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星師  作者: 小糸
14/53

侵入者

「たっかむら~」

 

 教室では石岡が待ちかまえていた。

 いや、石岡だけではない。

 彼を始めとして十数人の男子生徒と、女子もちらほら。

 俺はうっと身構えた。

 来たな、魔物!

 

「さあ、説明するんだ。昨日といい今朝といい、お前が噂の美人転校生と親しげに話していたのはどういうわけだ~?」

 

 石岡は言い、入り口で立ちつくす俺の肩に腕をまわした。

 逃げようかごまかそうかうるせぇ! と怒鳴ってみようか、俺は数秒迷ったが、変な嘘をついても後々面倒な事になると思い、結局端的にこう説明していた。

 

「幼馴染だから。あいつと俺。だから話してた。それだけ」

「ほほう。なんとも都合の良い設定だな」

 

 石岡が眼を眇める。

 そう言われても事実なんだから仕方ない。

 俺は肩をすくめた。

 

「それだけか? もういいだろ」

 

 言いざま石岡の腕から逃れ、前に進もうとする……が。

 

「まだだっ」

 

 今度は目の前にずらずらずらっ! と他のクラスメートたちがしゃしゃり出てきた。

 俺は一気に囲まれた。身動きが取れなくなる。

 ぬ、どうしてなかなか、こいつら素早いっ。

 ……って、違うか。

 

「何なんだよ!? お前ら一体何が目的なんだっ」

 

 目の前の状況が理解できずに俺が言うと、敵は──クラスメートたちは、にんまりと不敵に過ぎる笑みを浮かべた。

 彼らの内の一人が言った。

 

「ズバリ、深紅様の情報が欲しいわけよ」

 

 俺は一瞬何を言われたのか判らなかった。

 クラスメートの発言が頭の中でリフレインする。

 ……深紅、『様』?

 様ってなんだ、様って。

 あいつの一族を知るわけでもなければ星師でもないお前らが、なんであいつをそう呼ぶ必要がある。

 っつーか、あいつの情報が欲しいとはどういうことだ!

 聞き捨てならんっ。

 

「あいつの情報なんて知ってどーする」

 

 俺ははっきりそう言った。

 ついでにクラスメートたちを睨みつける。

 すると彼らは口を揃えて恐ろしい発言をした。

 つまり、こう言ったのだ。

 

「もちろんこの恋の役に立てるのさ!」

「こっ……!」

 

 俺は絶句した。

 まっ、まさかこの高校の中に、これほど凶悪な魔物がうじゃうじゃと潜んでいたとはっ! 知らなかった!

 ああ、星師としてあるまじき失態!!

 

「さあ教えるんだ高村、深紅様のスリーサイズを!」

「好きなものと趣味を!」

「好きな男のタイプを!」

「女子もいるのよ高村くん、深紅様の得意教科!」

 

 口々に叫んだクラスメートたちは、なるほど頬が薔薇色に染まり、瞳はきらきらと光り、幸せな恋に身をやつしているようだ……が!

 

「知るかーっ!!」

 

 俺はブチ切れておぞましい魔物どもに襲いかかった!

 星から火が出そうになったのは鉄の意思で堪え、代わりにゲンコツ制裁をお見舞いする。

 しかし、魔物どもの先頭に立っていた男(いつのまにか石岡になってた)はすんでの所で俺の拳を交わし、逆に俺の腕を掴んだ。

 俺はぐいっと引き寄せられ、石岡と息がかかるぐらいの位置で睨みあう羽目になる。

 

「……ふふふ、甘いな高村! 俺はこんなことじゃあきらめないぜ!」

「……上等だぜ。こっちこそ、いくら聞かれたってあいつの情報は渡さねぇからな!」

「ずりぃぞ高村!」

「そうよ高村くんっ」

 

 外野の声に俺が今ひとたび激怒して、彼らに二度目のゲンコツをぶちかましてやろうとした、その時だった。

 新たな魔物が登場した!

 

「──お前ら、やめんかぁぁあ!!」

 

 ……担任の永富ながとみである。

 俺達はたちまち蜘蛛の子のように散り散りになって逃げた。

 が、運悪く石岡が襟をつかまれ、その石岡は俺の腕を掴んでいた。

 ──げげっ! なんか嫌な展開パターン!!

