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星師  作者: 小糸
12/53

夏の朝

 

「母さん! もう起きないと遅刻するぞ!!」 

 

 夏のさわやかな朝日が差し込むキッチンにて、朝飯を作りながら俺は叫んだ。

 時刻は七時。

 窓の外には澄んだ青空と白い雲が浮かび、お向かいのビル(うちはマンションの八階に住んでいる)に干された洗濯ものが風にはためいている。

 あー、今日も良い朝だ。

 

「お兄ちゃんおはよ~」

「お。おはよう藍」

 

 オムレツをひっくり返した所で妹の藍が起きてきた。

 眼をこすりながらてこてこと歩いてきて、冷蔵庫の中のオレンジジュースを取りだす。

 俺はオムレツを皿に盛りながら藍に頼んだ。

 

「なあ藍、母さん起きたか見てきてくんない?」

「うん、いいよ~」

「で、寝てたら叩き起こして」

「それはヤダ~」

 

 藍はリビングを突っ切って、母さんの私室に突撃した。

 この隙に俺は支度を整える。

 まずできあがった朝食をテーブルに並べ、コーヒーメーカーに豆をセット。電源を入れる。

 そんでもって今度は冷蔵庫から、昨日の内に作っておいた弁当を取りだして、白いご飯だけ追加するとハンカチで包んだ。

 で、それをテーブルに並べると準備は完成。

 ようやくエプロンを脱いでネクタイを締められるというわけだ。

 

「おはよ~」

 

 やがて藍に先導されながら母さんが起きてきた。

 寝ぐせでぼさぼさの頭に思わず笑いそうになったが、寝起きの母さんは怒らせると怖いので堪える。

 熱いコーヒーをマグに注ぎ入れたものを手渡すと、彼女は喜んだ。

 

「ありがとー、蒼路。あんたもすっかり主夫っぷりが板についてきたわね」

「お陰さまで。オムレツ、うまいよ。冷めない内に食って」

「チーズ入ってる?」

「入ってる。パセリとバジルも」

 

 言いながら俺もコーヒーをマグに注いで口にした。

 ちょっと前は全然飲めなかったこの液体も、最近じゃあ毎朝口にしないとしゃっきりしない。

 不思議なもんだと思いながらテーブルの椅子を引くと、一足先に食べ始めた母と妹が唸っていた。

 

「うむむ……また腕を上げたわね」

「おにーちゃん、これおいし~!」

「そう。良かった」

 

 率直な感想に思わず顔がゆるんだ所で、ふいに母の目線が俺の手に止まる。

 オムレツとプチトマトをもぐもぐ咀嚼し、飲みこんでから彼女は言った。

 

「蒼路。あんた左手、怪我したの?」

「ああ。昨日、ちょっとね。ババアとの修行で」

 

 俺はできるだけ何気なく答えた。

 が、母は腑に落ちない様子である。

 首を傾げながらコーヒーを傾けてなおも言い募る。

 

「本当~? 深紅ちゃんとの仕事でやっちゃったんじゃないの? 結構面倒なことになってたりするんじゃないの~? あんたバディーが深紅ちゃんだからって言って、変な意地張ったり格好つけたりしてると、命がいくつあっても足りないわよ」

 

 ざく、ざく、ざく、と。

 母の台詞は一言ずつに核心を突いてきた。

 ……何も話していないのに鋭すぎる。

 俺は居心地が悪くなってきて、高速でオムレツを食べ終えると立ちあがった。

 

「ごちそーさま! 俺もう行くわっ」

 

 言いざま弁当と鞄を取り上げて俺は踵を返す。

 背中の後ろから母と妹の声が追いかけてきた。

 

「え? まだ早いじゃない、蒼路!」

「おにーちゃん、早い~」

「今日は早く行かなきゃなんねぇんだよ! じゃあね! 行ってくる!」

「行ってらっしゃい……」

 

 バタン、と。

 音をたてて玄関を閉めれば、眼に突き刺さるような日の光。

 これを浴びると気合が入る。

 俺はよっし、と拳を握った。

 

 ──今日も一日が始まる!

 

 *** 

 

『おや、坊。早いね』

『お早う、坊。どこへゆくのだ?』

 

 いつもより大分早く出たので時間が余った。

 なので、回り道をしながら登校することにした。

 近所の寺の境内を抜けて行く時、山門さんもんのたもとにちょこんと座っている二匹の神狐しんこと出会った。

 俺は手を振って答える。

 

「よー、カリヤにスリヤ。俺はこれから学校だぜ」

『学校とは何だ、スリヤ』

『人が学ぶ場所の事ぞ、カリヤ』

『わらわもたまには外に出たいのう、スリヤ』

『わしらにはここを守る務めがあるのじゃぞ、カリヤ』

 

 カリヤとスリヤは金弧と銀弧。

 その体毛と、青と紫という瞳の色以外は全く同じ姿かたちをしている。

 よくわからんが、『限りなく相似しているものの絶対的に違う存在』であるらしく、二匹でこの寺の守護を務めている。

 

「お前らも毎日お勤め御苦労さんだよな。今度うまい油揚げ買ってくるからもちょっと頑張れ」

 

 そう声をかけると、二匹の神狐は文字通り飛び上がって喜んだ。

 

