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星師  作者: 小糸
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一日の始まり

 翌日は月曜日で学校だった。当たり前だけど。

 

「……痛ぇ。」

「どーしたの、お兄ちゃん?」

 

 玄関でスニーカーを履いた拍子、深紅にやられた傷が痛んだ。

 思わずうめくと妹のあいが寄ってきて俺の背中に抱きつく。

 俺は笑いながらそのつややかな頭を撫でた。

 藍は六歳。

 親父が死んだ年に出来た子供で、俺も母さんも死ぬほど可愛がっている。

 

「どこかいたいの? また悪い奴らと戦ったの?」

「いや、大丈夫だよ。ありがとな、藍」

「藍もお兄ちゃんと一緒にいきたい~」

「お前は小学校あるだろお~」

 

 やわらかいほっぺたを引っ張って遊んでいると、今度は母さんが家の奥から出てきた。

 手にハンカチでくるんだ弁当を持っている。

 俺は眼を丸くする。しまった、弁当忘れてた。

 

「蒼路、忘れ物よー。お弁当」

「……ありがと。母さん」

 

 母は高村優子、口外は厳禁だが四十五歳。

 親父を亡くして以来、女手一つで俺達きょうだいを育ててくれた。

 俺は弁当を受け取ると鞄に押し込み、立ちあがった。

 

「じゃあ、行ってきます。」

「いってらっしゃーい」

「行ってらっしゃい。気をつけて」

 

 にこやかな藍と母さんに見送られ、玄関のドアを開く。

 出て行こうと家の敷居をまたいだ瞬間、母さんの声が俺を呼びとめた。

 

「あ、蒼路」

「なに?」

 

 ふり返る。

 すると母は、笑いながらこう言った。

 

「深紅ちゃんによろしくね?」

 

 *** 

 

 ……そうなのだ。

 深紅が、転校してくることになったのだ。

 一学期も終了間近というこの中途半端な時期に、俺と同じ高校の二年生として。

 

「ったく、ありえねぇよな、あのババア……」

 

 マンションから学校へと歩きながら俺は一人ごちた。

 なぜ深紅が転校してくるのかといえば、他でもない、俺達が護衛するべき人間が俺達の高校に居るからなのだ。

 が。

 しかし!

 ……だからと言って転校までさせるか、ふつう?

 

「あーあ、ほーんと、めちゃくちゃなババアだよなあ!」

 

 叫んで思い切り伸びをした俺だったが、次の瞬間耳に届いた声に、驚き跳びあがってしまっていた。

 

『──悪かったな』

「うぉっ!?」

 

 俺はたいそう驚いた。そりゃそうだ。

 だって、歩道の脇のガードレール、その上に停まっていた鳩がいきなり口を利いたのだ。

 誰だって跳びあがりたくもなるものだろう。

 

「な、なんだよババアか~。ビビらせんなよ!」

 

 よく見ると鳩の肩のあたりに星印せいいんがあった。

 それはババアの星と同じ位置で、つまりこの鳩がババアの式神であると証明する印でもある。

 俺は周囲の眼を気にしながら鳩を手の上に載せると、そのまま人気の少ない小道に入りこんだ。

 物陰に身を潜めるとしゃがみこみ、

 

「……で?」

 

 と鳩を睨みつけた。

 

「こんなとこまで何の用だ、ババア。」

 

 愛らしい鳩は、しかし、ババアそのものの声で答えた。

 

『決まっておるじゃろ、深紅のことじゃ』

「深紅? ああ、てめぇが俺の高校にきょう無理やり転校させてくる深紅のことだな。あいつがどーした」

『かー、減らず口だけは本当に五つ星ものじゃの!!』

 

 鳩は俺の手から飛び上がってぱたぱたと翼を上下に動かした。

 どうやら怒っているらしいが、俺には構っている余裕がなかった。

 早くしないと遅刻しちまう。

 

「で、深紅がどうしたってんだよ。俺もう行かなきゃなんねえんだけど」

『お前、深紅の幼馴染なのじゃろう?』

「あー。それがどうした」

 

 ほんとうに時間がやばくなってきて俺は腕時計を見た。

 七時四五分。

 バスが出るのは四十八分なのだ。

 

『──ではあの子の体の事も、知っておるのだろうな?』

 

 踏み出しかけた足が、止まった。

 俺は鳩をふり返る。

 それはただの式神であって、ババアではないのに。

 

「……知ってるけど。それがどうした」

『ならば多くは言うまい。良いか、お前たちは二人一組のパーティだが、それはつまりお互いをお互いに守る義務があるということじゃ。特に深紅にはそのような事情があり、しかもかの五辻いつつじ一族のご息女じゃ。お前の負った責任は重大と心得よ』

