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さよならヴィーヴィー

作者: パパSE

 カエルがお弁当の中に入っていた。

 いや、公園のベンチでランチを楽しんでいる私のお弁当の中に、カエルが飛び込んで来たのだ。

 私は友達とのおしゃべりを中断し、この突然のお客を如何するべきか一瞬悩んだ。しかし、私が行動を起こすより先に、一緒にランチをとっていた啓子が唐揚げの上でキョロキョロしているカエルに気付き、「ちょっと麻衣子! か、カエルっ!」と、大声を上げてしまった。

「え、え? きゃあっ!」

「うそっ!?」

 啓子の一言を聞いて、他の二人も慌ててベンチから、いや正確には私のお弁当から離れていった。

(別にそんなに離れる事ないんじゃない?)

 三人は呆れた事に公園の中心にある噴水の方まで逃げ出していた。「だ、大丈夫?麻衣子?」という啓子の声もとても小さく聞こえる。

「え~、うん」

 私は心配する啓子を他所に、気のない返事をしながらカエルを捕まえ、ベンチの後ろにある茂みまで連れて行った。カエルを放す際、「お弁当に飛び込んで来たって事はお腹でも空いているのかな?」と思い、唐揚げも一緒に置いていってあげようかとも思ったが、彼が唐揚げを食べる姿が想像つかなかったすぐに思いとどまった。もちろん、間違って食べてしまわないように、彼が乗っていた唐揚げを別にしておく事は忘れない。

 カエルを逃がし終わって、もう一度三人を見たが、まだ噴水のところにいた。「大丈夫だよぉ」と声をかけてみたが、こっちに来そうにもなかったので、仕方なく私の方が彼女達のところへ行くことにした。

「カエル、どうしたの?」

 やってきた私のお弁当の上にカエルがいないことに気付いた啓子が聞いてくる。

「逃がしたよ」

「え!? 箸でつまんで!?」

「何で箸でつまむのよ? 手で、だよ?」

「嘘っ!? 信じられない!?」

「そんな、カエルの一匹で…」

 平然と言ってのける私を、みんなは不思議な目で見てきたが、特に気にしないことにした。

「それより、ご飯食べちゃおうよ。お昼休み、終わっちゃうよ」

 たぶん、どういっても元のベンチには戻りそうにもなかったので、私は仕方なく噴水の淵に腰掛け、残りのご飯と唐揚げを食べ始めた。

 その様子を見て、ようやく彼女たちも座り、ランチの続きを取り始めた。

「麻衣子って変わってるよね?」

 一通り食べ終わった後、啓子が私に聞いてきた。

「そう?」

「そうだよ。虫とか平気だし、今もカエル平気だったし。企画部の吉澤くんと別れた理由だっておかしいじゃん?」

「ああぁ、あの惨殺者ね」

 吉澤とは、ついこの間まで付き合っていた男だ。

 その、別れた理由と言うのが、

「惨殺者って、あ~たね、目の前でゴキブリをスリッパで叩き潰したぐらいで…」

 という訳。

「だって、いくら嫌われ者のゴキブリとは言え、ちょっと可哀相でしょ?」

「可哀相ってね、吉澤くんって言ったら同期の中で一番出世しそうなのに!あたしなら、そんな事で別れたりしないけどな。やっぱり変わってるよ、麻衣子は」

「私は、命を大切にしない奴は嫌いなの」

 私がそう言うと、啓子はキョトンとした顔をし、「なんでそんなに偏った考え方をしてるのかなぁ?」と一言ぼやいた。

(確かになんでだろ?)

 別に悪いとは思ってはいないが、自分は人と違った考え方をしていると思う。周りに合わせようと言う気持ちもないので、ずっとそのままだったが、今考えるとちょっと不思議に思えた。

(なんでだろう?)

 自分がそうなった理由を、記憶の中からたどってみる。

 大学、高校、中学校とも、私は今と同じ様に友達に「麻衣子は変わっている」と言われていたと思う。と言うことは、小学校の時だ。

(小学校の時、何かあったっけ?)

