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獣達の舞踏会1~目覚める狼~  作者: 冬永 柳那
四章 魂の契約
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第一話






頭が痛い。それはもうとてつもなく。


倒れた後に目を覚ましたユーブメルトが思ったことはそんな事だった。


それはもちろん事実で、頭がガンガン鳴っているように痛いのだ。両側で押さえつけられているような痛みではないものの、それでも不愉快極まりないものである。


さらに、ユーブメルトに気分を最低に落とすものが、彼の目の前には広がっていた。


「…うぜぇ…なんだってんだこれ」


かなり長いテーブルの上に乗る、キラキラと光る鏡のようなガラスのような多面体。


かなりの多面体らしく、かなりの量のユーブメルト自身がその多面体に映り込んでいた。


まあ、普通なら鏡やガラスで毎日見合わせる自らの顔だが、こうもはっきりといくつも見せられると嫌悪感を示すと言うものである。


「…それにどこなんだよここ…。城か? やけに豪勢な所なんだが。ちっ、俺は早い所あいつの所にいかねーと…」


そう。目を覚ましたユーブメルトがいたのは、豪華な装飾に彩られた場所。


どんなに記憶を掘り返してみても、ユーブメルトがこんな場所に来たことはない。彼は平民なのだ。お金を持っている訳でもない。


端と端に二つしかない椅子と、その端を埋められた細く長いテーブル。その中央には、ユーブメルトの顔を映す多面体。そして、極めつけは周りに彩られている金銀宝石をふんだんに使った壁。


成金趣味としか言えない悪趣味満載の部屋にいることで、ユーブメルトの機嫌はどんどん下がっていった。


「わらわの家だ。どうだ? 気に入ったか?」


「気に入るかこんなもん。キラキラキラキラ…目が痛いったらありゃしねぇ」


「ほぅ…わらわの前でそのような口が利けるとはな。さすがだぞ、褒めてやろう」


かなりご機嫌斜めなユーブメルトにとっては、突然聞こえてきた妖艶な声に驚くこともなかった。ただ、面倒事に絡まれたと思うぐらいで投げやりな態度しか取れはしないが。


だが、その態度は逆に声の主にとっては好印象だったのか、少し上機嫌に声を弾ませる。


そして、その声の主はユーブメルトの目の前に堂々と現れた。


まず目についたのは、頭についた三角形のピンと立った耳。そして背後でゆらゆらと動く銀色の尻尾。


肩にかかる程度でバッサリと切られた艶やかな銀髪。意志の強そうな、それでいて小生意気さが感じられる銀の瞳。それがよく映えるように意匠されたであろう、フリルの付いた服。そして極めつけは―――


「…ちっさ」


―――その少女の体の小ささだ。


ユーブメルトが知る限り、友人や身内、学園内の人物の中でもこんなに小さな人物はいないのではないか。そう思わせるほどの体躯の小ささである。


ちなみに、フィーでユーブメルトの頭二つ分小さいほどの身長だ。そして、目の前にいるものはそこからさらに頭一つ小さい。


まあ、そんなに小さければあまりデリカシーと言うか、言葉を選ぶことのないユーブメルトは「…ちっさ」と呟くだろう。


そして、案の定声の主である少女はキレた。


「小さい言うでない! ふん! わらわが本気を出せばこの数倍は大きくなるのだからな! 特に胸が!!」


若干涙目になりながらだが、えへんと言うように胸を張る少女。


自己主張が全くない、ぺたーんと言う擬音がぴったりであろう突き出された胸を見ながら、ユーブメルトはため息を吐いた。


「…はぁぁ…。ま、そんな主張はどうでも良い。お前、誰だ?」


「わらわか? わらわはフェンリル。メルクスニアの一の王ぞ。敬うがよい!」


「いや、俺そう言うの大っ嫌いだから」


「むぐ…。ふ、ふん…まぁよいわ。嫌でも敬う事になるのだからな!」


「そんな事はどうでも良いけど…。えー、でフェンリル? ここはどこだ? つか、俺は一回気を失ってたはずなんだが…」


「それはわらわがお主をこちら側に連れてきたからであろう? そして、ここはわらわの家と言うておろうが」


呆れるようにしながら、フェンリルと名乗った少女はユーブメルトの質問に答える。


だが、その答えをもらってもユーブメルトの疑問は一切解消されなかった。逆に疑問が増えてしまっているのだ。


頭をガシガシと掻きむしりながら、ユーブメルトは再度質問を繰り返した。今度はフェンリルの肩を掴みながら凄むような形で。


「えーっとな? 俺が聞きたいのはそこからもっと先なんだ。俺は何で、ここにいる? お前が連れてきた、それで良いとしよう。お前は何者なんだ? メルクスニアの一の王? まずメルクスニアってなんなんだ? そして、ここがお前の家? こんなにちっさいのに?」


