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星師  作者: 小糸
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幼馴染

 


 深紅が言った道場とは、もちろん星師の修行に使う道場のことだ。

 前述した通り筧家は、若手の育成に力を入れているので、星師の訓練所としての役割も負っていた。

 だから道場も二つある。白いのと黒いのと。

 ちなみにこのモノトーンが区別するところは白が武術用、黒が呪術用の道場だ。

 深紅が俺を連れてきたのは黒道場の方だった。

 

「……話って何だよ」

 

 俺は言った。

 道場の中は真っ暗だった。

 背後で音を立てて入口の扉が閉まる。

 

「なんだよ、ですって?」 

 

 闇を切り裂くように深紅の凛々しい声が響いた。

 俺はその声にああ、と眼を閉じる。

 昔っからこうだった、この人は。

 いつも、痛々しい程に、全てに立ち向かってゆく。

 

「わからないの?」

 

 闇の中でも深紅がどこに居るかはわかった。

 星師は互いを気配で読める。

 それは逆に言えば深紅にも俺の居場所がわかっているということだ。

 俺は右手を持ち上げると、ゆっくりと、星の中から刀を取りだした。

 ゆらり。

 紅い焔が闇を焼く。

 

「……わからないから聞いている。俺は、まどろっこしいのは大嫌いだ」

「そう。なら、言いましょうか」

 

 俺の焔に照らされて、深紅の姿が離れた場所に浮かび上がった。

 闇の中にあってなお白い手が、同じく白い額に触れて──そこから魔方円を創り出す。

 

「──不愉快なのよ」

 

 俺の中で、最後の記憶の彼女は十歳。

 その頃にはもう既に、深紅は星師として恐ろしい程の才覚を現していた。

 戦師、治療師、陰陽師おんみょうし、召喚師、空間師くうかんし

 大まかに五つに分類される星師の才能、その全てを。

 ──そう、全てを、彼女は持って生まれたのだ。

 

 彼女の基色きしょくである紅が、闇に五芒星ごぼうせいを描いてゆく。

 俺たち星師のシンボルであるセーマン・ドーマン。

 まずは円を。

 そして、その中に、流れるような一筆書きで五芒の星を描き入れ、彼女はその魔方円越しに俺をきっと睨みつけた。

 

「──あたしと組まなきゃいけない、なんて言い方をしたこと。謝ってもらうわ」

「え……」

 

 久しぶりの深紅の術に見惚れていた俺は、彼女の声に反応するのが遅れた。

 ──まずい。

 遅れを取ったと悟ったが、もう遅かった。

 

「絶対に、謝ってもらうわ!」

 

 深紅が叫んだと同時に魔方陣が膨張し、そして一瞬後に消滅した。

 彼女の姿が見えなくなる。

 そして──

 

「──っ!!」

 

 ──俺は足もとから吹き飛ばされていた。

 道場の壁にしたたか背中をぶつけて崩れ落ちる。

 握りしめた手が緩み、刀が音を立てて床に落ちた。

 

「足もとが御留守。反応が遅い。昔とぜんぜん、変わらないのね」

「……ん、だと……っ」

 

 深紅の声に顔を上げると、彼女が恐ろしく冷たい顔をしてこちらを見下ろしていた。

 その紅い姿の傍らには一頭の小柄な鹿が従っている。

 青味がかかった漆黒の毛並みに、やや内側を向いた角。

 深紅の細い指先がその顎先をすくって撫でると、『彼』は嬉しそうに眼を細めた。

 

「……青藍せいらん、てめえ……本気でぶっ飛ばしただろ……!」

 

 俺が立ち上がろうとしながら声を震わすと、鹿──青藍──は愉快そうに前足を踏みならした。

 

『もちろん本気さ! 久しぶりの蒼路との勝負で、けっこうテンション上がってるんだぜ。楽しませてくれよな』

「本当よね、青藍。期待を裏切るようなことだけはしないでほしいものだわ」

「……バカにすんじゃ……」

 

 俺は刀を手に取った。

 

「──ねぇっ!!」

 

 闇を払う一閃いっせんは、深紅でなく、深紅の前に飛び出してきた青藍の角で受け止められた。

 ぎりぎりと押し返してくる力を受け流し、俺は一度身を退いた。

 とたんに青藍が突進してくる。

 軽く助走をつけて高く飛んだ俺は、彼ではなく深紅の方へと刀を振り下ろした。

 

「あら」

 

 深紅はひらりと一撃を交わす。

 結構な力を込めたっていうのに、相変わらず恐ろしい女だ。

 俺は舌打ちをしながらもう一度刀を振るった。

 今度のそれは水煙を持って受け流された。

 手ごたえのない感触が空しく俺の手を伝う。

 

「何考えてんだ深紅っ! 俺は、お前と戦う気なんてねえ!」

 

 繰り返しくりかえし、剣を振るう。

 しかしその全てを深紅はやすやすと交わした。

 背後から青藍が突っ込んできた。

 跳んで交わした拍子、鋭くとがった角が俺の脇腹を切り裂く。

 着物の分厚い生地が幸いして大したことはなかったが、それでも焼けるような痛みが脇腹に走った。

 俺は舌打ちした。

 二対一では明らかにこちらが不利だ──だが、俺は召喚術は使えない。

 

「戦う気もないけれど、手を組む気もないのでしょう?」

 

 深紅の声が間際で響いたと思ったら、眼前に彼女の顔があった。

 ぎょっと跳び退る俺の喉元に、つめたい糸のような感覚が走る。

 ……水糸みずいとだ!