『なぬ! 本当か、坊』

『嘘はなしだぞ、坊!』

「俺は嘘はつかねーよ。んじゃあなっ」

 

 笑いながらまた手を振って、行き過ぎた。

 星を持っていると、こういう風に他人には聴こえない声が聴こえて、見えないものが見える。

 かつての俺はそれが嫌でたまらなかったし、異形のもの達もただ恐ろしく、逃げ回っているだけだった。

 けれど、交わす言葉があるということは幸福なことで。

 俺は彼らも、時には他愛のない事で喜んだり笑ったりするんだと知った。

 優しくされれば嬉しいし、冷たくされれば悲しい。

 それは人も妖怪も精霊も同じだ。

 異形のものたちと触れ合うということは、俺にそんな当たり前のことを教えてくれた。

 

『あ、蒼路だ。珍しいわね、こんな早くに』

 

 境内を抜けて、ゆるやかな坂道を上って行くと、今度はそんな声がかけられた。

 発しているのは猫である。

 まっ白な身体に左右色違いの瞳、二本に裂けた尻尾。

 ……猫又の花緒はなおだ。

 

「よ、花緒。おはよ」

 

 しゃがみこんで喉を掻いてやると花緒は嬉しそうに眼を細めた。

 見た感じは全く普通の猫と変わらないが、じつは花緒が夜な夜なこの近辺のパトロールをして回っていることを俺は知っている

 だって手伝ったこともあるしな。

 

「最近変わったことないか?」

『うん、近頃は平和よ。』

「そか。何かあったら言えよ。手伝うから」

『ありがとう、蒼路。』

 

 花緒は喉を鳴らして甘い声でそう言うと、俺が坂を登り切るまできちんと見送ってくれた。

 花緒はこの近くにある老舗の豆腐屋で、一世紀ほど前に飼われていた猫なのだ。

 とても大事に飼われたせいか人間が大好きで、死んだ後もこの辺りに棲みついて、土地を守るようになった。

 ──俺達が気が付いていないだけで、そうやって人の傍に寄りそう存在というものはとてもたくさんいる。

 今より闇が深かった時代には、人は彼らの存在を信じていて、ゆえに視認することができた。

 けれど良くも悪くも光があふれるにつれて、人々は彼らを忘れるようになった。

 妖怪や精霊たちと共存し、助け合っていたことをすっかり忘れて、まるで自分たちだけがこの世界の住人であるかのように生きている。

 ……そういう人の馬鹿さみたいなことを、星師として闘う時、おれはいつも考える。

 人は一方的に闇を嫌うけれど。

 その闇の中には何て言うか、愛しい闇、可愛い闇、悲しい闇──色々な種類があって。

 俺達がその善悪を判断する権利などないのだ。

 俺達は星を持っているけれど、その力は決して、誰かを虐げたり、苦しめたりするためのものではない筈。

 ──僕は星師が大嫌いだ

 ふいに、昨日のハル先輩の言葉が頭をよぎった。

 あの瞳。

 真の憎しみと怒り、そして、悲しみにまみれた姿。

 

「……」

 

 痛々しいと、思った。

 そして何があったのだろうと。

 バス停に辿りつき、俺はバスに乗り込んだ。

 つり革を掴んで立ちながら、尚も考える。

 先輩は何故あんなに星師を憎んでいるのだろうか?

 それは、アンナさんの死と、彼らの半星と、何か関係があるのだろうか。

 俺はまずそれを知らなければいけないような気がした。

 そうでないとハル先輩の護衛をする権利はないんじゃないか、と。

 迷うのは駄目だ。

 けど、間違うことはもっと許されないと思う。


(──……アン!)

 

 うまくいえないけど、あんなに悲しい顔をした先輩を、更に悲しませるような結果だけはあってはならないと思うのだ。

 でもそれにはどうしたらいいんだろう?

 考えている内にバスが停まった。

 ん、と顔を上げれば、窓越しに高校の校舎が見えている。

 俺は慌ててバスを降りた。

 

「危ねぇ危ねぇ。乗り過ごすところだったぜ!」

 

 ふいー、と呟きながら正門の方に歩き出した。

 とたん。

 目の前に飛び込んできた光景にひっくり返りそうになった。

 たった今、正門を抜けた一人の青年と、その横を歩く……女性。

 二人とも同じくらいの背格好をしていて、すらりとしていた。

 金色を帯びた淡い色合いの髪、ちらりと見えた横顔にエメラルドの瞳が輝く。

 

「って、オイ!!」

 

 二人ともすごく楽しそうに笑っていたが──だからこそ、俺はこの状況を見過ごしてはいけなかった!

 

「何やってんのアンナさんっ」

 

 深紅の技を喰らったくせに、思い切り目ざめてんじゃん!!

 ていうか、朝っぱらから幽霊が、兄貴と一緒に登校するもんじゃねーだろっ!!

 

『あらー、星師の蒼路くんじゃないの。おはよう。昨日は悪かったわね』

 

 駆け寄るとアンナさんが気が付いて笑った。

 ハル先輩はと言えば、ちらと俺を一瞥したっきり完全に無視を決め込む。

 俺はむっとしたけれど、取り合えず今は、相手を妹だけに絞ることにした。

 

「おはようじゃなくて。普通すぎでしょ、アンナさん!」





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