 

「離せよ石岡!」

「センセ、元はといえば、悪いのは高村です!」

「俺は何もしてねぇだろ!」

「……喧嘩両成敗だ」

 

 もがく石岡と、その手の先の俺に向って、永富は言い渡した。

 その一言にあっさりと急所を刺され、俺達は揃って硬直する。

 両成敗。

 ってことはつまり!?

 

「高村、石岡! お前ら二人揃ってグランド十周してこいっ!」

 

 ──つまり、こういうことなんだな。

 俺と石岡はうなだれた。

 

 *** 

 

「高村ぁ~~お前もちゃんと走れよ~!」

 

 へろへろの石岡が、ようやくグラウンドのランニング7周目に入りながらそう言った。

 俺は校庭の端っこに腰かけて耳をかっぽじりながら答える。

 

「っせーな、俺はもう終わったっつーの」

 

 事実である。

 グラウンド十周程度ならば俺は五分もかからない。

 小さいころから親父やババアに鍛えられているので体力だけは自信があるのだ。

 はっきり言って並ではない。

 ……ま、九尾きゅうびの妖弧と一緒に結界張った山に放り込まれて一週間サバイバル生活を強いられたり、東京都中に潜むプロの星師を相手に鬼ごっこさせられれば誰でもそうなると思うが。

 そもそも最低限の運動能力がなければ魔物相手に闘うことは愚か、逃げ回ることもできないからな。

 だがそんなことは勿論つゆとも知らない石岡は、へろへろと乱れたフォームで走りながら、尚も愚痴を吐いてくる。

 

「なんでお前、勉強はできないくせに運動だけはそんなできんだよ~、おかしいだろ。それに元々こんなことさせられてんのはお前が原因じゃないかよ~。俺を巻き込むなよ~」

「っせぇな、俺は悪くねぇだろうが! 何度も言わせんじゃねぇよ、てめーらが深紅について聞いたりしてこなければ、こんなことにはならなかったんだぞ!」

 

 俺は額に青筋を立てて怒鳴る。

 石岡は座り込んでいる俺をうらめしそうに見つめながらカーブを通過して行った。

 

「鬼~」

「何とでも言え、バーカ」

 

 あーあ、あんなフォームじゃ百年たっても走り終わることはねぇな。

 永富は走り終わったら二人で職員室に来るようにと言っていた。

 だがこの様子だと石岡が走り終わるにはまだまだ時間がかかるだろうと踏んだ俺は、校庭の隅に歩いていくと周囲に人気がないのを確認して、簡単に式神と連絡を取った。

 これは先日深紅と話し合って決めたことだが、授業中や放課後など、先輩を直接見張っていることができない時間帯には式神を使う事にしたのだ。

 式神っていうのは要するに、パシリのことだな。

 安倍晴明あべのせいめいが使ってたのが有名だけど、あれは鬼神きしん──魔物のことだ──を使役するスタイルだから、俺の式神とはちょっと質を異にする。

 俺の場合、式神は作るものなのだ。

 紙や葉っぱなんかに呪力を込めて、自分の意のままに操ることのできる人形を作る、という感じだろうか。

 ただ当然その人形は俺から生まれたものなので、俺が知らない場所には行けないし、意思も持たない。

 が、だからと言って星師の全員がそういう式神しか持っていないというわけではない。

 たとえば深紅の青藍は召喚獣ではあるものの、彼女の命によっては式神としても動くので、式神の一種といえよう。

 深紅のように魔物を折伏しゃくぶくし、使役する──この術を俺達は「召喚」と呼ぶ。

 更に、それができる奴は召喚師と呼ばれて重宝される……まあ、呼び出せる魔物のレベルによっては重宝されない召喚師もいるが。

 ──話が長くなった。巻き戻そう。

 ともかくそういうわけで俺はハル先輩の元に送っていた式神と呼びもどし、その安否を問うた。

 答えは安。彼は大人しく教室で授業を受けているらしい。

 アンさんの気配はしないようだ。

 眠っているのかもしれない。

 

