第二話
食堂のある場所は学園寮の中、三階にある。
大きな巨大な塔の二つが、二か所だけ橋渡しのように繋がっている外見だ。その繋がっている個所の一つに、食堂があるのだ。
この学園寮は、この学園に通う大半の者が住んでいるため、かなりの巨大さを誇る。高層ビルと言っても過言ではない高さだが、誰もそれに文句を言ったことはない。
基本的に縦の移動は階段を使うのだが、ほとんどの者が二つの塔それぞれについてある魔法陣での移動のため、対して体力も使わずに自らの部屋に行けるからである。
だが、ユーブメルトが魔法陣を使った移動をすることはほとんどない。ユーブメルトの部屋があるのは二階の2320号室である上に、めんどくさがりのはずの彼は、なぜか階段を使うことを好むのだ。
そして今も階段を上り、三階に至る。対した疲れも見せず、少しばかり距離がある食堂まで歩く。
軽く力を入れて食堂の扉を開けた時、ユーブメルトの目に飛び込んできたのは『金』だった。
「わわわわ! ど、どどどいて下さいぃぃーー!!」
「は?」
ズガッシャーン!
「へぶっ!」
「ふみゅ!」
扉を開けた途端、いきなりの悲鳴と金色にユーブメルトは床に倒れこんだ。
視界全部を覆う金。ふわふわの感触だが、今の彼にはそんな感触を味わっている暇はなかった。
「いててて…。いったいなんだってんだ…」
「ふみゅー…。またこけちゃいましたー…なんでこうなるのー…」
もぞもぞ…
ユーブメルトの上にある金から声が聞こえる。
その声を聴いてようやく、彼は人が突っ込んできたのだと知った。まあ、普通に考えればわかる事なのだが、それでも混乱しきった彼の頭では理解はできなかった。
「なぁ…そろそろどいてくれると嬉しいんだが」
「へ? わわわわわわ!! す、すみませんすみません! い、今すぐどくのでひゅ!」
べしゃっ
ユーブメルトの体から転げ落ちる金。
まったくと言っていいほど転げ落ちるほどの高さもないのだが、それでもその金色は綺麗な落下音と声を上げながら顔から床に落ちた。
「…大丈夫か?」
「は、はいい~」
頭から星を出しながらそう答える金。
床から立ち上がりながら、ユーブメルトはようやくその金色の全貌を知った。
ユミナより小さいその体躯。少したれ目の金色の瞳に金色のふわふわとした長い髪。服は寮の中での部屋着なのか、かなり大きなシャツを着ているだけである。
そして、ひときわ目を引くのがその金色の尻尾である。普通の人間にはまずついていないであろう尻尾が、ゆらゆらと揺れながら自己主張していた。
まさに金ずくめである。
「…またお前か」
「うぅー…はっ! あああ、そそそ粗相をしてしまいすいませんでした!」
「…粗相、ねぇ…俺は何回喰らってるんだ? その粗相とやらを」
「あ、ユーさん! こんにちはです!」
金色の尻尾をぶんぶんと振りながら、ユーブメルトの小言に答える金色の少女。
彼女の名前は、スフィア・アナシア。ユーブメルトの所属する学科、魔法闘技科に所属する同級生だ。
この都立ウィルナメント魔法学園には、魔法闘技科、魔闘演武科、治療魔法専攻科、武具錬成科、高濃度魔力研究科、隠密研究科の六つの学科がある。それぞれが一つ以上の事に特化した学科であり、その道のエキスパートを養成しようと言う事になっているのだ。
だが、それら六つの学科に入る、つまりこの学園に入学するにはかなり厳しい条件をがある。
と言うより、その条件を満たし、スカルブディーア帝国の国民であるなら、この学園には強制的に入学させられるのだが。
「フィー…お前、いい加減その意味の分からないドジっぷりをどうにかしたらどうだ?」
「意味の分からないってなんですか! 私としても必死なんですからね!」
ぷくーっと頬を可愛らしく膨らませながら、スフィアはユーブメルトの苦言に反抗する。
ちなみに、フィーと言うのはユーブメルトがスフィアに使う愛称だ。彼しか呼ぶことはないが、なぜそんな愛称がついたのかは本人たちも分かっていない。
そして、ユーブメルトが言った『ドジっぷり』と言うのは、スフィアの大きな二つの特徴の一つであり、彼女を学園内での有名人にしているものだ。
「お前と一緒にいたら、なんか知らないけど面倒に巻き込まれる。セリスクも一緒だな。あ、あれは不幸か」
教室で別れた学友の事を思い出しながら、ユーブメルトは未だに床に座り込んだままだったスフィアの体を引き上げる。
その際、なぜか足を滑らせたスフィアの体をコントロールしながら、ようやく立たせることに成功した。
