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星師  作者: 小糸
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依頼人

 式神が帰って来たのは一時間目が終わるころ。

 窓をすり抜けて机に舞い戻ったそいつを拾い上げ、俺は思わず笑みを浮かべた。

 それから三時間、午前の授業が終わるまでひたすら待ち、四時間目終了のチャイムと同時に教室を飛び出す。

 

「高村ぁ! まだ挨拶は終わって無いぞ!」

 

 後方で叫ぶ科学担任の永富ながとみの声が聞こえたけれどもなんのその。

 センセ、すまんね。

 俺には今、やらなければならぬことがあるのだっ。

 全力疾走で上階への階段を駆け上がり、屋上に到達。

 息も荒くドアを開けるとそこには。

 そこには──

 

「あら。早いわね、蒼路」

 

 ──初めて眼にする制服姿の深紅がいた!

 俺は思わずじろじろ見た。

 こいつが着物以外の服を着ているところなんて初めて見たが、なかなか。

 ……いや、かなり。

 似合っていた。

 

 まっ白なシャツに、藍色のスカート。

 スカートはウエストインしてその上からベルトを巻くデザインなので、腰の細さが際立った。

 それに、意外と足も長い。

 

「……何よ。あんまり見ないで頂戴」

 

 やがて俺の視線に耐えかねてか、深紅はぷいと横を向いてしまった。

 普段はツンツンしてるくせに、こいつは意外と照れ屋なのだ。

 俺は知っている。

 

「見てねぇ見てねぇ。それより、式神届いたか?」

 

 なんだか気分がたいへん良い。

 ご機嫌で俺は深紅に話しかけた。

 彼女はそんな俺を不審そうに見返したが、やがて小さく頷いた。

 お、顔赤い。

 

「だから私も返信したでしょ。──あの気配。私も感じたわ」

「……ああ。」

 

 声を低めて言った深紅に、俺も頷いて見せた。

 屋上に来たのはこのことを話すためだったのだ。

 給水塔に腰かけている深紅に近づいて行き、その丁度足もとあたりでフェンスに寄りかかった。

 あー、空が青い。

 雲ひとつないし、黙ってれば本当に良い夏の日なんだけど。

 

「……あれはヤバいぜ」

 

 俺が言うと、深紅も認めた。

 

「……そうね。少なくとも、簡単に祓える類の魔ではないわ」

「依頼人なんだろう? もうあんなにヤバい状態になっちまってんのか?」

「私もまだはっきり確かめたわけではないの。でも、キヨ様から依頼人の大体の情報は頂いている」

 

 そこで深紅は給水塔から飛び降りた。

 スカートの裾がひらりと風に揺れ、それは優美な姿だったが、下着が見えやしないかと俺はどぎまぎしてしまったよ。

 ……見えなかったけど。

 

「いい、蒼路?」

 

 俺の隣りに立ち、深紅は言う。

 

「依頼人の名は伊勢遥いせはるか。この学校の三年生で、生徒会長。」

「……マジかよ?」

 

 俺は思わず深紅を振り仰いでいた。

 

 その人のことは知っていた。

 っていうか、話したこともある。

 いい奴なんだよ。本当に。

 格好いいけど気取って無くて、優しいけど面白くてさ。

 年上ぶる上級生って俺は大っきらいだけど、伊勢遙はほんとうに良い意味でフランクだから、俺は結構慕ってた。

 

「ハル先輩が魔に憑りつかれてる? ……ちょっと信じられねえぞ」

「あら、知り合い?」

「ああ。ま、そんなに深い仲じゃないけど」

 

 答えると深紅はふうんと軽く唸った。

 その仕草に引っかかるものがあったので俺は聞き返す。

 

「何?」

「いいえ。では彼の双子も知っている?」

「双子?」

 

 それは初耳だった。

 あれだけ美形の人に双子がいたら学内では相当目立つだろうに、見たことも聞いたこともない。

 

「知らねぇ」

 

 驚きも露わに答えると、深紅はいつの間にか手にしていた紙に眼をして頷いた。

 

「やっぱりね。いらっしゃるのよ。他校に通う妹さんが。こちらは阿南あんなさんっていうみたい」

「へぇ……。ってか、その紙なに?」

「キヨ様からのお手紙よ。依頼人について書いてあるの。」

 

 深紅は手紙を掲げて答え、ふいに俺に目線を据えた。

 俺は思わず居住いを正す。

 ……深紅の眼は、いつ見てもドキっとする。

 

「な、何だよ?」

「いい? 今からその伊勢遙さんについての情報を喋るから、必要があればメモして。ちゃんと全部覚えて頂戴ね。」

「え、全部!?」

「え、じゃなくて。当然でしょ。──始めるわよ」

 

 ──そして深紅は朗読を始めた。

 

 ***

 

 ……俺はがんばってメモした。

 

 伊勢遙。

 ここ市立明星高校の三年生。

 父はイギリス人、母は日本人のハーフ。

 金茶の髪をして、瞳もまた茶色がかった緑色。

 見目麗しく頭脳明晰、人徳もあり、三年生の今は生徒会長を務めている。

 趣味はチェロ……に乗馬、それに何だと、アーチェリー!?