 深紅の性質である水を糸に変えて、相手の動きを束縛する技。

 

「が……はっ」

 

 ぎりぎりと力を込められて俺は喘いだ。

 左手から刀が落ちる。

 首を締め付けるものを引きはがそうと手を伸ばすが、もちろん水に触る事なんてできない。

 俺の指先は俺の皮膚を引っ掻くだけだった。

 次第に足が宙に浮いた。

 

「どうしたの? もう終わり? お前、星師を目指して修行していたのではなかったの?」

 

 深紅は笑顔すら浮かべて足掻く俺を見上げた。

 本気だ、と俺は仰け反りながら意識の端で考える。

 ──こいつ、本気で俺を殺す気だ……!

 

「……ふざけんじゃ……」

 

 俺は、両の手をなんとかして、宙に掲げた。

 息が苦しい。頭が熱い。

 左の指先で星に触れる。

 唱えるは──焔の術。

 

「……ねぇっ!」

 

 両手に焔を持って、俺は喉元を焼いた。

 じゅう、っと嫌な音を立てて水糸が蒸発し、束縛が解けた。

 俺は再び床に転がる。

 息が苦しいのと、火傷の痛みで喉を押さえた。……やっぱり少し焼けちまった。

 

「な──お前、馬鹿……!?」

 

 深紅が驚愕に眼を見開く。

 俺はぜいぜいしながら彼女を見上げて──言った。

 

「どちらがだ……?」

「え?」

『深紅、よけろっ!』

 

 茫然とした様子の深紅に青藍が声を掛ける。

 だが少しばかり遅かった。

 深紅が気がついた時には俺はもう、刀を再び手にしていたのだ。

 

「──俺と、幼馴染を殺そうとするお前と、どっちがバカかって聞いてんだよっ!!」

「──!!」

 

 深紅は完全に間を奪われていた。

 俺が自分の額めがけて刀を振り下ろすのを、ただ見つめている。

 青藍が走ったのがわかった──だが彼は、間に合わなかった。

 彼の角が俺に届くより前に、俺の刀は深紅に届いていたのだった。

 

『深紅──!!』

 

 青藍の咆哮を最後に、道場の中はぴたりと静かになった。

 

 *** 

  

 俺の刀は深々と突き刺さっていた。

 ……深紅ではなく、深紅を背後から襲おうとしていた、一頭の白狐びゃっこに。

 

「……なっ」

 

 深紅はやはり気が付いていなかったようで、俺の視線を追ってから驚きの声を上げていた。

 青藍が駆け寄ってきて彼女に頬を擦りつける。

 

『こいつ、見た事あるよ。普段はこの家の門番やってるけど、悪狐あっこだからちょくちょく人を襲っては楽しんでた』

「ああ、さっきのへっぽこ白狐か。どうりで弱ぇ」

 

 俺は納得しながら狐から刀を引き抜いた。

 途端に狐はその身を焔に包まれて消滅する。

 ……門番殺しちまって良かったんだろうか?

 首を傾げる俺を、深紅が理解できないという顔で見ていた。

 

「お前、私を助けたの……?」

「まあそーだ」

 

 俺は星の中に刀を戻した。

 驚いている深紅が愉快でたまらず、思わず笑ってしまう。

 

「感謝しろよー、おまえ、人の事言えねえよ。この白狐が現れた時かんっぜんに足もとが御留守だったもんな。俺が気づかなければあぶなかったんだぜ」

「そういうことを聞いているんじゃないの!」

 

 やにわに彼女は叫んでいた。

 俺は眼を瞬く。

 

「え?」

「え、じゃないでしょう。私は──私はおまえを傷つけたのよ?」

「ああ、これ? 別に大したことないし」

 

 さっき青藍にやられた傷を見ながら俺は言った。

 ざっくりと裂けた着物の生地を持ち上げて見れば、非常にきれいな切り口。

 この分だと縫合もそう面倒ではないだろう。

 

「これぐらいなら化膿もしねーだろ。さすがは深紅の召喚獣しょうかんじゅうだな」

「だから、そういうことじゃないって……!」

「──なあ。お前、ただ戦ってみたかっただけなんだろ?」

 

 彼女の言葉を遮って、俺は深紅の眼を覗き込んでいた。

 今気がついたけど、ずいぶん身長差がついたもんだ。

 あの頃はこいつの方が背が高くて、俺はいつも見下ろされていたもんだけど。

 

「……なんで、お前は……」

 