ユーブメルトの身長は決して高くはない。むしろ平均的だ。だが、スフィアはその身長より頭二つ分ほど小さい。なので、どうしても見上げる事になってしまう。
「セリスクさんと一緒にされるのはちょっと不本意です…」
「それを言ってやるな」
目を伏せながら学友の事を喋るスフィアに、ユーブメルトは頭に手を置きながら言葉を口にする。
金色のふわふわとした髪を撫でながら、ユーブメルトは先ほどから引っ切り無しに動いている彼女に生えた金色の尻尾を眺めていた。
彼女が学園で有名な理由のもう一つは言わずもがな、この金色の『狐』の尻尾だ。
普通の人間ではありえない、その金色の狐の尻尾。それは『共振』と呼ばれる、選ばれし者のみが扱える力が具現している状態である。
共振は力の結晶が具現化している状態であり、力を暴走をさせないためにそれを逐一制御しなくてはならない。そのため、その形を常時維持しておくことは不可能に近い。
だが、その不可能に近い行為をスフィアはやってのけている。
その事柄こそが、スフィアが学園の中で有名である所以なのだ。
「でもですね? 私はあそこまでじゃないと思うんですけど…」
「…ま、お前が正の方向で不幸だとしたら、あいつは負の方向で不幸だからな。ある意味…」
「ですよね! つまりは私の勝ちです!」
「勝ち負け関係ねーだろ」
腰に手を当てながら、勝ち誇った顔をするスフィア。
そのいきなりの自己主張に、ユーブメルトは額に手を置きながら呆れかえる。
「いいんです! いろいろと重要なんですから、私たちにとっては! ほら、行きましょう! 食事取るんですよね?」
「ああ、その通りだ」
ユーブメルトが肯定したことに喜んだのか、スフィアはユーブメルトの腕を取って引っ張った。
だが、そうそう簡単に女の細腕で大の男一人を引っ張れるわけがない。さらに、スフィアは小柄なのだ。頭二つ分も足りない身長など、力の差も歴然である。
そのため、必然的にそれは起こった。
ぐいっ
すぽんっ
べしゃーっ
何がどうなったらそうこけれられるのか不思議で仕方がないが、スフィアはユーブメルトの手から離れた後に頭から滑り込むように床に向かってこけた。
つまり、態々一回転してまで地面に向かってこけたのだ。
なぜ?としか言いようがない。
「…大丈夫か?」
「ふみゅー…! なんでこうなるのー…!」
学園寮の三階。食堂に至る扉付近で、スフィアの涙混じりの叫び声が響いた。
もきゅもきゅ…
「んー…! 今日もご飯がおいしいですー!」
「それは分かったから黙って食え」
学園の食堂内。一際大きな嬉しそうな声と、一際静かな冷たい声が聞こえる中、二人は食事の真っ最中だった。
もちろん、その二つの声の主はこのユーブメルトとスフィアなのだが、あまりにも対照的すぎる。
まず、スフィアに関しては食べ方が言ってはなんだが汚い方だ。箸やらフォークやらスプーンやらをかなりの頻度でとっかえひっかえしながら食べているのだ。そして、極めつけは口の中に物を入れたままで喋ろうとする所であろうか。
対して、ユーブメルトはものすごく静かだ。使っている物も箸しかないし、口の中に物を入れたまま喋ると言う事もない。
この二人が並んで食事をすると、育ちの違いと言うものがあまりにも出ていた。
「あ、そう言えばユーさん。明日は魔力測定会ですけど、どうですか? 調子の方は」
「何も変わらないから大丈夫だ。ま、ただ元気な体だけしか取り柄がないんだがな」
「そんな事ないですよー。だって、あの『貴公子』さんにも目を付けられてるじゃないですか」
「お前、言葉知ってて言ってる? …俺としてはうんざりなんだよ、俺には何もないからな。…それに―――」
「―――あ、ユー…」
言葉の途中でその言葉を飲み込むユーブメルト。
そしてそのまま固まってしまったユーブメルトの視線の先には、一人の少女が立っていた。
暗灰色の腰まで伸びるさらさらとした髪。快晴の空を切り取ったかのような澄み渡った青色の瞳。だが、今はその瞳は驚きに見開かれている。
相手も相手で、ユーブメルトの愛称を口にした瞬間固まってしまった。
「…ど、どうしたんですか? 二人とも…」
「…いや、なんでもねーよ。よ、ユミナ。お前も飯か?」
心配そうに二人を交互に見比べるスフィアに、ユーブメルトは一瞬だけ、本当に一瞬だけ辛そうな表情をした後、スフィアに向かっていつもの笑みを向けた。
だが、その後に発せられた言葉と、その笑みに反応したものがいた。
「…いい加減にしてよ…」
「え?」
「いい加減にしてよユー! なんで…なんで…いつまでも本気で笑ってくれないの!? なんで!!?」