 記憶を絞ってみると…、筆箱が出てきた。

 小学生にはとっても大きな筆箱だ。私の物ではない。でも、私にはそれがとっても愛おしい物に見えた。そして、その筆箱を開けてみると…。

「あ!」

 突然大声を上げた私は、みんなは不思議そうに見た。

「どうしたの? 麻衣子?」

「ううん、何でもない。何でもないよ」

「やっぱり変だよ、あなた」

 啓子が何か言ったが特に私は取り合わなかった。

 ただ、記憶の中に出てきた筆箱を空け、その中に入っていたモノを思い出し、懐かしさを感じていた。


 その筆箱の中には、ヤモリが入っていたのだ。



 筆箱の持ち主は徳夫くんと言って、小学校の時に私の隣に座っていた男の子だ。静かな男の子で、あんまり他の男の子と遊んでいる姿を見た事が無かった。

 徳夫くんが筆箱でヤモリを飼っているのが発覚したのは国語の時間だった。

「徳夫、シャーペン忘れたから貸してくれない?」

 クラスの誰かがそう言って、問答無用で彼から筆箱を取り上げたのだ。

「ん? なんだお前、トカゲ型のペンなんて変なの使ってるな?」

「あ! それはっ!」

「なんだよいいだろ、使って減るもんじゃないんだからっ!」

 男子が筆箱から何かを取り出すと、突然、

「ケッケッケッ」

 と、不思議な鳴き声が聞こえてきた。そして、そのすぐ後に男子の手から何か落ちていくのが見え、柔らかい何かが落ちる音と、「ヴィーヴィー!!」という徳夫くんの悲壮な声が聞こえた。

「へ?」

 間抜けな声を上げる男子の手には、「ビクン、ビクン」とうごめく細長いモノだけが残されていた。もちろんそれは、

「尻尾」

「うわぁっ!」

 私があげた声を聞き、男子が慌ててそれを放り投げる。そして、それは不幸なことに近くにいた女子の頭に乗ってしまう。

「きゃぁぁぁぁ!」

 当然のように教室はパニックになった。尻尾があっちら、こっちらへと飛び回り、その度に誰かの悲鳴が教室に響き渡る。そんな中、徳夫くんがしゃがみこんで何かを大切そうに捕まえ、ゆっくりと筆箱に戻しているのが、私の視界にハッキリと映っていた。

「何やってるの! みんな静かにしなさいっ!」

 先生があまりにもうるさい生徒を注意する。

「やべっ!」

 誰かがそう言うと尻尾は再び空中を舞い、ゆっくりと、そうゆっくりと放射線を描きながら、教壇に立つ先生の頭の上に落ちていった。

 先生は自分の頭に落ちてきたモノが何かを確かめる為に頭へと手をやった。そして、手にしたソレを顔の前に持って来て確かめる。

 一瞬、間があったと思う。

 その間の後、

「いやぁぁぁぁぁ!」

 先生の誰よりも大きな声が教室を揺らした。



 徳夫くんは授業が終わった後、職員室に呼び出された。先生達に何を言われたのか分からなかったが、日が落ちかかり、赤い夕日が教室に差し込み始めた時に教室に戻ってきた。日直だった私は、日誌になんて書こうか悩みながら教室に一人残っていので、戻ってきた彼と会うことが出来た。

「…」

 たぶん、誰かいると思わなかったようで、明らかに泣いた後と判る赤い目を隠すように私のから顔を背けた。そのまま彼は自分の席に(と言っても私の)戻った。その手には大事そうに例の筆箱が握られている。