 わずかに下がった視線の先で、深紅が唇を噛んだ。

 青藍が鼻を鳴らす。

 俺は彼女が泣いたのと思ったが、そうじゃなかった。

 

「お前は、いつもそうなのかしら」

「……深紅?」

 

 俺は驚いた。

 深紅は──笑っていたのだ。

 口許に手を寄せて、ほほ笑みながら俺を見た。

 

「──変わらないのね。本当に」

 

 白い手が俺の喉元に伸びた。

 ぎょっとして、それから紅くなってしまう。

 

「み、みみみ深紅っ?」

「バカ正直で、素直で──何があろうと人を責めない。本当にあの頃とおなじ」

「あ……」

 

 ふいに俺は喉元がここちよく温まるのを感じた。

 そういえば、さっき自分で自分を焼いた時の火傷があったんだった。忘れていた。

 

『──我が星を持って、なんじの闇をはらう』

 

 深紅は静かに呪を唱えて、俺の傷を癒した。

 紅い光が淡く輝き、それから静かに消えて行った。

 静まり返る道場。

 

「覚えている?」


 深紅はひっそりと言った。やわらかな声だった。

 俺は首をかしげた。


「何をだ?」

「あたし達が小さい頃、こんな風に星を使って、毎日ケンカをしてた。……よく怒られたわね。あなたのお父様や、私の父に」

「ああ……そういや、そうだったな」

「なつかしいわ」


 ふふ、と深紅はまたほほ笑んだ。


「本当に、なつかしい」 


 彼女は青藍に戻っていい、と命じた。

 大人しく青鹿は彼女の星のなかに帰り──そして、俺達は二人きりになった。

 ……げっ。

 俺は辺りを見回して動揺する。

 こ、こういう時ってどうすりゃいいんだっ!?

 

「──蒼路?」

「な、なんだよッ?」

 

 いきなり呼びかけられて声が思いっきり裏返った。

 ……うわあ、格好ワリー。

 けれど深紅は真面目な顔で俺を見ていた。

 

「お前の考えが正しいわ」

「何だって?」

「私は、ただお前と戦ってみたかった。どれだけお互いが成長したのか、どれだけ変わってしまったのか、確かめたくて」

「……やり方が悪すぎんだよ。途中、マジで死にそうになったじゃねーか」

 

 俺が毒づくと、彼女はけろりとこう答えた。

 

「だって本気だったもの」

「なぬ!?」

「戦ってみたかったのも本当だけれど、お前のあの一言に腹が立ったのも本当なのよ。私と組まなきゃいけない、だなんて。無礼にも程がある。何様のつもり?」

 

 そしてじろりと向けられた目線は、なるほど確かに怒っていた。

 俺はここに来てようやっと自分が彼女を侮辱したということに思い当たった。

 頭を掻きながらしどろもどろに言葉を探す。

 

「……えーと、あれはだな、そういう意味じゃなくて……」

「ではどういう意味なのかしら? 聞かせてもらいたいものだわ」

 

 詰め寄られ、俺はますます弱ってしまった。

 だって、言えるわけねえだろう。

 『早すぎた』なんて。

 俺はまだお前を守るほど十分には強くない。

 まだ、早い。

 だから──突然の再会に驚き、不機嫌になってしまった、などと。

 本人の前でどうして言える?

 

「えーと、だからその……」

「その?」

「……えーっと……」

 

 弱った。ほんとうに弱った。

 全身が熱くなり、腋から汗が噴き出してくる。

 ちらと眼を上げれば深紅はあいかわらず俺を睨みつけていた。

 勘弁してくれ。

 

「……悪かった」

 

 俺はやがて根負けした。

 ぱんと両手を打ち合わせ、深紅に向って頭を下げる。

 

「頼むから勘弁してくれ。あれは俺が悪かった! このとーりだ!」

 

 深々と下げた頭のむこうで、深紅は黙っていた。

 いつまでも黙っていた。

 俺が許してはもらえないのかと冷や汗を掻くほど長い間黙っていたが──やがて、いきなり噴き出した。

 

「ふっ」

「へ?」

 

 俺は思わず顔を上げた。

 たちまち、お腹を抱えて笑っている深紅の姿が目に飛び込んで来る。

 長い間お辞儀していたせいですこしくらくらする頭を押さえ、俺は眼を白黒させる。

 

「おい、深紅……?」

「ふふふ、あははっ! もう、蒼路って本当にバカ正直」

「お前、もしかして」

「そう。カマかけたのよ。──でも、その一言がもらえたから満足」

 

 切れ長の目じりに浮かんだ涙を指先で拭い、深紅はそうほほ笑んだ。

 その笑顔に出かけた俺の怒りも引っ込んでしまう。

 やがて深紅は言ったのだった。

 

「蒼路」

 

 まだ少し笑みの残る、晴れやかな声で。

 

「私、お前との任務を受けることにするわ」

 

 その任務というものがどれだけ大変で、かつ面倒なものか──

 俺と深紅が知るのは、それからずいぶん後のことだった。




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