「了解。サンキュ」

 

 俺は手のひらの上の式神に礼を言うと、再び息を吹きかけてハル先輩の元に戻した。

 ノートの切れっぱしで作ったその身体は、ひらりと一瞬風に乗ったかと思ったら、次の瞬間にはもう消えていた。

 

「お~い、高村どこだ~、終わったぞ~」

 

 お。

 どうやらやっと石岡が走り終わったらしい。

 グランドの方から俺を呼ぶ声がする。

 校舎の脇の影にしゃがみこんでいた俺は、立ち上がると背伸びをし、ぎらぎらとした日差しの照りつけるグランドに戻ろうと歩き出した。

 ──その時。

 

「!」

 

 俺はぴたりと立ち止った。

 突如として精神に触れた、強力な邪気じゃきを感じたからだった。

 はっとして首を動かしたが、そこには何もいない。

 ただ萎んだ朝顔のつぼみがフェンスに絡みついているだけだ。

 しかし、俺は右手の星が痛みだすのを感じた。

 ということはやはり見間違いじゃない。

 ──魔物だ。

 今度は本物の。

 

「おい、高村。どうした?」

 

 立ちつくしていると、やがて石岡が俺の姿を見つけて走り寄って来た。

 息をぜいぜい切らして汗まみれである。

 俺は彼の眼を見返すと答えた。

 

「……いや。何でもない」

 

 多分今の俺はかなり真面目な顔になっていると思う。

 足もとからじわじわと緊張感が這い上って来て、身体が星師として戦闘態勢を整え始めるのがわかった。

 ……白昼の学校に魔物。

 その状況がもたらす緊迫感が、胸に暗雲を投げかける。

 今までならあり得なかったこと、というよりも、あり得てはいけないことだ。

 アンナさんという悪霊の場合、その狙いはハル先輩という一点に絞られているが、他の魔物はそうではない。

 場合によっては彼らは見境なく人を喰らい、危害を加えることがあるのだ。

 ──星師の俺がいるのに……

 俺はくしゃりと前髪を掻き乱した。

 イライラしていた。

 星師というのは五芒星を身体の上に持っているため、その存在そのものが一つの魔除けであり、魔物を弾き返す結界といえる。

 にもかかわらず魔物に侵入されたということは、入ってきた奴はそんじょそこらの小物ではないということだ。

 防げなかった。

 つまりこの身は、今の俺の力は、所詮その程度のものということだ。

 

「畜生……」

「おーい、ホントにどうした高村」

 

 思わずうつむいた俺の顔を、石岡が覗き込んだ。

 日焼けしてない生白い顔の中で、澄んだ眼が俺を心配しているのが見える。

 ……駄目だ、しっかりしろ。

 俺は自分で自分を叱咤した。

 侵入されたなら、追い返してやればいいだけのことだろう!

 

「……悪い」

 

 俺は言った。

 色々な意味での謝罪だった。

 

「でも俺、ちゃんとやるから」

「は? 何を?」

 

 石岡はキョトンとしたが、俺は彼の問いには答えず、ポケットに手を突っ込んで歩き出した。

 

「おい! 高村~?」

 

 追いかけてくる石岡の声に心の中でだけ答える。

 大丈夫だよ、ちゃんとやるから。

 俺、ちゃんと守るから。お前のこと。

 みんなのこと。

 巻き込んだりしない、一人だって、傷つけたりはしない。

 

「高村、待てよ、何かヘンだぞお前!?」

「べーつーに。それよりお前、遅い。早くしろよ」

「殺生だな~、あんだけハードなランニングの後で……」

「どこが。あんなの屁でもないじゃん」

「お前、ほんとに人間か!?」

 

 石岡と言葉を掛け合いながら昇降口の方に歩いていくと、また星が痛んだ。

 同時に背後から刺すような視線を感じて振り向く。

 さっきは見えなかった、けれど今度は捕えた。

 上空うえだ。

 屋上の、フェンスの上に、見事にバランスを取って立つ巨大な獣。

 ──黒妖犬こくようけんか……!

 俺が視線を合わせると、その犬は緋色の瞳を細めて笑った。


 

 


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