 

 俺は一瞬、答えに詰まった。

 いつもこうだ。

 深紅の名字を聞くと、なんともいえない気分になる。

 スニーカーの足もとでコンクリートを蹴ると、再び鳩に背を向けていた。

 

「……話はそれだけ?」

『蒼路』

「心配すんな。ちゃんとわかってる」

 

 分かり切っている。

 深紅と出会った時からずっと。

 ──あいつと俺は、決して対等な立場になんてなれないんだと。

 

「じゃあな。」

 

 俺は走り出した。

 時刻は七時五十分を過ぎてしまっていた。

 

 *** 

 

 バスを逃したので仕方なく走った。

 結果、授業には間に合ったがホームルームを遅刻してしまった。

 一時間目の開始五分前のチャイムとともに教室に滑り込むと、クラスメートの一人が待ちかねていたかのように俺に声を掛けてきた。

 

「聞いたか高村っ? 二年生に超美人の転校生が来たんだってよ!」

「……へぇー……」

 

 顔が引きつる。

 ある程度予測してはいたが、実際にこういう事態に陥ると、やっぱりかなり腹立たしい。

 

「すげぇ綺麗だったぜ~。色白・黒髪・紅い唇のミステリアス美人でさ~、着物が似合いそうな感じ! どうだよお前、興味ない?」

「ない。」


 どきっぱりと断言してから、俺は自分の席に着いた。

 クラスメートはまだ話しかけてくる。

 

「でも変な時期に転校してきたよなぁ? もう一学期も終わりじゃんか。期末テストは皆と受けなきゃいけないっていうのに、何か事情でもあんのかねぇ」

「さあな。ってか石岡、もう授業始まるぜ」

 

 イライラしながら鞄を開き、教科書を取りだした。

 一時間目は数学だ、今日は何をやるだろうとか考えて気を逸らそうとするが、情報通のクラスメートはまだ深紅についてくどくどと喋っている。

 顔がますます引き攣るのが感じられた。

 ともすれば星から火が噴き出しそうだ。

 

 ──だから、あいつが転校なんて嫌だっつったのに。

 

「なんか噂によると、かなり金持ちの家のお嬢様らしいぜ。名字が変わっててさぁ、たしか、五……」

「うるさい。」

 

 俺はついに遮っていた。

 もう我慢ならん。

 なんで幼馴染の俺があいつについてくどくど聞かされにゃならんのだ。

 あいつのことなら俺はもう、知りすぎる程に知っている!!

 

「興味本位で人のことをべらべら喋んな、デリカシーないぞお前!」

 

 じろりと睨みつけて言ってやると、クラスメート──石岡正──も黙ってはいなかった。

 

「なっ、何て言い方だ高村! お前はほんとに硬派だな!」

「硬派で結構、少なくともナンパじゃねえよ。」

「もうちょっと愛想よくしないと、女子にモテないぜ~」

「うるせぇ!」

「だー、もう、そこ五月蠅い!」

 

 そうこうしている内にやっと教師がやってきて、石岡は離れて行った。

 心底イライラしながら俺は起立の号令に従い席を立った。

 だが、立ちあがって礼をしようとした一瞬──

 ──なにか尋常でない気配に気がつく。

 はっと顔を上げる。

 廊下の方からだったが、今はドアに遮られて何も見えない。

 いや、見えなくてもわかる、あれは──。

 

(──魔の気配だ……)

 

 しかも、ベースは人間だ。

 恐らくは悪霊だろう、人の体に憑依して操る厄介な存在。

 明確な敵意が感じられる気配だった。 


(誰だ?)

 

 着席の合図がかかる。

 俺は釈然としない気持ちで椅子を引いた。

 今までこの学校で魔を目撃したことはなかった。

 いや、地縛霊とか猫又とか、そういう可愛いのは見たことあるが、こんなヤバそうなのは知らない。

 そもそも俺は星師だ、これほど悪質な魔がいればすぐにわかる。


(もしかして、依頼人……)

 

 考えて、俺ははっと眼を見開いた。

 あり得る。

 すぐにノートの端をやぶって簡単なセーマン・ドーマンを書きつけると、右手でくしゃりと握りつぶした。

 たちまち握りこぶしの間から蒼い煙が染み出して、次に拳を開いた時にはきれいさっぱりなくなっていた。

 よし。

 リリース、完了。


「はい、じゃあ教科書の三十六頁を開いて下さいねー」

 

 やがて担任がそう声を上げて、そこいらじゅうからばらばらという紙をめくる音が響いた。

 俺も教科書を開く。

 ちらと窓の外に眼を走らせると、思った通り、俺の式神が上の階めがけて飛んでいくところだった。




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