思いっきり顔を近づけながら凄むユーブメルト。


どこか諦めたような感じもする詰問の形だが、それでも眼だけは真剣だった。


だが、その剣幕に押されたのか、フェンリルは顔を赤く染めながらそっぽを向く。


バッと言う音が付きそうな勢いで。


「お、お主はわらわの物だからな。そ、それにお主が倒れたから連れてきたのだ。安心せい、お主の体は今わらわが管理しておる。それと、ちっさいは余計であろう!」


ブォン!


「おっと」


ヒョイッ


「なぜ避ける!」


ブォン!


「いや、痛いの嫌だから普通避けるだろ」


ヒョイッ


「くのっ! わらわの手に触れられる幸福を噛み締めながら殴られろ!」


ブォン!


「下手な理不尽は受けない主義なんでね!」


ヒョイッ


次々と繰り出される拳を避けながら、ユーブメルトはフェンリルの頭を掴む。


そして、そのまま体格差を生かすようにぐいっと掴んだ手を突出し、フェンリルの拳を届かせないようにする。


器用に目の部分が覆われているため、フェンリルには前が見えず、拳をぐるぐると振りまわすだけ。完全に子供をあしらっている姿の出来上がりだ。


「くのくのくのくのーー!!」


「(…面倒事に巻き込まれてるのは確かなんだが…どうもなぁ…)」


ぶんぶんと振りまわされる拳を見つめながら、ユーブメルトは考えを巡らせる。


自らが頭を掴んでいるフェンリルと名乗った少女。見た目的には完全に獣刻印を持った『共鳴者(リゾナーター)』だ。


だが、もし仮に少女が共鳴者だったとした場合、ただの人間であるユーブメルトが片腕一本で共鳴者の人知を超えた力を止められるわけがない。


普通なら、今彼はボッコボコの原形を留めきれていない有様になっているはずなのだ。


そうなっていないと言う事は、少女が手加減している可能性もあるが、共鳴者ではない可能性が浮上してくる。


そこで考えられる事はただ一つ、少女自身が獣神であると言う事だ。


パッ


そこまで考えて、ユーブメルトは少女の頭を掴んでいた手を放す。


「むぎゃっ!」


勢いに任せて突進しようとしていたフェンリルは、支えとなっていたユーブメルト手腕が無くなったことでバランスを崩し、床に向かって顔から突っ込む。


大道芸人ばりの転び方に、ユーブメルトは半ば驚きながら苦笑し、一応手は差し出しておく。


「ほら、なにしてんだよ」


「む…お主が手を放したからこうなったのであろう。調子のいい奴め…」


「褒め言葉、として取って置いてやるよ。で、だ。俺からの質問…確認になるか、お前が言ったメルクスニア…これはこの世界の名前なのか?」


ユーブメルトは自嘲するような笑いを見せながら、フェンリルの手を取って立たせる。思ったより軽かったため、その持ち上げられた体が少し浮き上がったのは余談である。


「ん? その通り……ああ、お主たちの世界では呼び名が違うのだったな。それは悪い事をしたな、許せ」


「…随分と偉そうな言い方だな」


「事実偉いのでな。まあ、お主の確認したいことに答えよう。あちら側にあるお主の体はわらわが責任を持って管理するため、安心するとよい」


再度胸の無い胸を張りながら、フェンリルはそう言ってユーブメルトに伝える。


「ここはメルクスニア。お主たちで言う、獣神界と言う世界だな。そして、わらわが獣神、フェンリル。お主のそれに宿っているものである」


制服の下に隠された獣刻印を的確に指さしながら、フェンリルは不敵に笑う。


その笑顔は、普通の人間が一生見ることはないであろう、そんな妖艶な微笑みだった。






感想等々待ってます。


誤字脱字誤変換等の指摘も歓迎。

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