。俺は一番最後だよ」
尖がり頭の少年が、自らの測定が終わったようでユーブメルトに話しかけてきていた。
セリスクの手に握られているのは、その測定結果が出ている羊皮紙。
その羊皮紙をさりげなく手に取りながら、ユーブメルトはその中身を即座に読み込む。
「って! お前いつもいつも手癖悪いな! こら、返せ!!」
怒りをあらわにしながら、ユーブメルトの手に握られる自らの結果が書かれた紙を取り戻そうと、拳を振り回すセリスク。
その振るわれる拳をひょいひょいとかわしながら、ユーブメルトはその紙に書かれた事項の中身を読み取っていく。
セリスク・ネンゼルレイマ。
魔力総量Cランク。
魔力属性、闇。『刻名』宵闇。
『獣刻印』蝙蝠の型・宵闇。
獣刻印顕現率100%。資質Bランク。
獣刻印シンクロ率80%。『魂の契約』可能。
魂の契約、完了済み。獣神顕現回数、2回。
『属性相克』光に対して相互間。相殺性あり。
魔力制御率Aランク。
紙に書かれている内容はざっとこんなものである。
それらの内容を一通り確認した後、ユーブメルトは未だに振るわれる拳を避けた後に手に握った紙を投げる。
「おわっ! 急に投げるな!」
「悪いな」
「…ぜってー悪びれてないだろお前」
怨嗟のような声を出しながら、セリスクがユーブメルトを睨む。
その特徴的な髪形と、首に巻きつくように浮き出ている、あざのようにも見える暗い紫色の物のおかげで結構な雰囲気が出ているが、ユーブメルトは一切気にしなかった。
セリスクの首に浮き出るもの。それこそが、『獣刻印』と呼ばれるものだ。
言い方が悪いかもしれないが、『選ばれし者に現れる契約の印』と言うのが一般的な認識である。実際の所その通りなのだが、ユーブメルトはそうは思っていなかった。
獣刻印は、それを持つことで『獣神界』と呼ばれるもう一つの世界に住まう『獣神』と呼ばれる神と契約できるようになる代物だ。
そのため、それを持つ者は貴重な人間として重宝される。だが、その反面自由が無くなるのだ。三国を代表する三つの学校には、獣刻印があると言うだけで強制的に入学させられるのだから。
「…ったく、めんどくさい話だよな…」
「ん? 何か言ったか?」
「…いや?」
ユーブメルトは、その理不尽な制度を嫌っていた。
まあ、この『ご時世』的に仕方がないのかもしれない。とも考えてはいるのだが、それでも嫌いなものは嫌いなのだ。
コルトアニア歴568年。コルトアニアでは戦争が起こっていた。
コルトアニアの世界にある三つの大国、レジース王国、スカルブディーア帝国、クレック共和国。この三つの大国は、己の利権のために戦争を始めたのだ。
水がある所に人は集まる、ならばそこで優劣がつく。単純なことだ。人は、己の身が可愛いのだから。生きるために、必死なのだ。
資源獲得のための戦争は、三国に多大な損害をもたらした。それこそ、国が崩壊するかもしれないぐらいに。
そのため、『代理戦争』と呼ばれる物が生まれたのだ。国が運営、管理する学校を作ることで、学校の生徒に戦わせその年の優劣を決める。そんな戦争が。
そして、その戦う対象である生徒は、獣刻印と呼ばれる『神の力』を扱う事の出来る若者たち。
理不尽な骨肉の争いが、未来を担う若者たちに降りかかっているのを、世界に住まうほとんどの人間は知らない。
ただ、戦争は終わっている。その認識の元だけで。
「次ー、最後か。ユーブメルト・レディナス。測定を始めます」
そんな事を考えているうちに、出番が回ってきたようだ。
憂鬱な気分に落ち込んでいた気分を強引に持ち上げ、ユーブメルトは呼ばれた場所へと歩いて行く。
辿り着いた先にあったのは、一つの淡く輝く小さな水晶と、その後ろに座る教員の姿。
測定会は魔力水晶に手をかざし、自らの魔力をその水晶に込めることから始まる。そうする事で、属性の判断、魔力総量の検査などが楽になるからだ。
この世界、コルトアニアの住人は皆、体の中に魔力を持って生まれる。魔力とはすなわち生命力であり、魔力が枯渇すると人は最悪の場合死に至る。
つまり、魔力とは己の体に流れる血と同じなのだ。出せば減るし、時間をかければ元に戻る。そんな切っても切り離せない物、それが魔力と呼ばれる力なのだ。
そのため、魔力水晶に自らの魔力を込めること、自らの魔力をコントロールすることは誰しもができることであるはずの物だ。事実、この世界での日常は魔力を使わなければ生きていけない。
だが、次の瞬間起こった事は、ユーブメルトにとっては当たり前の事だった。
パリィン…!