「ねぇ」

 彼は黙って帰り支度を始めたが、私はなんとなく気になり声をかけてみた。

「ねぇ、何で筆箱の中にトカゲがいるの?」

「トカゲじゃないよ」

 私が聞くと、彼は帰り支度をする手を止めず、ぶっきら棒に答えてくる。

「ヤモリだよ」

「ヤモリ?」

「そうだよ」

 私は、相変わらずこっちを見ずに答える徳夫くんに、そして、その筆箱の住人にすごく興味を覚えた。

「ねぇ、さっきヴィーヴィーって言っていたけど、それって、そのヤモリの名前?」

 ヴィーヴィーという名前を聞いて彼は驚いた。たぶん、自分がさっき言った事を覚えていなかったのだろう。

「うん」

「じゃぁさ、ヴィーヴィーに私を紹介して」

「え?」

 突然の私の申し入れに彼は更に驚いき、ようやく私の方を見てくれた。

 彼は一瞬渋って見せたが、ゆっくりと筆箱を開いた。

 そこには面白い事に新聞紙が敷き詰められていて、確かに、5センチ程の爬虫類が居座っていた。その姿は尻尾がなく、とても痛々しかった。

「尻尾、なくなっちゃったんだね」

 その尻尾は授業の終わりにゴミ箱に捨てられ、今頃は焼却炉で燃やされているはずだ。

「大丈夫、そのうち生えてくるから」

「え? 元に戻るの?」

「うん。ちょっと時間がかかるけど」

「へぇ~」

 私は思わず感心して、尻尾が切れた断面を覗いてみた。そこは血とかが出ている訳でもなく、ピンク色のやわらかいモノが顔を出していた。

「触っても大丈夫?」

「いいよ。でも、寝てるからそっとね」

「え、寝てるの?」

 ちょっと大きな声を出してしまい、慌てて口を押さえた。

「だって、目開いてるよ?」

 そう、ヤモリはそのクリクリした目を開けているのだ。

「うん、目開けて寝るんだよ、こいつら」

「そうなんだ」

 そういいながら、私は意を決し、ゆっくりと人差し指で頭を撫でてみた。徳夫くんが言うとおり寝ているらしく、触ってみても特に反応がなかった。動かないと思うと、さっきまであったちょっとした恐怖心もなくなり、私は更に近づいてヤモリの顔をまじまじと覗き込んでみた。

 目はとても大きく、とってもキレイな金色をしていた。口元はなにやら微笑んでいるようで、なんとなく愛嬌があった。

 特に私はその金色の瞳にすごく惹かれた。

 私を見ているのかは分からなかったが、覗き込んでいる私の顔が映っていて、まるで私が金色の世界にいるかのように見えたからだ。

「かわいいんだね」

「え? あ、うん」

 徳夫くんは驚き、私の顔をマジマジと見た。

 たぶん、女の子の私が「かわいい」と言うと思わなかったのだろう。

「そろそろ」

 一瞬悩んだ後、徳夫くんは私に一つの提案をしてきた。

「そろそろこいつ、起きてご飯食べるけど、一緒に来る?」

「何を食べるの?」

「女は、ちょっと嫌がるかも知れない」

「そうなんだ…。うん、でも見てみたい」

「よし」

 徳夫くんはそう言うと、鞄に荷物をまとめ、筆箱だけは大事そうに手に持って教室を出て行った。

「あ、ちょっと待ってよ!」

 私は慌てて後追おうとしたが、一瞬、日誌の事を思い出し立ち止まってしまった。

「早く!起きちゃうよ!」

「う、うん」

 急かされた私は、仕方なく日誌は明日書くことに決め、徳夫くんの後について行った。

 徳夫くんが私を連れて行ってくれた場所は体育館の裏だった。

「こんなところでご飯食べるの?」

「そうだよ、ここの下にご飯が”いる”」

 徳夫くんはそう言って、大きな石の下を指差した。

 私はその”いる”という表現が引っ掛かったが、ここまで来た手前、後には引けず、その石をゆっくりと持ち上げる徳夫くんの姿を見守った。

 案の定、そこには大量のムシがいた。その多くはコオロギの小さな奴だ。

「ほら、ヴィーヴィー、ご飯の時間だぞ」

 徳夫くんがそう言いながら筆箱を開けると、ゆっくりとヤモリは顔を出し、キョロキョロとあたりを見渡した。一瞬、私を見たような気がしたが、すぐに筆箱から飛び出し、瞬く間に一匹のコオロギを捕まえ食べてしまった。

