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星師  作者: 小糸
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深紅

「頼みたいこと……?」

 

 俺は思わず座り込んでしまった。

 ババアはうむ、とやけに神妙な顔で頷く。

 腕組みをすると実はな、と切り出した。

 俺もつい頷いてしまう。

 

「──ある者の護衛を頼みたいのじゃ」

「護衛? 俺に?」

 

 言われたことが意外過ぎて、俺は自分で自分を指差すという古風なリアクションをしてみせていた。

 ババアは眉を吊り上げて「他に誰がおる!」と言った。

 気づけばしわくちゃの顔が俺の目前に近づいていた。仰け反る。

 

「うわっ!」

「お前も修行を始めて六年。そろそろ一人前の星導師として認めてやっても良いころじゃ」

「──マジで!?」

「だぁが!!」

 

 一瞬歓喜した俺を押さえるように、ババアは顔をさらに近づけた。

 俺は逃げ場がなくてうええ、と思った。だって、背中の後ろはまたふすまなんだよ。

 ババアは続けた。

 

「だがな、わしから言わせればお前はまっだまだ弱いし、無鉄砲だし、馬鹿だし阿呆だしまぬけだし、一人前には程遠い!」

「言い過ぎだろ!」

「事実じゃろうが。そういうわけで、お前の他にももう一人護衛がつく」

「……もう一人?」

「そうじゃ」

 

 ババアはそこでようやく離れた。

 居住いを正すと自分の背後のふすまをちらとふり返って、

 

「入れ」

 

 と命じた。俺は眼を瞬く。

 ふすまの向こう側から淡々とした声が返ってきた。

 

「──失礼を」

 

 そしてすうっと開かれたふすま。

 華奢な指先が──あでやかな紅い着物が、その上に波を打って流れ落ちる漆黒の髪が。

 何よりも、長いまつげに覆われた眼差しが。

 次々と現れて俺を釘づけにした。

 俺は、動く事ができなかった。

 息すらできない。

 

「──深紅みこう……?」

 

 信じられなかった。

 彼女が目の前に存在して居ることが。

 六年前、雨の中で号泣していた、あの幼い少女と、まさか。

 ──まさかこんなに早く再会することになるなんて。

 

「ええ。久しぶりね、蒼路」

「おやお前達、面識があったのかい?」

 

 落ち着いた様子の深紅に対し、ひたすら驚愕するばかりの俺を見て、ババアが首を傾げていた。

 無理もない。

 だって深紅は、俺とは住む世界が違う人間なのだ。

 この筧家よりもっとずっと高貴な家柄の娘で、しかもそこを継ぐべき次期当主。

 俺はこいつと縁あって幼少時代を同じ里で過ごした幼馴染だが──六年前に別れて以来、もう会う事はないだろうと思っていた。

 

 いや、ちがう。

 正確に言うと、俺は深紅に会いたかった。

 いつか正々堂々と会いに行って驚かせたかった。

 そのために、星師になろうと修行していたのだ。

 ──だから、まさかその日がこんなに早く訪れようとは。

 

(……聞いてねぇんだよ)

 

 驚きは次第にその性質を変化して、俺は不機嫌になってきた。

 深紅がババアにこう説明しているのを、やたらふてくされた気分で聞いた。

 

「キヨ様はご存じではありませんでしたかしら。私と蒼路は同郷の出身なのですわ。子供の頃、彼の御両親には色々とよくして頂きました。もちろん、蒼路自身にも」

「ああ、そうであったな。そういえば蒼路の父親、星将せいしょう殿はそなたの──」

「──やめろ」

 

 とっさに遮っていた。

 親父の話は聞きたくなかった。

 取り澄ましたような深紅の声も。

 ババアが怪訝そうな顔でこちらを見たが、俺はぜんぜん構わない。話題を変えてやる。

 

「余計な話してんじゃねぇよ。それより、もう一度ちゃんと説明しろ。何で俺が……」

 

 その名を呼ぶのを一瞬ためらったが、名字を呼ぶのはもっとためらわれた。 

 俺は声を低めて言った。

 

