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星師  作者: 小糸
43/53

最愛の





(──……ごめん)

 

 歌が、聴こえた。

 異国のことばでうたわれる優しい旋律。

 それに重なるようにして、誰かと誰かが話している。

 俺ははっと眼を見開いていた。


(こんなに傷つけて、苦しめて。なのにまだ、行ってほしくないよ……!)

 

 ハル先輩が、そこに居たのだ。

 そしてその両手がすがるように求める先には、彼の誰より愛する妹が。

 

(……あたしはずっと、あんたと一緒よ。ルカ)


 それは、いつか俺が夢で見た、あの美しい薔薇園だった。

 紅、紫、黄色、色とりどりのバラが淡い光にかすむようにして咲いている。

 むせかえるほどの甘い薔薇の香りが満ちているその足元の芝生に、ふたりは膝をついていた。

 

(嘘じゃないわ。もう二度と会えないけれど、いつもあんたの傍にいる)

(……っ、僕は……!)

 

 己の傍を離れつつあるその存在に、先輩は必死に、もどかしそうに、心のなかにあるものを言葉にしていた。

 ふるえる手が、アンナさんの肩を、腕を、引っ張るように掴んで。

 

(僕は、君に謝らなくちゃいけない。ずっと君を疎んでいた。優しくできずに眼を背けた)


 離れないでと、行かないでと、訴えているんだ。


(ごめん、ごめん。本当はいつも、話したかったんだ──きみと話がしたくて、さびしくてたまらなかった)

(……わかっていたわよ。そんなこと)

 

 兄のあまりに切ない声に、妹の碧の瞳に涙が浮かんだ。

 

(あんたは優しすぎるから、あたしの痛みまで一緒に背負い込んでいるんだってわかってた。あたしには、確かに独りの夜があった。とても寒くて、とてもとても寂しかった)

(アン)

(でもそれはお互い様)

 

 とめどない後悔に瞳を揺らす兄に対して、ごまかすように微笑んで、アンナさんは先輩の手を取った。

 

(やあね、そんな顔しないでよ! あんたがあたしに謝るなら、あたしもあんたに謝らなきゃいけなかった。ずっとそれを悔やんでいたのよ。……独りで勝手に行動して、勝手に死んで──取り残すなんていう辛い思いをさせてしまって……本当に、ほんとうにごめんなさい)

(……アン……) 


 妹の思いがけない告白に、兄は眼を大きく見開いて、それからきつく、きつく細めた。

 双子の顔はお互いの表情を映し出している。

 まるで鏡のようだった。

 

(……僕たちは)

 

 やがて先輩が、囁くようにそう言った。

 アンナさんは涙を流しながらも、愛らしく首を傾げて微笑んだ。

 

(なあに?)

(僕たちは、最高の双子だった。──……そう思っても、いいだろうか?)

 

 そのとき、俺は気が付いた。

 光が──二人の周りを取り囲み始めている。

 否、よく見ればそれは妹の体から発せられていた。

 蒸発するように天へと霧散してゆく金の粒子。

 輝くその金色のひかりが薔薇園じゅうを満たしていくその只中で、アンナさんは最高の笑顔を浮かべた。

 

(……あたりまえじゃない!)

 

 その笑顔に引き寄せられるようにして、お兄さんも微笑んだ。

 

(……ぼくの)

(え?)

(僕の、太陽。──君はずっとそうだった)

 

 今だから思う。

 君がいるから僕は生まれて、生きてくることができた。 


(……ありがとう)

 

 優しい声でそう言って、先輩はまた、笑った。

 空に溶け行く妹の体をいとおしげに抱き寄せて、ほとばしる感情に目元を歪ませる。

 けれど彼はもう泣かなかった。

 アンナさんも泣かなかった。

 

(ありがとう……)

 

 きつく、きつく。

 兄の背中に爪を立てるようにして抱きしめ返して。

 彼女は心底安堵した表情で眼を閉じた。

 その足が、背中が、砂が崩れるようにして消えていく。

 歌が──途切れた。

 やがて兄を掻き抱いた二本の腕もさらりと崩れて。

 

(──さよなら)

 

 彼女はまさしく、太陽のように。

 金色に輝く光となって、消えていった。




 


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