 その後もヴィーヴィーは、岩の下にいた様々な虫を捕まえて食べて回った。

「嫌じゃないの?」

「え?」

 思ったよりも早く動くことに感心して見ていていると、突然、徳夫くんが私に聞いてきた。

「うん。別に…」

「ふ~ん。そっか」

 強がりを言った訳ではない。

 ただ、尻尾が切れたヤモリが一生懸命虫を捕まえている姿は、なんとなく応援してあげたいと思わせる何かがあった。だから、嫌とは思わなかった。

 しばらく二人して食事の様子を見ていた。

「そろそろ暗くなるから帰ろうか?」

「うん」

「ヴィーヴィー」

 徳夫くんがそう声をかけると、驚いた事にすぐに彼の近くにやってきた。名前を呼んで犬や猫が来るのを見たことはあったが、ヤモリが駆け寄ってくる姿は初めて見た。

 驚いている私を横目で見ながら、徳夫くんは手の上に乗っているヤモリの頭を撫でていた。

 私もなんとなく撫でたくなり手を伸ばすと、徳夫くんは快く手を私の方に差し出してくれた。ヤモリの方も、特に逃げる様子は見せず、私の指を受け入れてくれた。

「はじめましてヴィーヴィー。これからもよろしくね」

 私は彼にそう話しかけ、そして、笑いかけた。

「ケッケッケッ」

 ヴィーヴィーはその私の言葉を理解したかの様に、喉を鳴らして応えてくれ、その声を聞きながら、私と徳夫くんは笑った。


 しかし、ヴィーヴィーとのお別れはすぐに来てしまった。



「いない! ヴィーヴィーがいない!」

 体育の授業が終わった教室に、徳夫くんの悲痛な声が響いた。

 振り返って見ると、体操着も着替えずに机の中や鞄の中を捜し回る徳夫くんの姿があった。

「ヴィーヴィーが!」

 クラスの他の子にはなんの事か分からなかった様子だったが私にはわかった。筆箱と、そこを寝床にしているヤモリのヴィーヴィーを探しているのだ。

「へぇ~、このトカゲ、ヴィーヴィーって名前なんだ?変なの」

 そう言いながら、一人の男子が徳夫くんに近づいてきた。この間、ヴィーヴィーの尻尾を切った男子だ。

「トカゲじゃない。ヤモリだ!」

 徳夫くんは凄い形相で男子に怒鳴り付けた。そう、男子の手には、あの筆箱が握られていたのだ。

「返せよっ!」

 筆箱を取り返そうと掴みかかるが、ヒラリッとかわされてしまった。

「ほ~ら、どうした?」

「くそっ!」

 なおも掴みかかるが、うまくかわされてしまう。

 しかし、そこは徳夫くん、頭を使い男子を教室の角へと追い詰める用に動いていった。そして、ようやく追い詰めたところで…。

「そぉ~ら!」

「あっ!」

 なんと、あろうことか筆箱を奪った男子は、それを放り投げたのだ。

「あいよ!」

 他の男子がそれを受け止め、今度はそいつが徳夫くんをからかうように、目の前でちらつかせて見せた。

 徳夫くんは本当に怒ったのか、何も言わずにそいつに飛び掛っていった。しかし、やはりまた目の前で他の男子の方へと投げられてしまう。そして、次の男子と徳夫くんが飛び掛っていく。その徳夫くんの必死さが面白かったのか、そのやり取りを何回か繰り返していた。

 そして、何度目かヴィーヴィーの入った筆箱が宙を舞った時、悲劇が起こった。

「あ!」

 力加減を誤ったのか、筆箱が天井に当たってしまったのだ。その衝撃で筆箱の蓋が開いてしまい、ヴィーヴィーは筆箱から落ちてしまった。ゆっくりと錐揉みしながらヴィーヴィーは、あろうことか、徳夫くんと男子のやり取りを見守っていた女子の肩に落ちた。