「……深紅と組まなきゃなんねぇんだ?」

「決まっておろうが」

 

 ババアは深紅の肩に軽く手を触れると説明を始めた。

 

「この深紅は若手の中では群を抜いて優秀な星導師。くわえてお前と歳も近く、今回の任務を遂行するにはうってつけの人材なのだ」

「それじゃ答えになってねえよ」

 

 俺は声を荒げた。

 自分でも何故かはわからんが、激しく苛々する。

 すっと立ち上がるとババアを睨みつけていた。

 

「なんで深紅じゃなきゃいけなかったのかって聞いたんだ。若手なら他にも腐るほどいるだろうが!」

 

 そこで初めてババアは俺が機嫌を損ねていることに気がついたらしい。

 まっ白い眉を跳ね上げ、俺を見つめた。

 

「お前、何を怒っておる?」

「うるせえな! 別に怒ってなんかいねーよ!」

「怒っておるではないか。別にお前にとって悪い話ではないじゃろう。それとも何だ、怖気づいたか?」

 

 ババアが鼻で笑う。

 俺ははっとした。

 思わず俯き、拳をきつく握りしめてしまう。

 喉の奥がなぜか割れそうに痛んだ。絞るようにして声を出す。

 

「……違う。」

「違わないわい。本当に子供じゃのう、お前は。つまりは同年代で女の深紅と組んで、実力の差を見せつけられるのがいやなんじゃろ」

「ちがう!」

「いい加減にしろ! つまらん意地を張るくらいなら、星なんて捨ててしまえ!」

「──だから、違うって言ってんだろうが!!」

 

 俺はついに絶叫していた。

 感情が爆発したせいで、右手の痣──つまりは俺の星──から紅い焔が迸り出る。

 俺は怒りに我を忘れていた。

 まっすぐにババア目がけ、焔を突進させる。

 だが──素早く飛び出してきた深紅が、それを真正面から受け止めた。

 息を呑む。

 

「……やめるのよ、蒼路」

 

 彼女は全身に水煙すいえんを纏っていた。

 蒼いかすみの立つ指先で俺の焔を押さえ、留めている。

 その漆黒の瞳の中に、焔の燐光がちらちらと躍った。

 

「止めるの。お前はこんなに愚かな人間ではないはずだわ」

 

 底の知れない瞳だった。

 

「……フン」

 

 俺はやがて焔を納めた

 左手で右手の星を押さえて『消火』する。

 すると深紅も水煙を納めた。

 ──彼女の星は、白い顔の上にある。

 

「キヨ様。少し蒼路と、話をしたく存じます」

 

 やがて深紅がババアに向き直った。

 俺は面喰った。え?

 

「構わぬが。こんなガキと組みたくなければ、遠慮なくそう言ってくれて良いのだぞ、深紅」

 

 ババアが厭味ったらしい口を利いたので、俺はまた怒髪天を突きそうになったが、深紅に片手一本で制されてしまった。

 

「蒼路」

「んだよ、深紅っ!」

「さっきも言ったでしょう。──大人しくして頂戴」

 

 厳しい声でたしなめられて、思わず従ってしまった。

 なぜだか顔がかーっと熱くなる。

 ババアがそんな俺を見て眼をまるくした。

 なんだよ、と俺は思った。

 ……なんか、やりにくいぞ!

 

「キヨ様。道場を使わせて頂いて構いませんか」

 

 深紅がふたたびババアに尋ねた。

 ババアは頷きながらも不思議そうに彼女を見た。

 

「構わぬが。どうするつもりじゃ?」

「ですから、蒼路と話をするだけですわ。」

 

 深紅は笑った。

 その顔は、きれいだが、何と言うか得体の知れない怖さに満ちていたので、思わず背筋が凍りついた。

 深紅はいま一度、ついと首を曲げて俺を見ると、さらに艶やかな笑みを浮かべた。

 

「幼馴染同士、積り積もった話を……ね」

 

 ──この瞬間、俺は本気で死を覚悟した。

 

 


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