 

「……すげぇぼんぼんだったんだな、伊勢君。しかし、チェロってなんだ? 車?」

「馬鹿者。」

 

 素朴な疑問を口にした俺は、背後から思いっきり突っ込まれていた。深紅である。 

 したたか頭を平手で打たれて、その予想外の強さに俺はつんのめりながら叫んだ。

 

「ってーだろーが、この馬鹿力っ!」

「馬鹿はどちら。お前、チェロも知らないの?」

 

 冷徹な眼で見下され、俺は思わずうっと言葉に詰まってしまう。

 何度見ても制服姿が新鮮だ。

 黙っていれば間違いなく美女に見える。が。

 もちろん深紅はそんなに大人しい女ではなかった。

 

「チェロっていうのはね、西洋楽器の一つよ。ヴァイオリンはさすがのお前でも知っているでしょう? チェロはあれの仲間で、もっと大きな、足で挟んで演奏する楽器。ちなみにお前が言わんとしたのはチェロキーのことでしょう。まったく、これぐらいの常識知らないでどうするの。恥ずかしいわ!」

「……別にそんなこと知らなくてもいいし。」

「お前はそうでも、私は無知な男と組みたくはないの」

 

 深紅がにべもなく言い張ったので、俺はたいそうショックを受けた。

 マジで!?

 口を開けて見つめる先で、彼女は駄目押しのため息まで吐き出してくれた。

 ちらりと投げかけられた視線には、なんだか哀れみの色すら混じっている。

 

「お前、昔から自分の興味あること意外はからっきしだったものね。……まあいいわ。続けるわ」

 

 長い黒髪を掻きあげると、深紅は手の中の書簡をいま一度取り上げた。

 

「伊勢遙くん。彼が今回、私たちが護衛の役を担った御方よ。そこまではいいわね?」

「子供扱いすんなっ!」

「だって子供じゃないの」

 

 深紅は再び一瞥をくれた。

 俺は本気でキレそうになる。

 ……こ、このアマっ……!

 

「一歳しか違わねーだろ!」

 

 憤激して叫ぶと、深紅はうるさそうに耳を押さえた。

 片手を俺にむかって翳すと、ひらひらと振る。

 

「いいからお黙り。──で、彼の双子の妹さんである阿南さんによると、彼は近頃とても具合が悪そうだっていうの。顔が青ざめて、痩せてしまって。夜中に徘徊しているそうなんだけれど、本人はそのことを覚えていない。かと思えば、誰もいないはずの場所で、誰かとぶつぶつ喋っていたり……。アンナさんは彼の部屋から知らない人間の声が聴こえたこともある、と言っているわ」

「悪霊か?」

 

 深紅の説明から俺は推測をする。

 妖怪と違って悪霊は実体を持たないが故、人間に憑依しようとする性質を持つ。そしてその方法はまず「会話」から始まるのだ。

 悪魔との会話。

 

「可能性は高いわね。でも、生徒会長は立派にこなしている。成績は少し下がり気味だそうだけど──それでも十位圏内からは外れないっていうことだし。まあ、素晴らしいお人」

「けっ。本当に素晴らしい人間だったら、悪霊なんかは近づけもしないだろうよ」

 

 俺は吐き捨てて、手にしていたアイスココアを口に運んだ。

 一しきりその涼しい飲み物を楽しんでから深紅に尋ねる。

 

「けどさ、悪霊に話しかけられるなんて──よっぽど弱ってないと無理だろう。そいつ、なんか落ち込むことでもあったのか?」

「……ええ。」

 

 俺の質問に、深紅はわずかに眼を伏せた。

 

「今年の春に。とても大切な人が亡くなったそうよ」

 

 あまりにも悲しげな声色だったので、俺は思わず息を呑んでしまった。

 長い睫毛の際だつ白い横顔が、六年前の泣きじゃくる少女と重なって見える。

 が、それはほんの一瞬で、深紅はすぐに顔を上げると、いつもの顔に戻っていた。

 

「とにかく、依頼人に関する報告は以上。何か質問はあって?」

「……ありません」

「よろしい。」

 

 照りつける日差しの中、チャイムが鳴った。

 気がつけばもう昼休みが終わる時間だ。

 深紅が腕時計を見て、そろそろ教室に戻るわ、と言う。

 

「突然の転校生っていうことで、やらなければならないことが山積みなのよ。期末試験も来週なんでしょう? 面倒くさいったらないわね」

「──え、お前、期末受けんの!?」

「あたりまえじゃない。」

 

 けろりと答えた深紅は、そうだ、そういえば頭が良かった。昔っから。

 

「お前と違って私にはキヨ様の監視の目がついているのよ。実家のもね。っていうことで一度教室には戻るけど、放課後には伊勢君に会いに行こうと思うわ。お前も来るのよ」

「……わーかってらい! 偉そうに指図済んじゃねえっ!」

「偉そう、じゃなくて、偉いのよ。お前より」

 

 噛みついた俺に、じろりと一瞥をくれ、深紅は歩き出した。

 屋上を横断して入り口まで辿りつくと、そのドアノブに手を掛けながら、思い出したように俺をふり返った。

 

「とにかく、蒼路。授業が終わったら三年生の教室棟にいらっしゃい。」

「……だから……っ」

 

 指図するな! と叫ぼうとした俺だったが、その時にはドアは既に閉じられていた。

 

 

 


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