ユーブメルトが手をかざした瞬間、水晶がそんな綺麗な音を立てながら粉微塵に割れる。
その不可解極まりない出来事に、当の手をかざした本人であるユーブメルト以外から驚きの声が上がった。
「…またか…」
「魔力を込めすぎです。魔力水晶が耐えられずに割れたのでしょう」
「…知ってますよ。…はぁぁぁー…」
ため息を吐きながら、割れた水晶の欠片を見つめる。
いつもこうだ。ユーブメルトは内心でそう思っていた。
彼は昔から、魔力の制御と言う物がうまく出来ない体質である。そのために、今まで生きてきた中で壊したものの数は数知れず。
魔力を扱う物、と言う点で彼は敬遠して過ごしてきたのだ。実際、それでも生きていくことはできる。何一つ不自由などなく。
だが、この学園に来てからは別。その事柄で逆に注目されるようになってしまっていた。
「ユーブメルト・レディナス、魔力総量Sランク、魔力属性測定不可能。魔力制御率Eランク」
その注目と言うのは、機械的に発せられた教員の台詞に集約される。
まれにしか出ないSランクとEランク。その二つを叩き出す、いや、逆にそれしか叩き出す事の出来ないユーブメルトは、格好の注目の的だった。
「おいおいおいおい…。あいつ、まただぜ…」
「…でも、まだ『共鳴者』じゃないんでしょ?」
「…俺、あいつの魔力の嵐見た事あるぜ、前キレてたから」
そんなひそひそ話とも言えないぐらいの音量の話し声が、ユーブメルトの耳を叩く。
いつも通りの光景にユーブメルトは辟易しながら、次の測定へと向かうために足を動かした。
向かったのは、獣刻印の状態を図るために設けられた個室。
基本的に獣刻印が出現する場所は、頭より下の部分のために、ほとんどの者が服を脱がなくてはならない。そのために割り当てられた個室だった。
その個室に入った途端、ユーブメルトは着ている制服をはだけ始める。
白を基調とした少々堅苦しい印象を受けるロングコートに、縁の部分に赤い刺繍が施されたシャツ。対してズボンは深い紺色で、一切装飾がなかった。
一年生の頃からお世話になっている制服を綺麗に畳みながら、ユーブメルトは上半身裸になる。
そして、現れた肢体に刻まれた、濃い黄色の傷のようなもの。均整のとれた体つきには、少々不釣り合いなものだ。
肌を縦に引き裂くように奔るそれは、時折疼くように光り、とても美しく、そしてとても艶めかしかった。
その自らの体に刻まれたものを、ユーブメルトは一瞬だけ軽蔑したように見た後、その傷を担当している教員に見せる。
「…ふむ…。やはり何度見ても奇怪な獣刻印だね。どうだい? 最近、何か変わったことはないかい?」
「ないです」
「そうか。ならいい。顕現率は半分と言った所か…資質はSランクだな…。あ、服を着て次の測定ヶ所に行くように」
濃い黄色の傷のようなもの。それが、ユーブメルトの獣刻印だ。
だが、その形は本当に傷のようであり、セリスクのようなあざのような紋章ではない。ちなみに、獣刻印の紋章はどんな型になってもその形が変わることはない。変わるのは、その紋章の色だけである。
気づいた時から、恐らく生まれた時からある、ユーブメルトのその傷のような獣刻印。
これの所為で、ユーブメルトはあまり薄着と言う物が出来なかった。普通の獣刻印なら、ただの入れ墨のように見えるのだが、ユーブメルトの物は違う。
抉られたような傷跡が、時折疼くように光るのだ。気持ちが悪いと言われても仕方がないだろう。そのため、彼は基本的に暑くても厚着をしているのだ。
指示された通り、いそいそと着替えをこなしながらユーブメルトは自問する。
―――次の測定ヶ所って、もうないんだけどな―――
本来、これからもう三つほど測定があるはずなのだが、彼にはそれを受ける意味がなかった。
『魔力相克』、『獣刻印』、『刻名』の三つに関する測定である。
魔力相克に関しては、己の魔力がどの属性に属するのかが分からなければ、測定することは出ない。獣刻印に関しては、先ほど受けたものの拡張版のようなもので、共鳴者になってからそれは行われる。
共鳴ものと言う物は、獣神と契約、心を通わせるための儀式、『魂の契約』を行ったもののことを指す言葉だ。
そして、刻名と呼ばれるものは魔力属性の根幹の六つの属性の名前の事である。それは普通、魔力水晶に魔力を込めた時点で分かるものなのだが、契約した獣神の得意とする魔力の属性が関係してくるために、態々個別で測定が行われるのである。
「…ま、いいか。受けたものは受けたし。内容も変わってないだろうし、あの場所に行って寝るか…」
小さなあくびを出しながら、ユーブメルトは受ける必要がない検査から逃げるための言い訳を口にすると、そそくさと会場である講堂を後にした。
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