突然の少女の剣幕に、ユーブメルトもスフィアも面食らう。
その怒りの対象である少年が何も言わない事に、ユミナと呼ばれた少女はさらに檄を飛ばす。
「いつまでも仮面被ってないで、本当のユーを見せてよ!! どうしてそうなっちゃったの!? あの頃のかっこいいユーはどこに行っちゃったのさ!! 私…私は……っ!!」
ようやくユーブメルトの表情に気づいたのだろう。
堪えていたであろう涙を流しながら、ユミナは逃げるように食堂を後にする。
その様をただ見送りながら、ユーブメルトは顔を歪めていた。幼馴染の少女を傷つけ続けている自らの不甲斐なさに。
だが、その顔を歪めていた時間もすぐに終わり、いつもの顔に戻るユーブメルト。
―――ユミナに言われた、仮面をつけたのだ。
「…ユーさん。何かあったんですか?」
突然の出来事に困惑していたスフィアだが、そのユーブメルトの表情の変化に気づいたのだろう。心配する声を上げていた。
その声に少しだけ反応しながらも、ユーブメルトは出て行った幼馴染の事を考えていた。仮面をつけた表情のままで。
ユミナ・サイレミア。ユーブメルトの幼馴染であり、この学園の魔法闘技科に所属するクラスメイトでもある。そして、二月に一度行われる魔力測定会では、上位二十人に与えられる成績の『優良者』と呼ばれる存在でもあるのだ。
だが、少々と言う言葉では片づけられないほどに性格に難があるため、教師たちからはこれでいいのかと心配されている。
その性格とは、極度の妄想癖。
ぶっ飛んだその思考が、表情にも出るのだ。さすがに成績が優秀でも、突然目の前で百面相をされては信用も無くすと言うものだ。
「…さん…ユーさん…ユーさん!」
「おわっ! どうした、フィー?」
「さっきから何度も呼んでるのに反応してくれないからですよー」
「あ、そうなのか。悪いな」
「いえいえいえー」
尻尾をぶんぶんと振りながら言うスフィア。
どうでも良い事だが、この尻尾の所為で大体の感情が分かってしまう。振ってたら喜んでる、垂れてたら寂しがってるなどの簡単な感情だが。
「…ごちそうさま。俺は部屋に戻るわ」
「ふみゅ? ああ! いつの間に食べてたんですか!」
「…いつの間にも何も、普通に食べてただけなんだが」
驚きの声を上げるスフィアに、ユーブメルトは呆れながら言葉を返す。
ふとスフィアの皿を見てみると、大半とは言わないが、まだ半分近く料理が残っていた。―――すべて食べかけの。
「ま、まってくだふぁいよ…もきゅ…」
「待たん。きちんと噛んで食べろ。飲むな」
「むぐー!」
まだ何か言いたそうにして喉を詰まらせようとしているスフィアを無視し、ユーブメルトは食堂を後にする。
自らに宛がわれた部屋に向かうため、まずは下に。二階に向かうための階段を使って降りていく。
特に苦労することもなく二階に到着し、自らの部屋に向かって歩く。
2320号室。ユーブメルトに宛がわれた個室であり、角部屋だ。基本的にルームメイトと言う物はないため、気兼ねなく部屋の鍵を取り出して中に入る。
部屋の中は理事長室と同じ、赤を基調として作られているが、理事長室ほどきつくはない。
ボフッ
飛び込んだベットは、ユーブメルトの全体重を受け切った後、ベットは少し軋んだ音を上げた後にきちんとその体を跳ね返す。
その反動が収まった後、ユーブメルトは一人呟いた。
「…仮面…か…」
脳裏に浮かぶのは、先ほどのユミナの言葉と、その際の彼女の顔。
泣きそうになりながらも、必死に訴える彼女の強さ。それを、ユーブメルトは噛み締めていた。
そして、さらに思い出されるのはとある場所での風景。白く染まった景色の中、一人の少女と対峙している記憶。
「…あの頃からだな…あいつがああなったのって」
思い出しながら、ユーブメルトは感慨深くため息とともに言葉を吐き出す。
―――あの時、俺は何て言ったっけ―――
思い出せそうで思い出せない。何かが引っ掛かる記憶に、ユーブメルトは頭を捻る。
だが、記憶の取っ掛かりがないものは引き出せない。そのため、ユーブメルトは即座に思い出すことを止めた。
「…眠い…寝ようかな…ああ、でもシャワーだけは浴びて…」
スカルブディーア帝国に、『風呂』と言う文化はない。北の大地に居を構えるレジース王国ではその文化はあるが、今のユーブメルトにはもしその文化があっても風呂には入らなかっただろう。
―――明日の朝にシャワーでも浴びればいいや―――
と思いながら、ユーブメルトは襲い来る睡魔の波に身を委ねた。
感想等々待ってます。
誤字脱字誤変換等の指摘も歓迎。