「きゃぁぁぁぁぁぁぁ!」

 その女子は甲高い声で悲鳴を上げ、物凄い勢いで肩に止まったヴィーヴィーを払いのけた。

 そこから先は、私にはスローモーションの様にゆっくりと見えた。

 きっと、徳夫くんにもそう見えたに違いない。

 ヴィーヴィーは両手両足を懸命に動かしながら止まろうとしているのに、その努力はむなしく教室の壁に叩き付けられてしまったのだ。「ケッ」という弱々しい鳴き声がしたかと思った後、先ほどまで動かしていた手足をピクリともさせず床にポトリと落ちていった。

「あ…、あ…」

 騒がしかった教室は一気に静かになり、その徳夫くんの悲しそうな声がやけにハッキリと聞こえた。

 徳夫くんはゆっくりとヴィーヴィーを拾い上げ、その金色の瞳を覗き込む。しかし、そこに光はなく、体もグッタリと力が入っていなかった。

「わ、わりぃ。こんなことになると思ってなくって…」

 筆箱を奪った男子が徳夫くんに近づき、謝罪の言葉を言う。しかし、徳夫くんはそれには答えず、刺すような視線を打ち付けた。

「な、なんだよ」

 男子はその鋭い視線に驚き、2、3歩引き下がった。

「トカゲなんてまた捕まえればいいだろ」

「ヴィーヴィーは、ヴィーヴィーは世界に一人しかいないんだっ!お前だって、どんなに人間が沢山いても一人だろっ!」

 徳夫くんはそういうとエグエグ言って泣き始めてしまった。



「お墓…、ここにしたんだ…」

 私がそう声をかけると、徳夫くんはゆっくりと振り返った。まだ止まらない涙で顔はグチャグチャで、目は真っ赤に腫れていた。

「うん。ここなら餌に困らないと思って…」

 ヴィーヴィーのお墓は、体育館の裏にあったあの石のすぐそばに作られていた。

 もう既に埋められた後で、小さな木の枝が墓石のように立っていて、私はその目の前にしゃがむと、ゆっくりと手を合わせた。

「ヴィーヴィー、せっかく友達になれたのに残念」

 私がそう言うと、徳夫君は私の顔をマジマジと見て、「ありがとう」と一言だけ言った。

「ううん。ありがとうは私の方がいいたいよ。ちょっとだけだけど、楽しい時間を貰ったんだもん」

「そんな事ないよ。オレ、ヴィーヴィー飼うのを親に反対されていたんだよ。だから見つからないように筆箱で飼ってたんだ。だからヴィーヴィーには、オレ以外友達いなかったんだよ。だから、短い間でも友達になってくれてありがとうって、きっとヴィーヴィーもそう思ってる」

 彼はそういって、お墓に向かって「よかったな」と声をかけた。

「ヴィーヴィーいなくなって寂しい?」

「そりゃ寂しいよ、大切な友達だもん。でも、でも大丈夫。ヴィーヴィーはいつまでもオレの中にいてくれるから」

「オレの中?」

「うん。ヴィーヴィーと過ごした日々、楽しかった時間はずっとオレの中にあるよ」

「忘れちゃわない?」

「忘れてもいいさ。ちゃんと思い出せば。そうやって思い出すから、大切な思い出なんだよ。その思い出は、オレの一部になっていくんだ」

 何故か大人の様な難しい言葉を言う徳夫くんを、私はまぶしそうに見つめていた。



 仕事が終わり、部屋に一人帰った私は、久しぶりに思い出す小学校の情景と、枕を抱きしめていた。

「徳夫くんの変わり者が、私にもうつってたんだな。そりゃ、変わってると言われる訳だ」

 でも、徳夫くんの言うことは間違ってなかった。

 確かに私は長い事ヴィーヴィーの事を忘れていた。でも、ちゃんとヴィーヴィーに対する気持ちは生きていて、カエルも虫も、私には大切な友達の様に映っていた。そして、命を大切にする人への憧れが生まれていた。間違いなく、私の中にも、そう徳夫くんの中だけでなく、私の中にもヴィーヴィーはいてくれたのだ。

「ありがとう、徳夫くん。ヴィーヴィー。思い出すから、思い出なんだよね」

 私達は思い出を常に抱きしめている訳ではない。

 それでも、思い出は常に私達の中にあり、思い出される事で、心を豊かにしてくれるのだ。


END


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